SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

XAFS測定による高容量リチウム二次電池用正極材料の充放電サイクルに伴う放電電圧降下のメカニズム解析
XAFS Analysis of Voltage Depression Mechanism after Charge-Discharge Cycling Tests for Li-rich Cathode Materials

DOI:10.18957/rr.6.2.270
2013B1724 / BL14B2

武井 悠記a, 遠藤 貴弘a, 松友 愛香莉b, 渡辺 久b, 門麿 義浩c, 宇井 幸一b

Yuki Takeia, Takahiro Endoa, Akari Matsutomob, Hisashi Watanabeb, Yoshihiro Kadomac, and Koichi Uib

a(株)サムスン日本研究所, b国立大学法人岩手大学, c八戸工業高等専門学校

a Samsung R&D Institute Japan, b Iwate University, c National Institute of Technology, Hachinohe College

Abstract

 固溶体正極材料 aLi2MnO3-(1-a)Li(NixMnyCoz)O2 (x+y+z=1) (以下OLOと呼ぶ)の、長期充放電サイクルに伴う放電電圧の降下に関して、透過法と転換電子収量法を併用した解析手法によりバルクと表面近傍のどちらが起因しているかを特定することを目的としてXAFS測定を行った。結果、長期充放電サイクルにおいて、CoよりもMnとNi周りの局所構造が大きく変化しており、長期充放電サイクルに伴うMnおよびNiを中心とした構造変化が ΔV 現象の要因として考えられた。


Keywords: 固溶体正極、電圧降下メカニズム、透過法、転換電子収量法


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背景と研究目的:

 近年のエネルギー問題の影響からクリーンなエネルギー利用が求められ、次世代の自動車用大型蓄電池として、リチウムイオン二次電池の適用が期待されている。特に、大型蓄電池の正極材料として、一般に固溶体正極と呼ばれる材料 aLi2MnO3-(1-a)Li(NixMnyCoz)O2 (x+y+z=1) (以下OLOと呼ぶ)は、高容量を発現することから、多くの企業、研究機関の研究対象となっている。最近ではOLO材料の固有の問題点として充放電サイクルを繰り返した際に充放電曲線の形状変化および電圧降下(以下 ΔV 現象と呼ぶ)が取り沙汰されるようになった。具体的には充放電サイクル毎に徐々に低電圧側へ充放電挙動が変化してしまう現象を指す。このような問題を抱えていると電池の状態を正確に把握することが難しく、残存容量を検知できないため実用化に向けての大きな障害となる。これまで、OLO材料について放射光による解析例は報告されているが初回の充放電挙動と構造変化を関連付けた報告が趨勢であり、長期充放電サイクルに伴う電圧降下と構造変化とを関連付けしてメカニズムを解明する報告例は皆無である[1-3]。

 そこで本研究課題では、ΔV 現象がOLO電極のバルク自体の構造変化もしくは表面近傍での構造変化のどちらに起因しているのかを特定することを目的とし、充放電試験前後のOLO電極に対して、主に電極バルクの情報を得られる透過法と電極表面近傍の情報が得られる転換電子収量法を併用したメカニズム解明を試みた。

 

実験:

 予め上記の正極材料OLO (a= 0.2, x= 0.15, y= 0.55, z= 0.1) を用いた電極(集電体にAl箔を使用)を作製し、コインタイプセルを用いた。充放電試験はフォーメーションサイクルを行った後、3 サイクル目以降は電圧範囲 2.5-4.55 Vに設定し、1 C レート (100 サイクル置きに 0.2 C レートで充放電を行った), 25°Ϲ の条件で充放電試験 (50サイクル、500サイクル) を行った。充放電試験を行った電極については、取り出してから、洗浄、乾燥後、アルゴンガス雰囲気下で封止して移送し、測定試料とした。また、転換電子収量法用の試料については、充放電前後の電極をSUS基板に溶接して用いた。XAFS測定については、ビームラインBL14B2において、各電極試料の Mn K-edge、Co K-edge、および Ni K-edgeを透過法および転換電子収量法を用いて測定した。なお、充放電試験後の電極試料については、大気非暴露環境下(ヘリウムガス雰囲気)で所定の測定フォルダにセットして、測定を行った。

 

結果および考察:

 Fig. 1に、代表的なOLO材料1、2、3、103、203サイクル目の0.2 Cの充放電挙動を示す。


Fig. 1 Charge-discharge curves of OLO materials at 1st-3rd, 103th, and 203th cycles; cutoff voltage range : 2.5 - 4.55 V; C.D.: 46 mA g-1(0.2 C); measurement temperature 298 K.

 

 Fig. 1に示すように、OLO材料は、充放電サイクルに伴い、充放電挙動が変化し、放電電圧が降下する(ΔV 現象)ことがわかる。OLO材料の充電側のカットオフ電圧を変化させると、カットオフ電圧によって、放電容量および容量の減少程度が変化した。カットオフ電圧が高いほど、放電容量が大きく、容量の減少割合も大きかった。Fig. 2に、各カットオフ電圧で充放電させたセルについて、電解液中に溶け出した金属元素の割合と比較のために電極中の金属元素の組成を示す。いずれのカットオフ電圧においても、電解液中に溶け出す金属元素の割合は、電極の組成と異なり、Niが溶出しやすいことがわかった。また、カットオフ電圧が高電圧になるにつれて、Niの溶出割合も大きくなることがわかった。


Fig. 2 Ratio of elution of transition metals from the OLO electrodes to the electrolyte after 500 cycles and composition of as prepared OLO powder material;

Cut off voltage range : 2.5 - 4.55 V, 2.5 - 4.45 V, and 2.5 - 4.35 V.

 

 Fig. 3に500サイクル後のOLO電極のTEM像およびOLOの層間隔を示す。


Fig. 3 TEM image of OLO materials and inserted figures show the lattice planes distance at the surface and bulk of OLO materials after 500th cycles.

 

 Fig. 3より、OLOのバルク部分と比較して表面部分の層間隔が短くなっていることがわかる。バルク部分の層間隔は、充放電前および初期サイクル後と変わらないため、バルク部分はOLOの層構造を維持しているが、表面部分では、構造が変化していると考えられる。

 Fig. 4に、OLO電極の充放電前 (Electrode)、初期サイクル後 (Formation)、500サイクル後 (500cycle)のMn、Co、Ni K-edge XANESスペクトル(透過法)を示す。Mnの酸化数の標準試料として、LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2 (NCM523)、LiMn2O4 (Mnスピネル)、Coの酸化数の標準試料として、同じく LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2 (NCM523)、Niの酸化数の標準試料として、NiO2、NiOを用いた。Ni、Co、Mn三元型正極材 (NCM) のCo及びMn K-edge XANESスペクトルは、Ni、Co、Mn比率を変えてもほとんど変化せず、それぞれCo3+、Mn4+ であると報告されており[4, 5]、OLOと同様に層状構造を持つことから、LiNi0.5Co0.2Mn0.3O2 (NCM523)をCo3+、Mn4+ の標準試料として用いた。同様に、LiMn2O4 (Mnスピネル)中のMnは、Mn3.5+であると報告されているのに加えて[6]、スピネル構造への相転移を推定する指標として、LiMn2O4 をMn3.5+ の標準試料として用いた。Niの標準試料としては、NiOがNi2+ の標準試料として一般的に用いられていることから、これを用いた。Ni4+ の標準試料に関しては、Ni系の正極材料から、Liを完全に脱離することによって、Ni4+ が生じることが同じく報告されており[6]、LiNiO2 から電気化学的にLiを脱離したNiO2 を、Ni4+ の標準試料として用いた。


Fig. 4 XANES spectra of OLO materials by transmission method.

(a) Mn K-edge, (b)Co K-edge, and (c)Ni K-edge.

 

 Fig. 4(a)より、充放電前のMnの酸化数はおよそ+4であり、初期サイクル後にMnの酸化数が減少し、充放電サイクルに伴い、スピネル型構造のMnの酸化数である+3.5に近づいていることがわかる。Fig. 4(b)より、充放電前のCoの酸化数はおよそ+3であり、初期サイクル、500サイクル後にCoの酸化数がやや減少していることがわかる。Fig. 4(c)より、充放電前のNiの酸化数はおよそ+2であり、初期サイクル、500サイクル後も、Niの酸化数に変化はなく、酸化数は+2のままであることがわかる。Fig. 5に、OLO電極の充放電前 (Electrode)、初期サイクル後 (Formation)、500サイクル後 (500cycle)のMn、Co、Ni K-edge EXAFSスペクトル (透過法)を示す。Fig. 4のXANESスペクトルと同様、Mn、Co、Niの標準試料のEXAFSスペクトルも同時に示す。


Fig. 5 EXAFS spectra of OLO materials by transmission method.

(a) Mn K-edge, (b)Co K-edge, and (c)Ni K-edge.

 

 Fig. 5のEXAFSスペクトルにおいて、(a)Mn: K= 2-13Å-1、(b)Co: K= 2-12Å-1、(c)Ni: K= 2-13Å-1 の波数範囲でフーリエ変換を行い、動径構造関数から、遷移金属-O、遷移金属-遷移金属(M)間の相互作用の比較を行った。Fig. 6に、OLO電極の充放電前、初期サイクル後、500サイクル後の(a)Mn、(b)Coおよび、(c)Ni 原子周りの動径構造関数を示す。


Fig. 6 Fourier transforms of EXAFS of OLO materials by transmission method.

(a) Mn K-edge, (b)Co K-edge, and (c)Ni K-edge.

 

 Fig. 6(a)より、初期サイクル後および500サイクル後に、第1近接のMn-O由来の強度が大きく減少、第2近接のMn-M (他の遷移金属)の強度がわずかに増加し、スピネル構造の分布に近づいている。一方、Fig. 6(b)よりCo周りでは初期サイクル後および500サイクル後に大きな変化はなく、Fig. 6(c)よりNi周りでは、Ni-OおよびNi-M由来の強度が減少しており、OLO構造が充放電サイクルに伴い変化していることが示唆された。

 透過法では、電極材料表面と比べてバルク部分の情報に大きく影響されるため、本研究課題を遂行するためには、電極試料に対して転換電子収量法を用いて安定した測定手法を確立することが必要である。そこで、既に電極試料の測定手法が確立されている透過法と転換電子収量法による測定を行い、それらの測定結果を比較することとした。Fig. 7に、OLO電極の充放電前、50サイクル後の(a) Mn K-edge、 (b) Co K-edge、および(c) Ni K-edgeの透過法と転換電子収量法によるXANESスペクトルを示す。


Fig. 7 XANES spectra of OLO materials by transmission and conversion electron yield method.

(a) Mn K-edge, (b)Co K-edge, and (c)Ni K-edge.

 

 Fig. 7より、Fig. 4と同様、Niでは大きな変化は確認できないが、Mn, Coではいずれも50サイクル後に低エネルギー側に変化していることが確認される。また、透過法と転換電子収量法による違いはなく、正極バルクと正極表面近傍の電子構造はほぼ同様の変化を生じている。Fig. 8に、OLO電極の充放電前、50サイクル後の(a) Mn、 (b) Co、および(c) Niの透過法と転換電子収量法によるEXAFSスペクトルを示す。


Fig. 8 EXAFS spectra of OLO materials by transmission and conversion electron yield method.

(a) Mn K-edge, (b)Co K-edge, and (c)Ni K-edge.

 

 Fig. 8のEXAFSスペクトルにおいて、(a)Mn: K= 2-14Å-1、(b)Co: K= 2-11Å-1、(c)Ni: K= 2-15Å-1 の波数範囲でフーリエ変換を行い、動径構造関数から、遷移金属-O、遷移金属-遷移金属(M)間の相互作用の比較を行った。Fig. 9に、OLO電極の充放電前、50サイクル後の(a) Mn、 (b) Coおよび、(c) Ni原子周りの透過法と転換電子収量法による動径構造関数を示す。


Fig. 9 Fourier transforms of EXAFS spectra by transmission and conversion electron yield method.

(a) Mn K-edge, (b)Co K-edge, and (c)Ni K-edge.

 

 Fig. 9(b)より、Coでは大きな変化は確認できないが、Fig. 9(a)よりMn周りでは、充放電試験前と50サイクル後で第1近接のMn-Oの強度が大きく減少し、第2近接のMn-M(他の遷移金属)の強度がわずかに増加している。このことから、Fig. 6(a)と同様、Mn周りの局所構造がスピネル型構造の LiMn2O4 へと変化していることが示唆された。Fig. 9(c)よりNi周りでは、50サイクル後で第1近接のNi-Oの強度が減少し、第2近接のNi-Mの強度が大きく減少している。透過法と転換電子収量法の違いとしては、Fig. 7 (c-1), (c-2)より、Niの動径構造関数の変化は、表面敏感な転換電子収量法の方が大きく、正極バルクよりも正極表面近傍でより大きな構造変化が生じていることが示唆される。500サイクル後の測定データが得られれば、更に大きな構造変化を確認できると推定される。これらの結果から、長期充放電サイクルにおいて、CoよりもMnとNi周りの局所構造が大きく変化しており、長期充放電サイクルに伴うMnおよびNiを中心とした構造変化もしくは溶出が ΔV 現象の要因として考えられた。

 今回得られた知見から、Fig. 10にOLO電極における充放電サイクルに伴う劣化機構のモデルを示す。


Fig. 10 Schematic figure of the voltage depression mechanism of OLO material.

 

 充放電サイクルに伴い、Li1/3M2/3 層から、Mn、Co、およびNiの電解液中への溶出がわずかに起こる (Fig. 10 ①の反応)。一方で、充放電サイクルに伴いLi層にNiが移動し、電解液中への溶出反応が進行することで、Niの溶出割合が増加した (Fig. 10 ②の反応)。これらの反応は、現象的には金属イオンの溶出として捕捉された。構造的にはFig. 6及びFig. 9の結果に関連し、長期充放電サイクルにおいて、Mn及びNiを中心とした構造変化が確認された。このような変化は、Fig. 9の透過法と転換電子収量法の結果より、特にOLO材料の表面でのNiを中心とした構造変化が引き金となって進行すると考えられる。

 シンクロトロン放射光を用いた硬X線XAFS測定では、試料の密度(構成元素)にもよるが、転換電子収量法により、およそ数 10 nm~100 nm 程度の表面の局所構造を観測することが可能である[7]。Fig. 7-9より、転換電子収量法でもノイズらしきものは確認されず、透過法と転換電子収量法によるXANESおよびEXAFSスペクトルを十分に比較することが可能であった。以上より、転換電子収量法による電極表面近傍の測定および解析が可能であることがわかった。今後、転換電子収量法について、測定条件を最適化することにより、より詳細な解析が可能であると考えられた。また、透過法と併用することにより電極材料のバルクの構造変化と表面近傍の構造変化を検討可能であることが示唆され、新たな解析方法として期待できることがわかった。

 

今後の課題:

 転換電子収量法に関しては、測定上のノウハウがあり、予定していた測定データ (500サイクル後の電極も準備していたが)を十分に取ることが出来なかった。測定できた試料も数回の試行でやっと測定できた状態で、1 sampleに1時間程度を要した。

 今後は、測定試料を絞って、透過法と併用することにより電極材料のバルクの構造変化と表面近傍の構造変化を議論したい。

 

参考文献:

[1] A. R. Armstrong et al., Chem. Mater., 16, 3106 (2004).

[2] J. R. Croy et al., J. Electrochem. Soc., 161, A318 (2014).

[3] D. Mohanty et al., J. Power Sources, 229, 239 (2013).

[4] H. Kobayashi et al., J. of Power Sources, 146, 640–644 (2005).

[5] 滝本 康幸 他, フォトンファクトリーの産業利用促進 利用報告書, 2013I007.

[6] I. Nakai et al., Spectrochimica Acta Part B, 54, 143–149 (1999).

[7] M. Oishi et al., J.Power Sources, 276, 89 (2015).




ⒸJASRI

 

(Received: December 21, 2017; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)