SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

時分割超小角X線散乱によるシリカ充填ゴムの周期変形下におけるシリカの分散状態の変化に関する研究
Structural Analysis of Silica-filled Rubber Under Cyclic Deformation Using Time-resolved Ultra-small Angle X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.6.2.297
2014B1612 / BL19B2

三原 諭a, 網野 直也a, 鈴木 翔b, 西辻 祥太郎b, 竹中 幹人c

Satoshi Miharaa, Naoya Aminoa, Shou Suzukib, Shotaro Nishitsujib, Mikihito Takenakab

a横浜ゴム株式会社, b山形大学, c京都大学

aYokohama Rubber Co., Ltd., bYamagata University, cKyoto University

Abstract

 周期変形下におけるシリカ充填ゴムの内部構造変化を、時分割超小角X線散乱にて観察した。q = 0.02 - 0.03 nm−1 付近の散乱強度の時間依存性を調べたところ、変形方向と、変形に対して垂直方向で、大きな位相のずれを観測した。この結果はシリカ充填ゴムに変形を印加するとシリカの分散構造の不均一化が起こることを示唆する。シリカ用変性SBRでは、シリカのアグリゲートの基本単位の構造を表す q = 0.02 - 0.03 nm−1 付近のショルダーが、未変性SBRに比べて広角側にシフトすることがわかった。また、シリカ用変性SBRのtanδは、未変性SBR配合ゴムに比べて相対的に低い値を示すことから、シリカ充填SBRのエネルギーロスはシリカのアグリゲートの基本単位の大きさに強く依存することが示唆された。


Keywords: シリカ,凝集,分散、粘弾性


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背景と研究目的:

 シリカやカーボンブラックなどのフィラーを充填したゴムは,ゴム中にフィラーの階層的構造(1次粒子, アグリゲート, アグロメレート)を有する[1]。このようなシリカの階層的構造は、ゴム補強や物性発現において大きな役割を担うと考えられている。タイヤ性能を予測するとき、ゴムの粘弾性特性、例えば 0 °C および 60 °C における tanδ が中間物理量としてそれぞれ、湿潤路面での摩擦力、転がり抵抗性能の指標として用いられている。ゴムの粘弾性特性はゴム中におけるフィラー構造に強く依存するため、粘弾性特性発現の本質を知るためにはゴム中におけるフィラー構造を詳細に調べる必要がある。本実験ではシリカ充填ゴムに周期的伸長変形を与えながら時分割USAXS測定を行なうことにより、シリカの内部構造変化と粘弾性特性の関係が明らかにすることを目的とした。なお、過去の実験(課題番号2013B1537)において[2]、SAXSで観測される q = 0.1 - 1.0 nm−1 の領域では周期変形による散乱プロファイルの変化が見られなかったため、本実験ではUSAXS測定のみ実施した。また、シリカ種、シリカ配合量、シランカップリング剤の有無、ポリマーの種類を変えた測定用試料を準備したが、①伸長前の試料内部に残留ひずみが存在する、②伸長による塑性変形により試料がたるみ、透過光強度の低下を招く。その結果、フィラーの内部構造変化に伴う散乱強度のひずみおよび時間依存性を正確に観測できなくなるなどの問題が見られたため、それらの試料はゴムの内部構造と粘弾性特性の関係を調べる上で好ましくない。そこで、本報告では、伸長前の残留ひずみ延伸後の塑性変形が比較的小さい試料についてのみ報告する。

 

実験:

 BL19B2にて時分割超小角X線散乱測定(q = 0.004 - 0.4 nm−1q = 4π sinθ/λ、ここで θ は散乱角、λはX線の波長で 0.69 Å)、露光時間 2 s、カメラ長 41.7 m)を行った。ビームサイズは約 100 µm、検出器として大面積型ピクセル検出器 PILATUS-2M を用いた。試料と検出器間の距離は、64.3 nm の面間隔を有するコラーゲンを用いて、6次の層線から算出した。得られた散乱像を、伸長方向 ±5° および伸長に対して垂直方向 ±5° で部分円環平均を行い、一次元化した。USAXS測定に用いたゴム試料を Table 1 に示す。SBRとして、未変性SBR またはシリカと相互作用可能な変性基を有する変性SBR 2種に対し、シランカップリング剤として、ビストリエトキシシリルプロピルテトラスルフィド(TESPT)またはメルカプトシランカップリング剤(VP Si363)を、それぞれシリカ重量の 8% 配合した。これらのシリカ充填SBR未加硫ゴムに室温にて正弦波形の伸長ひずみ5水準を印加することを検討していたが、予備実験において伸長ひずみが 200% 未満では散乱パターンに変化が見られなかったため本実験では伸長ひずみ 200% を周波数 0.01 s−1 の条件で与え、散乱プロファイル変化の観測と同時にひずみを測定した。本実験では、シリカ種および配合量、ポリマー種、シラン種が異なるシリカ充填ゴム15種全てのゴム試料について時分割超小角X線散乱を測定する予定であったが、一部の試料において、伸長前の残留ひずみの存在が明らかとなったため、本報では、Table 1に示す試料のみについて解析を行ったので報告する。

 

Table 1. Sample description
Sample No. 1 2 3 4 5 6 7 8
Types of SBR Un-modified Un-modified Un-modified Un-modified Mono-functionalized Di-functionalized Un-modified Un-modified
Volume Fraction of Silica (%) 10 15 20 25 15 15 20 20
Silane coupling agent TESPT TESPT TESPT TESPT TESPT TESPT Si363 No Silane

 

結果および考察:

 Fig. 1 (a), (b) にシリカ充填量の異なるゴム試料(Sample No. 1~4)における 200 % 伸長前後の散乱曲線を示した。Fig. 1 から、シリカ充填量の増加に伴い、q = 0.02 - 0.03 nm−1 付近にシリカの凝集塊の基本体の構造を示すショルダーが鮮明に観測されるようになった。また、q = 0.01 nm−1 付近では、信号強度がほぼ q−2 に比例することから、シリカ充填ゴムは、シリカの一次凝集体がフラクタル的な自己相似構造をとっていることがわかった。Fig. 1(b) に、シリカ充填量の体積分率が異なるゴム試料に 200% 伸長ひずみを与えた後の散乱プロファイルを示した。Fig. 1(b) の赤線は伸長方向、青線は伸長方向に対して垂直方向の散乱プロファイルを示した。シリカ充填量の増加により、明らかにゴム試料の異方性が増加することを確認できた。

Fig. 1. Scattering profiles of silica filled rubber in different silica loading

(a) Initial, (b) after 200% strain

10%: Silica 10%, 15%: silica15%, 20%: silica 20%, 25%: Silica 25%

 

 Fig. 2(a), (b) にポリマーの一部をシリカと相互作用可能な官能基で変性したスチレン‐ブタジエン共重合ゴム(Sample No. 2, No. 5 およびNo. 6)における散乱曲線を示した。変性基の存在によりショルダーが高角側にシフトすることから、SBRの変性基にはシリカの凝集塊の基本単位を小さくする機能があることが示唆された。Fig. 2(b) に示したように、これらのゴム試料を 200% 伸長すると、いずれの試料にも異方的な散乱プロファイルが観測された。これは、伸長によりシリカの分散構造の不均一性が増大したことに起因する。このようなシリカ分散の構造不均一性は、課題番号2013B1537の実験でも明らかになったように、伸長方向に対して垂直方向にシリカ粒子が配向していると考えられる[2]。Sample No. 5 およびSample No. 6 に相当する変性スチレン-ブタジエン共重合ゴムは、未変性スチレン-ブタジエン共重合ゴムに比べてシリカの凝集塊の基本単位が小さくなり、その結果、ゴムの伸長による散乱プロファイルの異方性が小さくなったと考えられる。Fig. 3(a), (b) にシランカップリング剤有無(Sample No. 2 とNo. 8)およびシランカップリング剤種が異なる散乱プロファイルを示した(Sample No. 2 とNo. 7)。シラン有無およびシラン種の違いにより、伸長前の散乱曲線は大きくことなり、シランカップリング剤未配合の試料では、散乱曲線に明確なショルダーが観測され、小角側の傾きが大きい傾向を示した。これは、シランカップリング剤未配合には大きなシリカの凝集塊の存在を示唆する。一方、メルカプトシランを配合した試料では、ショルダーの位置がTESPT配合ゴムに比べてやや高角側にシフトした。これは、メルカプトシラン配合により、シリカの凝集塊の基本単位が小さくなったことを意味する。これらのゴム試料についても同様に、200% 伸長変形を与えると、Fig.3.(a), (b)に示すように、異方的な散乱プロファイルが観測された。シランカップリング剤未配合のゴムの場合、散乱プロファイルにおける小角側の傾きが大きいことを考慮すると、非常に大きなシリカの凝集塊が存在し、ひすみによりシリカの凝集構造が変化したもとを推察される。一方、メルカプトシランは、シリカとゴム間をカップリングするため、シリカの凝集塊がメルカプトシランを介してゴムと強く結合し、ゴムのひずみに対してシリカの凝集塊が追従しやすく、その結果、散乱プロファイルに異方性が現れたものと考えられる。

Fig. 2. Scattering profiles for different types of polymers

(a) Initial, (b) after 200% strain

Unmodified: No functionalized SBR, Mono-f: Mono-functionalized SBR, Di-f: Di-functionalized SBR

Fig. 3. Scattering profiles for different silane coupling agent

(a) Initial, (b) after 200% strain

 

 次に、シリカの階層構造が周期変形によってどのように変化するかを明らかにするために、球状のシリカ凝集塊が連続的に繋がった構造を仮定し、シリカアグリゲートのネットワーク構造に対応する領域(q が 0.005-0.006 nm−1)とシリカの凝集塊の最小単位大きさに対応する領域 (0.02 - 0.03 nm−1)における散乱強度の時間依存性を調べた(Fig. 4 (a)-(c))。シリカのアグリゲートのネットワーク構造を示す部分(q の領域が 0.005 - 0.006 nm−1)では、変性基の有無やシラン種に関わらず伸長変形に同期して散乱強度が変化し、僅かな異方性が見られた。これは、シリカアグリゲートのネットワークがひずみに同期して変化していることを意味する。ゴムに試料により、ひずみに対するアグリゲートの変化が異なるが、シリカ-ゴム間の結合の強さやシリカの凝集塊の壊れ易さなど様々な原因が考えられるが、本実験では明らかにすることができなかった。

Fig. 4. Time dependence of average scattering intensity at q=0.005-0.006 nm-1 in silica filled SBR

(a) Different silica loading, (b) different types of polymer, (c) different types of silane

 

 一方、Fig. 5 (a)-(c) に示したように、シリカのアグリーゲートの基本単位の構造を示す部分(q の領域が 0.02 - 0.03 nm−1)の散乱強度の時間依存性には、伸長方向と伸長に対して 90° 方向で位相差が見られた。SBRの違い、シランカップリング剤の違いを比較してもどれも同様に散乱強度の時間依存性に位相差が見られるが、シリカの体積分率の違いにおいて、15% 以下では位相差が見らなかった。上述のようなシリカのアグリゲートを構成する基本単位構造のゴムの変形に対する異方性や位相差は、シリカのアグリゲートの配向に起因すると推察される。

Fig. 5. Time dependence of average scattering intensity at q=0.005-0.006 nm-1 in silica filled SBR

(a) Different silica loading, (b) different types of polymer, (c) different types of silane

 

 Table 2 に各種シリカ充填ゴムの貯蔵弾性率のひずみ依存性を示した。なお、貯蔵弾性率はアルファーテクノロジー社製 Rubber Process Analyzer を用いて、60°C, 周波数 0.01 Hz, ひずみ0.28-30% の条件で測定し、ひずみを 0.28% から 30% に増加させたときの貯蔵弾性率の変化量 ΔG ' を求めた。フィラー充填ゴムの弾性率のひずみ依存性はペイン効果と呼ばれ、ひずみ印加によるゴムの内部構造変化に起因する。変性基の存在やメルカプトシランを配合したゴムでは、ペイン効果が低減し、一方、シラン未配合やシリカ充填率の大きいゴム試料では、ペイン効果が増大した。貯蔵弾性率のひずみ依存性の大きさは、Beacage unified equation 式(1)で見積もった一次凝集体の大きさに相当する Rss と概ね相関した(相関係数 R2 = 9.64)。

 

Table 2. ΔG' for silica filled SBR (Payne effect)

Sample No.12345678Sample descriptionSilica
10%Silica
15%Silica
20%Silica
25%Monof
SBRDi-fSBRVPSi363No
SilaneR ss (nm)34.035.636.837.536.035.935.041.0G ' at 0.28%-G ' at 30% (kPa)8.016056919782762473381170

 以上の結果から、シリカ充填ゴムの内部構造は伸長により、シリカがひずみの方向に対して垂直方向に配向した不均一性が増大することが示唆された。また、末端変性SBRやメルカプトシランは、シリカのアグリゲートサイズを小さくし、その結果、貯蔵弾性率のひずみ依存性が小さくなる可能性が示唆された。

 

今後の課題:

 シリカのアグリゲートの基本単位の構造はゴムの粘弾性特性と相関を示した。本実験によりシランカップリング剤や変性スチレン-ブタジエンゴムの機能が明らかとなり、今後のタイヤ用ゴムの開発に活用できる。しかし、装置の不具合により応力を検出できなかったため、繰返し変形による構造変化と粘弾性特性の時間依存性を明らかにすることができなかった。タイヤ用のゴムは加工過程や車の走行時に繰返し変形を受けている。このような繰返し変形場におけるシリカの分散構造の変化は、ゴムの加工性やタイヤ性能に大きな影響を与える。今後、FSBLに設置可能で、且つ、実際にタイヤが走行している条件(圧縮変形)やゴムの押出加工におけるせん断流動を再現できるような装置作りが必要と考える。今後のタイヤ開発において、フィラーの分散構造に関する数十~数百ナノメートルオーダーの視点は、タイヤ性能やゴムの加工性を飛躍的に改善するために重要となる。シリカ充填ゴムの内部構造不均一性と粘弾性特性の関係について明らかにすることで、タイヤの転がり抵抗性能や押出加工性の改善に結びつける。

 

参考文献:

[1] T. Koga et al., Macromolecules, 41, 453 (2008).

[2] 三原 他、SPring-8利用研究成果集 5, Section B, 92, 2013B1537 (2017).

 

ⒸJASRI

 

(Received: May 29, 2015; Early edition: February 27, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)