Volume6 No.2
SPring-8 Section C: Technical Report
コンプトン散乱元素分析手法の貴金属被膜下及び卑金属被膜下の金属に対する検出下限の検証
Verification of the Lower Detection Limit of Compton Scattering Element Analysis under the Noble Metal and Base Metal Coverage
a東京税関, b(公財)高輝度光科学研究センター
aTOKYO CUSTOMS, bJASRI
- Abstract
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SPring-8 BL08Wの高エネルギーX線により、非破壊で貴金属の贋造品や卑金属で覆われた貴金属の内部材質の同定が可能か否か検証した。その結果、金板を卑金属板(50~600 μm)で覆った場合には内部材質である金の蛍光X線が検出された。一方、内部材質を卑金属板とし、金板(127 μm)で覆った場合には、内部材質が軽元素(鉄、銅)の場合、蛍光X線は検出されなかったが、これらはコンプトン散乱の観測により、同定が可能となった。
キーワード: コンプトン散乱、高エネルギーX線、貴金属偽装
背景と研究目的:
法科学鑑定や美術品鑑定においては、卑金属などの表面に貴金属をメッキしたり、貴金属の薄板を貼りあわせるなどした贋造品の材質評価を求められることがあるが、このような贋造品の内部の卑金属などの材質を非破壊的に分析することは一般には難しい。貴金属のメッキ層が薄い場合は、蛍光X線分析により内部の材質を非破壊的に分析することは可能であるが、メッキ層が厚い場合や、薄板を貼りあわせている場合、実験室レベルの蛍光X線分析では表面の貴金属しか検出されない。また、密度の測定によって内部の材質が表面の貴金属と同じでないと判断できる場合もあるが、金で被覆されたタングステンのように内部の卑金属と表面の貴金属の密度が近接している場合は、密度の測定による真贋の判断が不可能であり、そもそも密度の測定では内部の材質を同定することはできない。貴金属で覆われた内部の卑金属などの材質を非破壊的に識別することができれば、美術品、装飾品や金のインゴットなどの材質偽装事案の鑑定検査に有効な手法となり、卑金属で覆われた内部の貴金属の材質を非破壊的に識別することができれば、外国から本邦への輸入時に税関に支払うべき関税及び消費税を支払わずに輸入し、本邦での換金時にその消費税分を儲けるような関税法違反事案などの対策に有効な手法となる。
そこで、本研究では試料を破壊せずに金に覆われた内部の卑金属である「卑金属の貴金属偽装」及び、卑金属に覆われた内部の金である「金の卑金属偽装」を見破ることを目的とし、内部材質の元素を蛍光X線もしくは、コンプトン散乱により同定する手法について、被覆材質の厚さと被覆される元素の組み合わせごとの検出性能について評価し、美術品などの真贋鑑定、税関検査を含む科学捜査への応用の可能性を検討することを目的とし、実証実験を行った。
実験:
本実験で対象とするのは薄い数 µm 厚のメッキの下の材質識別ではなく、被覆材が 100 µm 以上の偽装貴金属を想定している。このため、試料に高エネルギーX線を照射して内部で発生する高エネルギーの蛍光X線やコンプトン散乱X線を検出し元素同定を行った。実験はBL08Wで行い、入射X線は、エネルギー 115.56 keV、直線偏光モードとした。X線は45度に傾けたサンプルに照射し、垂直方向上部に設置したゲルマニウム検出器で観測した。検出器前部に設置したコリメーターにより検出するX線の散乱位置を制限することができ、被覆材より内部の測定が可能にある。また、入射X線は水平方向に変更しているので、検出器を上方散乱角90度に設置することにより、コンプトン散乱、蛍光X線ともに高い強度で検出できる(図1)。
図1. 計測装置見取り図
被覆金属及び内部材金属の組み合わせ
表1の25通りの組み合わせにより、測定を行った。被覆材としての銅、亜鉛、ニッケル及びすず板は、重ねることにより、厚みを変化させた。
また、試料は重ねてクリップで留め、重なっている部分にX線が照射されるように固定した(図2)
表1. 被覆材質と内部材質の組合せ
図2. 照射の様子
結果および考察:
内部材質が金の場合
表1番号1~16のとおり金の卑金属偽装を想定し、内部材質を金とした場合、いずれの被覆材質においても、金の蛍光X線(K線)スペクトルは検出された。被覆金属の種類や厚さにより、金の蛍光X線の強度は異なっているが、金は重元素であり、この蛍光X線(K線)は被覆金属を透過するときの質量吸収係数が小さいことにより、透過率が大きくなるため、被覆金属を充分に透過することができたと考える。但し、被覆金属がタングステンの場合、タングステンのKβ線と金のKα線のエネルギーが近接しているため、金のKα線の強度は確認出来ず、金のKβ線の確認により検出可能と判断した。今回の検証で金の被覆材質として最も厚いもので 600 µm 程度であるが、被覆材質を更に厚くした場合に内部材質である金が検出される金の透過率Tは、以下の式( 1 )で表される。
T = exp{-(μ(Ef)/ρ)ρt/sin45°} ( 1 )
この式のμ(Ef)/ρは、被覆材質を透過するときの蛍光X線の質量吸収係数を示し、厚さtの被覆材質を 45° の入射角で透過するときの透過率を示す。各材質の質量吸収係数は、National Institute of Standard and Technology (NIST) が提供するデータベース"XCOM"から取得した値を用いた[1]。今回の検証では、この透過率が約 10,000分の1以上の時に、内部材質である金の蛍光X線(K線)が検出されている。これにより、透過率 10,000分の1を検出下限とし、式(1)より求めた金の卑金属被膜下の検出下限の理論値は、鉄の場合、約 6000 µm、銅、ニッケル、亜鉛の場合、約 5000 µm、銀の場合、約 1000 µm、タングステンの場合、約 250 µm であると算出した。
被覆材質が金の場合
表1番号17~25のとおり卑金属の貴金属偽装を想定し、被覆材質を金とした場合、内部材質の一部は、その蛍光X線が観察できない場合があるが、タングステンや銀を内部材質とした場合には、蛍光X線(K線)スペクトルが観察される。重元素であるタングステンや銀の蛍光X線は、質量吸収係数が小さいことから透過率が大きくなるため、金を透過して検出できるものと考える。
他方、比較的軽い元素(鉄、銅)の蛍光X線(K線)は、金を透過するときの質量吸収係数が大きいため透過率が小さくなり、被覆材質である金の厚さが 127 µm の場合は金を透過せず検出できなかった。上記式(1)にて、検出下限を算出すると、被覆材質の金がおおよそ 10 µm 以下であれば、鉄及び銅の蛍光X線を検出することが可能となる。
また、被覆材質と厚さは変えず鉄又は銅(表1番号24及び25)を内部材質とし、検出されたコンプトン散乱を観察すると、コンプトン散乱ピーク上に入射X線エネルギーから各々の原子の吸収端エネルギーを差し引いた位置に束縛エネルギーによるエッジが観察された(図3)。以上のことから、内部材質の蛍光X線が検出できない場合であっても、内部材質が鉄もしくは銅である場合にコンプトン散乱により確認可能であることが分かった。
図3. 鉄及び銅に金を被覆した場合の(a)蛍光X線及びコンプトン散乱のスペクトル
及び(b)コンプトン散乱ピーク上の鉄及び銅のエッジ
今後の課題:
今回の実験に供試した試料のほとんどで蛍光X線での内部材質の同定が可能であったため、コンプトン散乱分析はその可否のみの検証に留まった。コンプトン散乱分析法による検出下限については、より多くの供試試料を揃えたうえで、更なる検証が必要と考える。
参考文献:
[1] M. J. Berger et al.,: https://www.nist.gov/pml/xcom-photon-cross-sections-database
ⒸJASRI
(Received: July 5, 2017; Early edition: January 31, 2018; Accepted July 3, 2018; Published August 16, 2018)
(Revised: November 27, 2018)