SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

科学鑑定のためのプラスチックフィルムの放射光Ⅹ線小角/広角散乱分析
Simultaneous SAXS/WAXS Analysis of Plastic Films for Criminal Investigation

DOI:10.18957/rr.6.2.286
2014A1142 / BL40XU

橋本 敬, 本多 定男, 青山 光輝, 八木 直人

Takashi Hashimoto, Sadao Honda, Kouki Aoyama, Naoto Yagi

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 放射光を用いた小角および広角散乱分析法によって、ポリ袋などのポリエチレンフィルムの分析を行った。測定はフィルムの垂直方向にX線を入射し散乱の二次元回折像から2θプロファイルを算出した。小角散乱データからはポリエチレンのLDPE、LLDPE、HDPEの種別を識別することができ、同一種別内の製品グレードの異同識別も可能であることが分かった。


Keywords:科学捜査、プラスチックフィルム、X線小角散乱分析


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背景と研究目的:

 2014A期に本課題(課題番号2014A1142)を申請したナノ・フォレンシック・サイエンスグループは、2011 年 12 月 1 日に公益財団法人 高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門内に創設され、放射光の利活用によって、法科学(フォレンシックサイエンス)分野における社会的貢献をすることを使命として活動を始めた。ナノ・フォレンシック・サイエンスグループでは薬物、毒物、自動車塗膜などの放射光による法科学への応用を目的とした測定について2012年から研究を行ってきている。

 ポリエチレン、ポリプロピレンなどのプラスチックフィルムは日常生活でよく見かける包装材料で、透明度が高く安価なことから、食品、薬品の透明包装などによく用いられる。これらは乱用薬物のパッケージや、凶器などの運搬、保管のために使われることが多く、証拠資料として異同識別を要求されることがある。これらのフィルムの異同識別については、X線回折測定、赤外分光分析、位相差顕微鏡、微分干渉顕微鏡など光学顕微鏡によるフィルム表面および内部の形態観察による識別などの報告がある。[1-5] ポリエチレンが結晶性のポリマーであることから、X線小角および広角散乱測定を行いこれにより異同識別を検討した。


実験:

 試料は、低密度ポリエチレン(LDPE)、直鎖低密度ポリエチレン(LLDPE)および高密度ポリエチレン(HDPE)32種類についてサプライヤーにおいてブロー成型されたフィルム(厚さ 30 µm)である。測定はX線をフィルムに垂直方向に入射し、広角および小角散乱を測定した。

小角散乱:X線エネルギー 8.08 keV、波長 1.535 Å、カメラ長 3043 mm、検出器フラットパネル、取り込み時間 1.5 secで行った。

広角散乱:X線エネルギー 12.4 keV、波長 1 Å、カメラ長 100 mm、検出器イメージインテンシファイア+CCD、取り込み時間 0.2 secで行った。

 ビームサイズは、どちらも直径約 6 µm である。


図1. 試料周りのセットアップ


結果および考察:

【小角散乱】

 測定データの解析はFit2Dを用いて行った。

CCDの二次元画像と全周方向に解析した2θプロファイルを取得した。

代表的な2θプロファイルとCCDの二次元画像を図2~4に示す。二次元画像は縦方向がMD方向である。

 CCDの二次元画像からは結晶構造の配向についての情報が得られることから、2θプロファイルとCCDの二次元画像を合わせることでかなりの識別力があるものと考えられた。今回測定したサンプルのデータについては2θプロファイルと二次元画像の組み合わせが完全に一致するものは認められないことから識別能力は十分あると考えられた。


図2. LDPEの2θプロファイルとCCDの二次元画像

θの単位は degree である。

二次元画像は縦方向が MD 方向である。


図3. LLDPEの2θプロファイルとCCDの二次元画像

θの単位は degree である。

二次元画像は縦方向が MD 方向である。


図4. HDPEの2θプロファイルとCCDの二次元画像

θの単位は degree である。

二次元画像は縦方向が MD 方向である。


【広角散乱】

 広角散乱の像を図5に示す。図の上下方向がブロー成形の押し出し方向(MD方向)である。

LDPE、LLDPEでは(110)面が押し出し方向に直行する方向(TD方向)に分かれて配向しているものが多かった。HDPEでは押し出し方向に直行する方向に配向しているが分かれてはいないものが多いが、LDPE、LLDPEのように分かれて配向しているものもあった。LLDPEは(110)面の配向が少ないものもある。広角散乱の像は特徴的であり、ϕスキャンを行って配向度を数値化すれば、識別情報として有用であると考えられた。


図5. 広角散乱(WAXS)のCCDの二次元画像

二次元画像は縦方向が MD 方向である。


今後の課題:

 小角散乱のデータからはポリエチレンのLDPE、LLDPE、HDPEの種別を識別することができ、同一種別(LDPE、LLDPE、HDPE)内の製品グレード間でも2θプロファイルと二次元画像のそれぞれが特徴的であることからこれらの異同識別も可能であることが分かった。

 LDPE、LLDPE、HDPEそれぞれの特徴的な二次元画像は長周期構造の違いによるものと考えられ異同識別に用いることができると考えられる。識別能力を検討するためには製品グレード間で結晶構造に有意な違いがあるかどうかを検討することが必要である。また、LDPE、LLDPEについてはフィルムの固着を防止する目的でシリカ、タルク、アルミノシリケートなどの無機のブロック防止剤(アンチブロック剤)を含むものがありこれが散乱に影響することが考えられる。これらの無機のブロック防止剤の測定に与える影響を検討するためには同一グレードのポリエチレンでブロック防止剤を含むものと含まないものを入手して測定することが必要となるが、このような作業はサプライヤーの協力無くしては実現不可能である。サプライヤーの協力を得るためには警察などの司法機関との連携が必要と考えられるので、JASRIとしては関係取締機関およびサプライヤーと連携してプロジェクトを推進することが今後の課題と考える。


参考文献:

[1] Nir-El Y. , J Forensic Sci. 39, 758–769 (1994).

[2] Valerio Causin et al, Forensic Sci. Int., 164, 148–154 (2006).

[3] Valerio Causin et al, Forensic Sci. Int., 168, 37–41 (2007).

[4] Takashi Hashimoto et al, J. Forensic Sci., 52, 1082-1088 (2007).

[5] Takashi Hashimoto and, Minoru Mizuhata, J. Forensic Sci., 57, 744-749 (2012).



ⒸJASRI


(Received: September 30, 2017; Early edition: January 31, 2018; Accepted: July 3, 2018; Published: August 16, 2018)