SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

SDSが引き起こす角層構造変化に対する多価アルコール添加効果
Roles of Polyols in SDS-Induced Structural Change of Human Stratum Corneum

DOI:10.18957/rr.6.1.96
2014A1551 / BL19B2

簗瀬 香織a, 藤崎 裕子a, 八田 一郎b

Kaori Yanasea, Yuko Fujisakia, Ichiro Hattaa

aクラシエホームプロダクツ株式会社, b(公財)名古屋産業科学研究所

aKracie Home Products, Ltd., bNagoya Industrial Science Research Institute

Abstract

 ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)適用によるヒト皮膚角層構造変化と、多価アルコールの添加が構造変化に与える影響を、X線散乱測定により観察した。SDSの適用により、角層細胞間脂質の長周期ラメラ構造は明らかに膨潤し、短周期ラメラ構造はほとんど変化しなかったが、多価アルコールはラメラ周期に影響を及ぼさなかった。細胞間脂質充填構造はSDS単独ではほとんど変化しなかったが、多価アルコールを添加すると、格子間隔が増加し、充填構造を緩めた。


キーワード: stratum corneum, sodium dodecyl sulfate, glycol, X-ray diffraction


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背景と研究目的:

 皮膚洗浄料の主材料であるアニオン性界面活性剤は、油と水に作用し汚れを効果的に除去する。このとき汚れだけを除去することが望ましいが、過度な洗浄を繰り返した肌は、水分量が低下し肌荒れが生じる。多価アルコールは保湿剤として汎用される材料であり、SDSに多価アルコールを添加することで肌荒れを抑制することが期待できる。本研究では、角層構造に対するSDS溶液の作用と、多価アルコールの添加効果についてX線散乱測定を用いて検討した。


実験:

【測定条件】皮膚組織からトリプシン処理により剥離した角層(Biopredic Co., Ltd, France)を洗浄・乾燥後、予め 25 wt% の水分量に調節したものを専用セル[1]に充填し、界面活性剤溶液をセル内に注入してX線散乱プロファイルの時間変化を追跡した。測定する領域は S = 0.07–2.86 nm−1 とし、露光時間は1回30秒にて3分毎に96分間測定した。X線のエネルギーは 28 keV、カメラ長は 700 mm(ベヘン酸銀の回折ピークを用いて較正)とし、検出器にはPILATUS 2Mを用いた。


【測定試料】測定に用いる界面活性剤は、これまでの測定結果から比較的構造変化が強く現れた 10 wt% ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)を適用材料とし、添加する多価アルコールは、二価アルコールである 10 wt% ジプロピレングリコール(DPG)、三価アルコールである 10 wt% グリセリン(Gly)、多くの水酸基を持つ多価アルコールとして、水酸基価500程度の 10 wt% ポリエチレングリコール(PEG)を用いた。


結果および考察:

 我々はSDSが引き起こす角層構造変化に対する多価アルコール添加効果を調べるため、SDSにDPG、Gly、PEG を添加した溶液を角層に適用し、直後から96分後までX線散乱測定を行った。

 角層に各溶液を適用したときの小角X線散乱プロファイルを図1に示す。ヒト角層細胞間脂質は約 6 nm の短周期ラメラ構造と約 13 nm の長周期ラメラ構造もつことが知られているが、短周期ラメラ構造に起因する1次ピークが S = 0.16 nm−1 付近に、長周期ラメラ構造に起因する3次ピークが S = 0.22 nm−1 付近に確認できた。いずれの溶液も、S = 0.16 nm−1 付近のピークはSDS適用によってほとんど変化が見られなかった一方で、S = 0.22 nm−1 付近のピークは溶液を添加した直後から徐々に低角側へシフトした。すなわちSDS適用後に長周期ラメラ構造の面間隔は徐々に膨潤した。


図1. SDS処理ヒト角層の小角X線散乱プロファイル

 (a) SDS (b) DPG+SDS (c) Gly+SDS (d) PEG+SDS


 次にそれぞれのピークをガウス関数にフィッティングし、対応するラメラ周期について解析した結果を図2(A)(B)に示す。また図2(C)にSDS+Gly添加3分後のプロファイルをフィッティングの典型例として示した。ラメラ周期は短周期、長周期共にSDS単独添加と比較して、DPG、GlyおよびPEGを添加した場合にほとんど違いは見られなかった。


図2. ラメラ構造周期の時間変化

(A) 短周期ラメラ構造 (B) 長周期ラメラ構造 (C) フィッティング典型例


 長周期ラメラ構造では、SDS溶液の添加により、SDSおよび多価アルコールが侵入することで面間隔が増加するものと考えられるが、多価アルコールの添加はラメラ周期に影響をもたらさなかった。

 次に、細胞間脂質中の炭化水素鎖の充填格子については、六方晶(格子定数 0.42 nm)と斜方晶(格子定数 0.37 nm、0.42 nm)があることが報告されているが[2]、今回の実験においても 0.42 nm に相当する S = 2.4 nm−1 付近及び、0.37 nm に相当する S = 2.7 nm−1 付近にピークが確認された(図3)。ラメラ面内の六方晶と斜方晶の両方に由来する S = 2.4 nm−1 付近のピーク、及び斜方晶に由来する S = 2.7 nm−1 付近のピークをガウス関数でprofile fittingして導出した格子間隔の時間変化を図4、図5に示す。SDS単独添加の場合には、どちらも格子面間隔に有意な変化が見られないのに対して、SDSにDPG、Gly及びPEGを添加した場合では、わずかに格子間隔が増加した。距離の増加は両方のピークに共通することから、斜方晶、六方晶共に格子間隔が広がり、充填構造が緩んだものと考えられる。


図3. SDS処理ヒト角層の広角X線散乱プロファイル


図4. 六方晶及び斜方晶の充填構造の時間変化

(a) SDS (b) DPG+SDS (c) Gly+SDS (d) PEG+SDS


図5. 斜方晶の充填構造の時間変化

(a) SDS (b) DPG+SDS (c) Gly+SDS (d) PEG+SDS


 今回の実験では、角層にSDS水溶液と合わせて多価アルコールを添加すると、SDS水溶液単独で添加する場合と同様に長周期ラメラ構造の周期が広がったが、多価アルコールの添加による影響は認められず、周期の広がりを抑制することはなかった。またSDS水溶液単独ではほぼ変化が見られなかった炭化水素鎖の充填構造では、SDS水溶液に多価アルコールを添加することで、格子間距離がわずかに広がりを示したが、多価アルコールの種類による違いは観察できなかった。


今後の課題:

 今回の測定時間はSDSを角層に添加後96分までの経過を測定したが、角層構造変化の途中段階であることがうかがえることから、変化が平衡に達するまでのまで測定時間を延長し検討することが必要である。また課題申請時には、界面活性剤溶液適用2時間後に精製水に置換した後の構造変化も追うことを計画したが、今回は時間の都合により断念したので、今後の課題である。


参考文献:

[1] I. Hatta, et al., Chem. Phys. Lipids 163, 381 (2010).

[2] J. A. Bouwstra, et al., Int. J. Pharm. 84, 205 (1992).



ⒸJASRI


(Received: March 11, 2015; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)