SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

科学鑑定のための自動車塗膜の赤外放射光分光顕微分析
Synchrotron Radiation Fourier Transform Infrared Spectrometer(FTIR) Microscopy Analysis of Vehicle Paint for Criminal Investigation

DOI:10.18957/rr.6.1.145
2014A1840 / BL43IR

本多 定男, 橋本 敬, 森脇 太郎, 池本 夕佳, 木下 豊彦

Sadao Honda, Takashi Hashimoto, Taro Moriwaki, Yuka Ikemoto, Toyohiko Kinoshita

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

 

Abstract

 科学鑑定のもっとも重要な対象のひとつに自動車塗膜があり、構成する各層について赤外分光分析を実施してデータベースと照合することにより車種を推定することが可能になる。

 全国各警察の科学捜査研究所では、自動車塗膜を研磨したうえ各層から微量を採取し、グローバー光源の顕微フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)により分析しているが、微細・僅少になるにしたがって採取して分析に供するのが難しくなり、また分析が可能であってもノイズレベルが高くなり、データベースとの照合でヒット率が大きく低下する。まして、擦過状に付着したものについては層状部分が発見が困難で、まったくお手上げの状態である。

 そこで、広がりが小さく、桁違いに強度が高い赤外放射光分光分析に着目し、アパーチャで 2 µm に絞ったマッピング分析により極小の擦過状自動車塗膜の分析手法について検討した。


キーワード: 科学捜査、法科学、微細証拠物件、赤外放射光、顕微FTIR、自動車塗膜

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背景と研究目的:

 車体の自動車塗膜は、一般に図1に見られるような層構造を有している。その構成は、表1に示したように防錆のために鋼板に施されたカチオン塗装の下塗の上に、中塗、上塗、クリアーの各塗料を塗布し、焼付処理をして硬化させたものである。

図1. 自動車塗膜の断面

 

表1. 自動車塗膜の校正

 軽微な車体の変形ではなかなか剥がれないようなっているが、人と衝突したような場合には、大きく変形した部分から幅 0.5 mm、長さ数 mm~数 10 mm 程度のものが少量剥離して落下する。

 ひき逃げ事件等の現場で採取された自動車塗膜について、これらの各層に関する赤外分光分析を実施し、データベースと照合することにより車種を推定する。なお、クリアー、上塗、下塗については、自動車メーカー間にそれほど大きな差異が見られないことが多いが、中塗は塗膜自身の剥がれにくさ、平滑性、耐チッピング性に関連し、顔料や添加剤等で自動車メーカーの企業秘密やノウハウが集中している重要な部分であるため自動車メーカー間の差異が大きく、中塗層の赤外線吸収スペクトル(1000 cm-1~1400 cm-1 の範囲)をデータベースと照合することにより車種推定が可能となる場合が多い。

 全国各警察の科学捜査研究所では、自動車塗膜の各層を研磨等で露出させたうえ各層から微量を採取し、グローバー光源を用いる顕微FTIRにより分析を実施している。しかし、この分析にはある程度の大きさの自動車塗膜が必要である。微細・僅少になるにしたがって各層からの採取が困難になるとともに、測定を行ってもノイズレベルが高くなることから、データベースとの照合の際にヒット率が大きく低下し、したがって車種推定が困難となる。ましてや、銀行強盗等の重要事件で逃走時に車両をガードレール等に接触したような場合の擦過状自動車塗膜は、各層が潰れて入り混じっているために各層のピュアな分析結果を得ることが殆どの場合に困難であり、車種推定は不可能である。

 赤外放射光を用いた自動車塗膜の分析については、ミクロトームで各層が現れるように薄片を作製したうえ他層成分が混在しない純粋な領域を測定することで、グローバー光源に対する優位性が顕著になると報告され[1]、また、同様に薄片を作製して2次元マッピング分析を行い、顔料や架橋剤のメラミン樹脂が他の層に混入していること報告されている[2]。なお、ガードレール等に擦過状に付着した自動車塗膜については、層状の極微小領域を発見し、合成樹脂に包埋、研磨した後、テルル化カドミウム水銀(MCT) を用いたフォーカルプレインアレイ(FPA)検出器を用いた全反射測定法(ATR)法による2次元イメージング分析を報告しているが[3]、検出器の制限により 900 cm-1 までしか測定できないうえ、ATR測定のために透過法で測定されたデータベースと照合する場合にヒット率が少し悪くなってしまう欠点がある。

 そこで、擦過状に付着した自動車塗膜について、データベース照合に有利な赤外放射光を用いた透過法による分析を検討した。

 

実験:

 ガードレールへの軽微な接触事故が発生したので、図2に矢印で示した部分から粘着テープで付着物を採取するとともに、車両の所有者の協力をいただいたうえ接触した車両からも対照試料を採取した。

図2. ガードレール

 

 付着物について顕微鏡下で観察したところ、図3に示したように丸まった形状であるが、内側に極微小の層状の部分が発見された。対照試料と比較したところ、下塗部分が欠落した中塗層からクリアー層までの部分が存在することが判明した。

図3. 採取した擦過状自動車塗膜

 

 付着物を粘着テープから分離したのち、エポキシ系合成樹脂で固定したうえ、ミクロトームで厚さ6 µm の薄片を作製し、分析に供した。

 SPring-8のBL43IRに設置されているBruker社製VERTEX70&HYPERION2000赤外顕微装置を使用し、赤外放射光を光源として、2 µm 角のアパーチャで絞り、透過法により 2 µm ずつ移動させて1次元マッピング測定を実施した。測定条件は、次のとおり。

 

測定条件

・ 対物レンズ:カセグレン 36倍

・ 分解能:4 cm-1

・ スキャン回数:64 scan

・ アパーチャ:2 µm 角

・ 検出器:MCT (HgCdTe) 半導体検出器

・ 測定方法:透過法

 

結果および考察:

 図4の左側に塗膜の層構成の測定部位を示した。なお、左上、右下の明るい部分は作製に用いたエポキシ系合成樹脂である。

図4. 擦過状自動車塗膜の1次元マッピング分析結果

 

 断面の層構造に対して垂直の方向に、約60 µmの領域を2 µmずつ移動させて測定した。ここで見られる○印は測定した部分を示すが、大きさに意味はない。

 測定に要した時間は10分程度である。各層から得られた各赤外線吸収スペクトルを図4の右側に示した。厚みが 30 µm もあるクリアー層及び隣接するメタリック粉末を含む上塗(シルバーメタリック)からは 1100~1250 cm-1 のC-O伸縮による吸収が見られ、次の層からは 1236 cm-1、1251 cm-1 付近のテレフタル酸による吸収が見られた。なお、いずれも 1500 cm-1、1551 cm-1 のメラミン樹脂のトリアジン環による吸収が見られ、前二者はアミノアクリル樹脂、後者はアミノポリエステル樹脂と判断された。

 

 なお、これらは充分にデータベースと照合可能と判断される。

なお、同一の試料について、別の機会に同一装置、同一条件で、光源をグローバー光源に変更して測定した結果を図5に示した。測定時間も同様である

図5. 同一試料のグローバー光源による1次元マッピング分析結果

 

 2 µm 角のアパーチャで絞った分析は赤外光の大部分を捨ててしまうことになるので、ノイズレベルが高く、データベースと照合しても、高いヒット率を望むのは困難と思われる。

 これらの結果を比較すれば、赤外放射光の優位性は明らかであった。

 最近では、コストダウンや省エネルギーの観点から中塗・上塗・クリアーを塗布する際に焼き付け工程を減らすというウェット・オン・ウェットを実施する傾向にあり、顔料や橋架け剤として使われるメラミン樹脂が拡散して他の層に混入することが報告されている [2]。このように、各層の境界部分では塗料が混合して均質ではなくなっていると考えられることから、従来のように各層の一部を採取して分析するのは、データベースと照合するうえで誤った結論を導いてしまう恐れが横あると考えられる。この問題を回避するために、断面の全域を横断的にマッピング分析を行うのが必要と思われるので、このような微小領域のマッピング分析が今後ますます重要となる。

 

今後の課題

 今回は実施していないが、グローバー光源を用いた測定でも、5 µm 角以上のアパーチャで絞った分析はノイズレベルが改善され、データベースとの照合は可能になると思われる。

 なお、自動車がガードレール等に接触する場合、非常に角度が浅い場合には軽い擦過が起こり、自動車塗膜の各層が完全に潰れて薄く擦過状に付着する場合が散見される。このような場合、車種推定は全くお手上げであるが、これらの付着物を注意深く採取して2次元マッピング分析を実施し、中塗部分を特定できれば、車種推定は可能になるものと思われる。このような試料が入手できれば、2次元マッピング分析を検討したい。

 

参考文献:

[1] 森脇太郎, 池本夕佳, 二宮利男、SPring-8利用研究成果集 3(2) (DOI:10.18957/rr.3.2), 346 (2015).

[2] Mark Maric et al, Forensic Science International, 228, 165 (2013).

[3] 本多定男, 向井 中, 嶋田 茂, 日本法科学技術学会誌, 10 別冊号 第11回学術集会講演要旨, 101 (2005).

 

ⒸJASRI

 

(Received: September 29, 2017; Accepted: December 18, 2017, Published: January 25, 2018)