Volume6 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
延伸時のナノシリカ充填シリコーンゴムの階層構造解析
Analysis on Hierarchical Structure of Nano-Sillica Filled Poly(dimethylsiloxane) during Uniaxial Deformation
住友ベークライト株式会社
Sumitomo Bakelite Co., Ltd.
- Abstract
-
優れた化学的安定性を有するシリコーンゴムは、様々な用途で使用されているが、引裂き強度の弱さが課題である。我々は補強材としてナノシリカを充填することにより、高引裂き強度を備えたシリコーンゴムを開発している。本研究では、延伸過程における構造変化を極小角X線散乱および小角X線散乱測定により評価した結果、高次構造の変形が観察された。
キーワード: ナノシリカ、シリコーンゴム、USAXS
背景と研究目的:
シリコーンゴムは耐熱、耐寒、化学的安定性に優れ、離型性や電気絶縁性、気体透過性、透明性が良好であることから医療機器用途などの幅広いアプリケーションで活用されている[1]。一方、多様な用途が期待されるシリコーンゴムの課題として、引裂強度の弱さが挙げられる。通常、シリコーンゴムの引裂強度は室温下で 10 N/mm 以下であり、破断強度も 3 MPa と低い。そのため、補強材としてシリカが使用されているが、その延伸による階層構造の様子を観察した例は少ない。ごく最近にSchneiderらが延伸に伴うシリカの異方性について検討している。そこでは3倍程度の延伸においてシリカの凝集構造が延伸方向に異方性を示す事を明らかにした[2]。
我々はポリジメチルシロキサン(PDMS)にナノサイズの表面処理されたシリカフィラーを充填することで、高引裂強度を備えたシリコーンゴムを開発している。我々の開発品は引裂かれ箇所が大きく変形しながら白濁し、糸を引くがごとく引裂かれるのに対し、通常のシリコーンゴムはカッターナイフで切断したように直線的に引裂かれる点において大きく異なる。
そこで本研究では、ナノシリカによる高引裂強度の発現メカニズム解明のため、ナノシリカ充填PDMSを7倍程度まで延伸させながら極小角X線散乱測定(USAXS)および小角X線散乱測定(SAXS)を実施し、ナノシリカ凝集体の階層構造を検討した。
実験:
表面処理済ナノシリカ(一次粒子径 7 nm)を充填したPDMS (充填率 0、34.1 wt%)はニーダーにて混練し、170°C で10分間静置することにより一次架橋した後、200°C で4時間加熱することで二次架橋させた。架橋させたシートを周長 50 mm、幅 1.5 mm のリング状に切断したものを試料とした。USAXS測定はBL19B2、SAXS測定はBL03XUで実施した。USAXS測定時の試料周りのセットアップを図1、2に示した。リング状試料を滑車4個に引っかけることにより延伸時のX線照射位置を一定に保った。また、各測定の条件を表1に示した。カメラ長はコラーゲンにより決定した。
図1. 試料周りのセットアップ
図2. 試料固定方法
表1. USAXS、SAXSの測定条件
Beamline | Detector | Wave Length (Å) |
Camera Length (m) |
Beam Size (mm) スリットサイズ |
|
USAXS | BL19B2 | PILATUS 2M | 0.689 | 41.82 | h: 0.1, v: 0.1 |
SAXS | BL03XU | イメージインテンシファイア付き CCD | 1.00 | 4.273 | h: 0.3, v: 0.3 |
なお当初の計画では、試料水準として架橋密度5種類とナノシリカ充填率3種類の合計15種類について測定する予定であった。しかし、装置の設置や試料位置とビーム位置の調整に時間がかかったことに加えて、図2に示した延伸機滑車部分の不具合が生じたため、当初の計画を変更せざるを得なかった。本報告書では測定が実施できたシリカ充填の有無に関する結果を述べる。
結果および考察:
図3に未延伸時のPDMSおよび 34.1 wt% ナノシリカを添加したPDMSの延伸方向(SD)と平行(∥)な方向の強度プロファイルを示す。PDMSに比較して 34.1 wt% ナノシリカ添加PDMSの散乱強度は3桁程度大きくなった。これより 34.1 wt% ナノシリカ添加PDMSの増加した散乱強度はマトリックスであるPDMSとナノシリカとの電子密度差に起因していることが分かった。
図3. PDMSおよび 34.1 wt%ナノシリカ添加PDMSの未延伸時強度プロファイル
図4に各延伸倍率(λ)における 34.1 wt% ナノシリカ添加PDMSのUSAXSおよびSAXS測定の二次元画像を示した。全ての延伸倍率でSD方向にバタフライパターンが観察されたことから、SD方向に電子密度揺らぎが存在していることが分かった。
図4. 各延伸倍率における USAXS、SAXS 測定の二次元画像
バタフライパターンの子午線方向と赤道方向 ±20° の範囲でセクター平均を行うことにより、各延伸倍率におけるPDMSおよび 34.1 wt% ナノシリカ添加PDMSのSD∥ およびSD⊥ の強度プロファイルを得た(図5)。SD⊥ については、USAXS測定で試料のエッジからの散乱に起因するストリークが観察されたため、SAXS測定の結果のみをプロットした。また、SD∥ のUSAXS領域では、PDMSによる散乱と空気散乱が重なるために、特徴的な散乱情報は得られなかった。34.1 wt% ナノシリカ添加PDMSは未添加PDMSに比較して λ=5.8 以上でUSAXS領域(q=0.1 nm−1 以下)の散乱強度が立ち上がり、SD∥ の方がSD⊥ よりも顕著な散乱強度の増大が観察された。一方、SD∥ およびSD⊥ ともに q=0.08 nm−1 以上で散乱強度がほとんど変化していないことが観察された。
図5. 各延伸倍率における PDMS および 34.1 wt%ナノシリカ添加PDMSの強度プロファイル
以上のことから、本研究に用いられたナノシリカにより補強されたPDMSは、延伸によりSD∥方向の密度揺らぎの顕著な増大が確認され、延伸というマクロな変形により、ナノシリカとPDMSからなる高次構造が変形していることが示唆された。
今後の課題:
観察された延伸による散乱強度の増大はナノシリカ凝集体の構造変化あるいはPDMSとフィラー間で生じる密度揺らぎの変化などが考えられる。今後、中性子散乱測定の結果を考慮に入れることにより、密度揺らぎの詳細を検討する。加えて、より広角側の領域を測定することにより表面フラクタルを検討し、階層的な構造を明らかにする。
参考文献:
[1] R. G. Jones, W. Ando, J. Chojnowski, eds. “Silicon-Containing Polymers: The Science and Technology of Their Synthesis and Applications”,Edited by Springer (2001).
[2] G. J. Schneider, D. Goritz, J. Chem. Phys., 133, 024903 (2010).
ⒸJASRI
(Received: May 27, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)