SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

シリカ配合ゴムの時分割X線散乱法によるせん断変形時のゴム内部構造観察
Observation of Silica Filled Rubber using Simultaneous Measurement of Time-Resolved Ultra-Small Angle X-ray Scattering and Viscoelastoc Properties

DOI:10.18957/rr.6.1.75
2013A1816 / BL19B2

三原 諭a, 網野 直也a, 菅原 優輝b, 西辻 祥太郎b, 佐藤 翔c, 和泉 英二c, 山口 薫c, 竹中 幹人c

Satoshi Miharaa, Naoya Aminoa, Yuki Sugawarab, Shotaro Nishitsujib, Sho Satoc, Eiji Izumic, Kaoru Yamaguchic, Mikihito Takenakac

a横浜ゴム株式会社, b山形大学, c京都大学

aYokohama Rubber Co., Ltd., bYamagata University, cKyoto University

Abstract

 シリカ充填ゴムに周期的なせん断変形を与えながら、時分割超小角X線散乱と粘弾性特性の同時測定を行ない、ゴムの内部構造と粘弾性特性の関係を調べた。ゴムに50%せん断ひずみを周期的に与えても散乱プロファイルに変化は見られなかった。せん断ひずみが200%に達するとシランカップリング剤配合の有無に関わらず、不可逆な散乱プロファイル変化を示した。また、シランカップリング剤未配合のゴムは、せん断変形による散乱プロファイルの変化が大きくなった。これらの散乱プロファイルの変化は、繰り返しせん断変形における応力-ひずみ曲線より得られるリサージュ面積の変化に対応することから、フィラー充填ゴムのエネルギーロスは、変形に伴うフィラー構造の変化に起因することが示唆された


キーワード: シリカ,凝集,フィラー分散、エネルギーロス


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背景と研究目的:

 フィラーの分散は、フィラー充填ゴムの物性に大きな影響を及ぼす。ゴム中にはフィラーの階層的構造(1次粒子、アグリゲート、アグロメレート)が存在し、これらの構造はゴムの補強性や粘弾性などの物性発現において大きな役割を担っている[1]。例えば、ゴムの粘弾性特性、(例えば、0°C および 60°C における tanδ)は、それぞれ湿潤路面での摩擦力、転がり抵抗性能の指標、また加工性の尺度となるためタイヤ開発において重要な中間物理量である。ゴムの粘弾性特性はゴム中におけるフィラーの分散構造に強く依存するため、粘弾性特性発現の本質を知るためにはゴム中におけるフィラー構造を詳細に調べる必要がある。一般的にタイヤ性能は、線形領域のゴムの粘弾性特性と関連付けられる。しかし、走行時にタイヤは線形領域を超えたひずみを受けながら走行していると考えられる。そこで、本実験では時分割USAXS測定により、周期的なせん断変形に伴うシリカ充填ゴムの内部構造変化と大変形粘弾性特性との関係に着目し、フィラー充填系ゴムのエネルギーロス発生メカニズムについて考察する。


実験:

 BL19B2にて時分割超小角X線散乱測定(q 領域は 0.004–0.4 nm−1、ここで q=4π/λsinθθ は散乱角、X線の波長は 0.69 Å、露光時間は 2 s、試料と検出器間の距離は 41.7 m)および小角X線散乱測定(q 領域は 0.04–1.0 nm−1、X線の波長は 0.69 Å,露光時間は 2 s、試料と検出器間の距離は 7.8 m)を行った。ビームサイズは約 100 µm,検出器として大面積型ピクセル検出器 PILATUS-2Mを用いた。試料と検出器間の距離は、64.3 nm の面間隔を有するコラーゲンを用いて、6次の層線から算出した。サンプルとして 0.5 mm 厚の未加硫ゴム(SBR 100 重量部、シリカ体積分率 ϕsi=0.15、シランカップリング剤トリエトキシシリルプロピルテトラスルフィド6.4 重量部、ここで重量部とは、ゴムの重量を100としたときの配合剤の重量を表す)をせん断ひずみ装置に装着し、室温にて周波数が 0.01 s-1の周期的せん断ひずみ50%および200%を与え散乱プロファイル変化を観測した。

 本実験では、シリカ種、シランカップリング剤などを変えたゴム試料、更にシリカの体積分率 ϕsi=0.15 以上のゴム試料も含めると合計20種類についてUSAXS/SAXS測定を行なったが、シリカの体積分率 ϕsi=0.15 を超え、シリカの比表面積が大きくなる、シラン種を変更したことによりゴム試料が硬くなった。その結果、ゴムが非線形性を示すせん断ひずみを印加したにも関わらず、応力-ひずみのリサージュ図形が楕円となった。本実験に用いたフィラー充填ゴムでは、せん断ひずみが数%を超えると非線形性を示すことを考慮すると、所望のせん断ひすみを与えることができなかったと推測される。そのため、本報では、所望のせん断ひずみを与えることができたシリカの体積分率 ϕsi=0.15 の試料についてのみ報告する。


結果および考察:

 未加硫ゴム試料に50%せん断ひずみを与えても変形サイクルの増加に伴う2次元像の変化は見られなかった。せん断ひずみが200%に達すると、Fig. 1 に示したように2次元散乱像に変化が見られ、シランカップリング剤の未配合の試料にはバタフライパターンが観測された。このような2次元散乱像の変化は、シリカ充填ゴムにせん断ひずみを与えると何らかの構造的な不均性が増大したこと意味する。そこで、最大ひずみにおいて、得られた2次元像をせん断に対して平行方向(−10°から10° の範囲)で部分円環平均を行い、1次元の q-強度曲線に変換した。シリカ充填ゴムに50%せん断ひずみを周期的に与えたときのUSAXS/SAXSプロファイルの変化を Fig. 2 に示した。50%せん断ひずみでは、2次元散乱像からも予想されたように、シランカップリング剤の有無に関わらず、散乱プロファイルに変化は見られなかった。200%せん断ひずみを与えたときのUSAXS/SAXSプロファイルを Fig. 3 に示す。せん断ひずみが200%になると、q が 0.04 nm−1 以下の超小角領域において変形サイクルの増加に伴う不可逆な散乱プロファイルの変化が観測された。この傾向は、シランカップリング剤未配合の系で顕著となった。200% せん断ひずみを与えたときのUSAXSプロファイルについて、Beacage unified equation(式(1))に基づき定量解析を行い、シリカの凝集塊の最小単位大きさRssを見積もった[1]。

Fig. 1 USAXS Images for Silica Filled Rubber in Different Shear Strain

White arrow: Strain Direction

(a): 15 vol.% of Silica with Silane at 0% Strain

(b): 15 vol.% of Silica with Silane at 200% Strain

(c): 15 vol.% of Silica without Silane at 0% Strain

(d): 15 vol.% of Silica without Silane at 200% Strain


Fig. 2 USAXS/SAXS profiles for silica filled rubber at 50% shear strain amplitude

(a) with silane coupling agent ; (b) without silane coupling agent

Black: Initial ; Green: 1st Cycle ; Red: 2nd Cycle ; Yellow: 3rd Cycle ;

Aqua: 4th Cycle ; Blue: 5th Cycle ; Pink: 6th Cycle


Fig. 3 USAXS/SAXS profiles for silica filled rubber at 200% shear strain amplitude

(a) with silane coupling agent ; (b) without silane coupling agent

Black: Initial ; Green: 1st Cycle ; Red: 2nd Cycle ; Yellow: 3rd Cycle ;

Aqua: 4th Cycle ; Blue: 5th Cycle ; Pink: 6th Cycle


 Fig. 4 に周期せん断変形に伴う Rss の変化を示した。シランカップリング剤未配合ゴムの Rss は、シランカップリング剤を配合した系に比べて相対的に大きい値を示し、せん断変形のサイクル数の増加に伴い減少した。一方、シランカップリング剤配合の場合、せん断変形3サイクル目までは Rss が減少していき、それ以降のせん断変形サイクルでは殆ど変化しないことがわかった。これらの結果は、シリカ充填未加硫ゴムに周期的せん断変形を与えると、不可逆なシリカの凝集塊最小単位の大きさの変化が起こること意味する。このとき、周期変形時の応力-ひずみから得られるリサージュ面積は、Fig. 5 に示すように、シランカップリング剤配合の有無に関わらず、せん断変形3サイクル目まではサイクル数の増加と共に減少し、その後のせん断変形サイクルではほぼ一定の値を示した。リサージュ面積はゴムの変形によるエネルギー損失を意味している。そこで、周期せん断変形時の応力-ひずみから得られたリサージュ面積と Rss の関係を Fig. 6 に示した。図中の矢印は、せん断変形サイクルを増加に伴う Rss の変化方向を表している。シランカップリング剤の有無に関わらず、せん断変形3サイクル目までは、リサージュ面積と Rss は概ね直線関係にあることがわかった。せん断変形4サイクル目以降の Rss は、シランカップリング剤配合の場合、リサージュ面積に依存しないのに対して、シランカップリング剤未配合では減少した。これは、シランカップリング剤がシリカ表面で強固なゴム吸着層を形成し、変形によるシリカの凝集塊の崩壊を抑制することに起因すると考えられる。非線形領域におけるシリカ充填系ゴムのエネルギーロスの発現は、シリカの凝集塊の大きさの変化が支配因子のひとつであることが示唆された。


Fig. 4 Rss as a Function of Strain Cycles

at 200% Shear Strain Amplitude

(●): With Silane ; (○): Without Silane


Fig. 5 Ellipse Area as a Function of Strain Cycles

at 200% Shear Strain Amplitude

(●): With Silane ; (○): Without Silane


Fig. 6 Rss as a Function of Ellipse Area

at 200% Shear Strain Amplitude

(●): With Silane ; (○): Without Silane


結論:

 時分割USAXS測定と非線形粘弾性を同時に測定することにより、ゴムの内部構造と粘弾性特性の関係が明らかとなった。シリカ充填系ゴムのエネルギーロスは、シリカ凝集構造の変化が支配因子のひとつであることが示唆された。これらの解析はシリカ充填ゴムの加工性改善や物性向上に役立てることが可能であり,高性能タイヤの開発に応用されることが期待される。


参考文献:

[1] T. Koga, et al., Macromolecues 41, 453–464 (2008)



ⒸJASRI


(Received: February 20, 2017; ; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)