SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

科学鑑定のための短繊維片の赤外放射光 FTIR 分析
Synchrotron Radiation FTIR Microscopy Analysis of Single Fibers for Criminal Investigation

DOI:10.18957/rr.6.1.141
2012B1181, 2013B1372, 2016B1942 / BL43IR

本多 定男, 橋本 敬, 森脇 太郎, 池本 夕佳, 木下 豊彦

Sadao Honda, Takashi Hashimoto, Taro Moriwaki, Yuka Ikemoto, Toyohiko Kinoshita

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 犯罪現場において犯人が無意識に遺留する微細証拠物件は犯行を立証する証拠として非常に重要であるが、その中でも繊維は、殺人のみならず傷害、交通事犯、迷惑防止条例違反等、極めて多くの罪種に関係している。法科学分野においては、微細な証拠であればあるほど、再鑑定の必要性から証拠物をそのまま残す非破壊的な鑑定手法が望まれる。そこで、赤外放射光を利用した顕微FTIR分析により、単繊維の標準試料等を非破壊で分析した。その結果、赤外放射光の高輝度性が優位に働き、S/N 比が高く、吸収度の飽和現象が少ないIRスペクトルを得られた。


キーワード: 科学捜査、法科学、微細証拠物件、単繊維、赤外放射光、顕微FTIR

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背景と研究目的:

 微細な繊維類の非破壊的な鑑定手法として、国際的に顕微鏡による形態観察、偏光顕微鏡・蛍光顕微鏡による観察、顕微分光法による測色、顕微ラマン分光法等が活用されているが、特に顕微FTIR分析は微細証拠物件に対応できるとともにデータ解析するための膨大な赤外分析データベースが利用できることから、法科学分野で非常に重要な分析手法となっている。

 しかし、実験室レベルのグローバー光源を使用した顕微FTIR分析方法は、利用する赤外波長の関係から、10 µm レベル以下の極微細な試料を分析した場合に極めてノイズレベルの高い信号しか得られないという欠点を有している。また、最も問題になるのは、太くて厚みのある試料の場合には赤外吸収が飽和してしまうため、一部を潰して赤外線の透過を向上させる必要がある。

 通常の実験室レベルのグローバー光源による赤外線に比較して、輝度が桁違いに高いうえに集光されている赤外放射光分光は、微小試料の分析に適していて、犯罪現場における微細証拠物件の分析に非常に有用であることが示されている[1]。また、爆発残渣にわずかに含まれる爆薬成分を同定した例が報告されている[2]。

 そこで、赤外放射光顕微赤外分析に着目し、これまでにおよそ 10 µm の極微細な繊維片の分析について応用を検討してきたが、単繊維の標準試料及び収集した単繊維について一部を潰さずにそのまま非破壊で測定を実施し、データバンクの構築を目的とした。


実験:

 測定した単繊維試料は、Microtrace 社Forensic Fiber Reference Collectionの繊維サンプル200種、繊維メーカーから提供された繊維サンプル34種、購入した黒色下着10点から採取した小黒色木綿10種の合計244種である。試料の詳細を、表1に示した。


表1. 測定した単繊維試料

  1:Microtrace社 Forensic Fiber Reference Collection

  2-5:各繊維メーカーから提供されたもの

  6:購入した黒色下着10点から採取

 また、各試料についてXRFやSAXS・WAXSの測定も実施できるように、図1に示したようなアルミ板で作成した試料ホルダを用いて、5 mm 間隔で一つのホルダに13試料を粘着テープで固定し、透過法で測定した。

 測定は、SPring-8のBL43IRビームラインに設置されているBruker社製のVERTEX70 & HYPERION2000を使用した。なお、単繊維試料を非破壊で測定するにあたり、厚みによる赤外吸収の飽和が問題であるため、アパーチャは 5 µm に固定して測定を実施した。


図1. 測定に使用した試料ホルダー

アルミ製 80 mm × 50 mm 2 mm 厚


測定条件

・対物レンズ:×36

・分解能: 4 cm-1

・スキャン回数: 64 scan

・アパーチャ: 5 µm

・検出器: MCT (HgCdTe) 半導体検出器

・測定方法: 透過法


結果および考察:

 ポリエステル繊維やナイロン繊維の一部では太さが 100 µm にも達するものがあり、グローバー光源では試料が厚すぎるためにスペクトルが飽和して測定が困難となるので、部分的に押し潰して測定する必要があった。しかし、赤外放射光光源を用いた測定では、このような太く厚い試料でも細部まで有効な赤外スペクトルを測定することが可能で、S/N 比が高く、吸収度の飽和現象が少ないIRスペクトルを得られた。

 図2としてMT No.57:Modacrylic、図6としてMT No.74:Nylon、図10としてMT No.149:Polyesterについて得られたIRスペクトルを示した。

 さらに、比較のために各試料について同装置のグローバー光源を使用してそれぞれアパーチャサイズを5 µm で測定したものを図3、図7、図11、また同じ光源でそれぞれアパーチャサイズを 10 µm で測定したものを図4、図8、図12として示した。さらに、破壊を伴う測定として各試料の一部を切り取り、押し潰してアパーチャサイズを 10 µm で測定したものを図5、図9、図13として示した。


図2. MT No.57:Modacrylic  図3. 同 グローバー   図4. 同 グローバー    図5. 同 破壊測定

               光源 5 µm       光源 10 µm    グローバー光源 10 µm


図6. MT No.74:Nylon     図7. 同 グローバー   図8. 同 グローバー    図9. 同 破壊測定

               光源 5 µm       光源 10 µm    グローバー光源 10 µm


図10. MT No.149:Polyester 図11. 同 グローバー  図12. 同 グローバー   図13. 同 破壊測定

               光源 5 µm       光源 10 µm    グローバー光源 10 µm


 MT No.57: Modacrylicの太さは約 20 µm であるが、図2に示した赤外放射光では、図5に示した破壊測定と比較しても全く問題なく測定できている。図3に示したグローバー光源のアパーチャ 5 μm ではノイズレベルが高くなっている。図4に示したグローバー光源のアパーチャ 10 µm ではほぼ問題なく測定できている。

 MT No.74:Nylonの太さは約 50 µm であるが、図6に示した赤外放射光では少し飽和気味であるものの、図9に示した破壊測定と比較しても問題なく測定できている。これに対して、図7、8に示したグローバー光源では、いずれのアパーチャサイズでもノイズレベルが高く、飽和が顕著となっている。

 これらに対して、MT No.149:Polyester の太さは約 100 µm であり、図10に示した赤外放射光でもかなり飽和が見られ、図13に示した破壊測定と比較すれば解像度がかなり見劣りする。ただし、図11、12に示したグローバー光源の測定結果に比較すれば、ノイズレベルが比較的良好である。

 全般的に、赤外放射光を使用したアパーチャ 5 µm の測定で、極端に太い単繊維を除けば、有効な測定結果が得られている。これに対して、グローバー光源のアパーチャ 5 µm の測定は、ノイズが大きく飽和に関してもかなり影響を受けるようである。なお、グローバー光源のアパーチャ 10 µm の測定は、ノイズが比較的抑えられ、有効な測定結果が得られるが、やはり飽和に関してもかなり影響を受けるようである。

 このように、赤外放射光を使用したアパーチャ 5 µm の測定では、グローバー光源を使用した場合に比べて S/N 比が高く、吸収度の飽和現象が少ないIRスペクトルを得ることが可能であり、非破壊で単繊維を識別することは、十分可能と判断された。


今後の課題:

 単繊維の非破壊での高度な識別のために、放射光小角・広角散乱分析及び放射光蛍光X線分析を実施し、これらによるデータバンク構築を目指している。


参考文献:

[1] 森脇太郎, 池本夕佳, 二宮利男, SPring-8利用研究成果集 3, No.2 (DOI:10.18957/rr.3.2.346), (2015).

[2] Ivan M. Kempson, K. Paul Kirkbride, William M. Skinner, and John Coumbaros, Talanta 67, 286 (2005).



ⒸJASRI


(Received: March 31, 2017; Early edition: December 8, 2017; Accepted: December 18, 2017, Published: January 25, 2018)