SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

ナノインプリントグラフォエピタキシーによって作製した三次元液晶微細構造物の分子配向評価
Evaluation of Molecular Orientation of Nanostructure of Photo-cross Linkable Liquid Crystalline Polymer Fabricated by Nanoimprint Graphoepitaxy

DOI:10.18957/rr.6.1.55
2014B1324, 2015B1287, 2017A1392 / BL43IR

岡田 真a, 池本 夕佳b, 森脇 太郎b

Makoto Okadaa, Yuka Ikemotob, Taro Moriwakib

a兵庫県立大学高度産業科学技術研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター

aLASTI, University of Hyogo, bJASRI

Abstract

 ナノインプリントグラフォエピタキシーによって作製した分子配向を有する液晶微細構造物の分子配向を評価するため、BL43IRによる局所領域における偏光IR測定を行った。測定の結果、ラインアンドスペースパターン内の分子が配向していることが分かった。


キーワード:ナノインプリントグラフォエピタキシー、分子配向、偏光IR測定

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背景と研究目的:

 ナノインプリント技術はモールドをレジストに押し付けパターン転写により微細構造物を作製する技術である[1]。このナノインプリント技術を配向性材料に適用すると、微細構造物が作製できると同時に分子配向を誘起させることが出来る[2]。これまでの研究により、光反応性高分子液晶の一つであるP6CAM[3]に対してナノインプリントを行うとラインに対して平行に配向することが分かっていた[4]。このようにナノインプリントによって分子配向を誘起させる技術をナノインプリントグラフォエピタキシーと呼び研究を行っている。これまで分子配向評価法として波長 633 nm の直線偏光を用いた回折効率測定を適用していた。ただ、直線偏光の波長以下の大きさのパターンを作製した場合に回折効率測定では分子配向を評価が出来なくなる可能性がある。そこで、微細構造における分子配向を評価する方法としてBL43IRによる偏光赤外測定(偏光IR測定)を実施した。


実験:

 図1にP6CAMの化学構造を示す。CaF2 基板にP6CAMをスピンコートし、凹型のラインアンドスペース(L&S)パターンを有するモールドを用いてナノインプリントグラフォエピタキシーを行った。図2に作製されたP6CAM L&Sパターンの原子間力顕微鏡(AFM)像を示す。モールドパターンが凹型であるため、P6CAM上に形成されるパターン形状は凸型となる。測定はBL43IRの高空間分解顕微鏡を使って行った。図3に測定装置レイアウトを示す。蓄積リングから放射された赤外光はフーリエ変換分光光度計(BRUKER VERTEX70)を通った後、顕微鏡(BRUKER HYPERION2000)に入射される。集光・対物鏡はシュバルツシルト鏡となっており、今回の測定では倍率36倍、NA(numerical aperture)は 0.5 のものを用いた。室温・透過配置で測定を行い、検出器はMCT、ビームスプリッターはKBr/Geを使用した。光のサイズは直径およそ 15 μm であった。赤外光の偏向状態は、材質が BaF2 のワイヤグリッドタイプ偏向素子を挿入して制御した。測定では、偏光方向は一定のまま、基板を回転させることで偏光赤外線の向きを調整した。また、CaF2 基板が露出した部分でバックグランドスペクトル測定を行い、パターンの部分のスペクトルを規格化して吸収スペクトルを算出した。


図1. P6CAMの化学構造

図2. P6CAM パターンの原子間力顕微鏡(AFM)像


図3. 測定装置のレイアウト


結果および考察:

 ナノインプリントでパターンを作製した場合、パターンの高さはモールド形状に依存し、残膜の厚さは材料の初期膜厚によって変化する。課題番号2014B1324における実験では、作製したサンプルの残膜が厚く、偏光IR測定による角度依存性が確認できなかった。この結果から、P6CAMに対するナノインプリントグラフォエピタキシーにおいて、残膜部分のP6CAM分子はほとんど配向していないのではないかと推測した。そこで課題番号2017A1392、2015B1287の実験では、P6CAMの塗布膜厚を薄くし、かつモールド上の凹型パターンを深くすることで、残膜の薄い 2μm-L&Sパターンを作製し、偏光IR測定を行った。図4に作製したP6CAM 2μm-L&SパターンのFT-IRスペクトル示す。赤色ラインがL&Sパターンに対して偏光IRが垂直の場合、青色ラインがL&Sパターンに対して偏光IRが平行の場合のスペクトルである。これらピークのうち、ベンゼン環に由来するピーク(1602 cm-1 と 1500 cm-1 辺りのピーク)からP6CAMの側鎖の向きに関する情報を得ることができ、側鎖の向きと偏光IRの向きが同じ場合にピークが増加する。実験の結果、転写パターンのライン方向と偏光IRの向きが垂直の時にこれらのピークが増加した。これはラインに対して液晶性を有する側鎖が垂直に配向していることを意味する。また、主鎖のC=O結合に由来する 1724 cm-1 のピークが平行な偏光IRの時に増加していることも側鎖が垂直に配向していることを補助するデータである。


図4. P6CAM 2µm-L&S パターンの FT-IR スペクトル


 なお、赤外測定において干渉縞がスペクトルに観測されることがあるが、これは、例えば平行平板の基板について、基板の面に垂直方向に光が透過したした際に裏面反射などによって生じる。すなわち、光の進行方向への干渉であり、基板の厚みが波長と同程度の時に生じる。干渉縞の一部、上に凸の構造がピークのように見える可能性はゼロではないが、ピーク幅は干渉縞の間隔と同程度である。今回の測定において、注目しているピークと同程度の幅を持つ周期的な構造は見られていない。また、今回の実験で用いた試料が面内に周期構造を持つため、例えばヤングの干渉実験のような効果を想起するケースも予想される。これも干渉縞であるため、スペクトルに現れるなら、同程度の幅で等間隔のスペクトル構造が期待されるが、そのような結果は得られていない。また、いずれの干渉も、光の電場の振動方向(=偏光)には依存しない。

 BL43IRによる偏光IR測定の結果、P6CAM分子はL&Sパターンに対して垂直に配向していることが分かった。しかし、これまでの回折効率測定ではラインに対して平行にP6CAM分子が配向しているという結果が得られており、本実験結果はその傾向と異なっている。そこで測定した試料について直線偏光を用いた回折効率測定を行うことで整合性について評価した。図5に回折効率の直線偏光入射角度依存性を示す。この測定では入射角度が 0° と 180° の時にラインパターンと直線偏光の向きが平行になるように、90° の時に垂直となるようにサンプルを設置した。また、分子が配向している場合、直線偏光の方向に対して屈折率が変化し、P6CAMの場合は直線偏光の向きと分子配向の向きが同じ場合に ±1次光の回折効率が最大となる[5]。図5に示すように偏光IR測定を行った試料の ±1次光の回折効率は 90° の時に最大になっており、回折効率測定でもP6CAM分子はラインに対して垂直に配向していることを確認した。この結果から、偏光IR測定で得られたデータと回折効率測定で得られたデータには整合性があることが分かった。

 以上の結果、偏光IR測定によってP6CAM分子配向を評価できることを実証した。


図5. 偏光IR測定した試料の回折効率


今後の課題:

 本実験では2μm-L&SのP6CAM パターンを評価したが、偏光IR測定によるメリットを活かすためには、今後さらに微細なパターンにおけるP6CAM分子配向の評価を行う必要がある。また、本実験ではこれまでの研究とは異なる分子配向が得られた。これまでの研究で、モールドがナノインプリント時にずれると、ずれによって材料の流れが発生し分子配向が変化することが示唆されている。本実験では通常用いる基板より基板厚みが厚く、またナノインプリント装置の平滑性が最適化されていなかったため、ずれが発生し、これまでの研究とは異なる分子配向が得られたと考えている。そのため、モールド及び基板がずれないように固定するなど、対策を行った上で測定サンプルを作製する必要がある。

 また、側鎖末端のC=O結合に由来する 1683 cm-1 も平行な偏光IRの時に増加している。L&Sパターンの壁面に沿って配向している側鎖の情報を取得したのかもしれないが、現時点で理由は不明である。


謝辞:

 本研究はJSPS科研費26870505若手研究(B)の助成、及び、ひょうご科学技術協会平成27年度学術研究助成を受けたものです。


参考文献:

[1] S. Y. Chou, P. R. Krauss, and P. J. Renstrom, Appl. Phys. Lett., 67 (1995) 3114.

[2] J. Wang et al, Appl. Phys. Lett., 77 (2000) 166.、 Z. Hu and A. M. Jonas, Soft Matter, 6 (2010) 21.など

[3] E. Uchida and N. Kawatsuki, Macromolecules, 39 (2006) 9357.

[4] M. Okada et al, Jpn. J. Appl. Phys., 49 (2010) 128004.

[5] H. Ono et al, Appl. Phys. Lett., 82 (2003) 1359.



ⒸJASRI


(Received: August 22, 2016; Early edition: November 24, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)