SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

天然スピネルのその場熱膨張率測定
Thermal Expansion of Natural MgAl2O4 using in situ Synchrotron X-ray Powder Diffraction

DOI:10.18957/rr.6.1.1
2011B1256 / BL04B1

山本 順司a, 芳野 極b, 山崎 大輔b, 下宿 彰b, Sun Weib

Junji Yamamotoa, Takashi Yoshinob, Daisuke Yamazakib, Akira Shimojukub, Sun Weib

a北海道大学,b岡山大学

aHokkaido University, bOkayama University

Abstract

 本研究では、天然スピネルの熱膨張率をSPring-8におけるその場粉末X線回折によって推定することを試みた。3 GPa におけるセル体積の温度依存性を見ると、300 K から 1500 K までの温度変化においてセル体積は約 11 Å3 増加している。300 K におけるセル体積を 538 Å3 とすると熱膨張率は 1.7 × 10-5 K-1 となる。この値は MgAl2O4 スピネルで報告されている値より低く、化学組成依存性の可能性が考えられる。

 しかし、本研究では加圧初期段階にセル体積の不規則な変化が見られており、また、本研究で見られたセル体積の圧力依存性は、スピネルの体積弾性率から推察される体積膨張率より小さい。これは加圧中に生じたセル内部の圧力不均質に因るかもしれず、今後、推定された熱膨張率の精確度を検証する作業が必要である。


キーワード: スピネル、熱膨張率、その場粉末X線回折

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背景と研究目的:

 浅部マントル由来の捕獲岩には二酸化炭素を主成分とする流体包有物が観察される。流体包有物の残留圧力はホスト鉱物が存在していた深さを反映しているため、その精密な測定は捕獲岩の由来深度の推定に繋がる[1]。しかし、ホスト鉱物の種類によって流体密度が系統的に異なることが報告されており[2]、流体包有物を圧力プローブとして適用して良いか保証できない状態にある。

 この鉱物種間流体密度差を生んだ主因として議論されているのはホスト鉱物の2つの変形である。一つは流体包有物の過剰圧力に応じたホスト鉱物の塑性変形である。もう一つはホスト鉱物の弾性変形である。2002B および 2003A のビームタイムで得られた天然マントル鉱物の降伏強度から、オリビンの低い流体密度については、塑性変形が関与している可能性が示された[3]。その一方、クロムスピネルと輝石間の流体密度差はホスト鉱物の塑性変形では説明が困難であり、弾性変形に因る可能性が考えられている[2]。そこで、本研究では流体包有物の流体密度差の原因を究明するため、天然スピネルの熱膨張率測定を試みた。

 これまで、マントル鉱物の弾性特性に関する研究においては、天然マントル鉱物と異なる化学組成を持った物質を用いている場合が多く、そのような試料から得られた弾性特性を用いたモデル計算では鉱物種間流体密度差の問題を克服できていない[2]。そこで本研究では、鉄やクロムを含んだ天然スピネルを用いた熱膨張率測定をおこなうことで流体包有物地質圧力計の確度向上をはかる。加えて、既存の MgAl2O4 スピネルを用いて報告されている熱膨張率と比較することによって、スピネルにおける熱膨張率の化学組成依存性の究明にも挑む。

 

実験:

 鉱物の熱膨張率は、試料の温度を変えながら半導体検出器でエネルギー分散型のX線回折パターンを取得することによって精密に決定できる。本研究では圧力依存性も調べるため、BL04B1 に設置されている1500トンプレス(SPEED-1500)によって試料を加圧し、予めセルに封入した圧力マーカー(MgO を使用)のX線回折パターンを取得することでスピネルの熱膨張率とその圧力依存性を推定した。

 

・実験資料

 出発試料としては天然の捕獲岩(St-5, Stanovoy, Far Eastern Russia)から分離したスピネルを粉末にし、ペレットに加工したものを用いた。また、圧力マーカーには MgO を用いた。これらに加え、熱膨張率の組成依存性がはっきりわかっていない斜方輝石や単斜輝石のデータも同時に取得することを目指し、スピネルを分離した捕獲岩から斜方輝石や単斜輝石も分離し、スピネルと同様にペレットにした上でセルに封入した。しかし、斜方輝石や単斜輝石は加熱時に粒成長が起こり、解析に必要な数の回折ピークが取得できなくなった。そのため、斜方輝石や単斜輝石のデータは議論しない。

 

・実験方法

 試料の加圧ならびに加熱実験はBL04B1に設置されている川井型 1500トンプレス(SPEED-1500)を用いた。図1は本研究で用いたセルの構成図である。目的の圧力条件を達成するために、実験のアッセンブリーは圧力媒体の8面体の稜が 25 mm、2段目アンビルの切り欠き長が 15 mm のものを使用した。1つのセルに3種類の粉末鉱物と MgO 圧力マーカーのペレットを直列に、かつ鉛直方向に並べることで、入射X線方向から見てそれぞれが重ならないようにし、すべてのX線回折パターンを同一温度圧力条件で連続して収集できるようにした。ヒーターにはX線透過能が高い円筒グラファイトを採用し、4段の試料ペレットを包み込むよう配置した。温度は試料部中央に配置した W97Re3-W75Re25 熱電対で測定した。入射光としては、エネルギー分散型X線回折を行うため白色X線を用いた。試料と圧力マーカーの格子定数決定に用いるエネルギー範囲は 30 keV から 110 keV である。


図1. セル構成図。圧力媒体としては (Mg,Co)O と ZrO2 を用いた。その内部に円筒状のグラファイトヒーターを配置し、その円筒を貫くように熱電対を通した。測定試料(天然岩石から採取したスピネルや斜方輝石、単斜輝石の粉末)はグラファイトと白金箔で境し、さらに圧力マーカーである MgO を合わせて4段重ねにしたものを試料部構成とした。熱電対とヒーターとの電気的な絶縁には Al2O3 を用いた。

 

 次に測定方法の概要を記す。徐々に荷重を増しながら、5段階の荷重(加圧前・3 MN・5 MN・8 MN・11 MN)および7段階の温度条件(常温・500 K・700 K・900 K・1100 K・1300 K・1500 K)で、粉末鉱物と圧力マーカーのX線回折パターンを測定した。加圧中、粉末鉱物同士が接触している部分に差応力が集中し、粒子内に不均質な歪みが発生することが予想される。そのため、目的の荷重をかけた後、1300 K または 1500 K まで試料およびセルを加熱することで歪みを解消させた。その後、200 K ずつ温度を下げ、各温度でX線回折パターンを取得していった。熱膨張率の圧力依存性については、荷重を5段階(加圧前・3 MN・5 MN・8 MN・11 MN)変え、それぞれ一定に保った状態で7つの温度段階におけるX線回折パターンを測定することで推定した

 

結果および考察:

 実験は2回行った。最初の実験では、3 MN において加熱時にヒーターが壊れたため途中で実験の継続を断念した。2回目の実験では 3 MN において加熱時に斜方輝石、単斜輝石の回折パターンがうまく取得できなくなったため、スピネルと圧力マーカーのみのデータを取得し、1500 Kま で5つの異なる荷重でX線回折パターンの測定をおこなった。

 

 図2は 8 MN で、1500 K から 300 K まで温度を下げつつ取得したX線回折パターンである。相変化は確認できない。一般的に、鉱物の粉末試料を加圧すると、粉末同士の接触部において不均質な歪みが発生し、様々な歪み由来のX線回折線が混じり合うことで X線回折ピーク幅の増大が発現する[3]。しかし本研究における加圧直後のピーク幅に顕著な増大は見られなかった。これは、加圧後一旦 1300 K または 1500 K まで加熱して、1000秒間保持した後にデータを取得し始めたため、加熱によって塑性変形が起こり、歪みが緩和されたためと考えられる。その後、200 K ずつ温度を下げてデータを取得したところ、温度の下降とともにピーク位置が系統的に変化し、鉱物の熱膨張と整合的な傾向が得られた(図2)。


図2. 荷重8 MNまで取得した 1500 K から常温までの天然スピネル粉末のX線回折パターン。比較のため、常温常圧のデータも示す。

 

 図3は本研究で得たセル体積の温度および圧力に対する依存性である。全体的に温度とセル体積に正の相関が見られ、熱膨張が起こっていると解釈できる。一方、セル体積の圧力依存性については単純ではない。図3の実線が示すように高荷重から低荷重へセル体積が増大していく傾向が見えるが、3 MN で急激に下がる。また、300 K では加圧に伴う体積収縮が判然としない。これらの原因として3つの可能性が考えられる。(1)2 theta 補正のずれと(2)低い荷重域におけるセル内部の圧力不均質、(3)粉末鉱物内部に発現した不均質な歪み分布である。


図3. 天然スピネルにおけるセル体積の温度および圧力に対する依存性。実践は各格荷重段階において同じ温度で得たセル体積をつないだもの。

 

 (1)については、Xスキャンを加圧前と 11 MN の荷重をかけた後に行なっており、その比較からセルの入射X線方向の試料中心に大きな変動はなかったと確認できている。つまり、荷重前に決定したSSD位置の 2 theta 補正が大幅に変化したとは考えにくい。むしろ(2)のセル内部の圧力不均質の可能性が考えやすい。セルを構成する各部品の降伏応力の違いから、特に低荷重域ではセル内部が不均質に変形し、圧力マーカーと比較して試料に圧力が十分に伝播しない状況が発現するかもしれない。 つまり、圧力マーカーと試料間に圧力差が生まれていた可能性が考えられる。また、(3)の粉末粒子内部に発現した不均質な歪み分布が、セル体積の計算に影響している可能性も考えられる。粉末粒子同士の接触部では部分的に過剰な差応力がかかり、粉末粒子内部に不均質な歪みが発生している[3]。その歪みが解消されきらないとX線回折ピークに様々な加圧状態のデータが混ざることになり、結果として小さいセル体積が得られてしまう可能性が考えられる。5 MN以降のデータにそのような傾向が見えにくいのは、加圧後に 1500 K まで加熱したことによって不均質な歪みが解消されたためかもしれない。5 MN 以降のデータの確度が保証されたわけではないが、少なくとも加熱前の試料には不均質な歪み分布が存在していることが予想される。そのため、次に 5 MN 以降のデータのみを用いてスピネルの熱膨張率を検討してみる。

 図3で 3 GPa におけるセル体積の温度依存性を見ると、300 K から 1500 K までの温度変化においてセル体積は約 11 Å3 増加している。300 K におけるセル体積を 538 Å3 とすると熱膨張率は 1.7 × 10-5 K-1 となる。この値は MgAl2O4 スピネルで報告されている 2.49 × 10-5 K-1 [4]や 2.28 × 10-5 K-1 [5]より低い。しかし、この違いが化学組成依存性によるものなのかどうかは判然としない。例えば、2 GPa において 300 Kから 1100 K までの温度変化におけるセル体積変化を約 10 Å3 とすると、熱膨張率は 2.3 × 10-5 K-1 となり、両報告値の間に入る。また、図3によると高圧領域に向かうほどセル体積の変化率が小さくなるため、両報告値と本研究の熱膨張率の違いは圧力依存性が影響している可能性もある。しかし、これらのデータだけでは圧力依存性を議論することは困難であり、既存の報告においても圧力依存性は不明瞭だと考えられている[6]。さらに、本研究では加圧初期段階において不規則なセル体積変化が見られたため、得られたデータにはセル内部の圧力不均質が影響している可能性が考えられる。それゆえ、圧力依存性だけでなく、熱膨張率自体についても再検証が必要であろう。

 

今後の課題:

 本研究は、天然スピネルの熱膨張率を調べ、端成分スピネルの熱膨張率に関する既存の報告値と比較することによって、スピネルの熱膨張率に関する化学組成依存性を究明することをめざした。しかし、本研究で得たX線回折データには次に記す3つの懸念がある。(1)加圧初期段階(3 MN)におけるセル体積の乱れと、(2)セル体積の圧力依存性の小ささ、(3)焼き鈍しによる歪み解消度である。以下にそれぞれの懸念点を詳述する。

 (1)加圧初期段階(3 MN)におけるセル体積の乱れ

 5 MN 以降におけるセル体積の比較的なだらかな収縮と比較して、3 MN におけるセル体積の小ささは際立っている。また、等温線間の間隔も 5 MN 以降と比べて明らかに不規則であるため、熱膨張率の推定においてこの加圧段階のデータを含めることは適当でない。このような低荷重域におけるデータの乱れを軽減する工夫が必要となる。本研究では、低い圧力領域の熱膨張率の決定を目的としていたため、大きな切り欠き長を持つアンビルを使用した。そのため、3 MN 以下の低荷重域では試料に圧力が十分に伝播せず、データを乱した可能性が考えられる。この影響を軽減させるには、事前に合成した焼結体を使用したり、一段押しのマルチアンビルを用いたりすることが効果的かもしれない。

 (2)セル体積の圧力依存性の小ささ

 スピネルの体積弾性率を 200 GPa とすると、この圧力範囲における収縮率は2%になり、10 Å3 程度の体積収縮が予想される。しかし、本研究の常温におけるセル体積は、常圧から 3.7 GPa において 1 Å3 以内の変動幅に収まり、この傾向は 500 K でも同様である(図3)。さらに高温域においても問題がある。図3で 900–1500 K の等温線を見ると、 4–5 GPa の加圧においては比較的高い体積収縮率(~1%)が見られる。しかし、それでも体積弾性率から予想される体積収縮率(2–2.5%)と比べると明らかに低い。この原因は特定できていないが、可能性としては実験中に生じた粒成長が考えられる。粒成長が起こるとX線回折パターンの強度比が合わなくなるため、体積計算の不確定性が高まる。この誤差が体積収縮を小さく見せているのかもしれない。これを防ぐには鉱物粉末中に MgO を混ぜるなど粒成長を阻害する措置を施す必要がある。

 (3)焼き鈍しによる歪み解消度

 加圧に伴って生じた粉末粒子内の局所的な歪みが、高温にさらされたことによって解消されたのかどうかは確かではない。NaCl など柔らかい物質で試料を包んだり、または事前に高圧焼結した試料を用いたりすることで、この影響の有無を検証する必要がある。

 

参考文献:

[1] J. Yamamoto et al., Earth Planet. Sci. Lett. 198, 511 (2002).

[2] J. Yamamoto and H. Kagi, Eur. J. Min. 20, 529 (2008).

[3] J. Yamamoto et al., Phys. Chem. Min. 35, 249 (2008).

[4] T. Yamanaka and Y. Takeuchi, Zeitschrift für Kristallographie 165, 65 (1983).

[5] S.K. Saxena, and G. Shen, J. Geophys. Res. 97, 19813 (1992).

[6] D. Fan et al., J. Material Sci. 43, 5546 (2008).



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(Received: March 17, 2017; Early edition: October 27, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018 )