SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

ラジカル窒化処理で形成したSiON/SiC構造の窒素の深さ方向分布の角度分解X線光電子分光法による解明
The AR-XPS Study on Depth Profile of N Atom in Oxynitride Film Formed on 4H-SiC by Radical Nitridation

DOI:10.18957/rr.6.1.13
2013A1698, 2013B1774 / BL27SU

野平 博司a, 岡田 葉月a, 高嶋 明人b, 室 隆桂之b

Hiroshi Nohiraa, Hazuki Okadaa, Akito Takashimab, Takayuki Murob

a東京都市大学,b(公財)高輝度光科学研究センター

aTokyo City University, bJASRI

Abstract

 放射光を用いた角度分解光電子分光法により、クリプトン窒素プラズマ(Kr : N2 = 97 : 3)を用いたラジカル窒化処理で形成した SiON/4H-SiC の化学構造と窒素の深さ方向分布を調べた。N 1s 光電子スペクトルは、C面では、結合エネルギー 397 eV (LBE)、399 eV (MBE)および 401 eV (HBE)の3つの成分からなり、一方、Si面では、MBEとHBEの2つの成分のみであった。また、C面のMBEに関連する窒素原子は、SiO2 中に分布して存在するのに対し、C面のHBEとLBE、Si面のHBEとMBEに関係する窒素原子は、SiON/SiC界面に存在することを明らかにした。


キーワード: AR-XPS、SiON/SiC、化学結合状態

 

背景と研究目的:

 SiC を用いたパワーデバイスは、既に実用化されている。しかし、SiC の物性値から期待されるデバイスの性能は、まだ達成されていない。これは、デバイスの電気的特性に大きな影響を及ぼす絶縁膜/SiC の界面準位密度や固定電荷が十分に低減できていないためである。つまり、界面準位密度や固定電荷を減らすことがデバイスの性能向上に欠かせない。近年、NH3 プラズマ処理[1]や NO や N2O ガスによるゲート酸化膜の窒化処理が界面準位密度を低減させるという報告がなされている[2-10]。また、ラジカル窒化処理後の SiO2/SiC の電気的特性は、Si-N 結合が界面に形成されたことで改善されるとの報告がある[11-14]。トラップ電荷や界面準位密度が減少する要因として、Si≡N 結合が界面に形成されるためと考えられている[12]。しかし、ラジカル窒化によって形成した酸窒化膜における窒素原子の化学結合状態は未だに明らかとなっていない。そこで、我々は、窒素ラジカル処理により作製した SiON/SiC の窒素原子の化学結合状態及び深さ方向分布について角度分解光電子分光法(AR-XPS)を用いて調べた。

 

実験:

 試料は、Si面とC面の 4H-SiC 基板をRCAクリーニング後、基板を3通りの処理(シリーズ A:ドライ酸化処理(酸化膜厚 5 nm)のみ、シリーズ B:ドライ酸化後に窒化処理(酸化膜厚 5 nm)、およびシリーズC:窒化処理のみ(膜厚はSi面が 1.5 nm、C面が 2.5 nm))を行い、計6種類の試料を用意した。酸化条件は、酸素雰囲気中で1000℃、1気圧である。窒化条件は、クリプトン窒素プラズマ中(Kr : N2 = 97 : 3、1 Torr)400℃、30分、プラズマ励起電力は、100 Wである。AR-XPS測定は、ESCA-300(励起光のエネルギー 1486.6 eV、測定のエネルギー分解能 0.40 eV、Ag 3d5/2 の結合エネルギーを 368.21 eVとして校正)とSPring-8のBL27SU(励起光のエネルギー 1100 eV、測定のエネルギー分解能 0.23 eV、Au 4f の結合エネルギーを 84 eVとして校正)で行った。また、測定光電子は、Si 2p、C 1s、 O 1s 及び N 1s である。

 

結果および考察

 図1 (a)と(b)は、BL27SUで測定したシリーズ C のC面及びSi面からの N 1s 光電子スペクトルをシャーリー法で背景信号を除去してからピーク分離した結果(光電子の脱出角度(TOA: take-off angle)は 90° )を示したものである。以下では、高結合エネルギーのピークから順に、HBE(401 eV)、MBE(399 eV)、LBE(397 eV)と表す。ここで、ピーク分離では、スペクトル波形はフォークト(Voigt)関数で表現し、スペクトルの裾の形状から3ピークを仮定して行った。図からわかるように、C面は、HBE、MBEとLBEの3つの信号から構成されている。一方、Si面はHBEとMBEの2つの信号(LBEを仮定しなくてもスペクトルを再現できる)から構成されていることが分かる。また、Si面の結果は、Y. Liuらの過去の文献の報告と一致している[11]。このように、Si面とC面では N 1s スペクトルの形状に違いが見られる。

図1. SiON/4H-SiC からの N 1s 光電子スペクトル シリーズC (a) C面、(b) Si 面

 

 次に、種々の結合状態の窒素原子の存在位置を確認するためにESCA-300を用いてシリーズCのAR-XPS測定を行った。図2(a)に、C面における光電子強度比の脱出角(TOA)依存性を示す。ここで、縦軸は、光電子強度比(HBE、MBEとLBEのN 1s 光電子スペクトル強度 IHBEIMBEILBE を SiO2 からの Si 2p3/2 光電子スペクトル強度で規格化したもの)である。

図2. SiO2 からの Si 2p3/2 光電子強度で規格化した SiON/4H-SiC からの種々の結合状態の N 1s 光電子スペクトル強度の光電子の脱出角依存性 シリーズ C (a) C面、(b) Si 面

 

 また、図2(a)と(b)の実線と点線は、それぞれ次の二つの分布(モデル①窒素原子が SiO2 中に一様に分布(実線)、モデル②窒素原子が界面に局在して分布(点線))に基づいて計算した光電子強度比のTOA依存性である。用いた式を下に示す。

 

 膜中一様分布の場合のN 1sの強度

 界面に局在した場合のN 1sの強度

 酸化膜からのSi 2p3/2の強度

 

 ここで、IX-ray は励起X線の強度、tSiO2 は酸化膜厚である。また、SiO2 中のSiの原子密度 nSiO2 は、2.2 × 1028 m-3 を用いた。C面のHBE、MBEおよびLBEに関連する窒素原子密度 nN は、モデル①の場合、それぞれ 1.7 × 1026 m-3、2.0 × 1027 m-3 および 3.1 × 1026 m-3、モデル②の場合の窒素原子の面密度は、それぞれ 6.5 × 1017 m-2、8.0 × 1018 m-2 および 1.2 × 1018 m-2 を用いた。また、Si面のHBEとMBEに関連する窒素原子密度は、モデル①の場合、それぞれ 2.2 × 1026 m-3 および 4.1 × 1027 m-3、モデル②の場合の窒素原子の面密度は、それぞれ 4.2 × 1017 m-2、および 8.0 × 1018 m-2 を用いた。ここで、上記の窒素原子密度および面密度は、TOA = 90°(normal emission)と TOA = 60° での実験結果をもっともよく再現するように決定した。光電子の脱出深さλは非弾性平均自由行程と等しいと仮定した[15]。励起断面積 σ は、Si 2p3/2 が 7.33 × 10-3 [Mb](文献値(Si 2p の励起断面積 0.011)とSi 2p3/2 とSi 2p1/2 の励起断面積の比が2 : 1との仮定から算出)、N 1s が 0.024 [Mb]の値をそれぞれ用いた[16]。

 

 図2(a)と(b) から、光電子のTOAが小さくなると、光電子強度比、IHBE/ISiO2I<MBE/ISiO2 および ILBE/ISiO2 が減少していることがわかる。C面のMBEの強度比の実験結果は、酸化膜に一様に分布した場合と界面局在した場合の間のTOA依存性を示している。このことから、窒素原子は、酸化膜中に分布し、その量は界面付近に多く、表面付近には少ないことが示唆される。より詳細な分布を決定するために、さらに検討が必要である。それに対して、図2(a) が示すように、IHBE/ISiO2ISiO2 の実験結果は、②(点線)にほぼ一致している。これらは、HBEとMBEの起源となる窒素原子が SiON と SiC の間、すなわち、界面に存在していることを意味している。同様に、図2(b)からSi面においては、HBEおよびMBEどちらも界面に存在していると考えられる。

 次に、Si 2p3/2 の光電子スペクトルを図3 (a)~(f)に示す。ここで、Si 2pl/2 とSi 2p3/2 のエネルギー差が 0.61 eV、Si 2pl/2 とSi 2p3/2 の強度比が 1 : 2 として、Si 2p3/2 成分のみを算出した[17]。界面に存在する化学結合状態からの Si 2p3/2 光電子信号のケミカルシフトは、装置の違いによる影響をほとんど受けないので、BL27SU および ESCA-300 で測定した結果を比較検討した。図3(a)-(c)は4つのピーク(SiC、Si1+、Si2+、SiO2)から構成され、Si3+ が検出されないことが分かる。一方、図3(d)と(e) より、Si 2p3/2 スペクトルは、5つのピーク(SiC、Si1+、Si2+、Si3+、SiO2)、図3(f)より6つのピーク(SiC、Si1+、Si2+、Si3+、SiX+、SiO2)から構成されていることが分かる。図3(f) のみで観測される、基板からの信号より 1.9 eV高結合エネルギー方向にシフトしたピークは、LBEが存在する試料のみから検出された。この信号のケミカルシフトは、Si3+ よりも大きく SiO2 より小さいので、Siの4つの結合手のうち、3つが酸素原子、1つが窒素原子と結合した形態と考えられる。したがって、窒素が界面に達した時にSiCの界面の炭素が窒素と置き換わることで O3-Si-N 結合が形成されたと考えられる。なお、結合エネルギーからHBEが N-C 結合、MBEが酸化膜中の N-Si3 と考えられる[11]。

図3. Si 2p3/2 スペクトル (a) ドライ酸化した Si 面、(b) (a)をラジカル窒化処理したもの、(c) Si 面をラジカル窒化したもの、(d) ドライ酸化したC面、(e) (d)をラジカル窒化処理したもの、(f) C面をラジカル窒化したもの。(a)、(b)、(d)、(e) はBL27SUで測定、(c)、(f) は ESCA-300 で測定。

 

まとめ:

 4H-SiC をラジカル窒化した場合には、窒素は、3つの異なる結合形態(N 1s の結合エネルギーの大きい順にHBE、MBE、LBE)を持つことが分かった。C面のMBEに関連する窒素原子は、SiO2 中に分布して存在するのに対し、C面のHBEとLBE、Si面のHBEとMBEに関係する窒素原子は、SiON/SiC 界面に存在することを明らかにした。また、LBEに関する窒素原子はC面SiC を窒化した試料のみから検出された。

 

今後の課題:

 HF処理したSiC基板のラジカル窒化膜においても酸素の信号が観測されるので、酸素の混入を抑える工夫が必要である。また、N2O や NO を用いた熱窒化の場合とラジカル窒化の場合のNの化学結合状態や深さ方向分布の違いを明らかにすることが課題である。

 

参考文献:

[1] Y. Iwasaki et al., Appl. Phys. Express 3, 026201 (2010).

[2] T. Kimoto et al., Jpn. J. Appl. Phys. 44, 1213 (2005).

[3] K. McDonald et al., J. Appl. Phys. 93, 2257 (2003).

[4] K. McDonald et al., Appl. Phys. Lett. 76, 568 (2000).

[5] K. Y. Cheong et al., J. Appl. Phys. 93, 5682 (2003).

[6] P. Jamet and S. Dimitrijev, Appl. Phys. Lett. 79, 323 (2001).

[7] V. V. Afanas’ev et al., Appl. Phys. Lett. 82, 568 (2003).

[8] K. Y. Cheong, W. Bahng, and N. Kim, Appl. Phys. Lett. 90, 012120 (2007).

[9] J. W. Chai et al., Appl. Phys. Lett. 92, 092119 (2008).

[10] K. McDonald et al., J. Appl. Phys. 93, 2719 (2003).

[11] Y. Liu et al., Jpn. J. Appl. Phys. 44, 673 (2005).

[12] P. Jamet, S. Dimitrijev, and P. Tanner, J. Appl. Phys. 90, 5058 (2001).

[13] X. D. Chen et al., J Appl. Phys. 103, 033701 (2008).

[14] Y. Ishida et al., Jpn. J. Appl. Phys. 47, 676 (2008).

[15] S. Tanuma, C. J. Powell and D. R. Penn, “Calculations of electron inelastic mean free paths. V. Data for 14 organic compounds over the 50–2000 eV range”, Proc. Surf. Interface Anal., 21, 165 (1994).

[16] J. J. Yeh and I. Lindau, ATOMIC DATA AND NUCLEAR DATA TABLES 32, 1-555 (1985).

[17] F. J. Himpsel et al., Phys. Rev. B 38, 6084 (1988).

 

ⒸJASRI

 

(Received: March 31, 2017; Early edition: October 27, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)