Volume6 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
希土類金属3重水素化物の長周期構造の形成に関する研究
Formation of Long-Period Structures in Rare-earth Metal Tri-Deuterides
a(国)量子科学技術研究開発機構,b広島大学
aQST, bHiroshima University
- Abstract
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テルビウム3重水素化物 TbD3 の高圧力下における長周期積層構造の形成をX線回折により調べた。常圧相の六方格子構造から高圧相の面心立方構造への変化する間、8.6 GP aから 17.3 GPa の広い圧力領域で中間状態の形成を示すX線回折パターンが観測された。しかしながら以前に YH3 で決定した構造モデルではパターンが再現できない。これは異なる積層シーケンスの長周期構造が形成されている可能性を示唆している。
キーワード: 金属水素化物、高圧力、X線回折
背景と研究目的
水素は化学的に活性な元素であり、ほとんどの金属を水素化する。水素化反応により金属中に侵入した水素は金属格子間サイトを占有するが、この格子間水素によって構造や物性の変化が誘起される。これは金属-水素、または水素-水素間の相互作用に起因すると定性的には理解される。希土類金属は水素化し易い金属であり、2水素化物と3水素化物の化学量論比組成の物質が存在する。希土類金属2水素化物はそのほとんどで金属原子が面心立方格子を組んでおり、水素は金属原子の作る四面体サイトを占有している。このとき電子状態は金属的であるが、3水素化物になると、絶縁体へと変化する。イオン半径の大きいLa、Ceなどの場合、2水素化物から3水素化物の変化では金属格子は面心立方格子のまま、空いている八面体サイトに新たに水素原子が侵入する。一方でイオン半径の小さいY、Hoなどの2水素化物では3水素化物になると金属格子が六方格子に転移 し、新たに侵入した水素原子は八面体サイト中心から c 軸方向へ大きく変位した金属面近傍に位置するようになる。このとき c/a 比がおよそ 1.8 程度になり、c 軸方向へ大きく伸長した構造となる。
六方格子構造を持つ希土類金属3水素化物においては、高圧力下で金属格子が面心立方構造に変化し[1,2]、電子状態も絶縁体から金属へと変化する[3,4]。この構造相転移においては2相共存状態を経由するのではなく、六方格子型の積層(AB)と面心立方格子型の積層(ABC)が周期的に配列した長周期構造であり、積層シーケンスが圧力によって徐々に変化することがイットリウム3水素化物 YH3 に対する研究により示されている[5]。この中間状態では急激に光学ギャップが減少するため[4]、水素-金属相互作用が大きく変化していると考えられている。特に八面体サイトの水素の変位が構造や電子状態に大きく寄与していると推測され、ラマン散乱実験では八面体サイトの水素の無秩序化を示唆するブロードな振動モードも観測されている[4]。しかしながら水素の位置に関しては詳細な情報が得られていないため、実際に各サイトの水素位置が長周期構造の中でどのような挙動をしているのかは未だ解明には至っていない。格子間水素が誘起する構造、物性の変化を理解するためには構造解析により水素位置を決定することが必要である。格子間水素の位置を決定するには中性子回折実験が有効であるが、複雑な長周期構造中の格子間水素位置を決定するためには、水素の影響を無視できるX線回折により金属格子の副格子構造を決定することが重要でなる。
本研究では中間状態の形成圧力領域と高圧力下中性子回折実験の可能な圧力範囲(20 GPa 以下)ならびに希土類金属の中性子の吸収断面積を考慮し、TbD3 を試料として選択する。TbD3 の高圧力下X線回折実験を実施し、中間状態が形成される圧力範囲の決定とそこで形成される長周期構造の決定を試みた。
実験
TbD3 は広島大学先進機能物質研究センターにおいて箔状のTb金属を 10 MPa、150℃ の重水素雰囲気下で水素化させて作製した。常圧でのX線回折パターンをRIETAN-FP[6]を用いてリートベルト解析した結果、単相の構造モデルで良く再現することができ、重水素濃度が均一であることが確認できた。粉末試料をダイヤモンドアンビルセルにヘリウム圧力媒体と共に封入し、高圧力下X線回折実験をBL22XUに設置されたダイヤモンドアンビルセル回折計を用いて行った。検出器は 400 mm × 400 mm の大型イメージングプレートを使用した。入射X線のエネルギーは 30 keV である。圧力はルビーの蛍光法により決定した。測定は全て室温で実施し、常圧から 18 GPa までの圧力で測定を行った。
結果および考察
図1に 8.1 GPa から 18 GPa まで加圧した際のX線回折パターンの変化を示す。加圧によっておよそ 8 GPa までは六方格子構造が維持された。 c/a 比は常圧で1.797であったが、8.1 GPa では 1.781 まで減少する。YH3 でも同じ傾向を示しており、六方格子構造を持つ希土類金属3水素化物は c 軸方向に圧縮され易いことを示している。8.6 GPa になると 00l および h0l 反射が顕著にブロードになり、9.2 GPa では低圧相とは大きく異なる回折パターンとなる。さらに加圧すると回折パターンは徐々に変化し、およそ 18 GPa でほぼ面心立方構造の回折パターンとなる。この回折パターンの変化で六方格子構造の 110 反射は加圧によって面心立方構造の 220 反射に連続的に変化し、低角側に比べて変化が形状の変化が少ないように見える。これは加圧によって積層シーケンスが再構築されることによって低角側のパターンが大きく変化するが、六方格子面は一様に収縮しているためであると考えられる。この変化は YH3 [5]で観測された変化と類似しており、長周期積層構造からなる中間状態が形成されたことを示唆している。また、本実験で決定した TbD3 の相転移圧力は以前に行った水素圧力媒体中で加圧したTb箔での実験で得られた TbH3 の相転移圧力とほぼ一致している。中間状態の回折パターンも類似していることから、長周期構造の形成に関して同位体効果はないと考えられる。
図1. TbD3 の 8.1 GPa から 18.0 GPa までのX線回折パターンの圧力変化
中間状態の構造を決定するために、まずは YH3 で決定した長周期構造モデルを用いて解析を試みた。YH3 は 14 GPa で 27R の構造を持ち、その積層シーケンスは H-K 表記で(KKKHHHHKK)3 で表される。ここで、H は六方晶型、K は面心立方晶型の積層を表している。ABC 表記との対応では、A 層に関して BAB または CAC の配列が H 層、BAC または CAB の配列が K 層になる。YH3 における 14 GPa の回折パターンに最も近い 9.7 GPa における回折パターンに対して構造モデルから計算される回折パターンと比較を行った結果を図2に示す。回折パターンのシミュレーションにはRIETAN-FP[6]を用いた。ここでは原子位置など構造パラメータは最適化を行っていない。27R の長周期構造モデルから計算されるピーク位置は実験と概ね合っているように見える。しかしながら、実験の回折パターンでピークがブロードなことを考慮しても 8.6° 付近、10°-11° 付近などでピーク位置が再現できていない。このため、YH3 での 27R とは異なる長周期構造モデルを考える必要がある。しかしながら積層シーケンスの組み合わせは無数に存在する。そこで、まずは 27R (KKKHHHHKK)3 の積層シーケンスでH層を固定し、K 層の数を変えた構造モデルを検討した。中間状態での回折パターンは連続的に変化しているように見え、最終的には面心立方構造、すなわち(K)3 の積層シーケンスになるため、積層方向に3回軸を持つ構造のみを考えた。
図2. TbD3 の 9.7 GPa におけるX線回折パターンと 27R 構造モデルから計算されるパターンの比較
図3に 15R、18R、24R、27R、33R、36R、42R、45R の構造モデルに対する回折パターンのシミュレーション結果を示す。H-K 表記でのユニット中の H 層を連続した4層で固定している。K 層の数が変わるとパターンも大きく変化することがわかる。実験結果と比較すると、ピーク位置に関しては先に示した 27R 構造のパターンが最も近く、それより K 層が増加あるいは減少しても一致が悪くなる。これは TbD3 では YH3 で決定された構造モデルとはわずかに異なる積層シーケンスの長周期構造が形成されていることを示唆しており、新しい構造モデルの構築が必要である。この違いは金属の種類によるものか水素組成によるものか判断はできないが、積層シーケンスのわずかな違いは起こり得ると考えられる。
図3. 連続した4層 H 層を持つ 15R、18R、24R、27R、33R、36R、42R、45R の構造モデルに対する回折パターンのシミュレーション結果。赤で示したパターンは TbD3 の 9.7 GPa におけるX線回折パターン
今後の課題
本研究では、希土類金属3水素化物において高圧力下で形成される長周期構造を解明するために、TbD3 の高圧力下X線回折実験を行った。その結果、8.6 GPa から 17.3 GPa の間で長周期構造の形成を示すX線回折パターンが観測された。以前に測定した TbH3 の結果との比較から、長周期構造の形成に関して同位体効果はないと考えられる。また、得られた回折パターンは YH3 で観測された回折パターンと類似はしているが、同じ構造モデルでは再現ができなかった。今回、H 層を連続した4層に固定し K 層の数を変え、さらに3回軸を持つ構造モデルで回折パターンの比較を行ったが、実験結果を再現することができなかった。新しい長周期構造モデルを構築するために、系統的に H 層と K 層の数や割合を変えて比較する、また、3回軸を持たない長周期構造でも検討を行う必要がある。特定の圧力で構造モデルの候補を絞り込み、圧力に対して連続的に変化する回折パターンと整合するモデルを決定する。そのモデルを用いて同じバッチの試料で実施した中性子回折実験の結果と合わせることで、格子間水素の位置の決定につながると考えている。
† 現所属:室蘭工業大学
参考文献
[1] T. Palasyuk, M. Tkacz, Solid State Commun. 133, 477 (2005).
[2] A. Machida et al, Solid State Commun. 138, 436 (2006).
[3] A. Ohmura et al, Phys. Rev. B 73, 104105 (2006).
[4] T. Kume et al, Phys. Rev. B 76, 024107 (2007).
[5] A. Machida et al, Phys. Rev. B 76, 052101 (2007).
[6] F. Izumi, K. Momma, Solid State Phenom. 130, 15 (2007).
ⒸJASRI
(Received: August 15, 2017; Early edition: October 27, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)