Volume6 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
バイオマスサンプルにおける元素形態の解析2
Analysis on Elemental Form for Biomass Sample 2
a月島機械株式会社, b千葉大学大学院理学研究科
aTsukishima Kikai Co., Ltd, bChiba University
- Abstract
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バイオマス燃料の発熱・発火原因を究明するため、バイオマス燃料に含まれる鉄について、BL14B2のXAFS測定システムを用いて鉄K吸収端XAFS測定を行った。標準物質で調製した模擬試料の測定結果より、炭化物製造過程で安定な三価の鉄化合物から、Fe3O4 に変化する可能性が示唆された。
キーワード: バイオマス、燃料、XAFS、XANES、鉄
背景と研究目的:
バイオマスから製造される燃料は再生可能エネルギーとして需要が高まってきているが、含有水分や臭気が問題となるために、炭化処理を施しこれらを低減している[1]。このバイオマス炭化物は石炭と同等の熱量を保有することから、石炭代替燃料としての利用が期待されているが、貯蔵の際に空気酸化により発熱・発火する現象がみられ、この発熱の原因の特定と抑制方法の確立が急務となっていた。
石炭でも発熱することが知られており、その原因としてメチレン基・アルキル基の酸化やカルボキシル基・水酸基等の官能基への酸素の吸着があげられている。バイオマス炭化物の発熱ではこれらに加えて、共存する金属、特に含有率の高い鉄の酸化反応や水和反応も要因として考えられており、そのメカニズムはより複雑である。そこで本研究では、XAFS法によりバイオマス炭化物に含有する鉄の非破壊状態分析を行い、酸化に伴う鉄の状態変化から発熱原因を明らかにすることを目的とした。
前回のXAFS測定の結果、酸化の影響を受けにくい試料調製法を検討する必要があること、また、バイオマス炭化物は弊社が実施している安定化処理により酸化を受けやすい鉄化合物が減少し、その結果貯蔵中の空気酸化による発熱・発火が抑制されている可能性が示唆された。今回は、バイオマス炭化物の処理行程で試料に含まれる鉄化合物がどのように変化するか、同一処理場内において異なる時期に採取したバイオマス原料に質のばらつきがあるかどうか、炭化条件によりどのように鉄化合物が変化するかについて検討を行った。
実験:
(1) 測定試料
弊社ではバイオマス原料を加熱処理して炭化物とした後、さらに、製造炭化物を炭化温度以下で2日程度大気雰囲気に放置する安定化処理を施しバイオマス燃料を製造している。バイオマス原料は製造施設により組成が異なり、鉄含有量に差が見られた。そこで、製造施設の違いが鉄化合物の化学状態に与える影響を検証するため、2箇所のバイオマス製造施設で使用される原料を測定に用いた。また、バイオマス原料は同一施設であっても製造時期(ロット)により組成が若干異なる。そこで、ロットの違いが鉄化合物の化学状態に与える影響を検証するために、約1ヶ月にわたり複数回サンプリングを行いXAFS測定試料とした。表1にこれらの試料の性状と無機元素濃度を示す。次に、鉄化合物標準物質とセルロースを混合したものを実験室系での炭化物製造装置を用いて、250℃、350℃、500℃ で炭化を行った(ラボ炭化物)ものを模擬試料とした。標準試料としては、Fe、FeO、Fe2O3、Fe3O4、α-FeOOH、γ-FeOOH、FeS2、FeS を用意したが、前回のXAFS測定の際、使用した標準試料の中で α-FeOOH のスペクトルが最も近い形状を示したため、模擬試料に用いる鉄化合物標準物質として α-FeOOH を用いた。これは、α-FeOOH が炭化処理を行うことで起こる変化を確認することを目的としている。
(2) 試料調製
透過モードでのXAFS測定のため、粉末試料はBNと混合し錠剤成形を行った。前回の実験で、バイオマス炭化物については不活性ガス雰囲気でメノウ乳鉢を用いての錠剤成型を行う必要性が確認されたので、今回は標準物質やバイオマス原料等の比較的安定な試料について、同一試料の粉砕と錠剤成形をそれぞれ大気下とアルゴン雰囲気下で行った試料を作成し、試料調製の過程での大気による酸化の有無を検討した。これら試料調製法を表2に示す。また、バイオマス炭化物製造施設で製造した試料をそのまま蛍光モードでXAFS測定を行うことも試みた(有姿試料)。すべての試料はポリエチレン袋に封入した状態で測定に用いた。
表1. 試料の形状、および含有無機元素濃度
処理場 | 試料 | 形状 | 直径 (mm) |
長さ (mm) |
強熱減量 (dry%) |
Fe (dry%) |
Si (dry%) |
Al (dry%) |
P (dry%) |
Ca (dry%) |
O処理場 | バイオマス原料ロット① | 円柱 | 6 | 10 | 59.6 | 6.2 | 2.6 | 1.6 | 1.9 | 1.7 |
バイオマス原料ロット② | 円柱 | 6 | 10 | 59.6 | 6.4 | 2.7 | 1.7 | 1.9 | 1.7 | |
バイオマス原料ロット③ | 円柱 | 6 | 10 | 59.5 | 6.1 | 2.6 | 1.6 | 1.8 | 1.6 | |
バイオマス原料ロット④ | 円柱 | 6 | 10 | 65.8 | 4.9 | 2.0 | 1.4 | 1.6 | 1.3 | |
バイオマス原料ロット⑤ | 円柱 | 6 | 10 | 67.1 | 4.9 | 2.0 | 1.3 | 1.5 | 1.3 | |
バイオマス原料ロット⑥ | 円柱 | 6 | 10 | 63.4 | 5.8 | 2.3 | 1.5 | 1.7 | 1.6 | |
H処理場 | バイオマス原料ロット① | 円柱 | 6 | 10 | 64.8 | 2.3 | 1.7 | 2.6 | 2.0 | 1.7 |
バイオマス原料ロット② | 円柱 | 6 | 10 | 64.7 | 2.2 | 1.6 | 2.5 | 2.9 | 1.7 | |
バイオマス原料ロット③ | 円柱 | 6 | 10 | 66.5 | 2.4 | 1.5 | 2.5 | 2.0 | 1.8 |
表2. 試料調整方法
粉砕雰囲気 | 錠剤成型雰囲気 | |
試料調整a | アルゴン | アルゴン |
試料調整b | アルゴン | 大気 |
試料調整c | 大気 | 大気 |
(3) XAFS測定
SPring-8 BL14B2において、既存のXAFSシステムを用い透過モード及び蛍光モードでXAFS測定を行った。入射X線はSi(111)モノクロメーターで単色化し、Fe-K吸収端 7.111 keV 付近のエネルギー領域をスキャンした。前回の結果から、XANESスペクトル形状や吸収端エネルギーの位置から必要な情報が得られることが確認できたため、本実験においてはXANES領域のみをターゲットとした。透過モードでは透過X線強度をイオンチェンバーで、蛍光法では蛍光X線(Fe-Kα線)の強度を19素子SSDで、それぞれ検出した。
得られたスペクトルデータは、Victoreenの式でバックグランドを近似し差し引いた後、大きな振動構造が観察されなくなった 7.400 keV で μt = 1 となるように規格化を行った。
結果および考察:
標準鉄化合物のFe、α-FeOOH について、異なる試料調製(a~c)を施し錠剤成型を行った結果を図1に示す。Fe、α-FeOOH のFe-K XANESスペクトルには試料調製による差異は見られなかった。 同様に、a 及び c を施し錠剤成型を行ったバイオマス原料と安定化バイオマス炭化物を比較したところ、それぞれのスペクトルに違いは見られなかった。これに対し、バイオマス炭化物については、前回と同様に試料調製 a が最も低エネルギー側へのケミカルシフトを示し、試料調製 b、c はそれより高エネルギー側にシフトした。試料調製 b、c のエネルギー位置に差は見られなかった。以上より、バイオマス炭化物のように酸化されやすく不安定な試料の場合は不活性雰囲気で試料調製を行う必要があるが、標準物質やバイオマス原料などの安定な試料については大気下で試料調製を行っても問題がないことがわかった。これにより今後のXAFS測定のための試料調製の効率が大きく向上することが期待された。
図1. Fe、α-FeOOH の試料調製方法による比較資料の Fe-K XANES スペクトル
次いで、2箇所の炭化物製造施設(O処理場とH処理場)から得られたバイオマス原料について、採取時期の異なる試料の比較を行った(図2、3)。各処理場全ての原料のXANESスペクトルについて、エネルギーシフトが最も顕著に現れた μt = 0.75 を指標とし、エネルギー位置を確認した。O処理場の各ロットの原料における μt = 0.75 のエネルギー位置は全ての試料で 7.122 keV だった。また、H処理場の原料についても μt = 0.75 のエネルギー位置を確認したところ全ての試料で 7.122 keV だった。O処理場とH処理場でスペクトルに違いが見られるが、これは原料の元となるバイオマス組成の地域差によるものと推測された。
図2. O処理場のバイオマス原料の Fe-K XANES スペクトル
図3. H処理場のバイオマス原料の Fe-K XANES スペクトル
図4に α-FeOOH を用いて実験室で炭化温度を変化させて製造した試料の Fe-K XANESスペクトルを示す。その結果、原材料と 250℃では変化が無く、350℃ と 500℃ で Fe2O3 に変化したことがわかった。また、α-FeOOHとセルロースを混合した原料について、同様に温度を変化させて製造した模擬バイオマス試料の Fe-K XANESスペクトルを図5に示す。その結果、250℃ で Fe2O3 に変化し、350℃、500℃ では Fe3O4 に変化することがわかった。これらの結果から α-FeOOH 単独では脱水反応のみが起こるのに対し、セルロース混合物ではセルロースの熱分解生成物が α-FeOOH の一部を2価の鉄に還元し、Fe3O4 を生成する反応に寄与した可能性が示唆された。
図4. 炭化温度の異なる α-FeOOH の Fe-K XANES スペクトル
図5. 炭化温度の異なる模擬試料の Fe-K XANES スペクトル
O処理場のバイオマス原料を蛍光モード及び透過モードでそれぞれ測定した Fe-K XANESスペクトルを図6に示す。これらのXANESスペクトルについて、エネルギーシフトが最も顕著に現れた μt = 0.75 を指標とし、エネルギー位置を確認した。蛍光モードの μt = 0.75 のエネルギー位置は7.120 keVであるのに対し、試料調整①では 7.1221 keV であり、これらの違いはバイオマス炭化物処理過程の違いにおけるエネルギーシフトを相対的に評価する分には問題ないと考えられる。よって、本件で対象にしているサンプルは透過モードによる測定が十分に可能であり、また、最適な試料調整方法が確立されたことから、今後は透過モードで測定を行うこととした。
図6. 測定モード別バイオマス炭化物の Fe-K XANES スペクトル
今後の課題:
標準物質を用いた模擬試料については炭化処理による鉄化合物の状態変化を把握することができた。今後は、バイオマス原料に混入する可能性のある鉄化合物についても同様の模擬試料を作製し測定することで、バイオマス炭化物に含まれる鉄化合物の化学形態の特定が可能になると期待される。
参考文献:
[1] 安部郁夫ら, 廃棄物の炭化処理と有効利用, (2001).
ⒸJASRI
(Received: November 16, 2015; Early edition: October 27, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)