Volume6 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
HAXPESによるLiFSI添加電解液を用いたリチウムイオン二次電池の電極表面解析
Analysis of the Electrode Surface with LiFSI-containing Liquid Electrolyte in Lithium Ion Secondary Battery by HAXPES
株式会社日本触媒
NIPPON SHOKUBAI CO., LTD.
- Abstract
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リチウム ビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)はリチウムイオン電池の主電解質としてだけでなく、添加剤として使用することにより電池の性能を向上させることができる。本検討ではLiFSIをリチウムイオン電池の添加剤として使用し、満充電状態での高温保存試験を行った。高温保存試験の結果、LiFSIを添加することにより電池の容量維持率を向上させることが可能であった。また、保存試験後の正極をXPSおよびHAXPESによる分析を行った結果、LiFSIの添加により正極最表面のコバルト原子の価数変化が生じないこと及び正極上の堆積物が低減することが確認された。
キーワード: リチウムイオン電池、リチウム塩、LiFSI、リチウム ビス(フルオロスルホニル)イミド、HAXPES、XPS
背景と研究目的:
近年、二酸化炭素の排出量の削減や資源制約の高い石油の依存から脱するために、リチウムイオン電池を搭載したハイブリッド自動車や電気自動車の開発が急速に進められている。また昨今の電力事情から、電力需要の少ない夜間に発電した電力を蓄電し、需要の多い昼間に放電することにより電力負荷を平準化する大型定置型蓄電システムの開発も進んでいる。このようにリチウムイオン電池の大型化が期待されているが、性能や安全性、コスト面で課題が多いのが現状である。
現在リチウムイオン電池のリチウム塩としては六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)が一般的に用いられている。しかしながらLiPF6は熱安定性が低く、電池の性能や安全性を低下させる要因となる五フッ化リン(PF5)やフッ化水素等を発生させることが知られている。これらの課題を克服するリチウム塩が開発されているが、最も有望なリチウム塩がリチウム ビス(フルオロスルホニル)イミド(LiFSI)である。LiFSIは、高熱安定性、高イオン伝導率を示すことなどから、現行の電池を凌駕する性能を示す電池の登場が期待されている[1,2]。
LiFSIは主電解質として使用するだけでなく、添加剤として用いることによっても寿命、高速充放電、高温保存特性、膨れの抑制などの電池性能を向上させることが可能である[3]。一般的な添加剤はある特定の性能のみを向上させることを目的に使用されるため、リチウムイオン電池には複数の添加剤が使用され、高コストの一因となっている。LiFSIは複数の特性を向上させることが可能であるため、電池の性能を向上させるだけでなく、添加剤の種類・使用量を減少させることにより電池の低コスト化にも寄与する。我々は、LiFSIを添加剤として用いることにより、負極にLiFSI由来の被膜を生成し、負極上への電解液等の分解生成物による堆積を抑制していることを報告している[4]。コバルト酸リチウム(LiCoO2)を正極に用いた電池においては、LiCoO2の最表面が還元され結晶構造が変化することによりLiイオンの脱挿入が阻害され、電池性能が劣化することが報告されている。LiFSIは正極にも被膜を生成するため、このLiCoO2の価数変化による劣化を抑制することが期待される。
本検討においては、深部まで分析が可能なHAXPES 及び通常のXPS(Mg K)を用いることにより、LiFSIの添加がコバルト酸リチウムの最表面の結晶構造へ与える影響を確認した。また、分析深度の異なる2種類の分析を行うことにより、正極上に生成する被膜成分の厚さに関する考察も行った。
実験:
コバルト酸リチウム(LiCoO2)、天然黒鉛、ポリエチレン製セパレーターおよび、LiPF6のみからなるカーボネート系電解液またはLiFSIおよびLiPF6を含有するカーボネート系電解液を用いてラミネートセル(試験セル)を作製した。LiPF6のみからなるカーボネート系電解液を用いた電池を電池(A)、LiFSIおよびLiPF6を含有するカーボネート系電解液を用いた電池を電池(B)とした。試験セルを初期充放電によりエージングしたのち、4.2 Vまで充電し、80℃にて1週間の高温保存試験を行った。高温保存後に放電を行い、セルの容量維持率を算出した。
高温保存後の試験セルをアルゴン雰囲気のグローブボッス中で解体し、正極を取り出した。得られた電極をジメチルカーボネートにて洗浄後、トランスファーベッセルにより大気暴露せずにBL46XUのHAXPES装置及び通常のXPS装置に導入し測定を行った。試験条件は以下のとおりである。なお、本測定は試料のチャージアップにより良好なHAXPESスペクトルを得ることがでなきなかったため、測定条件の最適化に多くの時間を費やした。このため、予定していた全サンプルを測定することができず、2水準のみの測定となった。
XPS
装置:日本電子社製 JPS-9000MX
アナライザー:日本電子社製 静電半球型
励起エネルギー:hν=1.25 keV (Mg Kα)
測定温度:室温
分解能:900 meV(Ag 3d 5/2)
HAXPES
測定装置:BL46XU パスエネルギー:200 eV
アナライザー:VG SCIENTA社製 R4000 スリット形状:curved 0.5 mm
励起エネルギー:hν=7.94 keV TOA:80°
測定温度:室温 エネルギー較正方法:Au 4f
分解能:250 meV(Au Fermi edge)
結果および考察:
高温保存試験
Table. 1にLiPF6のみを用いた電池(A)およびLiFSIを添加剤として用いた電池(B)の高温保存前の充電容量、高温保存後の放電容量および容量維持率を示す。高温保存前は、LiFSIの添加の有無で同等の容量を示した。高温保存後には、LiFSIを添加しなかった電池(A)の容量維持率は44.7%、LiFSIを添加した電池(B)は48.6%と、LiFSIを添加することにより容量維持率が向上した。
Table 1. 電池(A)および電池(B)の高温保存試験結果
高温保存前充電 容量(mAh/g) |
高温保存後放電 容量(mAh/g) |
容量維持率※ (%) |
|
電池(A) | 148.5 | 66.4 | 44.7 | 電池(B) | 147.9 | 71.8 | 48.6 |
※容量維持率=(高温保存後の放電容量)/(高温保存前の充電容量)×100
XPS及びHAXPES測定
高温保存前後の正極のCo 2p軌道のHAXPES測定結果をFig. 1(a)および(b)に示す。LiPF6のみを用いた電池(A)、LiFSIを添加剤として用いた電池(B)ともに、高温保存後も794 eVにCo 2p1/2(Fig. 1(a))、779 eVにCo 2p3/2(Fig. 1(b))に相当するピークが確認できた。またこれらのピークは同じ位置に観測されており、いずれの電池でもコバルト原子の原子状態は同じであることがわかる。このことから本検討における電池(B)の性能改善は、LiCoO2の価数変化による劣化抑制では説明できないことが示唆された。
Fig. 1. 電池(A)および電池(B)の高温保存後のCo 2p1/2軌道(a)およびCo 2p3/2軌道(b)のHAXPESスペクトル
通常のXPS(Mg Kα、hν=1.25 keV)で測定した結果をFig .2に示す。XPS測定においては、電池(A)ではCo 2p1/2、Co 2p3/2ともピークは確認されなかったが、LiFSIを用いた電池(B)では796 eVおよび782 eV付近にそれぞれCo 2p1/2、Co 2p3/2に帰属されるピークが確認された。前述のとおり、HAXPES測定においては、電池(A)、電池(B)ともに、Co 2p1/2、Co 2p3/2に相当するピークが明確に確認されている。電池 (A)は正極表面上の被膜層が厚く、LiCoO2由来のコバルト原子は被膜層内部に存在するため、被膜層の表層部しか分析できないXPSではコバルト原子の存在が確認できなかったと考えられる。一方でLiFSIを用いた電池(B)では、電極表面上の被膜層が薄いため、より表面敏感なXPSでも活物質由来のコバルト原子が確認されたと考えられる。
Fig. 2. 電池(A)および電池(B)の高温保存後のCo 2p軌道のXPSスペクトル
電池(B)のF 1sスペクトル(Fig. 3.(b))からはLiPF6に帰属される成分(687.5 eV)に加え、LiF(685.5 eV)が多く観測された。LiFはLiFSIを含む電解液を用いた電池からは多く検出されることが報告されている。また、電池(B)のS 1sのHAXPESスペクトル(Fig. 3.(c))からもピークが検出された。硫黄原子はLiFSIにしか含まれていないことから、LiFSI由来の硫黄原子を含む被膜の形成が示唆された。以上より、LiFSIを含む電解液を用いた電池(B)では正極の表面にLiFSI由来の被膜層を形成していることが確認された。
Fig. 3. 電池(A)および(B)の高温保存後のF 1s軌道 S 2p軌道(a、b)、電池(B)のS 1s2p軌道 F 1s軌道(c)のHAXPESスペクトル
電池の電極表面上に存在する被膜層は電解液やリチウム塩の分解生成物が堆積したものである。満充電での80℃、1週間という非常に過酷な条件下では、電極上で電解液が分解し堆積する。LiPF6のみを用いた電池(A)では電極上での電解液の分解が促進され、分解生成物が多く電極上に堆積した。一方、LiFSIを添加した電池(B)でLiFSI由来の被膜を正極上に生成し、この被膜が電解液の分解を抑制し、正極表面上への分解生成物の堆積を減少させたと考えられる。このようにLiFSIは負極だけでなく正極にも被膜を生成し、電池の性能を向上させることを確認した。
今後の課題:
本測定においては、非破壊で深部まで測定できるHAXPESを用いることにより、リチウムイオン二次電池の電極表面解析に重要な表面皮膜や分解生成堆積物だけでなく、その内部に存在する活物質の情報を得られることが分かった。
本実験において得られた測定条件を用いて、利用課題2013A1296にてLiFSIを含む電解液が電極表面に生成する被膜や活物質表面に与える影響に関して詳細に分析を行った。その結果は2013A1296の報告書[5]にて報告している。
参考文献:
[1] Hong-Bo Han, Journal of Power Sources, 196, 3623 (2011).
[2] K. Zaghib, Journal of Power Sources, 216, 192 (2012).
[3] 佐藤信平 他、電気化学会第79回大会予稿集2C05(2012)
[4] 平田和久 他、電気化学会第79回大会予稿集2C06(2012)
[5] 平田和久 他、SPring-8/SACLA利用研究成果集, 5 (2017) 2014 .
ⒸJASRI
(Received: March 28, 2017; Early edition: September 22, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)