Volume6 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
種々の合成法により合成された法規制薬物の放射光Ⅹ線回折分析
SR-XRD Analysis of Illicit Drugs Synthesized by Several Synthesis Routes
(公財)高輝度光科学研究センター
JASRI
- Abstract
-
放射光を用いた非破壊的な高感度X線回折法によって、乱用薬物の覚醒剤メタンフェタミン塩酸塩の結晶構造解析を行った。測定は結晶をメノウ乳鉢で粉砕しリンデマン製ガラスキャピラリー(内径0.3 mmΦ)に入れ粉末X線回折測定を行った。測定データの解析はEXPOを用いた直接法により初期構造を決定し、精密化を行うことができた。
キーワード: 科学捜査、合成覚せい剤類、粉末X線回折
背景と研究目的:
2013B期に本課題(課題番号2013B1356)を申請したナノ・フォレンシック・サイエンスグループは、2011 年 12 月 1 日に公益財団法人 高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門内に創設され、放射光の利活用によって、法科学(フォレンシックサイエンス)分野における社会的貢献をすることを使命として活動を始めた。
ナノ・フォレンシック・サイエンスグループでは薬物、毒物、自動車塗膜などの放射光による測定について2012年から研究を行ってきた[1]。
2013Bに本課題を実施した筆者は,2013年4月よりナノ.フォレンシックサイエンスグループに所属することとなり上記の研究を引き継いで実施してきたが、ナノ・フォレンシック・サイエンスグループは2017年4月にグループとしては解体され、ナノテクノロジーグループにハードアプリケーションチームおよびソフトアプリケーションチームとして吸収合併されたが、2016年4月からはこれらのチーム名称も廃止され利用研究促進部門内で一部の活動を継続している。
我が国を含めた先進諸国では、覚醒剤などの乱用薬物犯罪が極めて大きな社会問題となっている。この薬物乱用犯罪の世界的な広がりは、薬物の海外での密造やそれに伴う密輸が深く関係していることから、これら犯罪の抑止は、一国 国内の問題ではなく、国際的な協力活動が不可欠である。そこでナノ・フォレンシック・サイエンスグループは、2012年 8 月、国連薬物犯罪取締局・麻薬研究所(本部ウイーン)との間で乱用薬物犯 罪抑止のための、放射光を利用した国際的な共同研究について合意して覚え書きを交わした。この共同研究のため、2012年度末に厚生労働省の認可を得て、種々の合成法によって覚せい剤を合成していた。
本実験の測定試料としてはナノ・フォレンシック・サイエンスグループが2012年度末に厚生労働省の認可を得て、図1に示す種々の合成法によって合成しJASRIで所有する覚醒剤メタンフェタミン塩酸塩および市販品の標準メタンフェタミン塩酸塩(ヒロポン)(大日本製薬製)を使用した。
覚醒剤の合成手法を図1に示す。覚せい剤の合成方法は(A)長井氏法、(D)Emde法、(E)Leuckart 法、(F)Pd触媒-還元アミノ化法、(H)アマルガム-還元アミノ化法を用いた。(A)法、(D)法はd-メタンフェタミン塩酸塩を合成する。(E)法、(F)法、(H)法はd,l-メタンフェタミンを合成する。各合成法の詳細については図1に示した。
図1. 覚醒剤合成方法
本申請課題は、上述の国際的な共同研究の基礎となるもので、厚生労働省の認可を得て、種々の合成法によって合成された覚醒剤の結晶構造や含有微量成分を、放射光X線回折を含む種々の放射光分析手法(SR-XRD、 SR-XRF、SR-FTIR等)で明らかにすることは、世界初のことであり、密輸ルートの解明のためのプロファイリングのデータとなるなど、将来の薬物犯罪抑止のための基礎的データとして、極めて有意義なものである。
実験:
本実験では、標準品と合成されたメタンフェタミン塩酸塩について、放射光X線回折分析を行った。測定条件を表1に示す。また、試料周辺の測定装置写真を図2に示す。
表1. 測定条件
X線波長0.99984Åコリメーター0.5 mm(H)×3.0 mm(W)検出器イメージングプレート試料ホルダーリンデマン製ガラスキャピラリー (内径 0.3 MMΦ)測定時間150 〜 220分
使用ビームライン | BL02B2 |
図2. BL02B2の回折計の試料周辺の写真
結果および考察:
測定データの解析はリガク製のPDXLを用いて行った。初期構造の解析はPDXLに組み込まれたEXPOにより行い、PDXLで精密化を行った。代表的な結晶構造を図3に示す。これは標準品のd-メタンフェタミンの結晶構造である。
図3. 標準品ヒロポン(d-メタンフェタミン)(大日本製薬製)
メタンフェタミンは不斉炭素を1つ持ちR体、S体の構造を取り得る。標準のd-メタンフェタミンはS体である[2]。図3に示す解析結果の立体構造はS体であるが、粉末回折のデータによるものなのでR体、S体を区別して構造を決定することは理論上できない。
A、E、D、F、Hの5種類の合成法の試料についてのX線回折の2θプロファイルを図4に示す。A、E、D、F、Hの5種類の2θプロファイルには微妙な差があり、結晶構造の変化あるいは結晶中に存在する微量不純物の影響が考えられた。しかし、これをもって製造法ごとの結晶構造に有意な違いがあるかどうかを判定するにはロットごとに十分な回数の測定を行いロット内の変動とロット間の変動についてt-検定などの統計解析を行うことが必要である。したがって現段階では有意差の有無について言及することはできず。異同識別を行うためには十分な量のデータの蓄積が必要である。
図4. 覚醒剤の2θプロファイル
今後の課題:
放射光の測定データは直接法で初期構造の決定ができるレベルのものであることが分かったので結晶構造による異同識別を検討することができると考えられる。しかし製造法により結晶構造に有意な違いがあるかどうかを判定するには、ロット内の変動とロット間の変動について統計解析を行うことが必要であり、十分なビームタイム(実験時間)を確保し、測定を重ねることが必要である。ロット数の大きくしかも由来の異なる覚醒剤を入手するためには国連、各国の警察などの司法機関との連携が必要であることから、JASRIと関係省庁との連携が可能であるなら国際的なプロジェクトを構築することが今後の課題である。
参考文献:
[1] 牧野由紀子, SPring-8利用研究成果集, 5, 285 (2017).
[2] http://www.commonchemistry.org/ChemicalDetail.aspx?ref=537-46-2
ⒸJASRI
(Received: March 30, 2017; Early edition: September 22, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)