SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume6 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

種々の合成法により合成された法規制薬物の放射光顕微 FTIR 分析
SR-FTIR Microscopy Analysis of Illicit Drugs Synthesized by Several Synthesis Routes

DOI:10.18957/rr.6.1.22
2013B1351, 2016B1942 / BL43IR

橋本 敬,本多 定男, 森脇 太郎, 池本 夕佳, 木下 豊彦

Takashi Hashimoto, Sadao Honda, Taro Moriwaki, Yuka Ikemoto, Toyohiko Kinoshita

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 覚醒剤メタンフェタミン塩酸塩を赤外顕微鏡で非破壊透過測定した。測定光源は赤外放射光とグローバー光源(熱輻射光源)について測定し、結果を比較したところ5 µm以下の微小な試料では赤外放射光が優位であることが確認できた。


キーワード: 赤外放射光、覚醒剤、非破壊顕微鏡透過測定

pdfDownload PDF (696 KB)

 

背景と研究目的:

 2013B期に本課題(課題番号2013B1351)を申請したナノ・フォレンシック・サイエンスグループは、2011年12月1日に公益財団法人 高輝度光科学研究センター・利用研究促進部門内に創設され、放射光の利活用によって、法科学(フォレンシックサイエンス)分野における社会的貢献をすることを使命として活動を始めた。ナノ・フォレンシック・サイエンスグループでは薬物、毒物、自動車塗膜についての赤外放射光により赤外スペクトルの測定について2012年から研究を行ってきた[1]。

 2013Bに本課題を実施した筆者は,2013年4月よりナノ.フォレンシックサイエンスグループに所属することとなり上記の研究を引き継いで実施してきたところ、ナノ・フォレンシック・サイエンスグループは2017年4月にグループとしては解体され、ナノテクノロジーグループにハードアプリケーションチームおよびソフトアプリケーションチームとして吸収合併されたが、2018年4月からはこれらのチーム名称も廃止され利用研究促進部門内で一部の活動を継続している。

 我が国を含めた先進諸国では、覚醒剤などの乱用薬物犯罪が極めて大きな社会問題となっている。この薬物乱用犯罪の世界的な広がりは、薬物の海外での密造やそれに伴う密輸が深く関係していることから、これら犯罪の抑止は、一国 国内の問題ではなく、国際的な協力活動が不可欠である。そこでナノ・フォレンシック・サイエンスグループは、2012年8月、国連薬物犯罪取締局・麻薬研究所(本部ウイーン)との間で乱用薬物犯 罪抑止のための、放射光を利用した国際的な共同研究について合意して覚え書きを交わした。この共同研究のため、2012年度末に厚生労働省の認可を得て、種々の合成法によって覚醒剤を合成していた。

 本課題(課題番号2013B1351)申請は上述の国際的な共同研究の基礎となる課題申請の1つとして提案されたものであり、合成された覚醒剤などを実験材料として赤外放射光の法科学への利用可能性を探るためのものであった。薬物の密造や密輸から乱用までの「薬物犯罪」は、容疑者に付着する微粉末の鑑定検査が犯罪事実の立証に不可欠であり、とくに薬物結晶が「一粒程度の少量」の場合、証拠保全を図るためには非破壊で赤外分光分析を行えることが是非とも必要である。しかし、赤外分光分析で数ミクロンの微粉末の測定を非破壊で行うことは困難である。そこで2016B1942の課題申請では2013B1351に続いて、SPring-8の放射光による輝度の高い赤外放射光に加えてグローバー光源の赤外光を併用し、赤外顕微鏡の透過測定手法により10 µm以下の微細な覚醒剤粒子の測定についてさらに比較検討を行うことを目的とした。

 測定試料としてはナノ・フォレンシック・サイエンスグループが2012年度末に厚生労働省の認可を得て、図1に示す種々の合成法によって合成し、JASRIで所有する覚醒剤メタンフェタミン塩酸塩および市販品の標準メタンフェタミン塩酸塩(ヒロポン)(大日本製薬製)を使用した。

 覚醒剤の合成方法は(A)長井氏法、(D)Emde法、(E)Leuckart 法、(F)Pd触媒 - 還元アミノ化法、(H)アマルガム-還元アミノ化法を用いた。(A)法、(D)法はd-メタンフェタミン塩酸塩であり、(E)法、(F)法、(H)法はd,l-メタンフェタミンである。これらについて非破壊の顕微赤外透過測定を行った。

図1 覚醒剤合成方法

 

実験:

 赤外吸収スペクトルの測定は、同一サンプルに対して、赤外放射光とグローバー光源で行い両者の特徴を比較することとした。またサンプルサイズについても放射光で十分に測定できるサンプル径である15 µmからどれぐらいまでサイズを絞って測定できるかについて検討した。

 薬物の結晶粉末の赤外分光分析を透過法で行うときは、試料の厚さに制限があるためにステンレスローラーで押しつぶして測定することが一般的な手法である。これはATR(全反射赤外分光分析についても同様であり、試料を押しつぶすことなく非破壊で測定することは困難である。本研究では覚醒剤などの微粉末を顕微鏡ステージの透明窓板上に保持し、圧力を加えて変形させることなしに、どの程度の大きさの粒子の測定が出来るかについて検討した。

 測定は赤外顕微鏡を使用し、顕微鏡ステージのサンプルホルダー(窓板)としてフッ化バリウム(BaF2) 窓板上の覚醒剤結晶粉末を透過法で測定することで行った。

 分析装置としてSPring-8・BL43IRビームラインに設置されているBruker社製のVERTEX70 & HYPERION2000を使用した。 赤外顕微鏡の対物レンズ倍率は×36、波数分解能:4 cm-1、干渉計のスキャン回数:256 scanとし、検出器はMCT (HgCdTe) 半導体検出器を使用した。

 測定は、同一サンプルで粒径の異なるものについてアパーチャー径を5 µm、10 µm、15 µmとしたときのデータを測定した。

 測定装置を図2に示し、顕微鏡視野の覚醒剤試料を図3に示した。

図2 測定器の外観(左の図は装置全体、右の図は顕微鏡ステージの拡大図

図3 顕微鏡視野内の覚醒剤粉末

 

結果および考察:

 赤外放射光による測定結果を図4に、グローバー光源による測定結果を図5に示した。

 試料サイズが5 µm以下になるとグローバー光源ではノイズが大きくなり指紋領域のピークが認識しにくい。試料サイズがさらに小さくなり2 µmぐらいであると全波数範囲でノイズが目立ちグローバー光源ではほぼ測定が不可能となった。

 また、合成法による赤外スペクトルの大きな変化は確認できなかった

 赤外放射光では5 µm以下でも測定できることが確認できた。しかし800 cm-1以下の範囲でノイズが多く、748 cm-1、699 cm-1付近の「芳香族一置換体」のピークはほぼ認識できない。この理由は赤外放射光の導入経路の真空窓の材質にあると考えられる。ストレージリングから赤外放射光を取り出す「高真空部と低真空部の境界の窓」とそれに続く「低真空部出口の窓」の材質としてフッ化バリウムを用いたために800~700 cm-1以下の波数領域の透過率が低い。このために赤外放射光のスペクトルは800 cm-1以下の範囲でノイズが多いと考えられる。

図4 赤外放射光スペクトル

図5 グローバー光赤外放射光スペクトル

 

 5 µm以下の結晶粉末1粒で赤外分光測定が可能であることは法科学鑑定では有利なことである。しかし、覚醒剤など乱用薬物の赤外吸収スペクトルでは指紋領域のなかでも800 cm-1以下の低波数側のピークが重要であることから、真空窓の選択が今後の検討課題と考えられた。

 今回の測定では、上流の窓材についてBaF2を選択した。800〜600 cm-1以下が主要な解析対象となる場合には、窓材の材質として、「高真空部と低真空部の境界の窓」にダイヤモンドあるいはKRS-5など、「低真空部出口の窓」の材質としてKBrやKRS-5を選択して測定する必要がある。

 

今後の課題:

 赤外放射光を法科学に利用するためには赤外放射光の導入経路の真空窓の適正な選択が必要と考えられた。赤外放射光をFTIR測定機へ導入する低真空部出口の真空窓は5 cm以上の大きさのためダイヤモンドの採用は現実的ではない。したがって今後赤外放射光を法科学に利用するときで、特に800〜600 cm-1以下の指紋領域のスペクトルを識別することが要求される試料の場合には、「高真空部と低真空部の境界の窓」の材質としてはダイヤモンド、KBrないしはKRS-5などを、「低真空部出口の窓」の材質としてはKBrないしはKRS-5を選択して採用することが必要と考えられた。

 

参考文献:

[1] 森脇 太郎, SPring-8利用研究成果集, 3(2) (DOI:10.18957/rr.3.2.346), (2015).

 

ⒸJASRI

 

(Received: March 22, 2017; Early edition: September 22, 2017; Accepted: December 18, 2017; Published: January 25, 2018)