SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

X線侵入深さ制御X線回折測定技術を用いたFeスケ-ル相変態深さ分布によるスケ-ル剥離抑制技術の検討(5)
Depth-profile Analysis of the Constituents in Iron Oxide Scale by X-ray Diffraction, Part 5

DOI:10.18957/rr.5.2.198
2012A1746 / BL19B2

大塚 伸夫a,佐藤 眞直b,土井 教史a,日高 康善a,東田 泰斗a

Nobuo Otsukaa, Masugu Satob, Takashi Doia, Yasuyoshi Hidakaa, Yasuto Higashidaa

a住友金属工業(株)総合技術研究所,b(公財)高輝度光科学研究センター

aCORPORATE R&D LABS, SUMITOMO METAL INDUSTRIES, LTD.,bJASRI

Abstract

 炭素を0.05%含む純鉄を大気中700°Cで9 min加熱し鋼表面に20 μm前後の厚みの鉄スケ-ルを生成させ、450°Cで30~180 min加熱してウスタイト変態させた試料について、多軸回折装置を用いて侵入深さ一定sin2ψ法(侵入深さ各40、60、80 μm)により鉄とマグネタイトの残留応力深さ分布測定を室温でex-situに行った。未変態ならびにウスタイト変態させた試料では、どのX線侵入深さにおいても鉄に残留応力の存在が認められなかった。マグネタイト相では未変態状態の残留応力は小さいが変態スケ-ルで残留圧縮応力を示唆する結果を得た。


キーワード: X線回折,鉄スケ-ル,ウスタイト変態,残留応力測定,多軸回折計

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背景と研究目的:

 熱処理時に鉄鋼材料表面に生成する鉄スケ-ル(酸化皮膜)は高温からの冷却途中で容易に剥離し、耐食皮膜として活用できないことが多い。スケ-ルの密着性を向上させることでスケ-ル剥離を抑制できれば、常温で環境遮断機能に優れた鉄スケ-ルを創製可能になる。鉄スケ-ルが剥離する原因は鉄スケ-ルと地鉄との熱膨張差により冷却時に鉄スケ-ルに熱応力が発生するためと考えられる。これに加え、FeOスケ-ルは冷却条件によっては変態する(ウスタイト変態)ことが現象を複雑化している。FeOは冷却過程でFe3O4(マグネタイト)とFeの共晶組織に変態し、その変態組織は酸化条件や鋼の化学組成、冷却パタ-ンに依存する。冷却過程でスケ-ルに蓄積される熱応力がウスタイト変態によって緩和されることが期待されるため、ウスタイト変態を制御してスケ-ル剥離起点となるスケ-ル/地鉄界面付近にFe3O4/Fe共晶組織を「適切に」成長させ、熱応力を緩和してスケ-ル剥離を抑制する技術を開発できる可能性がある。そのためにはスケール/地鉄界面近傍でスケ-ルに発生する熱応力がウスタイト変態によりどのように変化するか、その時系列変化を調べる必要がある。今回は前回の測定[1]に引き続きウスタイト変態の水準を変化させた試料を用いてスケ-ルの深さ方向の残留応力測定を、侵入深さ一定sin2ψ法を適用して常温でex-situに行った。Fe3O4は前回と異なる回折ピ-クで、また地鉄についても今回初めて測定した。この系では地鉄組織の粗大粒化や酸化に起因する地鉄粒の配向、さらには鉄スケ-ルの結晶配向等の課題が依然として存在する。この系においてスケ-ル/地鉄界面近傍でスケ-ルと地鉄に生じる熱応力を測定できる可能性が見えてくるようであれば、光学系が複雑にはなるが二次元検出器を用いたin situ測定への道が開けるとの期待をもって実験を行った。

 

実験:

 不純物として炭素を0.048 mass%含む純鉄板状試料(20 x 20 x 3 mm)を1000番のエメリ-紙で研磨しアセトンで脱脂後、大気中700°Cで9 min加熱してFeスケ-ルを形成させ、常温まで冷却した。このスケ-ルではウスタイト変態は生じていない。冷却途中に大気中450°Cで30 min、90 min、180 min加熱保持してウスタイト変態させた試料も準備した。今回の測定は重点産業利用課題2011B1956と合わせた一連のものである。スケ-ルの厚みは11 μm~22 μmであった。実験はSPring-8のビ-ムラインBL19B2において実施し、同ビ-ムラインのHUBER社製多軸回折計を用いてX線回折測定を行った。入射X線は28 keV、ビ-ムサイズは4象限スリットにて5 × 0.2 mmに整形し,回折X線の検出器はNaIシンチレ-ションカウンタ-を用いた。受光側の光学系にはソ-ラスリットを使用した。測定にはX線侵入深さ一定sin2ψ法[2]を用い、マグネタイト相と鉄に発生したスケ-ル深さ方向の残留応力分布測定を室温で試みた。一般的なX線応力測定法[3]では、ψ角(散乱ベクトルと試料面法線のなす角)を変化させながら回折ピ-クを測定する。そのピ-クシフトのψ角依存性(2θ-sin2ψ線図)からひずみを検出し、試料表面近傍で生じている応力を評価する。今回試みたX線侵入深さ一定sin2ψ法では、各ψ角において検出器の回折角2θを走査して回折ピ-クを測定する時に、回折計の4軸ゴニオのω角とχ角の組み合わせで試料表面に対するX線の入射角と出射角を同時に制御した。2θψ角を変えても試料表面からのX線侵入深さが任意の値の条件になるように材料内部におけるX線光路長を一定に制御して、2θ-sin2ψ線図のX線侵入深さ依存性を測定する方法である。ここでX線侵入深さは、発生する回折X線の信号強度の減衰率が試料表面からの信号強度に対して1/eになる深さで定義している。今回,回折プロファイルに対するスケ-ル直下の配向した地鉄等の粗大粒の影響を平均化する目的で、試料ステ-ジの並進ステ-ジを用いて試料面内水平方向の揺動(±7 mm)を与えながら測定した。X線侵入深さは鉄換算で40、60、80 μmの条件に設定して測定した。測定する回折面はFe(112)とFe3O4(220)とした。FeOは今回測定していない。

 

結果および考察:

 大気中450ºCで90 min加熱保持することでウスタイト変態させたスケ-ルのマグネタイトについて、X線侵入深さが一番深い(80 μm)条件下で測定したFe3O4(220)回折面のψ角依存性測定結果を一例として図1に示した。sin2ψの増加とともにわずかではあるが2θの増加傾向を読みとることができた。

図1. 変態終了スケール(450℃ 90min保持)のFe<sub3O<sub<4(220)回折角2θのsin2ψ依存性(X線侵入深さ: 80 µm、図中数字はsin2ψ

 

 未変態スケ-ルの鉄とマグネタイト相で得られた2θ-sin2ψ線図を図2、3にそれぞれ示す。一般的に、2θ-sin2ψ直線の勾配は試料表面に平行な面内での試料の残留応力に比例するので、直線の傾きが大きいほど鉄/スケ-ルの残留応力は大きい。Fe(112)のデ-タが若干ばらついているように見えるが、デ-タはおおむね5/1000°程度の範囲内に収まっており測定装置の検出限界に近い。X線侵入深さによらず、Fe(112)の回折角はψ角の変化により顕著にシフトしなかった。未変態試料の場合、スケ-ル直下の地鉄の結晶格子では、スケ-ル表面と平行方向の顕著な歪みは示唆されない結果になった。

図2. 未変態終了スケールのFe(112)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

図3. 未変態終了スケールのFe<sub3O<sub<4(220)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

 

 未変態試料のFe3O4(220)においても、X線侵入深さによらず 2θのsin2ψ依存性はあまり顕著でなかった(図3)。ところが、重点産業利用課題2011B1956で測定した未変態スケ-ルのFe3O4(440)では、2θ-sin2ψで右上がりの相関が得られ[1]、X線の侵入が深いほど勾配は大であった。供試材もスケ-ル相も同じなのに回折ピ-クによって2θ-sin2ψ依存性が異なる結果になった。この理由は定かでないが、マグネタイトの結晶配向が影響した可能性がある。侵入深さ一定2θ-sin2ψ法により鉄スケ-ルの深さ方向の残留応力を求めるためには、スケ-ルの組織観察を合わせた解析が必要と判明した。ビーム搖動条件の最適化を含め今後の課題である。

図4. 変態期スケール(450℃ 30min保持)のFe(112)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

図5. 変態期スケール(450℃ 30min保持)のFe<sub3O<sub<4(220)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

図6. 変態終了スケール(450℃ 90min保持)のFe(112)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

図7. 変態終了スケール(450℃ 90min保持)のFe<sub3O<sub<4(220)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

 

 変態期ならびに変態終了スケ-ルのFe(112)、Fe3O4(220)回折ピ-クについて、2θ-sin2ψ測定結果を図4〜7に示す。Fe(112)の回折ピ-クはかなりのばらつきがみられ、残留応力についての議論は困難な結果であった。一方、Fe3O4(220)の回折ピ-クはいずれも圧縮応力の存在が示唆される結果になった。Fe3O4(220)の回折ピ-クの深さ方向の挙動は前回Fe3O4(440)で得られた、地鉄界面で応力大という結果と傾向がおおむね一致した。今回の酸化条件ではスケ-ルのウスタイト変態は450°Cで90 min以上保持する条件下で終了することがわかっている[3]。ウスタイト変態が完全に終了した試料の鉄ならびにマグネタイト相で得られた2θ-sin2ψ線図を図8、9に示す。

図8. 変態終了スケール(450℃ 180min保持)のFe(112)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

図9. 変態終了スケール(450℃ 180min保持)のFe<sub3O<sub<4(220)回折角2θ—sin2ψ線図(X線侵入深さ: ● 40 µm、○ 60 µm、□ 80 µm)

 

 スケ-ル変態が終了した試料(450°Cで90 min保持)のFe(112)回折ピ-クは、未変態試料と同様2θに明瞭なsin2ψ依存性がみられなかった。すなわちウスタイト変態が終了した試料のスケ-ル直下のFeは結晶格子があまり歪んでいない。一方、Fe3O4 の(220)回折ピ-クはX線侵入深さによらずおおむね右上がりの傾向を示し、マグネタイト相には残留圧縮応力の存在が示唆された。マグネタイトの(220)回折ピ-クの2θ-sin2ψ線の傾きから450°Cで90 min保持したスケ-ルについて、その平面残留応力σx をX線侵入深さごとに下記の式から概算した。

 

 

 ここでEはヤング率でFe3O4の値として208 MPa、νはポアソン比で0.29の文献値を用いた[4]。θ0は無歪み材の回折角でFe3O4(220)の値として文献値の0.07471ラジアンを採用した[5]。算出されたマグネタイトの「残留圧縮応力」は、X線侵入深さが(Fe換算で)40 μmで107 MPa、60 μmで158 MPa,80 μmで179 MPaとなった。 ここで、ウスタイト変態が終了した試料のスケ-ル直下の地鉄に残留応力の存在が示唆されない点(図8)を指摘したい。スケ-ルの主成分であるマグネタイトのみに残留圧縮留応力が生じ、スケ-ル直下の地鉄に残留応力が発生していない状況は考えにくい。今回の実験結果を解釈するためには、地鉄組織の粗大化や地鉄結晶粒の配向、加えてマグネタイト相の配向異方性について情報が必要である。

 今回0次元検出器を用いた侵入深さ一定sin2ψ法による応力測定技術を適用して、11~22 μm前後の鉄スケ-ルについて、Fe3O4スケ-ルならびにスケ-ル直下の地鉄に生じた残留応力を室温で測定した。スケ-ル直下の地鉄ではスケ-ル変態の進行度合いにかかわらず顕著な残留応力の発生は示唆されなかった。Fe3O4スケ-ルは未変態で残留応力が小さく、変態の進行とともに明瞭な圧縮残留応力の存在が示唆された。回折ピ-クFe3O4(440)で未変態スケ-ルでも圧縮応力の存在が示された前回の試験結果[1]は今回の回折ピ-クFe3O4(220)と傾向が異なった。この系では地鉄組織の粗大化や酸化にともなうスケ-ル直下の地鉄の配向、さらにはFe3O4の結晶配向等の影響が大きいと考えられる。in-situ測定に着手するにはまだ明らかにすべき課題が残る状況にある。

 

今後の課題:

 In-situ測定に移行するには,地鉄粗大粒の配向状況やFe3O4結晶の粒分布とその配向状況の時間変化など、地鉄とFe3O4スケ-ルの微細組織変化をX線回折とは異なる手法(たとえばTEMやEBSP)を通じて事前にその傾向を把握する必要があると判断される。

 

参考文献:

[1] 大塚 他, SPring-8 利用研究成果集 2, 23 (2014).

[2] M. Sato et al., AIP Conf. Proc. 879, 1577 (2007).

[3] 大塚 他 平成21年度SPring-8重点産業利用課題報告書2009B1790.

[4] J. Robertson, M. I. Manning, Mater. Sci. and Tech., 6, 81 (1990).

[5] X-ray JCPDS cards, 19-629 for Fe3O4.

 

ⒸJASRI

 

(Received: February 13, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)