SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

科学鑑定のための単繊維片の放射光X線小角/広角散乱分析
Simultaneous Small-Angle and Wide-Angle X-ray Scattering Analysis of Single Fibers for Criminal Investigation

DOI:10.18957/rr.5.2.193
2013B1364, 2014A1141 / BL40XU

本多 定男,橋本 敬,青山 光輝,八木 直人

Sadao Honda, Takashi Hashimoto, Koki Aoyama, Naoto Yagi

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 犯罪現場において犯人が無意識に遺留する微細証拠物件は、犯行を立証する証拠として非常に重要であるが、その中でも繊維は殺人のみならず傷害、交通事犯、迷惑防止条例違反等、極めて多くの罪種に関係している。法科学分野においては、微細な証拠であればあるほど、再鑑定の必要性から証拠物をそのまま残す非破壊的な鑑定手法が望まれる。さらに、無染色の繊維については情報が少なく、異同識別が困難となる場合がある。

 そこで、SPring-8 の放射光を利用した小角/広角散乱分析を行えば、非破壊的にナノスケールでの繊維の周期構造や配向性等に関する情報が得られるため、繊維鑑定の識別能力の向上が大きく期待できる。単繊維の標準試料等を非破壊で分析し、データバンクを構築した。


キーワード: 科学捜査、法科学、微細証拠物件、無染色単繊維、SAXS、WAXS

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背景と研究目的:

 近年、犯罪実行時、犯人自身が認識せずに現場等に遺留する様々な微細証拠物件は、犯行を立証する証拠として注目されている。中でも繊維は、殺人、強盗、傷害、侵入盗犯、道路交通法違反、迷惑防止条例違反等、極めて多くの罪種に関係する間接証拠となっている。犯罪現場から直接的な物証を採取できる例が年々減少している現在、人が必ず関与する犯罪として着衣等に由来する極微細な単繊維の証拠証明力の向上は、社会安全・安心に寄与する喫緊の重要課題と考えられる。

 微細な繊維類の非破壊的な鑑定手法として、国際的に顕微鏡による形態観察、偏光顕微鏡・蛍光顕微鏡による観察、顕微分光法による測色、顕微ラマン分光法、顕微FTIR分析等が活用されているが、染色染料の化学分析は、比較証拠品同士の個別化(異同識別)には欠かせない極めて重要な鑑定手法とされている。しかし、犯罪現場等から採取された繊維証拠品が無染色若しくは色調視認レベルが極めて低い(染色が薄い)試料については、個別化が困難となる場合が少なくない。

 そこで、サイズがマイクロメートルオーダーの無染色単繊維試料から染料検査の欠落を補完し得る非破壊的識別法として、X線の活用に着目した。前回、X線を検体に照射して散乱するX線の内、散乱角が小さいものを測定することにより、検体の構造情報に迫り得るX線小角散乱法(Small-Angle X-ray Scattering:SAXS)を法科学分野へ応用し、この検体構造情報を活用することで、化学合成単繊維(特に無染色繊維)の識別能力の向上を目指した[1]

 今回は、研究課題番号2013B1364、2014A1141として、前回測定したものを再測定することにより再現性を確認するとともに、簡易的にWAXS検出器を配置して測定を実施した。さらに、犯罪現場で採取されるものを想定して、荷重をかけた状態での測定を実施した。


実験:

 測定した単繊維試料は、Microtrace社Forensic Fiber Reference Collection(以下「MT」と呼称する)の繊維サンプル200種、繊維メーカーから提供された繊維サンプル34種、購入した黒色下着10点から採取した黒色木綿小片10種の合計244種である。試料の詳細を、表1に示した。


表1.測定した単繊維試料
1: Microtrace社Forensic Fiber Reference Collection 2-5:各繊維メーカー提供のもの 6:購入した黒色下着10点から採取
線 維 種 試料数1 試料数2 試料数3 試料数4 試料数5 試料数6 試料計
アセテート 4           4
アクリル 44 2         46
アラミド 4   1       5
カーボンファイバー 1           1
クロロファイバー 2           2
リヨセル 3           3
モダクリル 18           18
ナイロン 48 4         52
オレフィン 8           8
PBI 1           1
ポリエステル 53 4 2 11 10   80
レーヨン 12           12
スパンデックス 1           1
サルファー 1           1
木綿           10 10
合計 200 10 3 11 10 10 244

図1.測定に使用した試料ホルダ アルミ製80 mm×50 mm 1 mm厚

図2.荷重測定に使用した試料ホルダ アルミ製80 mm×50 mm 2 mm厚

図3.荷重測定説明図

図4.試料の単繊維とテグスの接合法


 各試料についてXRFやFTIRの測定も実施できるように、図1に示したようなアルミ板で作成した試料ホルダを用いて、5 mm間隔で一つのホルダに13試料を粘着テープで固定した。また、荷重をかけた測定のため、図2に示したようなアルミ板で作成した試料ホルダを用いて、図3に示したように設けたスリットから背面に導き、テグスに接合したうえ荷重をかけた。単繊維の接合は、試行錯誤のうえ、図4に示したように内径1 mmのテフロンチューブを長さ4 mm程度に切断し、爪楊枝で試料及びテグスを配した後に爪楊枝を挿入し、不要部分を切断した。

 BL40XU実験ハッチに、図5に示したような化学合成単繊維のSAXSを測定するためのマイクロビーム小角散乱回析装置を組み立てた。

図5.BL40XU X線小角散乱装置概念図(上面)


 また、単繊維試料ホルダの近傍に、WAXSを測定するための検出器を配置した。その距離は、2013B1364では97 mm、2014A1141では150 mmである。露光時間は、2013B1364では0.5秒、2014A1141では2秒である。単繊維の径は概ね20~100 µm程度なので、ピンホール径は20 µmとし、各繊維について横断方向に数カ所で回折を記録し、最も強度の強い中央部からの回折を解析した。単繊維試料から検出器までの距離は2013B1364では1640 mm、2014A1141では1524 mmとし、X線エネルギーは15 keV、検出器はX線イメージインテンシファイアとCCDカメラを用いた。露光時間は2013B1364では0.5秒、2014A1141では2秒である。


結果および考察:

 図6にMTNo.53:Carbon、図7にMTNo.76:Nylon、図8にMTNo.82:Nylon、図9にMTNo.124:Oleffin、図10にMTNo.148:Polyesterについて、それぞれ2013B1364、2014A1141及び2012B1402で測定した2次元X線小角散乱像の代表例を示した。また、図11として、C社のNo.10:Polyester[低収縮]について2013B1364及び2014A1141で測定した2次元X線小角散乱像の代表例を示した。

図6. MTNo.53:Carbon (左より2013B1364、2014A1141、2012B1402)

図7. MTNo.76:Nylon(PA-6)   同

図8. MTNo.82:Nylon(PA-6)   同

図9. MTNo.124:Oleffin(PP)   同

図10. MTNo.148:Polyester   同

図11. C社No.10:Polyester[低収縮] (左:2013B1364 右:2014A114)


 これらは、いずれも再現性良く測定されていて、それぞれについてd値を算出したところ、いずれも高い再現性が確認された。

 さて、犯罪現場における微細証拠物件を想定し、MT No.74:Nylon及びMT No.147:Polyesterについて、荷重をかけた測定を実施した。前者については、無荷重、10 g、20 g、40 gの荷重をかけて測定したが、50 gの荷重では放射光を照射する前に切れてしまった。この間のSAXSパターンの変化は図12に示したように変化し、2θ値は、0.58から0.56へ減少して40 gでは検出されなかった。WAXSでは20 g荷重まで2θ値が5.7、7.2で変化は無いが、40 gでは検出されなかった。

 後者については、無荷重、10 gの荷重をかけて測定したが、20 gの荷重では放射光を照射する前に切れてしまった。この間のSAXSパターンの変化を図13に示したように変化し、2θ値は、0.60から0.42へ減少した。WAXSでは10 g荷重まで2θ値が6.7、7.8で変化は無かった。

図12. 荷重によるSAXSパターンの変化 MT No.74:Nylon(PA-6)

図13. 同 MT No.147:Polyester


表2. WAXS測定による各繊維種の2θ値(一部)
線維の種類 検出された2θ値
Acrylic 3.8
Aramid 5.7,7.0
Carbon 8.0
Nylon 5.7,7.2
Olefin 3.6,4.4,5.3
Polyester 3.6,4.7,6.7,7.8

 なお、WAXSであるが、2013B1364では露光時間が足りなかったので、2014A1141で再測定を行った。実施した測定条件では2θ値が最大でも20程度であり、これまでに報告されているものとは比較できない。得られた結果のうち、代表的な線維種について、検出された2θ値を表2に示した。これらの結果により、ある程度の繊維種の識別は可能と思われる。ただし、Nylonについては、6-Nylonと6,6-Nylonとの識別は困難であった。

 小角散乱のパターンは、繊維製造のプロセスによって大きく異なると考えられる。本実験データは、身の回りにある大量の合成繊維のほんの一部でしかないが、重要事件等で合成繊維の高度な識別が不可欠である場合には、捜査側がメーカー等より繊維試料の提供を受け、その中からどれが類似しているか分析を実施することになる。したがって、このような場合に備えてより高度な分析手法を確立することが重要である。

 なお、合成繊維全般のSAXS、WAXSに関する文献は見当たらないが、ポリエステル繊維に関する文献[2,3]に記載されたSAXSパターンと比較したところ、得られた散乱が適切であると確認された。


今後の課題:

 単繊維の非破壊での高度な識別のために、赤外放射光FTIR分析及び放射光蛍光X線分析を実施し、これらによるデータバンク構築を目指している。


参考文献:

[1] 南幸男, 本多定男, 中野和彦, 牧野由紀子, 早川慎二郎, 二宮利男, 青山光輝, 八木直人, SPring-8利用研究成果集, 早期公開既公開版(2017).

[2] R. Tomisawa, T. Ikaga, K.H. Kim, Y. Ohkoshi, K. Okada, H. Masunaga, T. Kanaya, M. Masuda, Y. Maeda, Polymer, 116, 357(2017)

[3] Yatao Liu, Lixin Yin, Huirong Zhao, Guangkun Song, Fangming Tang, Lili Wang, Huili Shao, Yaopeng Zhang, Polymer, 116, 185(2017)



ⒸJASRI


(Received: March 31, 2017; Early edition: June 23, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)