SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

鉄多結晶表面の光電子回折分光顕微法による原子・磁気構造解析
Atomic and Magnetic Structure Characterization of Fe Polycrystalline Surface by Photoelectron Diffraction Spectromicroscopy

DOI:10.18957/rr.5.2.161
2011B1583 / BL25SU

安田 馨a,松井 文彦a,松下 智裕b,前島 尚行a,松井 公佑a,北川 哲a,堀江 理恵a,石井 良a,藤田 將義a大門 寛a

Kaoru Yasudaa, Fumihiko Matsuia, Tomohiro Matsushitab, Naoyuki Maejimaa, Hirosuke Matsuia, Satoshi Kitagawaa, Rie Horiea, Ryo Ishiia, Masayoshi Fujitaa, Hiroshi Daimona

a奈良先端科学技術大学院大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aNAIST, bJASRI

Abstract

 鉄の多結晶試料に微小径の放射光ビームを照射して二次元光電子回折法・光電子分光法による解析を行うことによって、多結晶材料の個々の微結晶について、その結晶構造・結晶方位・磁気構造を同一分析器で超高真空の環境を維持したまま観察することに成功した。この手法を用いれば、異なる測定装置への試料搬送による物性変化を防ぎながら種々の物性評価ができ、今後の新たな材料評価手法として有用であることが示せた。


キーワード:多結晶、結晶構造、二次元光電子回折、光電子回折分光

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背景と研究目的:

 多結晶材料は、単結晶材料に比べ実用性が高く、実際に現在一般的に利用されている工業製品は、一部を除いてほとんどが多結晶や非晶質のものである。しかしながら、微結晶の集合組織の中の個々の微結晶について、その特性を理解するのは難しく、多結晶中の結晶粒界について評価を行った後、微結晶間の関係を調べる必要がある。そのためには結晶粒以下のサイズの非常に小さなプローブを用いる必要があり、方法が限られてくる。また、結晶構造・結晶方位・組成・化学状態や磁気構造など多岐にわたる物性を総合的に評価できる測定手法は確立されていない。光電子分光と光電子回折を組み合わせると、原子構造のみならず、物性の情報も得ることができる[1,2]。そこで、本研究では表面観察に有力な二次元光電子分光法と光電子回折法を収束軟X線走査機構と組み合わせ、多結晶材料の微小領域ごとの物性を同一手法で評価し、多結晶材料の新たな評価手法を提案することを目的とした。当初のプロポーザルでは、パーマロイの極薄膜の磁気特性について調べるため、Fe単結晶の上にNiを蒸着して原子構造と磁性の関係を調べることを目的としていた。Fe単結晶表面の清浄化の過程で、表面が本レポートにあるような興味ある形状に変化した。この表面を精査しないとNi蒸着の研究に進めないことが明らかになったため、この表面の解析を行い、興味ある結果を出すことができた。

 

実験:

 実験はSPring-8のBL25SUに設置されている二次元表示型球面鏡分析器(DIANA: DIsplay-type spherical mirror ANAlyzer)[3,4]を用いて行った。DIANAを用いることで、光電効果により試料表面から放出された光電子の中から任意のエネルギーの光電子だけの放出角度分布を、±60°という広い立体角に渡って歪みなく観測することができる。BL25SUでは、遷移金属の内殻励起に適した真空紫外~軟X線領域のエネルギーをもつ左右円偏光を、高い分解能で任意のエネルギーで作り出すことができるため、磁性材料である鉄の分析に適している。試料はFe(110)単結晶を高温処理し、相変化させた際に生じる歪を利用して多結晶化させたものを使った。表面清浄化処理として、電子衝撃加熱法を用いた約600℃のアニールと、Arイオンスパッタリングを繰り返し行なった。清浄化後にも微量の酸素が残ったので、結晶面の化学的活性度の違いを見るため、その酸素量の結晶面依存性の測定も行った。

 

結果および考察:

 図1(a)に、Fe(110)表面付近に成長させた多結晶Fe微粒子にhν= 708 eVのFe2p吸収端ピークの光を照射して得られたLMMオージェ電子回折パターンマッピングを示す。放射光ビームの直径は約300 µmで、試料を200 µmステップで左右上下に動かして、それぞれの位置でのFe LMMオージェ電子の放出角度分布を2次元測定したものである。


図1.(a) Fe(110)面に成長させた多結晶Fe微粒子からのLMMオージェ電子回折パターンマッピング。(b), (c), (d)はそれぞれ(001), (110), (111)面が表面垂直を向いている粒子からの回折パターン。それぞれ、4回対称、2回対称、3回対称操作をして平均した画像。

 

 結晶の晶帯軸にある前方収束ピークと、それらを結ぶ菊池バンドが見えていて、見ただけで微結晶の向きがわかる。図1(b), (c), (d)はそれぞれ(001), (110), (111)面が表面垂直を向いている粒子からの回折パターンである。それぞれのパターンを解析した結果、測定した微小領域の結晶構造は全てbcc構造と決定することができた。また測定した全範囲において、結晶方位の同定ができる。図1(a)には(001)の粒子の分布を青枠で、(111)粒子の分布を黄枠で示した。基板は(110)面であったが、微粒子は(110)が少なく(001)が多く、さらに(001)と(111)の中間が多いことなど、興味ある結果が得られた。これらの結晶方位のオイラー角の分布解析も試みた[5]

 O-KLL 強度を試料表面全体にわたって測定することで、試料表面の各位置における酸素原子の吸着能力(化学的活性度)の違いを調べた。結晶方位と酸素残留量の二つの結果を比較し、その関係を考察した結果、(110)>(001)>(111)表面の順に酸素の量が多い、つまり化学的活性が高いことがわかった。この順番はFeのbcc構造における表面の原子密度が高いほど酸素の吸着量が多いことを意味しており、妥当な結果に思えるかもしれないが、 bccの(111)表面が第3層まで見えている凹凸の大きい表面であるのに対して(110)表面は原子が最密充填している平らな表面であるために表面の原子レベルでの凹凸は逆の順であり、表面積という観点からは逆の順が予想されるため、簡単には理解できない興味ある結果である。

 また、酸素残留量を調べた際にいくつかの結晶表面で六回対称のO-KLLパターンが得られた。それらはFeの(110)面の位置でのみ観測された。先行研究[6]と比較し、その結晶構造はマグネタイト(Fe3O4)の(111)面がFe(110)表面に成長したものであることがわかった。

 BL25SUの円偏光を利用し、個々の微小試料の磁性についても測定を行った。試料全体の表面に対して45°(図2(a))方向と垂直方向(図2(b))からの二つのMCDスペクトルから、試料表面の磁化は面内磁化であることがわかった。求めた結晶方位との比較から、試料表面の結晶方位が[110]から[001]にかけての方向を向いた位置で比較的強度の強いMCDが得られていることがわかった。さらに三次元的な結晶方位と入射方向を考慮にいれるとMCD強度が大きくなっている方向は光の入射方向のベクトルを面内に射影した時、その射影成分が鉄の容易磁化軸である[001]ではなく、[110]に近い領域であった。また酸素の残留量が多い点でもMCD強度が大きくなる傾向が一部見られた。これらから、表面微小粒子では容易磁化軸の方向が大きな単結晶と異なることや、ガス吸着の影響を受けやすいことが推定される。


図2.試料表面に対して45°方向(a)と、垂直方向(b)からの二つのMCDスペクトル。

 

今後の課題:

 SPring-8 BL25SUの微小ビームと2次元表示型分析器(DIANA)を用いることで、多結晶試料の個々の微結晶についての結晶構造・結晶方位・反応性や磁気構造を、同一分析器で超高真空の環境を維持したまま観察することに成功した。この手法を用いれば、異なる測定装置への試料搬送による物性変化を防ぎながら種々の物性評価ができ、今後の新たな材料評価手法として有用であることが示せた。走査電子顕微鏡を用いたEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法でも個々の結晶構造やその配向は解析できるが、化学的な反応性や磁性などの物性まで解析できるのは光電子ならではの成果である。空間分解能という点ではEBSDの方が勝っているため、今後は可干渉放射光などのビーム技術の向上などによる空間分解能の向上が望まれる。

 

参考文献:

[1] F. Matsui, T. Matsushita, Y. Kato, M. Hashimoto, K. Inaji, F. Z. Guo, H. Daimon, Phys. Rev. Lett., 100, 207201 (2008).

[2] F. Matsui, T. Matsushita, H. Daimon, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom., 195, 347 (2014).

[3] H. Daimon, Rev. Sci. Instrum., 59, 545 (1988).

[4] M. Kotsugi, Y. Miyatake, K. Enomoto, K. Fukumoto, A. Kobayashi, T. Nakatani, Y. Saitoh, T. Matsushita, S. Imada, T. Furuhata, S. Suga, K. Soda, M. Jinno, T. Hirano, K. Hattori, H. Daimon, Nucl. Instrum. Methods A, 467-468, 1493 (2001).

[5] F. Matsui, T. Matsushita, H. Daimon, Catalyst, 52(2), 76 (2017).

[6] H.-J. Kim, J.-H. Park, E. Vescovo, Phys. Rev. B, 61, 15284 (2000).



ⒸJASRI

 

(Received: March 31, 2017; Early edition: July 11, 2017; Accepted: 18 July, 2017; Published: 17 August, 2017)