SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

XAFSスペクトル測定法標準化のための基礎的検討(1)
Study on Standardization of X-ray Absorption Spectroscopy (1)

DOI:10.18957/rr.5.2.280
2016B1873 / BL14B2

内山 智貴a, 本間 徹生a, 大坂 恵一a, 伴 弘司b, 仁谷 浩明b, 君島 堅一b, 森本 浩行c,長谷川 孝行d, 池野 成裕e, 瀬戸山 寛之f, 岡島 敏浩f

Tomoki Uchiyamaa, Tetsuo Honmaa, Keiichi Osakaa, Hiroshi Banb, Hiroaki Nitanib, Ken'ichi Kimijmab, Hiroyuki Morimotoc, Takayuki Hasegawad, Norihiro Ikenoe, Hiroyuki Setoyamaf, Toshihiro Okajimaf

a(公財)高輝度光科学研究センター, b高エネルギー加速器研究機構, c名古屋大学,d兵庫県立大学, e(公財)科学技術交流財団, f(公財)佐賀県地域産業支援センター九州シンクロトロン光研究センター

aJASRI, bKEK, cNagoya University, dUniversity of Hyogo, eASTF, fSAGA-LS

Abstract

 本課題では、XAFSスペクトル測定手法の標準化に向けた基礎的検討を行った。入射X線のエネルギーを回折法により算出したところ、2結晶分光器の角度から計算したX線エネルギーと一致した。次に、アッテネータを用いてX線強度を定量的に変化させながらイオンチャンバーからの信号を計測し、検出器の線形性を確認した。また、標準化前のスペクトルとして5-20 keVの硬X線領域に吸収端を有する元素についてデータを取得した。


キーワード:X線吸収分光法、XAFS標準化

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背景と研究目的:

 X線吸収分光法(XAS)は、結晶構造を持たない試料であっても、任意の元素の化学状態や局所構造を解明することができる強力な分析手法である。そのため、様々な学術分野でXASの需要が増加しており、1つの放射光施設に2本以上のXAS専用ビームラインがあることも珍しくない。最近では、SPring-8だけでなくSAGA-LSやAichi-SRといった国内の複数の放射光施設を横断的・相補的に利用する研究グループも増えてきている。そのような中、今後問題になると考えられるのが、施設間でのX線吸収スペクトルの互換性である。各施設で光学系や測定条件、計測方法が微妙に異なるため、他施設で測定したスペクトルを同等に取り扱うことができず、研究者間でデータを比較することができない可能性が高い。多くの研究者が複数の放射光施設を横断的・相補的に利用することは、国内の産業・学術研究を促進し、成果を早期に社会に還元するためには重要であることから、施設間でのスペクトル互換性を担保することは、急務である。しかし、現在に至るまでスペクトルの互換性を検討した例はなく、これを担保するために標準化すべき計測手順やパラメータもわかっていない。

 そこで申請者らの所属するJASRIでは光ビームプラットフォーム事業に参画し、ラウンドロビン(同じ試料を他施設で測定し比較すること)など、X線吸収スペクトル測定手法の標準化に向けた基礎的検討を行っており、今年度は5-20 keVの硬X線領域に吸収端を有する元素についてデータを取得した。

 また、本課題では、標準化を遂行するにあたり、入射X線のエネルギーと吸光度が現行の方法で精度よく計測されているかどうか、改めて評価する方法をBL14B2が提案・実証することも目的としている。これにより高い信頼性を有する「基準のXAFSスペクトル」を各施設に提示し、ラウンドロビンで得られたデータと比較することで標準化に向けた検討を行うことが可能になる。


実験:

 入射X線のエネルギーの評価:

 入射X線のエネルギーは2結晶分光器の角度(エンコーダ値)から計算されている。しかし、エンコーダ値を入射X線のエネルギーとして採用しても差し支えないことを裏付けるデータは存在しない。そこでBL14B2の架台の下流に設置してある回折計[1]を用いて、回折法による入射X線のエネルギーの決定を試みた。2結晶分光器の角度(エンコーダ値)から入射X線のエネルギー(E(mono))を算出すると同時に、回折計に設置したSiの回折角から入射X線のエネルギー(E(dif))を見積もった。今回は、分光器にSi(111)を用い、E(mono) = 8.651, 9.110, 9.570, 10.030, 10.503 keVの5点について、E(dif)を計算した。


 吸光度の評価:

 吸光度はI0, I1と呼ばれる試料前後に設置されたイオンチャンバーの信号強度から計測されるため、X線強度に対する検出器の線形性が担保されている必要がある。そこでアッテネータ(Al箔 50-450 µm)を用いてX線強度を定量的に変化させながらイオンチャンバーからの信号を計測し、線形性が確保されているかどうか確認した。また、電流アンプの増幅率を107, 108, 109と変化させて計測し、X線エネルギーは10.503 keV、イオンチャンバーのガス組成はI0をN2、I1をN2 70% + Ar 30%とした。


 標準試料測定:

 標準化を実施する前のスペクトルの収集、および他施設とスペクトルを比較するため、BL14B2で従来用いている光学系のパラメータ・測定条件(高調波抑制ミラーの角度、各スリットの開口幅、ロッキングカーブ測定角度、イオンチャンバーのガス組成)で標準試料の測定を実施した。測定は透過法で行い、分光器はSi(111)を用いた。ステップスキャン、クイックスキャンの両方で分光器を掃引し、データを取得した。測定試料は、Ti箔、TiO2(アナターゼ型)、V箔、Cr箔、Mn箔、Fe箔、Co箔、Ni箔、Cu箔、CuO、Zn箔、ZnO、Ta箔、W箔、WO3、Pt箔、Au箔、Pb箔、PbO、Zr箔、ZrO2である。Ta, W, Pt, Au, PbについてはLIII吸収端、その他の元素はK吸収端のスペクトルを収集した。

 

結果および考察:

 入射X線のエネルギーの評価:

 まず始めにCu K-edgeの吸収スペクトルを測定し、プレエッジピーク位置が12.7185°(8.9813 keV)となるように2結晶分光器の角度を校正した。E(mono) = 8.651, 9.110, 9.570, 10.030, 10.503 keV と変化させてSi 111の回折プロファイルを収集した結果を図1に示す。

 図1 E(mono)を変化させた際のSi 111の回折プロファイル

(図中の数値はE(mono)に対応している)


 図1の結果よりSi111回折の格子面間隔を3.1355 Å, 波長1ÅのX線のエネルギーを12.3984 keV として計算したE(dif)の結果を表1に示す。E(mono)とE(dif)の差(絶対値)の最大値は0.6 eV、平均値は0.3 eV、標準偏差は0.3 eVとなった。入射X線のエネルギーが9-10 keVであるのに対し、これらの数値は4桁も小さいため、今回の測定範囲内では、E(mono)とE(dif)は、ほとんど一致していると考えられる。すなわち、8.651-10.503 keVのX線エネルギー範囲においてCuのプレエッジピークを12.7185°(8.9813 keV)となるように分光器を校正する方法は妥当であったと考えられる。ただし、この結果はSiの111回折ピークのみを用いて計算した結果であり、今後、高次の回折線を含めたデータ取得・解析を行うことでさらに精度の高い結果が得られると考えられる。

                  
表1 E(mono)とE(dif)の関係
E(mono) / keV (エンコーダ値) E(dif)* / keV (Si(111)の回折角θ)
8.6508 (13.2115°) 8.6514 (13.2106°)
9.1101 (12.5342°) 9.1100 (12.5344°)
9.5704 (11.9223°) 9.5698 (11.9230°)
10.0297 (11.3689°) 10.0297 (11.3689°)
10.5030 (10.8502°) 10.5031 (10.8501°)

*計算に用いた物理定数は以下の通り

d (Si(111)) = 3.1355 Å

hc = 12.3984 keV.Å

 吸光度の評価:

 I0,I1 イオンチャンバーの信号強度とAlの厚さから計算したX線透過率をプロットし、どの増幅率においても、相関係数 R=0.999 の直線関係が得られた(図2(a)~(f))。図中横軸のTransmissionはX線の透過率を示し、Alの厚みと10.503 keVにおけるAlの吸収係数から算出した。


(a) I0イオンチャンバー,増幅率 107 (b) I1イオンチャンバー,増幅率 107


(c) I0イオンチャンバー,増幅率 108 (d) I1イオンチャンバー,増幅率 108


(e) I0イオンチャンバー,増幅率 109 (f) I1イオンチャンバー,増幅率 109

図2 イオンチャンバーの線形性評価結果

I0イオンチャンバー:S型 170 mm, 電極長 140 mm

I1イオンチャンバー:L型 310 mm, 電極長 280 mm


 しかしながら、透過率0%、すなわちX線がイオンチャンバーに入っていない点まで直線を外挿すると、カウントがマイナスになることがわかる。この原因については現在のところわかっていないが、イオンチャンバーの非線形性や暗電流が最適な設定値でなかったこと、アッテネータとして使用したAlの厚みムラが挙げられる。

 標準試料測定:

 図3に標準試料を測定した結果を一部の元素について示す。TiO2はステップスキャン(25分=1500秒)と同じ質のXANESスペクトルを得るためにクイックスキャンで624秒を要したが、CuOではBL14B2で可能な最短の掃引時間である45秒でステップスキャン(17分=1020秒)と同様の質のXANESスペクトルが得られていた。表2に測定した全試料について、ステップスキャン(T(step))と同等なXANESスペクトルを得るために要したクイックスキャンの測定時間(T(quick))を示した。今回得られたデータをもとに、他施設との比較を行い、各施設の現状についてまとめていく予定である。

(a) TiO2 XANES (b) TiO2 EXAFS

(c) CuO XANES  (d) CuO EXAFS

図3 標準試料(TiO2,CuO)測定結果

                                
表2 測定した標準試料におけるT(step)とT(quick)
標準試料 Ti箔 TiO2 V箔 Cr箔 Mn箔 Fe箔 Co箔 Ni箔 Cu箔 CuO Zn箔
T(step) / s 1500 1500 13801320 1260 1260 12001140 1020 1020 1080
T(quick) / s 62 624 4243 43 44 4445 45 45 45
                             
ZnO Ta箔 W箔 WO3 Pt箔 Au箔 Pb箔 PbO Zr箔 ZrO2
1080 1080 1080 10801020 1020 1020 10201020 1020
45 45 46 4646 46 47 4748 48

今後の課題:

 E(mono)とE(dif)の関係については、高次の回折線を含めたデータ取得・解析を行い、20 keV以上でも同様の評価を実施していく。標準試料のデータ収集も20 keV以上に吸収端を有する元素について実施していき、他施設との比較を行う予定である。本課題は、文部科学省共用プラットフォーム事業「光ビームプラットフォーム」(URL: http://photonbeam.jp)の一環として実施したものである。


参考文献:

[1]大坂恵一 他,SPring-8/SACLA利用研究成果集(SPring-8/SACLA Research Report)5, 74–77 (2017).



ⒸJASRI


(Received: March 30, 2017; Early edition: June 23, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)