SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

白色LED用蛍光体材料の温度消光メカニズム解明(3)
Investigation of the Mechanism of Thermal Quenching of Phosphor Materials for White LED (3)

DOI:10.18957/rr.5.2.203
2012B1288 / BL14B2

上田 恭太a, 本間 徹生b

Kyota Uhedaa, Tetsuo Honmab

a三菱ケミカル株式会社横浜研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター

aMitsubishi Chemical Corporation Yokohama R&D Center, bJASRI

Abstract

 I2-Y3Al5O12:<3 mol%Ce、II-Y3Al5O12:3 mol%Ce と Lu3Al5O12:3 mol%Ce におけるCe3+の発光中心イオンが示す動径構造関数において、第1近接のピーク強度と蛍光体の発光強度維持率の温度依存性、また、第2近接のピーク強度と蛍光体の発光強度との間にそれぞれ相関が認められた。特に、第1近接のピークのデバイワーラー因子で表現されるCe3+イオン周りの局所構造の“静的乱れ”が、蛍光体の発光強度維持率の温度依存性である温度消光と強い相関を示すことが明らかになった。


キーワード: 白色LED、蛍光体、YAG:Ce、EXAFS、温度消光

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背景と研究目的:

 省エネルギーの点から、消費電力の小さい白色LEDランプが白熱電球に代わって急速に普及してきた。この白色LEDランプ内の蛍光体は青色LEDデバイスによって加熱され、発光強度が著しく劣化(温度消光)し、ランプの色ずれが発生して問題となってきた。近年のランプ高出力化に伴い、蛍光体が示す温度特性の改良は白色LEDランプの動作安定性向上のため益々重要となった。

 蛍光体の温度特性改良は、最初に、温度消光に関連し、かつ、この温度特性の原因となる因子を見出し、その観測結果を蛍光体の合成条件にフィードバックさせ、その合成条件を最適化することで初めて可能となる。これまで、幾つかのモデルを基に発光イオンの熱振動の“振舞い”や価数変化を伴う“熱活性化エネルギー”が議論されてきたものの、温度消光の改善に向け、温度消光がどのようなパラメーターとどのように関連しているか検討した報告がなかった。

 本研究の目的は、各温度における発光イオンの静的な構造の乱れ(<20 K)、動的な構造の乱れ(20 K~500 K(約200ºC))を求め、どのようなパラメーターが温度消光と強い相関があるか明らかにすることにあり、これによって、温度消光と強い相関が認められたパラメーターを用いて温度特性の改良指針が構築されるものと考えた。

 これまで、I2-Y3Al5O12:Ce と II-Y3Al5O12:Ce のXAFSスペクトルの温度依存性(<20 K~室温)を比較・検討し、発光強度・温度特性に優れた II-Y3Al5O12:Ce における発光中心元素(Ce)周りの局所構造が、両特性の低い I2-Y3Al5O12:Ceと比較して“静的な構造の乱れ”が小さいということを明らかにしてきた[1,2]

 本報告では I2-Y3Al5O12:Ce と II-Y3Al5O12:Ce を温度消光の違いが顕著に認められる温度領域となる室温から150~200°Cにおいて、Ce3+イオンのXAFSスペクトルを測定し、それら結果を比較・検討した。また、より温度消光が小さい Lu3Al5O12:Ce[1] についても同様にXAFSスペクトルを測定し、YAGと比較検討した。

 

実験:

 組成が異なる3種類のガーネット構造を有した蛍光体(I2-Y3Al5O12:Ce, II-Y3Al5O12:Ce, Lu3Al5O12:Ce)の発光イオンの吸収端(Ce-K)におけるXAFSスペクトルの測定をBL14B2において分光結晶Si(311)を用い、透過法で行った。高温セルを用い、室温から200ºCの温度範囲を約40ºC間隔で5点測定し、各温度におけるXAFSスペクトルのXANES領域より発光イオンが示す電子状態(価数)を、また、EXAFS領域から発光イオンの局所構造を解析し、それぞれの温度変化を調べた。なお、蛍光体試料はすべて粉末(平均粒子径:十数 ㎛)形状であり、XAFS測定に用いるため、直径10 mmのペレットに成型した。なお、蛍光体の化学組成は  I2-Y3Al5O12:<3&nbspmol%Ce,II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce 及び Lu3Al5O12:3&nbspmol%Ce とした。

 

結果および考察:

 30°Cから200°C における II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のXANESスペクトル変化を図1に示す。200°C まで昇温しても、XANESスペクトルは変化がなく、Ceイオンの価数は3価のままであった。他の2試料についても、±1 eV程度のエネルギーシフトが認められたものの同様の結果を得た。すべての試料において30ºCから200°C程度の温度範囲で、ガーネット結晶構造中のYやLuサイトを占有したCeイオンは3価に維持されたままであることが明らかとなった。


図1. 30℃から200℃における II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のXANESスペクトル変化

 

 30°Cから200°C における II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のEXAFS振動スペクトルを図2に、kが3 – 10 Å-1の範囲で求めた動径構造関数の温度依存性を図3にそれぞれ示した。温度上昇に伴い、各ピーク強度は減少し、これらピーク強度の温度依存性は I2-Y3Al5O122:<3&nbspmol%Ce や Lu3Al5O12:3&nbspmol%Ce についても同様に認めることができた。


図2. II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のEXAFS振動スペクトルの温度依存性


図3. II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce の動径構造関数の温度依存性

 

 先の報告[1,2]において150°Ϲにおける蛍光体の発光強度維持率は、Lu3Al5O12:3&nbspmol%Ce、II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce、I2-Y3Al5O12:<3&nbspmol%Ce の順で低下する。しかしながら、このような試料間の違いを、動径構造関数の温度依存性において認めることはできなかった。これは、Ce周りの局所構造の違いがそれら熱振動の挙動、つまり、“動的な構造の乱れ”に対し、強く影響しないことを示唆した。

 Ce3+イオンの局所的な構造の乱れについて検討するため、ガーネット結晶構造を有する II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のYサイトを Ce3+イオンで置換したモデルを用い、動径構造関数のrが1.3 – 4.0 Åの範囲においてプロファイルフィッティングを行った。

 その一例として、80°ϹにおけるII-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のフィッティング結果を図4に示す。また、最適化して得られたパラメーター値を表1に示す。


図4. II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce 80℃の動径構造関数とそのフィッティング結果

 

表1.II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce 80℃のフィッティング結果(S02は1.1に固定)
&nbsp 配位数(モデル値) 結合距離(Å) σ22)
Ce-O1 4 2.38±0.02 0.0034±0.0010
Ce-O2 4 2.51±0.02 0.0034±0.0010
Ce-Al1 2 3.05±0.02 0.0051±0.0017
Ce-Al2 4 3.40±0.02 0.0051±0.0017
Ce-Al3 4 3.72±0.02 0.0051±0.0017
Ce-Y 4 3.71±0.02 0.0056±0.0037

 

 図5に20 Kから473 K(200ºC)に及ぶII-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce と I2-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce の第1近接ピークに関するデバイワーラー因子(Ce-O)の温度依存性を示す。両試料が示すデバイワーラー因子の温度依存性に違いはなく、同様であった。これは図3で示した結果と矛盾しなかった。

 一方、両試料の比較により、Ce3+の発光中心周りの“静的乱れ”の差は、それぞれの試料において観察されるデバイワーラー因子の温度変化よりも、著しく大きいことが図5によって明らかとなった。

 よって、温度上昇に伴う、熱振動の挙動(“動的乱れ”)よりも、Ce3+の発光中心周りの“静的乱れ”の方が、温度消光とより強い相関を示すものと考えられた。


図5. 20 Kから473 K(200°C)における II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce と I2-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce のデバイワーラー因子(Ce-O)

 図6に、室温におけるII-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce, I2-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce 及び Lu3Al5O12:3&nbspmol%Ce の動径構造関数を比較した。図中の第1近接のピーク強度はLu3Al5O12:3&nbspmol%Ce 、 II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce、I2-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce の順に大きくなった。これは、 Lu3Al5O12 に賦活されたCeイオン周りの“静的乱れ”が最も小さく、次いで、II-Y3Al5O12 が、最後に I2-Y3Al5O12 が最も大きくなることを示す。この“静的乱れ”の順列は、前述した150°Ϲにおける蛍光体の発光強度維持率が Lu3Al5O12:3&nbspmol%Ce、II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce、I2-Y3Al5O12: <3&nbspmol%Ce の順で低下する傾向と一致した。


図6. II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce,Lu3Al5O12 :3&nbspmol%Ce の室温における動径構造関数

 

 一方、第2近接のピーク強度は、大きい順にII-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce、Lu3Al5O12 :3&nbspmol%Ce 、I2-Y3Al5O12: <3&nbspmol%Ce となり、それぞれの蛍光体が示す発光強度の順列と一致した。一般にCe3+が賦活された母体材料の結晶性が、それぞれの蛍光体が示す発光強度と強い相関を示すと考えられている。よって、第2近接のピーク強度は蛍光体材料の結晶性と相関があると考えられた。

 従って、Lu3Al5O12 :3&nbspmol%Ce は、II-Y3Al5O12:3&nbspmol%Ce、と比較してCe3+周りの“静的乱れ”が小さく、輝度維持率に代表される温度特性に優れたが、その試料の結晶性が劣るため発光強度が低くなったと考えた。

 LED用途として蛍光体の温度特性を改善するとき、最初に“静的乱れ”がより小さくなるように母体材料を調整し、次いで、フラックス法等によって母体材料の結晶性を改善することが望まれた。

 

今後の課題:

 

 蛍光体が示す温度消光と第1近接ピーク強度との相関について更に詳細検討し、温度特性改良の設計指針構築を目指す。また、励起光照射によるCe3+イオンの価数変化が及ぼす消光効果[3]について検討する場合、450 nmの可視光を発する青色LED光源を持ち込み、励起光照射下における蛍光体が示すXANESの温度依存性を調べる必要があると思われる。

 

参考文献:

 

[1]上田恭太, 本間徹生, SPring-8/SACLA 利用研究成果集, 3(2), 407 (2015).

[2]上田恭太, 本間徹生, SPring-8/SACLA 利用研究成果集, 4(2), 237 (2016).

[3] J. Ueda et al., J. Phys. Chem. C, 119, 25003 (2015).



ⒸJASRI

 

(Received: February 17, 2017; Early edition: May 25, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)