Volume5 No.2
SPring-8 Section C: Technical Reports
放射光蛍光X線によるエフェドリン類に含まれる微量元素分析
Trace Elemental Analysis of Ephedrines Using Synchrotron Radiation X-Ray Fluorescence Spectrometry
(公財)高輝度光科学研究センター
JASRI
- Abstract
-
エフェドリン類(l-ephedrine and/or d-pseudoephedrine)は、覚醒剤メタンフェタミンの密造原料として利用されているが、国際的に流通している正規の医薬品である。覚醒剤原料エフェドリン類と製品である覚醒剤に含まれる微量無機元素との比較を目的として、放射光蛍光X線分析によるエフェドリン類に含まれる微量無機元素について分析を実施した。
覚醒剤結晶に対して、放射光蛍光X線分析法を用い、多数の無機元素を非破壊で検出することにより、密造法による特徴的な無機元素を見出すことは、現時点では難しいことが判明した。
キーワード: 科学捜査、乱用薬物、覚醒剤プロファイリング、エフェドリン類、蛍光X線分析
背景と研究目的:
覚醒剤乱用は平成12年をピークとする第3次乱用期にあり、MDMAなどの合成麻薬や大麻の乱用、さらに、新規の危険ドラッグの乱用も大きな社会問題となっており、これらの乱用薬物の取締対策に役立つ多面的な化学情報の必要性は高まっている。
本研究は、2011年12月1日付けで公益財団法人高輝度光科学研究センター内に新たに組織されたナノ・フォレンシック・サイエンスグループ(主として犯罪捜査を含む法科学全般のための放射光利用による研究開発を行うことを主な業務とする)の研究の一つとして行ったものである。研究目的は、覚醒剤メタンフェタミンに必ず含まれている履歴とも呼ぶことができる隠れた化学的な特徴を顕在化させる多面的なプロファイリング[1,2]の一情報として、無機不純物を非破壊的な放射光による分析法によって捉え、新たな手法として利用できるか否か検討することである。
実験:
実験に使用した試料は、正規に製造されたl-ephedrine/HCl (6種類)及びd-pseudoephedrine/HCl (5種類)、生薬麻黄 (3種類)、麻黄から抽出したl-ephedrine/HCl (3種類)、市販のd-pseudoephedrine/HCl含有錠剤 (3種類)、錠剤より抽出したd-pseudoephedrine/HCl (4種類)の計24種類である。
これらを、厚さ6 µmのポリプロピレン薄膜に封入保持し、BL37XU及びBL05SSの装置にセットしたうえ、測定を実施した。
BL37XU : Energy 35 keV、Counting time: 600s
BL05SS : Energy 17 keV (Gap: 49.8 mm), beam size: 0.2 mm x 0.2 mm, counting time: 300 s
無機元素の検出に汎用されているppbオーダーの検出が行えるICP-MS法との比較が必要と考え、No.1とNo.21のサンプルについてのみ、ICP-MSで定性分析を実施した。
結果および考察:
検出された元素を、表1に示す。
sample | P | Cl | Br | K | Ca | Ti or Ba |
V | Cr | Mn | Fe | Ni | Cu | Zn | Pb | Sr | Zr | Mo | Ag | Sn | Se | Ce | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
l-ephedrine/HCl | No.1 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
No.1 ( ICP-MSの結果) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||
No.2 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||
No.4 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||
No.7 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||
No.20 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
No.21 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||
No.21 (ICP-MSの結果) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||
d-pseudoephedrine/HCl | No.3 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
No.22 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||
No.5 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||||||
No.23 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||||||
No.6 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||
麻黄及び麻黄からの 抽出試料 (l-ephedrine/HCl) |
No.11 (麻黄粉砕微粉末) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||
No.8 ( No.11からの抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||
No.12 (麻黄2粉砕微粉末) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||
No.9 ( No.12からの抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||
No.13 (麻黄3粉砕微粉末) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||
No.10 ( No.13からの抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||||
錠剤及び錠剤からの 抽出試料 (d-pseudoephedrine/HCl) |
No.28 (錠剤1粉砕微粉末) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | |||||||||
No.25 (錠剤1より抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||
No.29 (錠剤2粉砕微粉末) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
No.30 (錠剤3粉砕微粉末) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
No.24 (錠剤4より抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||
No.26 (錠剤5より抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | ||||||||||||||
No.27 (錠剤6より抽出) | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
ICP-MSにより表1に記載の元素以外に、No.1についてはNa, Mg, Al, Si, Sc, Co, Ge, Rb, Y, Ba, Tb, Pt, W, Lu, I, Cs, Tlが、No.21についてはNa, Mg, Al, Si, Sc, Co, Ge, Y, Cs, I, Auが検出された。丸茂らのICP-MSによる覚醒剤メタンフェタミン中の無機元素についての報告[3]では、Pb, Sr, Mo, Rb, Cs, Ba, I, Tlが検出されている。表-1のICP-MSで検出されているPb, Sr, Mo, Rb, Cs, Ba, I, Tlが、放射光蛍光X線分析法では検出できなかったことから、放射光蛍光X線分析法は感度不足の問題があり、本研究目的に対し適切な分析法とは言えない。無機元素の検出をppbオーダーで行うのに汎用されているICP-MS法が、プロファイリングに必要な無機元素の検出に適しているといえる。
今後の課題:
放射光蛍光X線分析法は、非破壊で測定できるということが特徴であり、極微量しかない貴重なサンプルの測定を幾つかの研究所の研究者が測定し比較するのには向いているが、覚せい剤押収品の場合は多量にある押収品を対象とするので、非破壊の必要はなく、ICP-MSで測定する方が精度の高い分析ができるといえる。今後は、ICP-MSを利用し、特徴的な極微量無機元素の検出を試みて、覚醒剤プロファイリングに役立つ情報を確保するべきであることを提案する。
参考文献:
[1] Y. Makino, Y. Urano and T. Nagano, Bulletin on Narcotics, 157, 63 (2005).
[2] N. Kurashima, Y. Makino, Y. Urano, K. Sanuki, Y. Ikehara and T. Nagano, Forensic Sci. Int. 189, 14 (2009).
[3] Y. Marumo, T. Inoue and S. Seta, Forensic Sci. Int. 69, 89 (1994).
ⒸJASRI
(Received: November 7, 2016; Early edition: July 11, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)