Volume5 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
貴金属を使用しない燃料電池カソード触媒のHAXPESによる解析 4
HAXPES Analysis on Non-PGM Oxygen Reduction Reaction Electrocatalyst for Fuel Cells Part 4
aダイハツ工業(株),b(独)日本原子力研究開発機構
aDaihatsu Motor Co., Ltd., bJAEA
- Abstract
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非貴金属触媒であるFe系触媒の解析をHAXPESによって行い、従来から行っているFe2p、N1sの測定に加え、今回新たに取り組んだFe1sの測定によって表面構造と内部構造の違いを調べることができた。解析結果から、触媒が多層構造を形成していることが分かった。
キーワード:燃料電池、アニオン交換膜形、非貴金属カソード触媒、HAXPES
背景と研究目的:
ダイハツでは、アルカリ性のイオン交換膜を用いた「アニオン交換膜形燃料電池」の早期実現に向けて、国内外の大学・研究機関と連携して研究開発を行っている。発電の心臓部分である電極触媒の開発では、燃料側のアノード触媒および空気側のカソード触媒において、非白金ながら白金の性能を超える出力性能が得られており、実用化の可能性がみえてきている。[1-5]
カソード電極触媒としては金属を配位子に配位させたキレート触媒の開発に注力しており、これまでCoやFeを活性種とする金属キレート触媒をアニオン燃料電池に適用し、燃料電池特性が飛躍的に向上することを報告した。
より触媒活性の高い金属キレート触媒の設計を行うためには、触媒の活性構造を明らかにする必要がある。SPring-8で硬X線光電子分光測定 (HAXPES)を用いた触媒解析を行い、触媒合成に用いる錯体材[課題番号2013A1644]やテンプレート材[課題番号2013B1713]の影響に関する調査から触媒活性とFeおよびNとの相関性を明らかにしてきた。
これらの開発を進める中で、錯体にナイカルバジンを用いた触媒が高活性であり、Feのメタル成分が触媒活性の影響因子であることを示唆する結果を得た。そこで今回、Fe系キレート触媒について合成方法の異なる2種を用いて、触媒活性とFeのメタル成分、錯体構造との関係性を調査したので報告する。
実験:
硬X線光電子分光測定(HAXPES)において、光電子分光アナライザーにはVG-SCIENTA社製R-4000を用いた。Pass Energyは200 eV、スリットサイズはcurved 0.5 mmとした。光源はSPring-8の標準型真空封止アンジュレータ、モノクロメータはSi(111)を用いた傾斜配置直接水冷型二結晶モノクロメータが採用されている。モノクロメータとミラーの間にチャンネルカットモノクロメーター(Si111結晶の444反射)を用いている。ビームサイズは0.5 mm (H)× 0.5 mm (V)で、サンプルは、Agテープ状にサンプル粉末を固定することによって形成した。入射エネルギーは7940 eV、エネルギー較正にはAu4fを用いた。光電子出射角度(TOA)は80°に設定し、触媒中の主な要素であるFe, N, C, Oについて光電子スペクトルを測定した。
試料にはFe系キレート触媒のうち、Fe硝酸塩およびナイカルバジンを原料とし残存Feメタルを除去する酸処理の時間を変化させた2種のFe系キレート触媒(NPC(Non-PGM Catalyst)-Aに比べNPC-Bは酸処理時間を3倍とした)を用いた。
なお今回Feについては従来のFe2pに加え新たにFe1sの2種類の光電子スペクトルを測定した。
結果および考察:
NPC触媒のFe2p、Fe1p、N1sの光電子スペクトルをそれぞれFig.1、Fig.2、Fig.3に示す。Fe2pにおいてNPC-A、NPC-Bの両者に明確な違いは見られず、707 eV近傍にピークが確認されることからほぼメタリックな組成であることが分かった[6]。一方、今回新たに測定したFe1sスペクトルでは、Fe2pに比べS/Nの良いスペクトルが得られた。また、低結合エネルギー側のメタリックな成分(707 eV、7112 eV近傍[6])はNPC-Bに比べNPC-Aの強度が高いのに対し、キレート構造とみられるメタリックより高結合エネルギー側の成分はNPC-Aに比べNPC-Bの強度が高いことが分かった。
ここでFe2pとFe1sのスペクトルから得られた構造の差異について考察する。電子が物質内を進むことができる距離(非弾性平均自由行程)は電子の運動エネルギーに依存するため、結合エネルギーが高い(運動エネルギーが低い)電子は非弾性平均自由行程が小さくなり、検出される深度の浅い表面敏感な情報を反映する[7]。このことからFe1sが検出される深度ではFe2pの深度に比べ浅い表面構造を示す。つまりNPC-Aはメタリックな表面成分、NPC-Bはキレート構造を多く含む表面成分であることが推察される。
N1sスペクトルから両者に共通して、398 eV近傍のピリジニック窒素[8]に比べて、400~402 eV近傍のピロリック窒素が多い傾向が見られた。ピロリック窒素は活性要因のひとつとして推定されており[9]、今後、触媒活性と当該成分との相関性を検証する必要があると考える。
上記結果から、今回のFeキレート触媒は、Fe2pから確認できる内部構造はほぼ同じであると判断した。ただしS/N比が不十分であり詳細な議論のためにはS/N比を向上させたデータによる精査が必要と考える。またFe1sにて捉えられる表面構造が異なっていることが分かった。ここから予想される触媒の構造については、Fig.4に示すような多層(コアシェル型)構造の形成を示唆する結果が得られたと考える。今後、多角的な解析が必要であり、ラボXPSやXAFS解析を組み合わせることで深さ方向の情報を充実させていく予定である。また、Fe1sから読み取れる表面構造の差異は、合成時の酸処理の違いによりNPC-Aに比べてNPC-BのFeメタル成分が減少したものと推察する。
Fig.1 Fe2p spectra of NPC(Fe-nicarbazin) electrocatalysts
Fig.2 Fe1s spectra of NPC(Fe-nicarbazin) electrocatalysts
Fig.3 N1s spectra of NPC(Fe-nicarbazin) electrocatalysts
Fig.4 Estimated catalyst structure of NPC-B from analysis. The gray and white parts represent Fe metallic and chelate structure.
Fig.5に示す酸素還元活性評価(Rotating Ring Disk Electrode: RRDE)の結果からNPC-BはNPC-Aに比べて酸素還元開始電位が約0.1 V高く高活性である。当該評価結果と表面構造解析からキレート構造が触媒活性向上に寄与していると推察する。
Fig.5 RRDE of NPC(Fe-nicarbazin) electrocatalysts.
また、NPC-A、NPC-B以外に異なる錯体成分を用いた触媒(5種)について測定を行い、課題番号2013A1644、課題番号2013B1713および参考文献[8]で報告した触媒設計指針: ピロリック窒素が多い触媒は高活性であることを示唆する傾向がみられたが、定量的な評価には詳細なプロファイルフィッティングが必要であり、今後の課題と考える。
今後の課題:
今回、検出深度の差異を調査するため、課題申請時に予定していた金属元素2p軌道に加え1s軌道も測定を行った。そのため1試料当たりの測定時間が長くなり、当初計画から測定試料数を変更した。今後は、当該2種の軌道の測定を考慮した測定計画を立てる。
また今後は、定量的な成分分析を行うためプロファイルフィッティングを行っていく予定である。また上記解析結果に基づいた酸素還元反応中の触媒構造変化のモデルを検証するために、同時に行ったXAFS測定や量子力学に立脚した理論計算と併せて解析を行う。解析から得られたデータと今回得られた測定結果とを照合し、触媒設計に反映することで、より高活性なカソード触媒の早期実現を目指す。
参考文献:
[1] H. Tanaka et al., ECS Transactions, 16, 459 (2008).
[2] K. Asazawa et al., Angew. Chem. Int. Ed., 46, 8024 (2007).
[3] K. Asazawa et al., ECS Transactions, 3, 1751 (2010).
[4] A. Serov, et al., Electrochem. Comm., 22, 53 (2012).
[5] A. Serov, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 52, 10336 (2014).
[6] 高橋誠, 他, SPring-8金属材料評価研究会 第5回:硬X線光電子分光測定(HAXPES)発表資料 (2011).
http://support.spring8.or.jp/Doc_workshop/iuss/2011/metal_mate_eval-5/takahashi.pdf
[7] B. Da, et al., Phys. Rev. Lett., 113, 063201 (2014).
[8] K. Artyushkova, et al., Chem. Comm., 49, 2539 (2013).
[9] 岸浩史, 他, 自動車技術会論文集, 46, 361 (2015).
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(Received: Junuary 20, 2015; Early edition: May 25, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)