SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

X線小角散乱法による法科学分野における単繊維の異同識別
Discrimination of Mono Filament Fiber in Forensic Science Field Using Small-Angle X-ray Scattering(SAXS)

DOI:10.18957/rr.5.2.164
2012B1402 / BL40XU

南 幸男a, 本多 定男a, 中野 和彦a, 牧野 由紀子a, 早川 慎二郎b, 二宮 利男a, 青山 光輝a, 八木 直人a

Yukio Minamia, Sadao Hondaa, Kazuhiko Nakanoa, Yukiko Makinoa, Shinjiro Hayakawab, Toshio Ninomiyaa, Kouki Aoyamaa, Naoto Yagia

a(公財)高輝度光科学研究センター, b広島大学

aJASRI, bHiroshima University

Abstract

 犯人が無意識に遺留する微細証拠物件は、犯行を立証する証拠として非常に重要であるが、中でも繊維は殺人のみならず迷惑防止条例違反等、極めて多くの罪種に関係している。現在、法科学分野において、形態観察、顕微分光法、顕微FT-IR、顕微ラマン分光法等による分析等が行われているが、繊維が無染色のものについては異同識別が困難となる場合がある。SPring-8の放射光によるX 線小角散乱法を用いることで、非破壊的にナノスケールでの繊維の周期構造や配向性等に関する情報が得られると、繊維鑑定の識別能力の向上が大きく期待できる。


キーワード: 科学捜査、法科学、無染色単繊維、小角散乱像、微細証拠物件、SAXS、異同識別

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背景と研究目的:

 近年、犯罪実行時、犯人自身が認識せずに現場等に遺留する様々な微細証拠物件は、犯行を立証する間接証拠として注目されている。中でも、繊維は、殺人、強盗、傷害、侵入盗犯、道路交通法違反、迷惑防止条例違反等、極めて多くの罪種に関係する間接証拠となっている。犯罪現場から直接的な物証を採取できる例が年々減少している現在、人が必ず関与する犯罪として着衣等に由来する極微細な単繊維の証拠証明力の向上は、社会の安全・安心に寄与する喫緊の重要課題と考えられる。現在、法科学分野において実施されている繊維の鑑定手法としては、形態観察に始まり、顕微分光法、顕微FT-IR、顕微ラマン分光法等の各種分光学的測定、さらに染色染料の化学分析等が一般的に行われている。これら手法の中で、染色染料の化学分析は、比較証拠品同士の異同識別には欠かせない極めて重要な鑑定手法とされている。しかし、犯罪現場等から採取された繊維証拠品が無染色若しくは色調視認レベルが極めて低い(染色が薄い)試料については、異同識別が困難となる場合が少なくない。そこで、サイズがマイクロメートルオーダーの無染色単繊維試料から染料検査の欠落を補完し得る非破壊的分析法として、X 線の活用に着目した。今回、試みたのは、X線を検体に照射して散乱するX線の内、散乱角が小さいものを測定することにより、検体の構造情報に迫り得るX線小角散乱法(Small-Angle X-ray Scattering:SAXS)の法科学分野への応用である。この検体構造情報を活用することにより、化学合成単繊維(特に無染色単繊維)の識別能力の向上を目指した。

 本研究は、最終的には繊維試料のデータベース化を目的とするが、本実験ではナイロンやポリエステルなど明確なX線小角散乱の得られる化学合成単繊維について、異なる会社や異なる方法により製造された化学合成単繊維、異なる型番を持つ化学合成単繊維の比較を行う。


実験:

 BL40XU実験ハッチに、図1に示したような化学合成単繊維のSAXSを測定するためのマイクロビーム小角散乱回析装置を組み立てた。



図1. BL40XU実験ハッチにおけるX線小角散乱回折装置の概念図(上面)


 試料として使用した単繊維は、「Forensic Fiber Reference Collection」(Microtrace)に収載されている代表的な化学合成単繊維200種から148種をピックアップして用いた。その詳細を表1に示す。


表1. 測定試料一覧



図2. 試料ホルダー(アルミ製)

 80 mm × 80 mm, 2 mm厚


 試料は、図2に示したようなアルミ製の試料ホルダーに5 mm間隔で貼り付けた。

 単繊維の径は概ね20〜100 μm程度なので、ピンホール径は20 μmとし、各繊維について横断方向に数カ所で回折を記録し、最も強度の強い中央部からの回折を解析した。単繊維試料から検出器までの距離は1580 mmとし、X線エネルギーは15 keV、検出器はX線イメージインテンシファイアとCCDカメラを用いた。測定に際して検出器のオーバーフローを避けるため、各繊維について異なった露光時間で3回の回折記録を行い、単繊維個々の最適な露光時間の検討を行った。


結果および考察:

 図3に、カーボン繊維、ポリエチレン繊維、ポリプロピレン繊維、アクリル繊維、ナイロン繊維およびポリエステル繊維それぞれの2次元X線小角散乱像の代表例を示した。

 これらのパターンを詳細に観察すると、化学構造が同じでも、製造過程環境や延伸方法の違いに由来すると推定される相違が認められた。

 繊維類の異同識別を目的とした法科学的鑑定手法は、熱分解ガスクロマトグラフ質量分析や染料の有機溶媒抽出物の薄層クロマトグラフィーを除き、その殆どが非破壊分析である。数ミリメートル長の単繊維を想定した異同識別では、複雑な前処理を必要としない、非破壊的分析法が望まれている。この要件を満足し、得られる識別情報の多様性を期して、単繊維のX線小角散乱法を検討し、繊維鑑定の識別能力の向上を試みた。化学合成単繊維のような結晶性の高い高分子は、製造時の溶融押出し・延伸・巻取り等の多様な流動過程や温度変化を受け、結晶部と非晶部が組み合わさった複雑な階層構造を形成することが知られている。得られた2次元X線小角散乱像にはこれらの情報を内包していることが推定され、同種の繊維種間比較に有用性の高いことが示唆された。



図3. 化学合成単繊維の2次元X線小角散乱


今後の課題:

 繊維試料のデータベースの作成を目的として、今回測定できなかった残りの52種を測定するとともに、再現性を確認するため全200種を測定する必要がある。

 さらに、犯罪現場での遺留を考慮して、引っ張りの力を受けた状態での測定が必要と思われる。


参考文献:

[1] 松下 晃, 南 幸男, 三井利幸, 尾崎幸洋, BUNSEKI KAGAKU, 55, 561 (2006).

[2] Takeshi Ikeda, Akira Matsushita, Michiaki Tatsuno, Yukio Minami, Mariko Yamaguchi, KohjiYamamoto, Masahiko Tani, Masanori Hangyo, Appl. Phys. Lett. 87, 034105 (2005).

[3] Kohji Yamamoto, Mariko Yamaguchi, Fumiaki Miyamaru, Masahiko Tani, Masanori Hangyo, TakeshiIkeda, Akira Matsushita, Kenji Koide, Michiaki Tatsuno, Yukio Minami, Jpn. J. Appl. Phys. 43[3B], L414-L417 (2004).



ⒸJASRI


(Received: November 7, 2016; Early edition: March 24, 2017; Accepted: 18 July, 2017; Published: August 17, 2017)