SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

放射光X線回折法による乱用薬物の結晶評価
Abuse-drug Analysis Using Synchrotron Radiation X-ray Diffraction

DOI:10.18957/rr.5.2.167
2012B1475 / BL02B2

牧野 由紀子

Yukiko Makino

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 SPring-8の放射光による特徴的な分析手法を検討し、犯罪捜査に役立つ新たな化学情報を引き出すのが本研究の目的である。

本研究は、日本で乱用問題の深刻な不正薬物である覚醒剤及び原料物質エフェドリン類に関して、SPring-8の放射光による特徴的な化学情報獲得を目指した。正規に市販され製法既知の覚醒剤原料エフェドリンを対象とし、BL02B2で結晶構造の製法による差異が測定可能か否かについて実験した。しかし、Rietveld法による結晶構造解析の結果、原料・製造法の異なるエフェドリン類の結晶構造に明瞭な差異は認められなかった。


キーワード: 科学捜査、薬物犯罪、乱用薬物、粉末結晶解析

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背景と研究目的:

 最近の厚生労働省等薬物対策関係省庁の調査によれば、我が国では、第3次覚醒剤乱用期にあり、並行してMDMAなどの合成麻薬や大麻の乱用、危険ドラッグといわれる新規の薬物の乱用も大きな社会問題となっており、これらの乱用薬物の取締対策に役立つ多面的な化学情報の必要性が高まっている。

 本課題申請の実験責任者は、かつて厚生労働省麻薬取締部主任鑑定官として、覚醒剤メタンフェタミンに関する微量有機不純物や安定同位体比分析によるプロファイリング手法を確立し、メタンフェタミンの密造法や原料物質の起源解析研究を行い、国内外の法科学研究所とともに実用化し、国際的な薬物取締対策に役立つ成果を上げてきた。これまでの覚醒剤のプロファイリングにおいては、密造法由来の無機不純物による結晶形への影響は、未検討であった。

 本研究は、2011年12月1日付けで公益財団法人高輝度光科学研究センター内に新たに組織されたナノ・フォレンシック・サイエンスグループ(主として犯罪捜査を含む法科学全般のための放射光利用による研究開発を行うことを主な業務とする)の研究の一つとして行うものである。覚醒剤メタンフェタミンなどの乱用薬物の結晶構造情報に関し、放射光を用いた非破壊的な高感度X線回折法によって得られる密造法や微量混入されている無機不純物の結晶形成への影響を見出せると新たな化学情報が加わり、プロファイリング精度の向上が期待できる。これまで検討されていなかった乱用薬物 (たとえば覚醒剤メタンフェタミン) の密造法の違いによる結晶形成への影響がSPring-8の放射光X線回折法を利用することで検討できる可能性があれば、密造法や原料物質等の起源解明に役立てることも期待できる。


実験:

 使用した試料は、製造法既知のエフェドリン塩酸塩5試料を用いた。詳細を表1に示す。


表1.試料として用いたエフェドリン塩酸塩


 BL02B2で予備的な実験を実施した。その際、ガラスキャピラリーに充填した試料の粒子サイズの不均一により、均一な強度のデバイリングが得られなかった。今回は、信頼性の高いX線回折データを測定するため、粉末試料の粒子径を可能な限り均一にする作業を行った。

 不均一な粒子サイズ、或いは数マイクロメータ以上の粒子サイズの試料を測定するとイメージングプレートに記録されるデバイリングはスポット状になり、強度分布が均一ではなくなる。一方、数マイクロメータよりも小さい粒子サイズの場合は、デバイリングはぼやけたようになり、回折ピークの半値幅がブロードになる。これでは、回折ピークの重なり合いを助長し、重なったピークを分離し強度の正確な見積もりが困難となる。

 実験では均一な強度と結晶性のよいデータを選別するため、乳鉢で粉砕した各試料を粉砕時間ごとに準備し、5分間X線回折テスト測定を行った。テスト測定したデータは、デバイリングの均一さと回折ピーク幅の比較を行い、良質なデータを選別した。

 選択した各試料は、最良なデータ取得のため、以下の条件下で長時間測定を行った。


測定ビームライン : BL02B2

波長 : 0.9985 (1) Å

測定温度 : 室温

コリメータ : 0.5 mm (H) × 3.0 mm (W)

検出器 : イメージングプレート装着デバイシェラーカメラ

キャピラリー : リンデマンガラスキャピラリー (内径 0.3 mm)


 なお、測定時間は、試料No.1では97分、No.2とNo.3では100分、No.4では94分、No.5では109分である。


結果および考察:

 図1に各試料のX線回折パターンを示す。各試料の格子定数を含めた原子位置レベルの精密構造を比較検討するため、Yanaco MT-6 CHN CORDER装置により元素分析を行った。元素分析から得られた結果は、± 0.3 以内の推定値との差に入っている結果である。その結果により得られた組成式(C10H16NOCl)を用いRietveld解析を行った。構造モデルはCollier等の構造情報を参考にした[3]。格子定数(Lattice parameter)の結果を図2に示す。

 4%程度の信頼因子の構造解析結果について、試料No.1は少し大きな値で計算されたが、この試料は昭和初期に製造されたもので、極めて古い試料であるため不純物や水分の影響があると推定される。No.1以外の試料の格子定数は、ほぼ同じ結果が得られた。すべての材料は板状結晶の選択配向(Preferred orientation)が存在していた。また、図3として試料No.1のRietveld解析結果とその構造を示す。

 Rietveld法による結晶構造解析の結果、原料・製造法の異なるエフェドリン類の結晶構造に明瞭な差異は認められなかった。



図1. 各試料のX線回折パターン



図2. 格子定数と構造解析の信頼因子



図3. 試料(No.1)のRietveld解析結果とその構造


今後の課題:

 エフェドリン類から合成される覚醒剤メタンフェタミン塩酸塩の合成法の違いによる結晶構造の変化については、本実験でのRietveld法による製造法の異なるエフェドリン類の結晶構造解析の結果で、結晶構造に明瞭な差異は認められなかったことから、同様の結果が推定される。従って、同じ方法での検討で、有益な化学情報を求めるのは難しいと判断する。


おわりに:

 本研究課題は、公益財団法人高輝度光科学研究センターの中野和彦氏、南幸男氏、二宮利男氏、辻成希氏、金廷恩氏、藤原明比古氏及び広島大学の早川慎二郎氏との共同での研究であり、特にデータ測定および解析を全面的に担当していただいた金廷恩氏に謝意を表します。


参考文献:

[1] Y.Makino, Y.Urano and T.Nagano, Bulletin on Narcotics, 157, 63 (2005).

[2] N.Kurashima, Y.Makino, Y.Urano, K.Sanuki, Y.Ikehara and T.Nagano, Forensic Sci. Int. 189, 14 (2009).

[3] E.A.Collier, R.J.Davey, S.N.Black, R.J.Roberts, Acta Crystallogr., Sect.B:Struct.Sci. 62, 498 (2006).



ⒸJASRI


(Received: November 7, 2016; Early edition: February 24, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 18, 2017)