SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

中赤外光ナノアンテナの最適配置のための受光領域評価
Evaluation of the Detective Area of Mid Infrared Nano Antennas for Optimal Placement

DOI:10.18957/rr.5.2.171
2013A1505 / BL43IR

川上 彰a, 池本 夕佳b

Akira Kawakamia, Yuka Ikemotob

a国立研究開発法人情報通信研究機構, b(公財)高輝度光科学研究センター

aNICT, bJASRI

Abstract

 赤外光検出器の検出効率および応答速度の向上を目指して、我々は光検出器におけるナノアンテナ構造を提案している。しかし単一のアンテナで受光できるアンテナの実効面積は、波長の二乗程度と小さく、一対策としてのアンテナのフェーズドアレイ化は重要な課題である。そこで中赤外光領域のナノスロットアンテナを設計・作製し、そのアンテナの実効面積の評価を行うと共に、BL43IRの赤外顕微分光による光ナノアンテナの高解像度イメージングを基にアンテナ受光領域の形状評価を試みた。


キーワード: 中赤外, ナノアンテナ, 実効面積

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背景と研究目的:

 中赤外光領域における光検出器は入射光子をいかに効率よく収集する、いわゆる光の粒子性に基づいた素子設計が成されてきた。しかし近赤外光領域に比べ中赤外光領域では光子エネルギーが小さく、かつ適切な半導体材料の不足から、現状では高速・高感度特性を両立した光検出器の実現は困難であると考えている。一方で数THzの周波数領域では超伝導ホットエレクトロンボロメータ(HEB) [1,2]などは、電磁波をアンテナで受信しその給電点に整合した微小検出器を配置することで、高速・高感度検出器を実現してきた。このような背景からナノ微細加工技術を駆使し、中赤外光領域においてもアンテナなど波動性を活かしたデバイス設計が可能となれば、高速・高感度特性を両立できると考えた。

 近年、既に光の波動性を活かしたデバイス設計が幾つか提案されている[3,4]。また我々も中赤外光領域におけるアンテナ、マイクロストリップ線路の評価を報告してきた[5,6,7,8]。本課題では中赤外光領域における検出器設計において、受光面積の確保に必要なナノスロットアンテナの実効面積の評価と、最適なアンテナ配置のための、アンテナ受光領域の形状評価を試みたので報告する。


実験:

1. 中赤外光ナノアンテナの設計と作製

 中赤外光ナノアンテナの特性評価を目的として、アンテナの給電点にNbN薄膜ストリップによる負荷抵抗を配置したナノスロットアンテナを単結晶MgO基板上に作製した。中赤外光領域で動作するアンテナ構造に作製するには、ナノスケールの微細構造構築技術が必要となる。そこですべてのリソグラフィプロセスに電子ビームリソグラフィを導入した新しい製造プロセスを開発した[5,6]

 赤外光領域において金属薄膜による回路設計を行うためには、異常表皮効果を考慮した複素表面インピーダンスをシミュレータに導入する必要がある。中赤外光領域でのアンテナ設計に必要なMgO屈折率は、報告値(n=1.624 @λ=5.35 µm)[9]を、またアンテナを構成する金(Au)薄膜の複素表面インピーダンスは、実測したAu直流抵抗率とJ.A. Woollam社製のエリプソメータIR-VASEを用いて測定したAu薄膜の複素屈折率から導出した。これらの中赤外光領域での物性値を電磁界シミュレータSONNETに導入し、中赤外光ナノアンテナの設計を行った。図1に作製したナノスロットアンテナの顕微鏡写真と概略図を示す。今回、ナノスロットアンテナの作製には膜厚50 nmのAu薄膜を使用した。ここで波長5 µm付近でのアンテナ動作を想定しており、シミュレーション結果を基にナノスロットアンテナのアンテナ長、幅を各々3000 nm、200 nmとした。また負荷抵抗は超伝導検出器への応用を想定して膜厚9 nmのNbN薄膜(シート抵抗100 Ω/sq.)を負荷抵抗として用いている。今回、NbN薄膜の負荷抵抗幅(WR)を0.2~0.6 µmに変えることで負荷抵抗(RLoad)=33~100 Ωを作製した。図2にWRを考慮したZant.の周波数依存性を示す。



図1 ナノスロットアンテナの顕微鏡写真と概略図[8]



図2 負荷抵抗幅を考慮したアンテナインピーダンスZant.のシミュレーション結果[8]


2. 中赤外光ナノスロットアンテナの実効面積評価

 アンテナの給電点に適切な負荷を接続し、その透過率特性を測定した場合、アンテナはその動作周波数において電磁波の吸収体であり、アンテナインピーダンスと負荷インピーダンスにより決定させる“吸収特性”が観測されると考えた。ナノアンテナによる吸収特性評価には顕微光学系を有する中赤外フーリエ変換型赤外分光光度計(FTIR)を用いた(図3参照)。図2のZant.の計算結果から54 THz付近ではZant. ≈ 50 + i0 Ωが予想されている。ここで負荷抵抗幅WR=0.4 µmの場合、RLoad=50 Ωとなり、アンテナに入射した電磁波はほとんどRLoadでエネルギー消費され、無反射である(整合している)と考えられる。本条件下において、アンテナを含む空間に電磁波を入射した場合、全ての入射電磁波を吸収する面積をアンテナの実効面積と呼ぶ。そこで今回、整合負荷RLoad=50 Ωを給電点に有する複数個のアンテナの整合周波数54 THzにおける反射率を、様々なアンテナ間隔において測定することで、同周波数におけるアンテナの実効面積を導出することができると考えた。図4に54 THzにおける反射率のアンテナ配置密度依存性を示す。ここでL、WはX、Y方向のアンテナ間隔を示す。この結果から同周波数におけるアンテナの実効面積はおよそ3.5 µm2と見積もられた。



図3 中赤外フーリエ変換型赤外顕微分光光度計を用いたナノスロットアンテナ評価系[8]



図4 整合負荷を有するナノスロットアンテナの54 THzにおける反射率のアンテナ配置密度依存性[8]


3. BL43IRの赤外顕微分光による中赤外光ナノスロットアンテナの赤外吸収イメージング

 中赤外光ナノスロットアンテナのフェーズドアレイ化におけるアンテナ最適配置において、有効な指針を与えると考えられるアンテナの実効面積の形状評価を、BL43IRの赤外顕微分光を用いることで試みた。測定したナノスロットアンテナは図4と同様の試料で、アンテナの給電点に整合負荷であるRLoad=50 Ωを付加している。既に同アンテナをX、Y方向に4 ~ 8 µm間隔で配置した試料の評価から約1800 cm-1付近にアンテナ動作による吸収を確認していた。そこでアンテナ一個に着目し、BL43IRが有する高分解赤外顕微分光装置により、中赤外光ナノスロットアンテナによる約1800 cm-1付近の赤外吸収イメージングを試みた。

 図5に単一の中赤外光ナノスロットアンテナ周辺の、約1800 cm-1付近における赤外吸収イメージングを示す。ここで画像領域は10 µm × 10 µmであり、X、Y方向共に1 µmステップで中赤外顕微分光を実施した。各点における反射スペクトルは、アンテナから十分離れた位置におけるスペクトルで規格化している。また画像化に必要なX、Y各点での反射値は、得られた反射スペクトル上、1700 cm-1および2300 cm-1の二点の反射率を通る直線を引き、直線より上を“正”、下を“負”として直線からの差分を導出し、1700 ~ 2300 cm-1領域での差分の積分値をX、Y各点における反射値とした。当初、入射赤外光をアンテナおよび負荷抵抗で吸収・熱に変換するため、アンテナおよびその周囲のみ“負”の反射値を示し、離れた位置ではほぼゼロになる赤外吸収画像を期待したが、アンテナが影響する波数範囲が1700 ~ 2300 cm-1より広く、また反射スペクトルが完全に平坦でなかったことから、アンテナの影響分のみ抽出することは困難で、結果としてアンテナ周囲他の領域で“正”の反射値を示す画像となった。しかし不明瞭ながらX、Y方向のおよそ2 × 4 µm2の領域に、アンテナ指向性を示唆する縦長の赤外吸収イメージングを観測した。また同アンテナの実効面積3.5 µm2と比較しても、定性的には一致していると考えている。しかし今回得られたイメージングは解像度が不十分でグラウンドレベルも若干不安定であった。



図5 中赤外光ナノスロットアンテナによる約1800 cm-1付近の赤外吸収イメージング


結果および考察:

 ナノスロットアンテナを設計・作製し、そのアンテナの実効面積を評価した結果、54 THzにおいて約3.5 µm2と見積られた。この実効面積は光ファイバーのコア径などと比較しても小さく、フェーズドアレイ化等によるアンテナの実効面積の向上は一課題である。そこでBL43IRが有する高分解赤外顕微分光装置により、フェーズドアレイ化におけるアンテナ最適配置の指針を目的としてアンテナの実効面積の形状評価を試みた。結果として測定したアンテナの実効面積3.5 µm2と定性的に一致した、アンテナ指向性を示唆する縦長の赤外吸収イメージングを獲得した。


今後の課題:

 今後、赤外吸収イメージングの高解像度化にはデコンボリューション等画像処理による空間分解能の向上、赤外線光源強度の更なる安定化が重要と考えている。


参考文献:

[1] W. Zhang, J. R. Gao, M. Hajenius, W. Miao, P. Khosropanah, T. M. Klapwijk, S. C. Shi, IEEE Trans. THz Sci. Technol., 1(2), 378-382, (2011).

[2] Y. Irimajiri, A. Kawakami, I. Morohashi, M. Kumagai, N. Sekine, S. Nagano, S. Ochiai, S. Tanaka, Y. Hanado, Y. Uzawa, and I. Hosako, IEEE Trans. THz Sci. Technol., 5(6), 1154-1159, (2015).

[3] Y. Lobanov, M. Shcherbatenko, M. Finkel, S. Maslennikov, A. Semenov, B. M. Voronov, A. V. Rodin, T. M. Klapwijk, and G. N. Gol’tsman, IEEE Trans. Appl. Supercond., 25, 2300704, (2015).

[4] Y. Yao, R. Shankar, P. Rauter, Y. Song, J. Kong, M. Loncar, and F. Capasso, Nano Lett., 14(7), 3749-3754, (2014).

[5] A. Kawakami, S. Saito, M. Hyodo, IEEE Trans. Appl. Supercond., 17, 632–635, (2011).

[6] J. Horikawa, A. Kawakami, M. Hyodo, S. Tanaka, M. Takeda, H. Shimakage, IEEE Trans. Appl. Supercond., 25, 2301005, (2015).

[7] A. Kawakami, J. Horikawa, M. Hyodo, S. Tanaka, M. Takeda, H. Shimakage, IEEE Trans. Appl. Supercond., 25, 2300904, (2015).

[8] J. Horikawa, A. Kawakami, M. Hyodo, S. Tanaka, M. Takeda, H. Shimakage, Infrared Phys. Technol., 67, 21-24, (2014).

[9] R. E. Stephens and I. H. Malitson, J. Res. Natl. Bur. Stand. 49, 249-252, (1952).



ⒸJASRI


(Received: December 26, 2016; Early edition: February 24, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)