SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

マイクロビームX線散乱法を用いたヒト皮膚角層構造の深さ方向解析
The Depth Direction Structural Analysis of Human Stratum Corneum Using Microbeam X-Ray Scattering

DOI:10.18957/rr.5.2.260
2015B1638 / BL40XU

久米 卓志a, 小野尾 信a, 八木 直人b, 八田 一郎c

Takuji Kumea, Makoto Onooa, Naoto Yagib, Ichiro Hattac

a花王株式会社, b(公財)高輝度光科学研究センター, c(公財)名古屋産業科学研究所

aKao Corporation, bJASRI, cNISRI

Abstract

 これまでのX線散乱法を用いた皮膚角層の構造解析では、角層の集合体からの平均情報を取り扱っていた。我々はin situに近い条件での角層の深さ方向の構造解析法として、角層以下の表皮、真皮等も含むヒト皮膚シートを用いてマイクロビームX線で走査していく方法で角層1枚中からの小角・広角散乱像を得ることに成功した。これにより角層内部の深さ方向の構造変化を解析することで、皮膚への剤の作用などの詳細な知見が得られることが期待される。


キーワード: human stratum corneum, surfactant, microbeam X-ray scattering, keratin fibril structure, intercellular lipid lamella structure

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背景と研究目的:

 化粧品・香粧品には、洗浄で皮膚を清潔に保つ・有効成分を効果的に皮膚に作用させる等の目的で様々な界面活性剤または経皮吸収促進剤といった剤が配合されている。また、衣類・食器用洗剤等の生活用品中にも汚れを落とす目的で様々な界面活性剤が利用されている。これらの剤は、その種類や処理条件によっては角層構造を変化させ、角層機能(保湿やバリア機能)の低下を招く恐れがある。誰でも安心して使用可能な、皮膚への作用がより緩和な製品の設計指針を分子レベルの証拠に基づき得るために、剤による皮膚作用機構の角層構造に基づく解明は重要な研究課題である。

 我々はこれまでに界面活性剤水溶液処理に伴う経時的なヒト皮膚角層の構造変化について、特に角層細胞を構成するケラチンタンパク質に注目して小角・広角X線散乱法による解析を行ってきた[1–4]。これまでの研究では粉末やシート(1枚は約20 μm厚)状の角層試料をランダムに詰め込む、もしくはシートを数十枚分積層することでX線ビーム径(通常φ数百μm)以上のサイズにした試料にX線ビームを照射して測定していた。すなわち、角層の構造情報は集合体からの平均情報として得ていた。しかしながら、角層は1枚中でも上部から下部に渡って構造が変化していることが知られている。また界面活性剤等が皮膚に作用した場合も角層上部から浸透し、深さ方向に作用の結果として角層の構造変化の分布ができることが考えられる。従って、角層内部の深さ方向の構造変化を解析することで、さらに皮膚への剤の作用の詳細な知見が得られることが期待される。

 そこで我々はマイクロビームX線を利用し、本実験にて試料の設置と照射条件等の検討を行い、角層1枚中の深さ方向の構造解析の手法を確立することを目標とした。


実験:

1) 角層試料:マイクロビームX線散乱法を用いた角層1枚中の構造解析としては、ロレアル社のJean Doucetらによる角層シートを微小な短冊状に切り出して観測した報告[5]があるが、このような微小切片では剤浸透の検討は困難であり、かつ乾燥の影響も懸念される。そこで我々はin situに近い条件での角層の深さ方向の構造解析法として、従来の多くの実験のように処理された角層部分のみのシートを用いるのではなく、角層以下の表皮、真皮等も含む凍結ヒト皮膚シート(腹部由来、シート状、1×1 cm2、約400 μm厚、BIOPREDIC International社 (フランス) より購入)を測定前に解凍し試料とした。

2) 試料設置方法:マイクロビームX線が角層部分のみを通過するように、図1に示したようにアルミテープを挟んで皮膚シートを折り曲げ、窓材フィルムとともにスライドマウント内に設置した。

3) 使用装置・測定条件:SPring-8のBL40XUを利用した。検出器には、小角用としてX線イメージインテンシファイア(II)+CMOSカメラを、広角用としてフラットパネル検出器(FPD)を用いた。X線のエネルギー(波長)は15 keV(0.083 nm)、マイクロビームX線のビーム径は約5 μm(半値幅)、カメラ長は小角用が1645 mm(ベヘン酸銀粉末試料の回折プロファイルで較正)、広角用が101 mm(セリア(CeO2)粉末試料の回折プロファイルで較正)とした。なお、太田らの報告[6]と同様にアンジュレータからの準単色光をそのまま使用しており、マイクロビーム形成にはピンホールを用いた。露光時間は300 ms(照射損傷検討用には他の露光時間も実施)で、測定は室温(温調なし)で実施した。角層最表面から深さ方向に順次照射位置が変わるように試料ステージを移動させながら、小角・広角散乱像を各照射位置で取得した。



図1 試料設置方法


結果および考察:

 幾つかの条件で測定を実施した中の代表的な結果を図2に示す。折り曲げた皮膚シートの表面約60 μm上方より2 μmステップでマイクロビームX線の照射位置を移動させたときの小角・広角2次元散乱像の一部を表示したものである。左から1枚目の走査スタート位置の画像は空気からの散乱のみであり、2–5枚目の画像(角層表面から6–18 μmあたり)はほぼ角層の範囲内にマイクロビームX線が入っている状況での散乱像であり、その後角層より下の領域になると等方的な散乱像が観られた。角層範囲内では、小角・広角とも散乱像の矢印を示した位置に異方的な散乱ピークが観測された。これらの散乱ピークは、これまでの報告等[3,4]を参考に小角領域については角層のケラチン線維および細胞間脂質ラメラ構造の周期(間隔)由来の散乱ピーク、広角領域については細胞間脂質のアルキル鎖パッキング由来の散乱ピークに帰属した。また、これらの散乱像は角層表面からの深さに依存して変化している様子が観られた。従って、今回の実験で実施した手法により角層内部の深さ方向の構造変化を解析することの可能性が示された。ただし、今回の試料の保持方法では、角層下部の測定にて角層上部の情報も加算される。

 一方で、角層内のケラチン線維および細胞間脂質ラメラ構造は扁平な角層細胞に沿って表面と平行に配向しており[3,4]、角層表面に対し平行方向にX線を入射すると構造由来の散乱が顕著に得られるが、垂直方向に入射した場合には散乱が弱くなる。そのため、角層下部の測定では垂直入射となる角層上部の情報の影響は相対的に少なくなると考えられる。今後は、実験や計算の手法によりX線の透過経路を見積もり、角層下部の測定にて角層上部の影響を検討したい。

 また今回の実験では、高強度のマイクロビームX線による試料の照射損傷についても、露光時間の変更、同一部位での繰り返し照射などによる検討を実施した。その一例として露光時間300 msでの同一部位繰り返し照射実験の結果を図3に示す。図は角層表面から18 μmの位置で6回測定した小角散乱像である。1、2回目の照射では散乱ピークはほぼ同じように観測されたが、3、4回目では散乱ピークが顕著に弱くなり、5、6回目では散乱ピークがほとんど観測されなくなった。繰り返し照射で角層構造が消失していったものと考えられた。1回目の測定データはSB比も十分良く得られたため、今回のマイクロビームX線散乱測定条件では、照射位置をずらしながらであれば露光時間300 msでの試料損傷は問題ないものと考えられた。



図2 実験で得られた角層からの小角・広角散乱像



図3 角層内同一部位(表面から18 μm)での繰り返し測定の小角散乱像


課題と今後の予定:

 今回の実験での課題としては、

・広角領域のX線散乱測定結果は従来の角層構造の測定結果に比べてピークが不明瞭であること

・剤浸透の予備検討で試料セルの35 mm写真フィルム用プラスチックマウントからの溶液漏れ

・湾曲皮膚シート利用の手法では角層下部の測定にて上部の組織の情報も加算されてしまうこと

などが挙げられる。今後はヒト皮膚シートを用いたマイクロビームX線散乱解析の手法を確立することを目標として、2016A期にて引き続きこれらの課題について検討することを想定している。これにより、剤による浸透実験を実施し、皮膚角層への剤の作用機構の解明に繋げる。


参考文献:

[1] 山田真爾 他,SPring-8利用研究成果集, 1 (1), 1 (2012).

[2] 久米卓志 他,日本中性子科学会誌 波紋,24 (1), 15 (2014).

[3] 久米卓志 他,SPring-8利用研究成果集, 4 (1), 98 (2016).

[4] 久米卓志 他,SPring-8利用研究成果集, 4 (1), 124 (2016).

[5] J. Doucet et al., Journal of Lipid Research 55, 2380 (2014).

[6] N. Ohta et al., Journal of Applied Crystallography 38, 274 (2005).



ⒸJASRI


(Received: April 12, 2016; Early edition: February 24, 2017; Accepted: July 18, 2017; Published: August 17, 2017)