SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

Cuドープしたトポロジカル絶縁体Bi2Se3表面構造の研究
Study of Surface Structure of the Cu-doped Topological Insulator Bi2Se3

DOI:10.18957/rr.5.1.35
2013A1553 / BL13XU

白澤 徹郎, 高橋 敏男

Tetsuroh Shirasawa, Toshio Takahashi


東京大学 物性研究所

Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo


Abstract

 代表的なトポロジカル絶縁体であるBi2Se3単結晶の(111)清浄表面とCuを室温で蒸着した表面の構造を、X線Crystal Truncation Rod(CTR)散乱法を用いて調べた。Cu蒸着の前後でCTR散乱プロファイルに変化は見られず、先行報告されていたCuの蒸着による表面近傍のドーピングが本研究では見られなかった。表面構造を解析した結果、表面終端層はSe原子層であり、低エネルギーイオン散乱実験により報告されていたBiの二重層ではないことが分かった。表面格子緩和は非常に小さく、Bi2Se3表面層において0.04 Å以下であることが分かった。


キーワード: X線CTR散乱法、トポロジカル絶縁体、表面構造


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背景と研究目的:

 新しい量子相であるトポロジカル絶縁体では、従来物質とは異なり、表面電子状態は表面の詳細ではなくバルク内部の波動関数によって決定されることが知られている。トポロジカル表面状態では電子は質量を持たないディラック電子として振る舞う。このディラック電子は運動方向に依存したスピン偏極状態にあり、非磁性不純物による散乱が小さい。これらの特殊な性質から、スピントロニクスなどの次世代の省エネルギーデバイスへの応用が期待されている。現実の表面構造とバルク電子状態から予想される表面電子状態との関係は自明ではないため、トポロジカル物性の理解と制御という観点から、表面構造を明らかにすることが重要である。

 典型的なトポロジカル絶縁体であるBi2Se3にCuをドープしたCuxBi2Se3は、4 K以下で超伝導が発現することが発見されて以来[1]、トポロジカル超伝導体の候補物質として注目を集めている。トポロジカル超伝導体表面では、これまでは仮想的な粒子にすぎなかったマヨラナ粒子が実現することが予測されており、マヨラナ粒子を量子ビットとして利用した量子コンピュータへの応用からも大きな関心を集めている。図1に示すようにBi2Se3は層状物質であり、Bi2Se3層間はvan der Waals力で繋がることが知られている。ドープされたCuは、バルク内部においてはBi2Se3層間のインターカレーションサイトをとることが広く受け入れられている。一方、物性が発現する表面におけるドーピングサイトは未だに明らかになっていない。この主な理由は、当初手に入るCuxBi2Se3結晶が極めて不均一であり、表面回折実験に必要な均一で平滑な表面が得られないことであった[2, 3]。第一原理計算からは複数のインターカレーションサイトだけでなく、Bi2Se3層内部の格子間位置の可能性も指摘されている[4]。トポロジカル超伝導の発現機構を理解するために、表面近傍のCuドーピングサイトや格子緩和を実験的に解明することは重要である。

 本研究では、表面回折実験に適切なCuxBi2Se3結晶が得られないという理由から、Bi2Se3単結晶(111)表面にCuを蒸着してドーピング表面を作り出し、X線CTR散乱法によって原子スケールで解明することを目的とした。室温で蒸着したCuやAgが内部に侵入して表面近傍でインターカレーション構造を形成することが示唆されており[4, 5]、今回の実験においても同様の構造が得られると期待された。

 他方、Bi2Se3(111)清浄表面の構造について、低エネルギーイオン散乱実験によってBi二重層による表面終端の可能性が指摘されていた[6]。これは後にCTR散乱法による解析によって否定されたが、この解析結果は、おそらくは劈開表面の不均一性の問題から、信頼性の高いものではない[7]。本研究では、2次元集光ビームを用いたCTR散乱法によって先行報告に比べて高精度な表面構造解析を行い、Bi2Se3(111)清浄表面の構造を検証した。


実験:

 BL13XUの超高真空表面X線回折計を用いてCTR散乱測定を行った。入射X線として、アンジュレータX線をSi 111反射二結晶分光器で12.4 keVに単色化し、2枚のミラーで高次光除去と1次集光したものを用いた。試料にはブリッジマン法で作製したBi2Se3単結晶を用いた。(111)清浄表面は、超高真空中においてスコッチテープで表面劈開することで得た。劈開表面の平滑領域は数mm程度であり、試料上でのX線ビームサイズをこの平滑領域内に収めるために、実験ハッチ内に設置した2次元屈折レンズを用いて試料位置でのビームサイズを全値半幅50μm × 50 μmに集光した。2次元集光ビームの集束角は0.05˚であった。CTR散乱実験における試料への視射角を6°に固定し、このときの試料上のビームサイズは0.5 mm程度である。検出器には2次元ピクセルアレイ検出器PILATUS-100Kを用いた。Cuの蒸着レートを、Si(111)清浄表面に“5×5”構造が形成する蒸着量を0.9 MLとして求め[8]、Bi2Se3清浄表面にCuを室温で蒸着した。CTR散乱実験は室温で行った。



図1. Bi2Se3構造モデル図。

CTR散乱データの解析より得られた原子層間距離(Å単位)を示す。


結果および考察:

 清浄なBi2Se3結晶(111)表面とCuを蒸着した表面のCTR散乱プロファイルを図2に示す。Cuの蒸着量は0.5 ML (Bi2Se3(111)-1×1表面格子に対する原子数)とした。Cu蒸着前後で、(-1 -1)ロッドのCTR散乱プロファイルはほとんど変化しなかった。薄膜試料を用いた事前のCTR散乱実験において、室温で蒸着したCuが約5 nm侵入してインターカレートすることを確認していたため[9]、単結晶表面で同様の構造が得られないのは想定外であった。原因は明らかになっていないが、Cuが結晶粒間などを通ってより深くまで拡散したことや、何らかの理由で表面に凝集した可能性が考えられる。



図2. Cu蒸着前および蒸着後のBi2Se3(111)のCTR散乱プロファイル。


 Cuを蒸着した表面から7本の独立なCTR散乱プロファイルを得た。散乱強度の計測誤差は10%程度であり、先行報告の約30%[7]に比べて非常に小さい。この理由は、2次元集光により同一の平滑領域からデータ取得したことで、測定試料の不均一性による系統誤差が小さくなったためだと思われる。最小二乗フィッティングによる構造解析を行い、図1に示す表面原子層間隔の値が得られた。低エネルギーイオン散乱の実験により指摘されていたBi二重層による表面終端を構造モデルにすると実験データとの一致は悪く(R因子0.30)、図1に示すSe原子層終端のモデルが最も良い一致(R因子0.15)を示した。最適化した表面原子位置より、図1に示す原子層間距離が得られた。バルク値からの変位は0.04 Å以下であった。先行報告では、約0.1 Åのかなり大きな変位が報告されていたが[7]、Bi2Se3は層状物質であるため、表面劈開の影響は小さいと考えられる。このため、本解析で得られた小さな表面格子緩和が妥当な結果であると考えられる。


今後の課題:

 表面回折実験に適切な高品質CuxBi2Se3単結晶試料を入手することが第一の課題である。最近、より高品質な結晶作製について報告されているため[10]、この試料について検討を進めたい。また、Cuはインターカレーションサイトだけでなく、複数のサイトをとる可能性が指摘されているため、光電子回折法などを用いた局所構造解析も行う必要があると考えている。


参考文献:

[1] Y. S. Hor, A. J. Williams, J. G. Checkelsky, P. Roushan, J. Seo, Q. Xu, H. W. Zandbergen, A. Yazdani, N. P. Ong, and R. J. Cava, Phys. Rev. Lett. 104, 057001 (2010).

[2] M. Kriener, K. Segawa, Z. Ren, S. Sasaki, S. Wada, S. Kuwabata, and Y. Ando, Phys. Rev. B 84, 054513 (2011).

[3] N. Levy, T. Zhang, J. Ha, F. Sharifi, A. A. Talin, Y. Kuk, and J. A. Stroscio, Phys. Rev. Lett. 110, 117001 (2013).

[4] Y.-L. Wang, Y. Xu, Y.-P. Jiang, J.-W. Liu, C.-Z. Chang, M. Chen, Z. Li, C.-L. Song, L.-L. Wang, K.He, X. Chen, W.-H. Duan, Q.-K. Xue, and X.-C. Ma, Phys. Rev. B 84, 075335 (2011).

[5] M. Ye, S. V. Eremeev, K. Kuroda, M. Nakatake, S. Kim, Y. Yamada, E. E. Krasovskii, E. V. Chulkov, M. Arita, H. Miyahara, T. Maegawa, K. Okamoto, K. Miyamoto, T. Okuda, K. Shimada, H. Namatame, M. Taniguchi, Y. Ueda, A. Kimura, arXiv:1112.5869 (2011).

[6] X. He, W. Zhou, Z. Y. Wang, Y. N. Zhang, J. Shi, R. Q. Wu, and J. A. Yarmoff, Phys. Rev. Lett. 110, 156101 (2013).

[7] D. D. Reis, L. Barreto, M. Bianchi, G. Almeida, S. Ribeiro, E. A. Soares, W. S. Silva, V. E. Carvalho, J. Rawle, M. Hoesch, C. Nicklin, W. P. Fernandes, J. Mi, B. B. Iversen, P. Hofmann, Phys. Rev. B 88, 041404(R) (2013).

[8] Y. P. Zhang, K. S. Yong, H. S. O. Chan, G. Q. Xu, X. Y. Gao, D. C. Qi, X. S. Wang, and A. T. S. Wee, J. Phys. D: Appl. Phys. 41, 095306 (2008).

[9] T. Shirasawa, M. Sugiki, T. Hirahara, M. Aitani, T. Shirai, S. Hasegawa, and T. Takahashi, Phys. Rev. B 89, 195311 (2014).

[10] J. A. Schneeloch, R. D. Zhong, Z. J. Xu, G. D. Gu, and J. M. Tranquada, Phys. Rev. B 91, 144506 (2015).



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(Received: September 28, 2016; Early edition: November 25, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)