Volume5 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
シグナル伝達関連タンパク質の構造解析
X‑ray Structural Analysis of Proteins Involved in Signal Transduction
a国立研究開発法人理化学研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター
aRIKEN, Institute of Physical and Chemical Research
bJASRI, Japan Synchrotron Radiation Research Institute
- Abstract
-
シグナル伝達に関わるタンパク質の構造決定を目的として、X線結晶構造解析を進めている。現状6⁃6.5 Å分解能データは得られているが、以降の解析が進展していない。そこでHAG法を結晶マウント法として用い、室温で調湿等の条件探索で結晶の質を改善できるかを検討した。次いで最適条件での凍結が結晶に与える影響を評価した。結晶の質の改善が見られなかった試料もあったが、今回は2種類の試料について結晶の質の改善が見られたので報告する。
キーワード: X線結晶構造解析、HAG法、BL38B1
背景と研究目的:
本課題の対象であるシグナル伝達関連タンパク質では、結晶は得られているものの、分解能が十分に高くないことが理由で構造決定に至らず難航している。これまで行ってきた結晶化条件の最適化及び抗凍結剤の条件検討では、凍結後の回折像から条件の良否を判断していた。それに対し今回は、結晶周囲を水溶性高分子でコーティングし、調湿しながら結晶を保持可能なHAG法[1]で結晶をマウントし、室温で収集した回折像から結晶の質を判断する。その後凍結、回折測定することで、凍結がもたらす影響を個別に評価できる。さらに、結晶の質を改善した凍結ができればデータセットを収集する。
実験:
サンプルの大量調製、結晶化を行い、結晶化したプレートのままSPring-8 BL38B1に持参した。結晶をコーティングする水溶性高分子溶液としては、グリセロールを混合させた10%(w/w)ポリビニルアルコール(PVA)溶液を使用した。結晶化溶媒と混ぜた際に、ゲル化が生じない条件を選択し、今回は15%(w/w)グリセロールを混合した10%(w/w) PVA溶液を使用した。
結晶のマウントは次の手順で行った。(1)PVA溶液をループ内に張った。(2)結晶化ドロップ内の結晶をループ内のPVA溶液に張り付けて結晶周囲の溶媒ごとマウントした。(3)調湿ガスのノズルを設置したゴニオメータ上に試料を設置した。(4)マウント直後に同軸カメラを利用し、(i)ループ内のPVA溶液の体積変化、(ii)結晶の外観の変化を観察し、マウント時の湿度条件が結晶に与える初期の影響を確かめた。(5)湿度を調整しながら回折実験を行い、最適な湿度(RH: Relative Humidity)を探索した。確認は、結晶の外観の変化、得られた回折点の形状、プログラムHKL2000で処理が可能であれば空間群の情報を利用した。
マウントした結晶がPVAで包まれ、ループ内に固定された状態が維持されていることを確認しながら、室温で調湿し、回折実験を行った(図1)。加湿し過ぎによりPVA糊の流動性が増しコーティングが剥がれた場合、および除湿し過ぎによりPVA糊が乾燥して湿度応答しなくなった場合は、新しい結晶に交換し調湿条件探索を続けた。実験ハッチを閉めたままの状態で、調湿気流から冷却された窒素を吹き付けるクライオ気流に切り替えることができるので、室温で回折がより改善した調湿条件が見出された際は、適宜結晶を凍結し、X線回折測定した。
図1 PVA溶液でコーティングされた結晶の様子。
マウント直後の状態(左)と最適な湿度条件を検討中の状態(右)
結果および考察:
2つの試料について、湿度条件を最適化することで結晶の質の改善が見られたので報告する。今回報告する2つの試料の結晶化条件は、いずれも多価イオンを含む塩や、高濃度のPEGを含まない。PVAは多価イオンと反応してゲル化するため、その影響を低減するためにPVAに添加する可塑剤(グリセロールなど)に関し、濃度を上げるなどの条件検討が必要な場合もある。今回の結晶化条件は多価イオンを含まず、実際に混合させたところ通常条件で問題は生じなかったので、可塑剤の追加検討は行うことなく調湿条件の検討に進んだ。
1つ目の試料は、HAG法で最適な湿度に結晶を曝すことで、回折点のにじみ、流れを抑制でき、結晶の質を上げることができた(図2)ものの、データセットを収集するまでには至らなかった。この結晶は16°Cで結晶化を行っている。一方でBL38B1実験ハッチでの結晶調湿環境の温度は21—23°Cである。そのため試料1では、温度変化による結晶の劣化も考慮しなくてはならない。具体的に結晶が割れたりスジが入ったりといった明らかな劣化は観察されなかったものの、温度上昇と分子運動増加による結晶格子の微視的な乱れ、外気に接する部分と結晶内部との温度差がもたらす体積変化、ゆがみなどが想定される。今後、結晶化温度に近い状態での実験が可能となれば、さらなる結晶の質の改善が期待できる。
図2 湿度応答した試料1の回折点。拡大図では分解能(Å)を付記した。RH=82%(左)では回折
点の形状が乱れていたが、RH=87%(右)では円状でよりきれいな回折点が並んだ。
2つ目の試料は、最適な調湿環境で従来よりも改善された回折像を得ることができた(図3 左)。しかし、調湿気流からクライオ気流へ切替えて瞬間凍結したところ、氷の反射由来のリングであるice‑ringによる回折は確認されなかったが、回折点の形状が乱れた(図3 右)。
プログラムHKL2000を用いてX線回折像を処理したところ、RH=91%に調湿した結晶は、空間群C2、格子定数a=102.7 Å、b=45.2 Å、c=73.2 Å、β=117.8°、Mosaicity=0.54だった。凍結後は空間群C2、格子定数a=100.5 Å、b=44.6 Å、c=72.1 Å、β=118.5°、Mosaicity=2.69に変化した。
瞬間凍結により全般的に結晶格子が収縮し、βの角度も変化した。瞬間凍結後のX線回折像の様子は、従来の抗凍結剤による瞬間凍結時と同じように回折点がひずみ、一方向だけ回折が伸び悩む異方性の性質を示した。凍結後にice‑ringは確認できなかった。
この結果から、ガラス状に瞬間凍結できてはいるものの、結晶格子の収縮に対して脆弱である事が、より高分解能のデータを得ることができない原因の1つとして考えられる。
図3 試料2の回折点。RH=91%に調湿後、室温(左)、瞬間凍結後(右)のX線回折像。凍結後に回折点がひずんだ。中心から4 Å分解能相当までの回折点を抜粋して載せた。検出器の距離はそれぞれ300 mm(左), 220 mm(右)。
今後の課題:
今回の実験ではデータセットの収集には至らなかったものの、結晶の質を改善することが可能な方向性が得られた。1つ目の試料の結果から、結晶化温度と異なる環境下での結晶ハンドリングが結晶劣化の原因の1つに考えられた。したがって、結晶ハンドリング中の温度変化をできるだけ少なくして再度凍結条件の探索を進めることを検討する。2つ目の試料は凍結前後のX線回折像の変化により、ice‑ringが形成されない条件にも関わらず瞬間凍結の操作によって損傷することが確認された。今後は、結晶内のタンパク質間の相互作用を強化することを目的として金属イオンやまだ未検討の抗凍結剤などを新たに探索することで、凍結時の損傷を防ぐ条件の検討を進める予定である。
参考文献:
[1] S. Baba et al. Acta Cryst. D, 69, 1839-1849 (2013).
ⒸJASRI
(Received: July 8, 2016; Early edition: September 26, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)