Volume5 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
極微量の遷移金属不純物がセラミックスの物性に与える影響の調査
(固体酸化物形燃料電池用電解質の化学的安定性向上をめざして)
Effect of Small Amounts of Transition Metal Additives on Physical Properties of Ceramics
a兵庫県立大学, b兵庫県立工業技術センター, c冨士色素(株), d(公財)高輝度光科学研究センター
aUniversity of Hyogo, bHyogo Prefectural Institute of Technology, cFuji-Pigment.Co.Ltd., dJASRI
- Abstract
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燃料電池用電解質の開発を行うなかで我々は、材料の化学的安定性が極微量の遷移金属の添加によって大きく向上することを見出した。本課題では、そのような特性を支配する極微量の遷移金属の状態を明らかとするために、X線吸収微細構造解析(XAFS)を適用した。具体的には、アパタイト型固体電解質に存在する遷移金属元素の状態解析を行った。その結果、意図的に添加した鉄の大部分はアパタイト母相に置換固溶するが、ごく一部は粒界に存在し、材料の化学的安定性向上に寄与するものと推察された。
キーワード: 固体酸化物形燃料電池、微量元素、XAFS
背景と研究目的:
鉄を中心とする遷移金属元素は原料由来の不純物として、セラミックス製品の多くに極微量取り込まれており、これが材料の物性や製品の特性、あるいは耐久性に影響を与えているケースが実は少なくないと想像される。このような材料中の極微量元素は通常その存在すら知ることが難しく、その存在状態の解析にまで至っているケースはまれである。我々は、優れた酸化物イオン(O2-)伝導性を持ち、固体酸化物形燃料電池(SOFC)への応用が期待される次世代電解質・アパタイト型ランタンシリケート(LSO, 組成La9.33+xSi6O26+1.5x)の組成最適化を行う過程で、そのような状況に遭遇した(Table 1)。すなわち、①LSOのイオン伝導性はxの値が高く(〜0.67)、かつ焼成温度(Tf)が1973 Kと非常に高温の際に最も高い(表中の◎印)、②そのような高x組成を有する高温焼成LSO試料は化学的には極めて不安定であり、自己崩壊によって緻密焼結体が数日のうちに微紛化する(表中の×印)、③その組成にごくわずかの鉄を添加することによって材料の安定性は飛躍的に向上し、自己崩壊を完全に抑制できる、ということを見出した。このような鉄添加手法は工業的に見ても、あるいは学術的にも極めて興味深い。しかし、当該手法の完成のためには、鉄の状態解析の実施による自己崩壊抑制機構の理解が不可欠である。先に実施した重点産業利用課題(課題番号2011B1967)において、LSOに添加された極微量の鉄は、FeドープLSO(La-Si-Fe-Oアパタイト相)を形成するのに使われると結論付けた[1]。しかし、自己崩壊を抑制した鉄の役割の詳細については依然不明であり、引き続き検討が必要であった。本課題では、(1-α){La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-α(MOγ) (M; Fe, Co, Ni, 0.00 ≤ α ≤ 0.02)の組成を持つアパタイトを作製し、QXAFS (Quick XAFS)によってこの材料に含まれる不純物遷移金属元素の状態解析を行った。特に、自己崩壊は1973 Kで焼成したx〜0.67の試料に見られ、同組成でも1873 K焼成試料では見られない(Table 1)ことに着目し、焼成温度を変えた鉄添加試料のXAFS測定を実施した。さらに、鉄以外にコバルト、ニッケルを添加したLSO試料についての測定も併せて行った。以上より、SPring-8における高輝度放射光X線吸収測定を用いた、セラミックスの物性に及ぼす極微量元素の状態解析手法の確立と、LSOにおける安定化向上機構の解明を目的とした。
Table 1. Conducting property and chemical stability of La9.33+xSi6O26+1.5x prepared at various firing temperatures, Tf. ◎, ○, and △ denote high (> 0.05 S cm-1), middle (0.01-0.05 S cm-1) and low (< 0.01 S cm-1) ionic conductivity at 1073 K. × means sample degradation due to instability.
これまでの検討と本課題の位置づけ:
我々はこれまで、課題番号2009B2043ならびに2011B1967において、添加鉄の安定化機構を探るべく、QXAFSによる鉄の状態解析を実施してきた。前者では、α = 0.005(試料中の鉄の存在量140 ppm)の鉄の観測に成功し、また、鉄の存在量が10倍の0.14%の試料については、EXAFS解析により、鉄はほぼ3価の状態で四面体配位環境に存在することを明らかにした。LSO中のSiはSiO4四面体(Si-O距離1.63-1.65 Å)を形成しているため、そのSiサイトに鉄が置換している可能性が高いことが示された。引き続く後者の課題では、0.99{La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-0.01(FeOγ)組成(鉄の重量濃度280 ppm)をベースとするLSOのXAFSによる鉄の状態解析を実施し、多種の鉄化合物参照試料スペクトルとの比較を実施した。その結果、LSOのSiサイトに意図的に鉄を多く導入した固溶体参照試料La10(Si5Fe)O26.5(固相法、1773 K焼成セラミックス)のみが試料のスペクトル形状をよく再現できること、また両者のEXAFS振動もよく一致したことから、添加された極微量の鉄はLSOのSiサイトに置換固溶され、La-Si-Fe-Oアパタイト相を形成すると結論付けた[1]。一方で、蛍光イメージング測定によって、LSO(x = 0.67, α = 0.05, Tf = 1973 K)の粒界部に鉄が偏在する傾向があるとの結果が得られており[2]、アパタイト相以外の何らかの鉄化合物が粒界に形成され、試料の安定性を向上させている可能性も否定できない状況である。本課題では、焼成温度を変えた鉄添加試料ならびにコバルト、ニッケル添加LSO試料のXAFS測定を実施することで、LSOにおける遷移金属による自己崩壊抑制機構を考察する。
実験:
組成式(1-α){La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-α(MOγ) (M; Fe, Co, Ni, 0.00 ≤ α ≤ 0.02)で表されるLSO系アパタイトセラミックス(緻密多結晶焼結体)を固相法によって合成した。これら試料に対し、ビームラインBL14B2において、Si(111)分光器によって単色化したX線を照射し、19素子半導体検出器を用いた蛍光法により遷移金属元素のK吸収端近傍スペクトルを測定した。参照試料としては鉄化合物については以前測定を行っているため、今回は種々のコバルトならびにニッケル化合物をBNと混合したペレット(直径10 mm、厚さ0.5 mm)を準備し、透過法にてK吸収端領域のQXAFS測定を行った。用いた試料はCoO、Co3O4、CoOOH、塩基性CoCO3、CoFe2O4、LaCoO3、NiFe2O4、NiO、NiCO3xH2O、およびNi(OH)2である。さらに、SiO4四面体を形成しているLSOのSiサイトに意図的に鉄、コバルトあるいはニッケルを多く導入した固溶体試料La10(Si5.75M0.25)O26.875 (M; Fe, Co, Ni, 固相法、1773 K焼成セラミックス)を準備し、その遷移金属K吸収端領域のQXAFS測定を蛍光法により実施した。測定角度条件は、それぞれ最大で、Fe; 17.0〜13.2(-0.00084ステップ)、Co; 15.55〜12.35(-0.00071ステップ)、Ni; 14.35〜11.55(-0.00060ステップ)とした。EXAFS解析には解析ソフトArtemisを用いた。
結果:
まず、微量鉄添加試料0.98{La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-0.02(FeOγ)を1873 Kならびに1973 Kの異なる焼成温度で作製した試料の測定とEXAFS解析を行い、両者の比較を行った。Fig. 1にそのFe K吸収端X線吸収スペクトルを、固溶体試料La10(Si5.75Fe0.25)O26.875と比較しながら示す。固溶体試料のスペクトルは2011B期に測定した固溶体試料La10(Si5Fe)O26.5とほぼ同じ形状であり、Siサイトに置換した鉄の状態を正確に示しているものと考えられる。これと比較しながら微量鉄添加試料のスペクトルを眺めると、試料のスペクトルにはいずれも7112 eV付近にプレエッジが明確に観測され、四面体環境にある鉄が存在している[3,4]ということが分かった。スペクトルの形状については、1873 K焼成試料、固溶体試料と比べ、1973 K焼成試料ではスペクトルにおけるジャンプ直後のピーク強度がその次のピークの強度よりもわずかに高いように見受けられたものの、三者の間に有意な差は見られなかった。以前の課題番号2009B2043において測定したα = 0.005試料とα = 0.05では、添加した鉄の量が少ないほど、スペクトルにおけるジャンプ直後のピーク強度がその次のピークの強度よりもわずかに高くなることが観測された。今回の測定では同じ組成で、化学的安定性の違いを生む異なる焼成温度の試料の比較を行ったが、安定化をもたらした鉄の状態を明確に捉えることはできなかった。固溶した鉄は、作製条件を多少変化させても四配位の状態をとって安定しており、今回の組成(α = 0.02)では、固溶した鉄に隠れた、異なる状態の鉄の混在を示す結果は得られなかった。
Fig. 1. Fe K-edge XANES for α = 0.02 fabricated by 1873 K- or 1973 K-sintering compared with that for La10(Si5.75Fe0.25)O26.875.
Fig. 2ならびにFig. 3には、Fig. 1で示した3試料のEXAFS振動ならびに2.0 – 6.0 Å-1のkの範囲で求めた動径構造関数を示す。これらより、極微量に鉄を添加し、1973 Kで焼成した試料でも、他の2試料とほぼ等しいk-空間XAFSスペクトルを示し、ほぼ等しいFe-O距離にあると判断された。
Fig. 2. k-space XAFS spectra for α = 0.02 fabricated by 1873 K- or 1973 K-sintering compared with that for La10(Si5.75Fe0.25)O26.875.
Fig. 3. Radial structure function for α = 0.02 fabricated by 1873 K- or 1973 K-sintering compared with that for La10(Si5.75Fe0.25)O26.875 (k range; 2.0 – 6.0 Å-1).
次に、EXAFS振動をもとに、四配位鉄[FeO4]をモデルとして、第一配位圏についてQFS(Quick first shell)計算による動径構造関数のカーブフィッティングを試みた。しかし、2.0 – 6.0 Å-1のkの範囲でのQFS計算は、十分なデータ点が無いことから実施できなかった。そこで、kの範囲を2.0 – 9.7 Å-1、あるいは0.0 – 8.0 Å-1として動径構造関数のフィッティングを実施したところ、良好なフィッティングが可能であった。kの範囲を2.0 – 9.7 Å-1とした固溶体試料のフィッティングの例をFig. 4に示す。得られたFe-O距離は固溶体試料で1.88 Å、α = 0.02の場合は1873 K焼成試料と1973 K焼成試料でそれぞれ1.88 Å、1.84 Åであった。ただしこの解析では、kの範囲を2.0 – 9.7 Å-1としたため、1973 K焼成試料の場合には6.0 Å-1以上の波数領域におけるノイズの影響(Fig. 2)を受けたと思われる。一方、この試料についてkの範囲を0.0 – 8.0 Å-1として解析してみると、得られたFe-O距離は1873 K焼成試料と1973 K焼成試料でそれぞれ1.89 Å、1.88 Åであった。よって、QFS計算を用いた解析においても、いずれの試料でも鉄は全て同じ状態にあるということが再確認された。
Fig. 4. Radial structure function and fitted curve for La10(Si5.75Fe0.25)O26.875 by using a QFS calculation (k range; 2.0 – 9.7 Å-1).
次に、微量コバルト添加試料0.98{La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-0.02(CoOγ) (焼成温度1973 K)のCo K吸収端X線吸収スペクトルを、固溶体試料La10(Si5.75Co0.25)O26.875ならびに他の参照試料と比較しながらFig. 5に示す。コバルトを微量添加した試料のスペクトルはLa10(Si5.75Co0.25)O26.875とほぼ同じ形状であり、Siサイトに置換したコバルトの状態を示しているものと考えられた。両スペクトルには7707 eV付近にプレエッジが明確に観測された。固溶あるいは添加されたコバルトは、作製条件を多少変化させても安定に存在できる四配位の状態をとることが分かった。EXAFS振動をもとに、四配位コバルト[CoO4]をモデルとして、第一配位圏についてQFS計算によるカーブフィッティングを行ったところ、得られたCo-O距離は固溶体試料で1.87 Å、α = 0.02の場合は1.84 Åであった。
Fig. 5. Co K-edge XANES for 0.98{La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-0.02(CoOγ)(shown as α = 0.02 (Co)), compared with some references.
以上より、コバルトを添加あるいは固溶させた場合にも鉄のケースと同様に、四面体位置のSiに優先的に置換するということが分かった。四面体状態以外の存在状態があるかどうかについては今回の実験では明らかとならなかった。
一方、微量ニッケル添加試料0.98{La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-0.02(NiOγ)については試料の調製に問題があったためか、検出シグナルのS/N比がかなり低く、有意なスペクトルが観測できなかった。
考察:
上述のように、自己崩壊は1973 Kで焼成したxの値の大きいα = 0.00試料に見られるが、同組成でも1873 K焼成試料では見られない。これは両者では、わずかに共存する第二相が異なるためと考えられる。ラボでのX線回折測定によれば、後者では、アパタイト相から見てLa過剰相であるLa2SiO5相が第二相として明確に観測されたが、前者では単相状態であった。しかし、物質・材料研究機構の協力を得て課題番号2011B4905においてBL15XUにて実施したX線回折測定によって、化学的に不安定化して自己崩壊を起こした前者のX線回折パターンにはLSO主相(空間群; P63/m)に加え、La(OH)3相が第二相として析出すること、また焼成直後のLSO試料にはLSOに加え、La2O3相がわずかに共存することが確かめられた。つまり、xの値の高い組成ではアパタイト相以外の何らかの第二相(La過剰相)が共存しており、焼成温度によって相関係が異なるために様々な物性が変わると考えられる。
1973 K焼成試料と1873 K焼成試料では測定されたイオン伝導度に大きな差があり、高イオン伝導体を得るには1973 K焼成試料が必要であることが既に分かっている(Table 1)。即ち、イオン伝導の観点からはLa2O3相との共存が望ましい。しかし、1973 K焼成試料で得たLa過剰組成(x = 0.67)では、このLa2O3相の存在に起因した化学的不安定化が生じる。高い伝導性を追求するあまり化学的安定性を犠牲にせざるを得ない事態を招いている。つまり、La過剰組成型LSO試料では、La2O3相が微量第二相としておそらく粒界部に析出しており、このアパタイト結晶相間に形成されるLa2O3相が環境の水(あるいは二酸化炭素)と反応することによって最終的にLa(OH)3相を生じる過程で、体積膨張による粒界破壊を起こすことが自己崩壊の原因と考えられる。一方、課題番号2011B4905のX線回折測定において、鉄を添加し、自己崩壊を抑制できた試料においてはLa2O3、La(OH)3両相の析出は見られなかった。鉄の極微量添加試料ではLa2O3相の析出を防げたために、高い伝導性を損なうことなく化学的安定性を飛躍的に向上させたものと考えられた。このように本材料系における研究開発では、結晶相関係の理解と制御が重要であるということが分かった。
La2O3相の析出を防いだ鉄の最終的な存在状態について、LSOのSiサイトに固溶する以外の状態があるのであればそれはどのような状態であるかについて本課題では着目し、同じ組成で焼成温度の異なる試料を用い、固溶体試料との比較を行った。しかし、そのような鉄を含むであろうXAFSスペクトル解析においても、固溶体試料と比べて異なる特徴は見られなかった。また、EXAFS解析からも、鉄の状況に違いは見られなかった。化学的安定化をもたらした鉄は確かに存在すると思われるが、おそらく粒界においてわずかに存在する為にLSOのSiサイトに固溶する大部分の鉄に隠れ、本課題で詳細を明らかとすることはできなかった。今後、安定性向上機構解明のためには、マイクロビームを用いた局所XAFS測定やメスバウアー測定等、他の測定を実施することにより、粒内、粒界それぞれに存在する鉄の状態を切り分けて評価する必要がある。
謝辞:
本課題の遂行にあたり、測定法の検討や実験手順の計画に際し、JASRI産業利用推進室の杉浦 正洽 博士にご指導、ご助言をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。
参考文献:
[1] 嶺重 温, 吉岡 秀樹, 森 良平, 大渕 博宣, 梅咲 則正, SPring-8/SACLA利用研究成果集, 3, 24-27 (2015).
[2] 嶺重 温, 高野 秀和, 横山 和司, 松井 純爾, 津坂 佳幸, 篭島 靖, 兵庫県ビームライン年報・成果集, 3, 16-21 (2014).
[3] A. L. Roe, D. J. Schneider, R. J. Mayer, J. W. Pyrz, J. Widom and L. Que Jr., J. Am. Chem. Soc., 106, 1676 (1984).
[4] T. Yamamoto, X-ray Spectrometry, 37, 572 (2008).
ⒸJASRI
(Received: November 2, 2015; Early edition: November 25, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)