Volume5 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
ラミネート型リチウムイオン電池のその場XRD測定
In-Situ XRD Study of Laminated Lithium Ion Batteries
a昭和電工株式会社, b物質・材料研究機構
aSHOWA DENKO K.K., bNational Institute for Materials Science
- Abstract
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リチウムイオン電池(LIB)の充放電に伴う活物質の構造変化をその場観察するために、アルミラミネート型LIBに放射光を貫通入射させるその場XRD測定系を構築した。半導体検出器を用いることにより10秒程度の露光で十分な回折データが得られることが分かった。黒鉛ハーフセルの充放電その場測定では、天然黒鉛と人造黒鉛の違いが明確に観察された。黒鉛/3元系MNC正極のフルセルでは、2 C-rateの高速充電時においても黒鉛の構造相転移が明瞭に観察できることを示した。
キーワード: リチウムイオン電池、黒鉛負極、その場XRD、3元系正極
背景と研究目的:
リチウムイオン電池(LIB)では、充放電時にLi+が正負極の活物質に挿入、脱離される。この充放電反応を詳細に調べるには、活物質の構造変化をその場観察することが望ましい。しかし、LIBは通常金属ケースに封入されているため、活物質のX線回折(XRD)を行うには金属ケースの一部をBe窓にするなどの特殊な工夫が必要である[1]。一方、実際のLIB開発においては、製造条件を変えた多数のセルをそのままの形で短時間で評価する必要がある。そこで本研究では、アルミラミネート型LIBに放射光を貫通入射させるその場XRD測定系の開発を行った。この手法の利点は、実電池の動作状態において正極および負極の活物質を同時に高速測定できるということである。
実験
アルミラミネート型LIBは、電極面積2 × 2 cm2程度のものを通常の工程で作製した。負極には8 μm厚Cu箔に塗布した天然黒鉛または人造黒鉛を用い、正極には8 μm厚Al箔に塗布した3元系正極材料Li(Mn1/3Ni1/3Co1/3) O2(MNC)を用いた。また、黒鉛へのLiの挿入脱離を詳細に調べるために、Li箔を対極とする負極材料のみのハーフセルも試作した。測定にはSPring-8 BL15XUの高分解能粉末X線回折装置を用い、電極面に垂直に貫通入射したX線(波長1 Å、形状0.3 × 0.3 mm2)の回折強度をカメラ長955 mmの地点に設置した一次元検出器(MYTHEN)によって検出した(図1)。測定系の較正はCeO2粉末を標準試料として行った。今回は、負極黒鉛(002)ピーク(17.1°付近)および正極MNC(003)ピーク(12.1°付近)の変化をみるために、2台のMYTHENを固定し、14.08°〜17.917°および9.08°〜12.917°の2θ範囲を同時に測定した。測定は、LIBを定電流(CC)または定電圧(CV)モードで充放電させながら露光時間10秒で連続的に行った。
図1 その場XRD測定の配置図
結果および考察:
はじめに、Liを対極とする天然黒鉛ハーフセルの充放電時における黒鉛(002)ピークの変化を図2に示す。充放電速度は比較的遅い0.2 C-rate(1時間でフル充電(放電)する電流値を1 C-rateと称する)とした。Liの挿入とともに黒鉛層の面間隔が増大し、いくつかのステージ構造が明確に観察される。すなわち、dilute stage-1 (0 < x < 0.05) からstage-4との共存 (0.05 < x < 0.12) を経て、stage-4/3 (0.12 < x < 0.22) およびstage-2L (x 〜 0.25, disordered LiC18 or LiC24)[1-3] が順次現れる。x>0.25ではstage-2 (ordered LiC12) が急速に発達し、x〜0.5からはstage-1 (ordered LiC6) との2相共存となる。(ここでxはLi組成LixC6を表す。)これらの結果は、Dahnが(1/800) C-rateという極めて遅い充放電速度において求めた相図[1] とほぼ一致しているが、x>0.9においてもstage-2の強度がかなり強い点が注目される。しかし、その数時間後にLi脱離過程の測定を始めたところ、stage-2のピークは激減しstage-1のピークが支配的になっていた(図2右)。この現象は、rest状態においてstage-2からstage-1への構造変化が連続的に起こっているためであることがその後の測定によって確認された(図3)。これは、stage-1の生成速度が遅いため一部のLiが金属状Liとして析出し(stage-2 + Li)、その後2時間程度かけて平衡状態であるstage-1に緩和したためではないかと考えられる。
図2 天然黒鉛にLiを挿入(左)、脱離(右)した時の黒鉛(002)ピークの変化(Li対極、0.2 C-rate)
図3 天然黒鉛にLiを挿入した直後のrest状態における緩和現象。右図はピーク強度の時間変化を示す。
次に、同じ条件で測定した人造黒鉛ハーフセルの結果を図4に示す。天然黒鉛の場合(図2)と同様のステージ構造が観察されるが、ピーク幅が広く構造相転移がややブロードである点が注目される。また、Liの挿入と脱離はかなり可逆的であり、図2, 3で見られたような緩和現象は観察されなかった。これは、人造黒鉛の結晶子が天然黒鉛ほどには成長していない(XRDピーク幅から見積もられる結晶子サイズは50 nm程度)ため、Liの出入りが容易であるからだと考えられる。また、結晶性が低いために構造相転移がブロードになっていると考えられる。図5に天然黒鉛および人造黒鉛ハーフセルの充放電による電圧変化を示す。両者は同様のステージ構造に伴うプラトーを示すが、人造黒鉛の方がLi挿入時の電圧変化がやや緩やかである。
図4 人造黒鉛にLiを挿入(左)、脱離(右)した時の黒鉛(002)ピークの変化(Li対極、0.2 C-rate)
図5 Li/黒鉛ハーフセルにおけるLi挿入時の電圧変化(0.2 C-rate)。実線は天然黒鉛、点線は人造黒鉛の結果を示す。
最後に、天然黒鉛負極/MNC正極のフルセルを用いて高速(2 C-rate)充電(30分でフル充電)を行い、黒鉛(002)ピークとMNC(003)ピークを同時測定した結果を図6に示す。天然黒鉛の結果は図2の結果(0.2 C-rate)とほぼ一致しており、この範囲においては充電速度の影響はあまりないことが分かる。MNC正極のピーク位置はほとんど変わらないが、ピーク形状は微妙な変化を示しており、何らかの構造変化の存在を示唆している。以上の結果は、今回の測定手法がラミネート型フルセルに適用可能であり、しかも2 C-rate程度の高速充放電にも十分追随可能であることを示している。
図6 天然黒鉛負極/MNC正極セルの2 C-rate充電時における黒鉛(002)およびMNC (003)ピークの変化。
今後の課題:
今回の実験により、10秒程度の短時間露光でラミネート型フルセルに放射光を貫通入射させるその場XRD測定が可能であることが分かった。今後、従来困難であった高速充放電時のその場測定や遷移過程のその場測定など、種々のその場XRD測定に適用していきたい。
参考文献:
[1] J. R. Dahn, Phys. Rev. B 44, 9170 (1991).
[2] D. Billaud, E. McRae, J. F. Mareche and A. Herold, Synthetic Metals 3, 21 (1981).
[3] K. C. Woo, W. A. Kamitakahara, D. P. DiVincenzo, D. S. Robinson, H. Mertwoy, J. W. Milliken, and J. E. Fischer, Phys. Rev. Lett. 50, 182 (1983).
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(Received: August 22, 2016; Early edition: November 25, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)