SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

XAFSによるTi系Li電池負極材料の局所構造解析
Local Structure Analysis for the Titanium Oxysulfide as an Anode Material for Li Ion Battery with XAFS

DOI:10.18957/rr.5.1.71
2012B7020 / BL33XU

野崎 洋a, 堂前 和彦a, 大木 栄幹b

Hiroshi Nozakia, Kazuhiko Dohmaea, Hideki Okib


a(株)豊田中央研究所, bトヨタ自動車(株)(当時)

aToyota Central R&D Labs., Inc., bToyota Motor Corp.


Abstract

 Liイオン電池の負極材料として利用可能なTi系化合物の局所構造をXAFSで調べた。その結果、試料中のLi量に対応してTiの吸収端エネルギーが低エネルギー側にシフトし、Tiの価数が減少したことを示した。また、EXAFSスペクトルをフーリエ変換した結果から、Ti周りの局所構造はほとんど変化していないことがわかった。


キーワード: リチウム、負極、二次電池、XAFS


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背景と研究目的:

 Liイオン電池は、その軽量性とエネルギー密度の高さから携帯型デバイス用バッテリーとして一般的に用いられている。また最近では、一部のハイブリッド自動車(HV)にも搭載されはじめているが、燃費をさらに改善するために、Liイオン電池の効率を高める必要がある。Liイオン電池は主に正極(LiCoO2、LiFePO4など)、電解質、負極(カーボン、Li4Ti5O12など)から構成されており、それぞれ効率を高める研究がなされている。我々は負極材料としてLixY2Ti2O5S2 (LxYTOS; x = 0 – 2.0) [1]に着目した。LxYTOSは、Li4Ti5O12などと比較して、高効率かつ高エネルギー密度を達成できる可能性がある[2]。LxYTOS(x = 1.0)の結晶構造を図1に示す。空間群はI4/mmm(正方晶)で、Li層-TiO5四角錐-YS層で構成された層状構造を成す。LxYTOSのLi量xを変化させると、Ti-Oで構成されるペロブスカイト層中の4配位位置をLiが占有する一方、12配位位置は空孔のままである[1]。また、Tiの価数は形式的には+4価(x = 0)から+3価(x = 2.0)まで変化する。ここで、電池材料としてLxYTOSを利用するためには基礎的な物性を把握する必要がある。本課題では、Li量の変化によるTiの価数と局所構造を明らかにするためにXAFS測定を行った。


実験:

 LxYTOS(x = 0.4, 0.8, 1.0, 1.2, 1.4, 1.6, 1.8, 1.9, 2.0)粉末試料をAr雰囲気のグローブボックス中で直径10 mmのペレット状に成形し、プラスチック容器に封入した。Li組成は高周波誘導結合プラズマ(ICP)—発光分光分析法で分析し、ほぼ目的の値になっていることを確認した。TiのK吸収端XAFSスペクトルを豊田ビームライン(BL33XU)において、4素子SDDを用いた蛍光法で測定した。粉末X線回折測定(XRD)によると、x = 0.4試料とx = 1.4, 1.6試料は正方晶(I4/mmm)、x = 0.8 - 1.2試料は直方晶(斜方晶 Immm)、x = 1.8 - 2.0試料は2つの正方晶相(いずれもI4/mmm)だった。



図1. LxYTOSの結晶構造(正方晶)


結果および考察:

 図2にTiのK吸収端近傍のスペクトルを示す。Li量xが増加してもスペクトル形状はほとんど変化せず、吸収端エネルギーのみが低エネルギー側にシフトした。これは、Tiの価数が+4価 → +3価に変化することに対応した。LxYTOS中のTiの形式価数変化から考えても、理にかなった結果だった。

 x = 0.4 - 1.0試料において、4967.5 eV付近にプリエッジピークが観測された。これは、本来禁制遷移であるTi 1s → 3d遷移が、酸素2p軌道とチタン3d軌道が混成することで観測されることによると考えられる。Tiの配位数とXAFSスペクトルの関係に関する研究[3]から、Tiの配位数が増加するにつれてプリエッジピーク強度が増加する。今回観測されたプリエッジピークはTiが5配位のときのピークと類似している。一方、x > 1.0試料ではプリエッジピークは消失した。X線回折および後に述べるEXAFS測定結果によると、Tiの配位構造に大きな変化はないので、プリエッジピークの強度変化は構造(配位数)の変化によるものではなく、Tiの価数減少に伴い3d軌道の電子数が増加し、p-d混成軌道を電子が占有した結果、Ti 1sからの遷移が起こらなくなったためと理解される。



図2. LxYTOS試料のTi K吸収端近傍のスペクトル。


 図3(a)にEXAFS振動スペクトルからバックグラウンドを除去し、波数kの三乗(k3)の重みを付けた振動スペクトル例を示す。得られた振動スペクトルのk = 3 Å-1〜13 Å-1の範囲をフーリエ変換することにより、動径構造関数(RSF)を得た[図3(b)]。RSFスペクトルにおける1.6 Åと3.0Åのピークは、それぞれTi-OとTi-Tiの距離に対応する。Ti-Oピーク位置と高さにはほとんどx依存性が無いので、Ti-Oの局所構造はほとんど変化していないと考えられる。また、Ti-Tiピークはx > 1.0で2つに分かれているように見える。

 あらかじめ測定したXRDでは、xの増加に伴い正方晶→直方晶(斜方晶)→正方晶へと結晶構造が変化することがわかった。しかし、今回測定したXAFS測定によるTi周囲の局所構造;つまりTiO5の多面体構造はxによらず変化しないことがわかった。これは、ヤーン・テラー効果などの局所歪が結晶構造変化に起因しているのではなく、その他の骨格構造が変化したことが原因として考えられる。



図3. (a)EXAFS振動スペクトルからバックグラウンド除去し、波数kの三乗の重みを付けた振動スペクトル例と、(b)振動スペクトルをフーリエ変換して得られた動径構造関数。赤は正方晶、緑は直方晶(斜方晶)、青は2つの正方晶組成を表す。


今後の課題:

 本課題においてLxYTOSのXAFS測定から、Ti周りの局所構造に大きな変化が無いことを確認できた。今後は、X線や中性子を用いた結晶構造解析でTiの局所構造とLiの占有率を解析する。また、ミュオン(ミュー粒子)や中性子を用いた動的な解析と合わせて、Liイオン伝導と構造との相関を明らかにする。


参考文献:

[1] G. Hyett, et al., J. Am. Chem. Soc. 126, 1980 (2004).

[2] H. Oki and H. Takagi, Solid State Ionics 276, 80 (2015).

[3] F. Farges, et al., Geochim. Cosmochim. Acta. 60, 3023 (1996).



ⒸJASRI


(Received: March 18, 2016; Early edition: September 26, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)