SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

MYTHENを利用した新しい粉末回折装置開発のための技術検討

〜X線検出感度のX線エネルギー依存性〜
Study on Detecting Efficiency of 1-D Detector MYTHEN for Developing Powder Diffractometer

DOI:10.18957/rr.5.1.74
2013A1328 / BL19B2

大坂 恵一a, 佐藤 眞直a, 松本 拓也b, 広野 等子c, 川瀬 守弘a, 豊川 秀訓a

Keiichi Osakaa, Masugu Satoa, Takuya Matsumotob, Toko Hironoc, Morihiro Kawasea, Hidenori Toyokawaa


a(公財)高輝度光科学研究センター, b(株)スプリングエイトサービス, cボン大学

aJASRI, bSPring-8 Service Co., Ltd., cUniversity of Bonn


Abstract

 産業利用ビームラインに導入を検討しているオンライン1次元検出器MYTHENを利用した新しい粉末回折装置の設計上、最も重要な要素のひとつである「X線検出感度」に関して、SPring-8の偏向電磁石ビームラインで粉末回折実験に利用するX線エネルギーに対する依存性を検証した。


キーワード: 粉末回折、新装置開発、自動化、高効率化、高度化


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背景と研究目的:

 SPring-8のBL02B2ならびにBL19B2に設置されている粉末回折装置(大型デバイシェラーカメラ)は、数mg程度の極微量な試料でも電子レベルの精密構造解析が可能なデータが収集できる。そのため、学術界のみならず、産業界においても、新規材料開拓に必要不可欠な実験・解析技術として認知されている。我々は、BL19B2の装置において、試料搬送・精密位置決めロボット「JukeBox」を開発し[1]、データ収集の高効率化・省力化を推進し、X線を利用した実験に慣れていないユーザーでも高品質のデータを効率よく収集できる仕組みを作り上げた。我々は、利便性のさらなる向上を目指し、「オンライン検出器」を用いた新しい粉末回折装置(以下、新回折計)の開発を進めている。検出器として導入を検討しているMYTHEN[2, 3]は、Swiss Light SourceのMaterials Scienceビームライン(MS-X04SA)の粉末回折用検出器として開発されたフォトンカウンティング型1次元固体Si検出器である。我々は、この検出器の特徴を活かした新回折計の設計に着手しており、高速時分割測定を応用した結晶粒度評価法を提案し[4]、高分解能なデータを収集するための最適なカメラ半径の検討[5]を行ってきた。

 放射光を利用した実験では、短時間で大量のデータを取得できることはもちろんのこと、X線エネルギーを任意に選択できることも最大の魅力の一つである。したがって、広いX線エネルギー領域に渡って、高いX線検出感度をもつ検出器が求められる。MYTHENは、放射光実験のために開発された経緯があるので、これらの要求を満たしているが、SPring-8で利用される高エネルギーX線に対する性能に関しては検証が必要である。そこで我々は、産業利用ビームラインの粉末回折実験で頻繁に用いられるエネルギー領域におけるMYTHENのX線検出感度に関する知見を得るための実験を行った。



図1 実験装置の概略図.


実験:

 実験装置の概略図を図1に示す。実験はSPring-8産業利用IビームラインBL19B2第2実験ハッチに設置されているHuber社製多軸回折計を用いて行った。MYTHEN検出器は、多軸回折計の2θ軸上に設けられたカメラ半径を調整するためのレール上に設置した。MYTHEN検出器の検出素子の位置(ストリップ番号n)を回折角2θに変換するために、以下の式を用いた[5]



 ここで、2θHは多軸回折計の2θ軸の角度位置,n0は2θH=0としたときのダイレクトビーム位置,dはストリップ間距離(0.05 mm),Rはカメラ半径である。カメラ半径は、MYTHEN検出器の形状に由来する角度補正量を小さくし、かつ高い角度分解能を得るための条件[5]として、578.13 mmを選択した。このカメラ半径は、大型デバイシェラーカメラ(286.48 mm)の約2倍である。X線エネルギーは10 keV,15 keV,20 keV,25 keV, 30 keV,35 keVの6通りとした。各エネルギーで測定したデータは、イメージングプレート(以下、IP)を検出器とする大型デバイシェラーカメラで測定したデータと比較するため、ビームサイズ(鉛直0.3 mm×水平3 mm)・検出器直前のスリット幅(3 mm)・露光時間(5分)はすべて大型デバイシェラーカメラを用いて測定するときと同等にした。試料は、内径0.1 mmのガラスキャピラリーに封入したNIST標準試料CeO2粉末である。




図2 MYTHENおよびIPを用いて測定したCeO2粉末試料の111回折線のプロファイル.(a)10 keV付近,(b)20 keV,(c)35 keV.(a)10 keV付近では、異なるエネルギーにおけるデータを比較しているため、横軸2θを表記した(赤:10 keV,青:9.54 keV)。


結果および考察:

 本実験では、CeO2粉末試料の回折線のうち、最強回折線である111回折線の強度に注目して解析を行った。図2は、MYTHENおよびIPを用いて測定した111回折線のプロファイルを比較した例である。以下では、各回折プロファイルの「ピークトップ強度」および「積分強度」について議論する。

 10–35 keVのX線エネルギーに対する111回折線のピークトップにおける回折強度を図3に示す。これを見ると、MYTHENおよびIPで検出された強度は、いずれも15–20 keV付近で最強となり、それより低エネルギーあるいは高エネルギーになるにしたがって弱くなることがわかる。言い換えれば、両検出器のX線検出感度のエネルギー依存性には、明確な違いは認められない。低エネルギーあるいは高エネルギーで強度が弱くなる理由はそれぞれ異なる。まず、低エネルギー側に関しては、蓄積リングからビームラインに送られるフォトン数が少ないことに加え、試料から検出器までの経路で大気による吸収が顕著となり、信号強度が減衰することで説明できる。これに対し、高エネルギー側に関しては、X線の透過能が高いため、MYTHENおよびIPともにX線検出効率が低いことが原因であると考えられる。特にMYTHENについては、10 keV程度の低エネルギーではほぼ100%のフォトン検出感度を持つが、エネルギーが高くなるにしたがってX線検出感度が低下する性質がある[3]。本実験では、35 keVにおける回折強度はIPを下回っていることがわかる。



図3 CeO2粉末試料の111回折線のピークトップにおける回折強度のエネルギー依存性.IPは大型デバイシェラーカメラで測定された強度を表す.



図4 CeO2粉末試料の111回折線の積分強度のエネルギー依存性.IPは大型デバイシェラーカメラで測定された強度を表す.


 また、図3を見ると、15–30 keVに関しては、MYTHENはIPに対して2–3倍のX線検出感度を有し、IPよりも短時間でデータが測定できると考えられる。一方で、結晶構造解析においては、ピークトップ強度よりも積分強度が重要である。図4に、111回折線の積分強度を比較したものを示す。これを見ると、MYTHENとIPで検出した積分強度は、ピークトップ強度で比較した図3よりも、両検出器の差が少なくなっていることが明らかである。我々の過去の実験の結果[5]あるいは図2を見てもわかる通り、MYTHENで観測した回折線の半値幅は、IPで観測したそれと比べて狭い。したがって、ピークトップ強度と半値幅の効果が相殺して図4のような結果を得たことは容易に理解できる。従来のIPを用いた実験では、IPが飽和しない範囲で統計精度の高いデータを測定する露光条件を決定する際に、最強回折線のピークトップ強度を指標としてきた経緯がある。本実験で得られた結果は、MYTHENを用いた実験においては、IPの場合と同じようにピークトップ強度を指標とすると、十分な統計精度の積分強度を持つデータを測定できない可能性を示唆している。言い換えれば、新回折計においては、ピークトップ強度に代わり、積分強度をデータの評価指標とする必要がある。


今後の課題:

 本実験の結果から、SPring-8の高エネルギーX線の特徴を最大限利用するためには、30 keVより高エネルギーのX線に対して高感度が期待できるCdTe検出器の導入が必須であり、今後開発する新型回折計には、検出器が変更可能な仕様を盛り込むことが重要である。また、低エネルギーのX線に関しては、大気によるX線吸収への対策として、真空あるいはHeパスなどの設置を検討すべきである。なお、新回折計開発に関連する課題実験は、本実験を以てすべて終了した。一連のデータから得られる知見を反映した新しい回折計は、将来的には産業利用ビームラインの中核的役割として我が国の産業界の発展に貢献する予定である。


参考文献:

[1] K. Osaka, T. Matsumoto, K. Miura, M. Sato, I. Hirosawa and Y. Watanabe : AIP Conference Proceedings, 1234, 9-12 (2010).

[2] B. Schmitt, Ch. Brönnimann, E.F. Eikenberry, F. Gozzo, C. Hörmann, R. Horisberger, B. Patterson : Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A, 501, 267–272 (2003).

[3] https://www.psi.ch/detectors/mythen

[4] 大坂 恵一,佐藤 眞直,松本 拓也,広野 等子,川瀬 守弘,豊川 秀訓:SPring-8/SACLA利用研究成果集(SPring-8/SACLA Research Report), 4, 75–78 (2016).

[5] 大坂 恵一,佐藤 眞直,松本 拓也,広野 等子,川瀬 守弘,豊川 秀訓:SPring-8/SACLA利用研究成果集(SPring-8/SACLA Research Report), 4, 248–251 (2016).



ⒸJASRI


(Received: September 28, 2016; Early edition: November 25, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)