SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

硬X線光電子分光法によるNi基合金不働態皮膜の非破壊深さ方向分析
Investigation of the Depth Profile of Constituent Distribution in the Passive Films of the Ni-base Alloy by Hard X-ray Photoemission Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.5.1.97
2013B1818 / BL46XU

土井 教史a, 佐藤 眞直b, 陰地 宏b

Takashi Doia, Masugu Satob, Hiroshi Ojib


a新日鐵住金(株), b(公財)高輝度光科学研究センター

aNippon Steel & Sumitomo Metal Corporation, bJASRI


Abstract

 加圧水型原子力発電プラントの一次冷却系構造材として主に使用されるオーステナイト系ステンレス鋼やNi基合金においては、一次冷却水系へ溶出するNiを低減することが急務となっている。最近、耐Ni溶出低減対策として、いくつかの表面処理法を見出しつつあるが、そのNi溶出抑制メカニズムに関しては不明な点が多い。今回は、表面処理を行っていない初期材において、その初期状態皮膜成分の金属元素の深さ分布や存在状態への理解を深めるため、HAXPESを用いた非破壊分析を実施した。


キーワード: PWR、蒸気発生器用伝熱管、HAXPES


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背景と研究目的:

 加圧水型原子力発電プラント(以下、PWR)の冷却系は原子炉で発生した熱を取り出す一次冷却系と、蒸気発生器を介してこの熱で蒸気を発生させ、タービンを回す二次冷却系に分かれている。この一次冷却系の構造材は主にオーステナイト系ステンレス鋼やNi基合金が使用されているが、PWRにおいては構造部材から冷却水系へ溶出するNiを低減する必要性が指摘されている。検討の結果、Ni溶出低減対策として、一定の成果が見られるいくつかの表面処理法を見出しつつある[1]

 それらの処理間では、Ni溶出特性に差があることから、処理の過程で生成する表層の酸化物層とその母材界面にNi溶出特性に作用する要素があると考えている。処理の過程で生成する皮膜は数nmであるが、実機環境にさらされることで徐々に厚みを増し、その処理によっても異なるが十数nm―数十nmに成長することがわかっている。処理間でのNi溶出特性差には、処理で生成する母材極表層の皮膜特性が大きく関与し、皮膜成長過程での皮膜内部成分にも変化を及ぼしていると考えられるが、詳細はわかっていない。これら処理条件に対する実環境での皮膜成長挙動とNi溶出特性との関係を明確化し、耐Ni溶出メカニズムを明らかにすることで、Ni溶出抑制技術として完成させたい。詳細な皮膜内部組成、酸化物結合状態を解析するためには、非破壊的な手法が有効と考えられる。10 nmを超える皮膜内部の金属元素の分布、存在状態の定量的な理解を深めるために厚い皮膜にも有効な非破壊状態分析を可能とする硬X線光電子分光法(以下、HAXPES)[2]を用い、いくつかの前処理を行った試料に対して測定を行った。


実験:

 市販の690合金(60Ni-30Cr-8Fe)をバフ研磨後、水素ガス気流中において1100°Cで5分間加熱処理を行ったものを初期状態(以下、初期材)とし、その後42 mass% H3PO4 + 41 mass% H2SO4 +17 mass% H2O中で0.05 A/cm2の電流密度で1時間保持したもの(以下、電解材)の2種を試料として用いた。

 HAXPES測定は、BL46XUにおいてAu4fスペクトルで較正したエネルギー7939 eVのX線を用いて、分光器のPass energy 200 eV、スリット幅0.5 mm (curved)で実施された。Cr2p, Ni2p, Fe2p,およびC1s, O1sピークに対して光電子取り出し角度(以下、TOA)80, 48, 30, 15°を変化させた角度分解測定を行った。得られた各ピークの処理は、バックグラウンド除去[2]後、Yehらの光イオン化断面積[3]を用い規格化し、各成分の光電子強度(I)を得た。得られたn成分の規格化された光電子強度より、として、各成分の組成比(X)を算出した。この時、検出されている範囲で深さ方向に組成は均一としている。


結果および考察:

 Fig.1-4に、両試料から得られたTOA15°の光電子スペクトルの主成分を示す。それぞれ黒線は初期材、赤線は電解材からのスペクトルに対応する。Fig.1に示した初期材と電解材から得られたO1sスペクトルの強度を比較すると、初期材は電解材より大きい。一方、Fig.2-4の金属元素のスペクトルのうち、853 eV付近、574 eV付近、708 eV付近に示される金属状態のピーク強度はいずれも電解材の方で大きい。これらから、初期材の方が表面を覆う酸化物層が厚いと判断できる。


      

Fig.1 O1s スペクトル。黒:初期材、   Fig.2 Ni2p3/2 スペクトル。黒:初期材、

赤:電解材。             赤:電解材。


      

Fig.3 Cr2p3/2 スペクトル。黒:初期材、 Fig.4 Fe2p3/2 スペクトル。黒:初期材、

赤:電解材。             赤:電解材。


 一方、それぞれのピークプロファイルを詳しく比較、解析することで、それぞれの処理により生成した酸化物層に含まれる組成および化学結合状態の差異が議論できる。たとえば、Fig.2に示したNi2p3/2スペクトルの856 eV付近の構造から、初期材にくらべて電解材の方で、Ni酸化物成分が多い傾向であることわかる。Fig.3に示したCr2p3/2スペクトルは、両試料とも酸化物成分を多く含んでいる。初期材では、580 eV付近にも構造(Fig.3中矢印)を持っており、電解材とは異なる結合状態にあることが示唆される。Fig.4に示したFe2p3/2スペクトルを見ると、酸化層としては薄いはずの電解材で710 eV付近にFe酸化物ピーク強度が強い。

 Fig.5に電解材の角度分解測定結果から見積もった表面酸化物成分量の光電子放出角依存性を示す。角度の定義をFig.6に図示する。初期材と電解材、いずれも同様な傾向を示し、Cr酸化物成分は、FeやNiの酸化物成分より表層側に分布していることがわかった。

 両試料に対する角度分解測定の結果、HAXPES法により皮膜中酸化物の存在状態を非破壊で定量的に議論できることがわかった。今後、腐食試験に供した後の表面状態をHAXPES法により非破壊分析することで、詳しくは議論しなかった両試料の皮膜中酸化物成分の存在状態や存在比率の変化を解析し、Ni溶出抑制に関する前処理条件および初期皮膜の役割を明確化したい。


        

Fig.5 電解材における表面酸化物成分量   Fig.6 光電子放出角度の定義模式図。

の光電子放出角依存性。



今後の課題:

 本試料に対するHAXPES法による角度分解測定の有効性が確認できた。事前の予想よりも長い測定時間が必要であったため、3試料を5水準のTOAで測定する当初の予定から試料と光電子放出角度条件を減じて測定を行ったが、次回以降、さらにNi溶出抑制効果のある処理材を加え、実機環境での使用前後の皮膜特性変化を明確化することで、耐Ni溶出性を改善する新たな材料開発につながる知見を得るべく継続して実験したい。


参考文献:

[1] 神崎 学, 日高 康善, 正木 康浩, 日本原子力学会2010年春の年会・大会講演概要集.

[2] D. A. Shirley, Phys. Rev. B, 5, 4709 (1972).

[3] J. J. Yeh, I. Lindau, At. Data Nucl. Data Tables, 32, 1 (1985).



ⒸJASRI


(Received: April 5, 2016; Early edition: September 26, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)