Volume5 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
非破壊CT-XRD連成法を用いた加熱したセメント硬化体の変質状況の観察
Investigation on Alteration of Hardened Cement Material due to Elevated Temperature by Non-Destructive Integrated CT-XRD Method
北海道大学
Hokkaido University
- Abstract
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コンクリート構造物が火災や高温加熱を受ける事例が報告されている。加熱温度によってコンクリートの変質状況は異なるが、本研究では400°Cの加熱を8時間施した硬化セメントペーストについてひび割れとセメント水和物の変質を調べた。加熱はセメント硬化体表面へ作用させるので、中心部へ向かって進むと考えられる変質状況を適切に調べるために、著者らが開発を進める非破壊CT-XRD連成法を用いた。その結果、加熱によるひび割れの発生と通水作用によるひび割れの進展を明らかにした。また、水酸化カルシウムの存在が確認された。
キーワード: 非破壊CT-XRD連成法、セメント硬化体、加熱、水酸化カルシウム、ひび割れ
背景と研究目的:
コンクリート構造物が高温環境に曝される事例として、火災による場合や放射性廃棄物処分施設のように廃棄体から発せられる持続高温作用などがある。特に放射性廃棄物処分施設では、初期においては廃棄体からの高温作用、長期的には地下水の影響を受け続けることになる。また、廃棄体貯蔵用コンクリートでは、中性子遮蔽効果の維持の観点から、初期の高温乾燥下におけるコンクリートからの自由水や結晶水の蒸発後対策として通水作用も考えられる。同様に、火災を受けたコンクリート構造物においても、補修の効率化のために再養生を期待してコンクリート表面への散水処置が検討される場合が考えられる。このような加熱後通水作用下では、セメント硬化体の主成分であるカルシウム系水和物の分解や水の作用による再水和が起こると考えられる。
これまでセメント硬化体の再水和や溶脱現象の解明に向けて多くの研究が国内外で行われているが、加熱による分解現象や通水作用の影響把握は十分でない[1]。コンクリート表面が加熱されると内部に向かって熱が伝わるので、境界条件に応じた変質空間の進展を時系列で調べることが必要となる。また、表面への通水作用も同様であり、表面から内部への再水和現象を空間分布の中で時系列で調べる必要がある。しかし、従来の手法は破壊試験であり、時系列で実験するには試料の固体間差異が表れ、詳細な分析が困難であった。
そこで、SPring-8による非破壊CT-XRD連成法の開発に着手して、ひび割れを有するセメント硬化体の通水作用下の溶脱現象を調べた[2,3,4]。本研究では、この非破壊CT-XRD連成法を用いて、加熱後および加熱後に通水したセメント硬化体の変質状況を、供試体の表面近傍やひび割れ近傍について調べた。なお、本論文では、セメント水和物の加熱影響をまず調べることを目的として、骨材の影響を排除した硬化セメントペーストのみの変質を調べた。
実験:
供試体は、普通ポルトランドセメントのみを結合材として使用し、水セメント比(W/C)は0.3と0.5の硬化セメントペーストである。約10か月間水中養生後に、直径5 mmで高さ5 mmの円柱形に加工した。この養生期間は、標準の28日間よりも十分長いと判断してこの一期間とした。加熱は、加熱炉を用いて、400°Cの熱源を3時間および8時間作用させた。熱分析(TG/DTA)では、セメント水和物である水酸化カルシウムは、450°C前後で分解される。本研究ではこの温度付近を参考に加熱温度を設定した。通水後も同一試料を測定するために、加熱試料測定のビームタイムから通水試料測定のビームタイムまでの期間を考慮して、通水時の液速度30 ml/hで8週間の通水を実施した。
CT撮影では、X線エネルギーを25 keV、投影時のステップ角度は0.2°(終了時180°)、投影数を900枚、露光時間150 msとした。画素寸法は、1ピクセルが0.0073 mm、画素数は767 × 767 pixel、全体視野は約5 mmである。回折は、ビームの大きさを0.15 mm × 0.05 mmとし、回折角度(2θ)を20°、照射時間は300 sとした。受光側には2つのスリットを設置しており、最初のスリットは、大きさが3.00 mm × 0.025 mmで試料からの距離は150 mmである。検出器の前に設置された2つ目のスリットは、大きさが10.0 mm × 0.15 mmで最初のスリットからの距離は440 mmである。また、本連成法は白色X線を用いているため、本解析では取得したエネルギー分布から角度分布へ変換した。先ず波長へ変換して、Braggの式から一定の角度(θ=10°)における面間隔を計算し、次に一定の波長(λ=1.54 Å)を与えた条件で、それぞれに対応した角度を計算した。
結果および考察:
図1は、W/C=0.3の硬化セメントペーストを8時間加熱した時のCT断面画像であり、その上端面から下方へ約1.0 mm(200層目)断面である。セメント硬化体の外縁部から中心部に向かってひび割れが発生している様子が明らかである。ここでは示していないが、W/Cが0.5の場合も同様であった。これらのひび割れは加熱作用で生じたひび割れである。また、比較的大きな気泡が確認できるが、セメント硬化体の初期に既に存在したものである。さらに、セメント硬化体の周囲には予め幾重にもアルミテープを巻いており、セメント硬化体との接着の様子が確認できる。セメント硬化体には濃淡がわかる程度の色調の差異が認められる。明るい色調は、密度が比較的大きく未水和セメント粒子と思われる。比較的暗い色調は、セメント水和物と推察される。この断面図の中には、次に説明するXRD測定を行った位置を番号(1,2)で示している。
図1 加熱後のCT断面画像(図中番号はXRD測定位置)
図2は、加熱後のセメント硬化体を通水した後のCT断面画像である。図1で観察されたひび割れの幅が拡大している様子や外縁部から中心部へ向かって新たなひび割れが観察された。通水作用を受けることで再水和による収縮が生じたことが推察された。通水は供試体が常温になってから作用しており、急冷によるひび割れ拡大ではないが、加熱中の乾燥収縮が通水作用で顕著になったとも考えられる。
図2 加熱通水後のCT断面画像(図中番号はXRD測定位置)
図3は、図1、2における加熱後および加熱通水後の測定位置1,2におけるXRD測定の結果(H1,H2およびHL1,HL2)である。通水は加熱で生じたひび割れを通過するので、通水後の箇所は表面の影響を受けない箇所とした。角度範囲は、低角度側はX線の吸収効果が大きく、逆に高角度側はICSDのデータベースの強度が小さいことを考慮して設定した。なお、H2およびHL2は、測定された強度に250を足してそれぞれH1およびHL1の同一図内で回折結果を比較できるようにした。各XRD測定の結果には、ICSDのデータベースから引用した水酸化カルシウム(portlandite)の回折角度を矢印で示している。
図1に示した測定位置1は表面(最外縁)であり、2はその内部である。2つの測定位置のXRD測定の結果(H1,H2)で共通していることは、ICSDにおけるportlanditeのピーク角度と一致していることであり、400°Cで8時間加熱後においても、水酸化カルシウムの結晶が存在していると考えられる。なお、より短い加熱時間である3時間の硬化セメントペーストでも同様であった。したがって、今回の加熱条件において、セメント水和物中の水酸化カルシウムの分解を示す有意な差はなかった。また、H1の回折角度が65°および80°付近で顕著なピークが認められる。ICSDにおける炭酸カルシウム(calcite)の回折角度を縦の点線で示したが、これらの回折角度が65°および80°のピークと一致していた。また、82°付近にも強度は小さいがcalciteのピークが認められる。加熱は空気中で作用させたため、空気中の二酸化炭素によって硬化セメントペーストの炭酸化が生じた可能性が考えられる。ただし、65°や80°付近は、portlanditeのピーク角度でもあり、今後の検証が必要である。すなわち、後述するように今回のXRD測定の結果では、回折線幅が比較的広く、鉱物同定の精度を高めていくことが今後の課題である。また、portlanditeの分解による酸化カルシウムの生成も考えられたが、詳細な分析は実施していない。
加熱通水後のHL1,HL2において、ICSDにおけるportlanditeのピーク角度と一致しているピーク角度が存在していた。測定位置は、図2に示すようにひび割れ境界とその近傍である。測定位置の選定では、加熱していないが割裂ひび割れを導入した後に通水した硬化セメントペーストやモルタル試料の結果と比較することを考慮した。比較した硬化セメントペーストでは、割裂ひび割れ近傍で、通水前に存在していた水酸化カルシウムが通水後で溶脱していた[4]。ひび割れが水の移動経路であることを確認できた。しかし、加熱によるひび割れでは、通水作用を受けても水酸化カルシウムの溶脱は顕著に生じていないと考えられた。これは、通水の継続時間が短かったことも関係していると推察された。モルタル試料については、ひび割れ近傍で硬化セメントペースト部が剥落しており、セメント水和物の溶脱よりも、水圧による物理損傷が大きかったと考えられる[5]。
以上から、粉末試料を用いる熱分析(TG/DTA)では、水酸化カルシウムの分解は450°C前後で生じるとされるが、セメント硬化体組織に存在する水酸化カルシウムの分解は、さらに高温で長時間の加熱が必要と考えられる。
portlanditeやcalcite以外の鉱物で例えばettringiteは、ICSDによると低角度側にピークが示されている。しかし、今回の測定条件では、40°以下の低角度側のX線エネルギー(20 keV以下)は試料に吸収されて、ピークが明確でなかった。したがって、加熱や通水作用で生じるセメント硬化体の変質状況を代表し、かつ本測定条件でも同定が可能と考えられたportlanditeおよびcalciteに限定して調べた。また、図3のように、得られたXRD測定結果は回折線幅が広く、一般にセメント硬化体を粉末にした回折結果とは異なる。しかし、セメント硬化体による測定は、粉末にすることによる試料の劣化や同一試料による連続測定ができないなどの制約がなく、有意性が大きい。今後も引き続き測定条件を変えながらセメント硬化体を対象として、鉱物同定の精度を高めていく必要がある。
加熱後 加熱通水後
図3 XRD測定結果:(P:portlandite)
結論:
非破壊CT-XRD連成法を用いて、硬化セメントペーストを400°で8時間加熱してその水和物の変質を調べた。CT撮影から、セメント硬化体表面から中央部に向かってひび割れが発生していることを明らかにした。また、加熱後の通水作用により、ひび割れ幅の拡大や新たなひび割れの発生が観察された。CT断面画像から最外縁を含む異なる関心領域を選定して、それぞれXRD測定を実施し、portlanditeの存在を確認した。
今後の課題:
課題申請時には、モルタル試料や長時間通水、長期養生させたセメント硬化体も予定していたが、加熱試料の調整に時間を要したため、割り当てられたビームタイムに合わせることができずに測定できなかった。硬化セメントペースト試料の分析をさらに進めて、モルタル試料の測定は今後の課題とする。
また、今回の測定では、試料の最外縁ではcalciteの存在が示唆されたが精度よく同定するまでには至っていない。セメント硬化体の回折線幅は粉末回折よりも広く、同定精度を高めるために測定条件や解析方法を引き続き研究する必要がある。
参考文献:
[1] M. Henry, I. S. Darma and T. Sugiyama, Construction and Building Materials, 67, pp.37 (2014)
(doi:10.1016/j.conbuildmat.2013.11.007)
[2] 梶原堅太郎、人見尚、杉山隆文、第67回セメント技術大会講演要旨、pp.82 (2013)
[3] 原口雄人、杉山隆文、人見尚、梶原堅太郎、第68回セメント技術大会講演要旨、pp.82 (2014)
[4] T. Sugiyama, T. Hitomi and K. Kajiwara, 4th International Conference on the Durability of Concrete Structures,
pp.298, docs.lib.purdue.edu (2014) (doi:10.5703/1288284315415)
[5] 高橋駿人、菊池玲子、杉山隆文、平成27年度年次技術研究発表会、土木学会北海道支部(2016)
ⒸJASRI
(Received: March 3, 2015; Early edition: August 25, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)