SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

バイオマスサンプルにおける元素形態の解析
Analysis on Elemental Form for Biomass Sample

DOI:10.18957/rr.5.1.105
2014B1799 / BL14B2

日良 聡a, 上田 厚志a, 鈴木 健治a, 武田 龍二a, 沼子 千弥b

Satoru Hiraa, Atsushi Uedaa, Kenji Suzukia, Ryuji Takedaa, Chiya Numakob


a月島機械株式会社, b千葉大学大学院理学研究科

aTsukishima Kikai Co., Ltd, bChiba University


Abstract

 貯蔵中のバイオマス燃料の発熱・発火原因を究明するため、バイオマス燃料に含まれる鉄に対してK吸収端XAFS測定を行った。その結果、XAFS測定のための試料調製を大気中で行うと試料に含まれる鉄が酸化されてしまうため、本研究の目的のためには不活性ガス雰囲気下で試料の前処理を行う必要があることがわかった。また、バイオマス燃料製造過程における鉄の酸化状態の変化から、発熱防止に効果的な炭化処理条件を選定することのできる可能性を見いだした。


キーワード: バイオマス、燃料、XAFS、XANES、鉄


Download PDF (376.60 KB)

背景と研究目的:

 昨今のエネルギー資源枯渇問題を背景に様々な新エネルギーの開発が行われてきているが、その中でも、バイオマスから製造される燃料は再生可能エネルギーとして需要が高まってきている。バイオマス燃料で問題となる含有水分や臭気を軽減するために、炭化処理が用いられている[1]。このバイオマス炭化物は石炭と同等の熱量を保有することから、石炭代替燃料としての利用が期待されているが、貯蔵の際に空気酸化により発熱・発火する現象がみられ、この発熱の原因の特定と抑制方法の確立が急務となっている。

 石炭の場合には、メチレン基・アルキル基の酸化やカルボキシル基・水酸基等の官能基への酸素の吸着が発熱の原因とされているが、バイオマス炭化物の発熱ではこれら官能基反応の他に、共存する金属の酸化反応や水和反応も要因として考えられており、そのメカニズムはより複雑である。そこで本研究では、XAFS法によりバイオマス炭化物に含有する鉄の非破壊状態分析を行い、酸化に伴う鉄の状態変化から発熱の原因を明らかにすることを目的とした。


実験方法:

(1) 測定試料

 弊社では、バイオマス原料を加熱処理して炭化物(製造炭化物)とした後、さらに製造炭化物を炭化温度以下で2日程度大気雰囲気で放置する安定化処理を施し、バイオマス燃料を製造している。現状ではこの安定化により発熱・発火が抑制されている。そこで、まずバイオマス炭化物製造工程において実際に使用・製造しているa).バイオマス原料、b).バイオマス炭化物、c).安定化バイオマス炭化物の3種類を測定試料とした。表1にこれらの試料の形状と含有無機元素濃度を示す。次に、実験室系での炭化物製造装置を用いて、250 °C, 300 °C, 350 °C, 400 °C, 450 °C, 500 °Cで炭化したバイオマス炭化物(ラボ炭化物)についても測定を行った。標準試料として、Fe、FeS2、FeO、Fe2SiO4、Fe3O4、Fe2O3、α -FeOOH、FeCl3を用いた。

(2) 試料調製

 透過モードでのXAFS測定のため、粉末試料はBNと混合し錠剤成形を行った。粒度の粗い試料の粉砕法の検討を行うために、ボールミルとメノウ乳鉢による2種類の粉砕を比較した。さらに、同一試料の粉砕と錠剤成形をそれぞれ大気雰囲気下とアルゴン雰囲気下で行った試料を作成し、試料調製の過程での大気による酸化の有無を検討した。これら試料調製法を表2に示す。


表1. 試料の形状、および含有無機元素濃度


表2. 試料調製法


(3) XAFS測定

 SPring-8 BL14B2において、既存のXAFSシステムを用い透過モードでXAFS測定を行った。入射X線はSi(111)モノクロメーターで単色化し、Fe-K吸収端7.111 keV付近のエネルギー領域をスキャンした。測定は透過モードで行い、入射X線および透過X線強度をイオンチェンバーで検出した。得られたスペクトルデータは、Victoreenの式(DX4+CX3+const.)でバックグラウンドを近似し差し引いた後、大きな振動構造が観察されなくなった7.400 keVでμt = 1となるように規格化を行った。


結果および考察:

 標準試料のFe-K吸収端XANESスペクトルを図1に示す。標準試料のXANESスペクトルの形状はそれぞれ異なり、また、価数の増加と共にFe-K吸収端XANESスペクトルが高エネルギー側にシフトすることがわかった。



図1. 鉄標準試料のFe-K吸収端XANESスペクトル


 次に、異なる試料調製(①〜④)を施したバイオマス炭化物のFe-K吸収端XANESスペクトルを図2に示す。試料調整④が最も低エネルギー側に出現しFe2SiO4に近いケミカルシフトを示した。次いで③・②・①の順にスペクトルが高エネルギー側にシフトし、三価の鉄化合物であるFe2O3に近づいていた。これらのXANESスペクトルについて、エネルギーシフトが最も顕著に現れたμt = 0.75を指標とし、エネルギー位置を確認した。試料調整④のμt = 0.75のエネルギー位置は7.120 keVであるのに対し、試料調整①では7.122 keVである様に、メノウ乳鉢を用いて粉砕した試料調整②〜④よりもボールミルを用いて粉砕を行った①ではより高エネルギー側へのケミカルシフトがみられた。このことから、ボールミルの衝突エネルギーによる試料酸化の影響が最も大きいことがわかった。

 なお、今回の測定におけるエネルギー分解能は約0.0004 keVであることから、試料調整の違いによるケミカルシフトの差は有意であると考えられる。以上より、錠剤成形過程での大気による酸化の影響が明確になった。今後は、不活性ガス雰囲気下でメノウ乳鉢を用いての錠剤成形を実施することで、試料に含まれる鉄に対する本質的な状態分析を行うこととする。



図2. バイオマス炭化物の試料調整方法別比較試料のFe-K吸収端XANESスペクトル


 図3にアルゴン雰囲気下で錠剤成形を行ったバイオマス原料とバイオマス炭化物、安定化バイオマス炭化物のFe-K吸収端XANESスペクトルを示す。同様にμt = 0.75におけるスペクトルのエネルギー位置を比較すると、バイオマス炭化物が7.120 keVと最も低エネルギー側に現れ、次いでバイオマス原料が7.121 keV、安定化バイオマス炭化物が7.122 keVと高エネルギー側にシフトしていることがわかった。ここから、バイオマス原料中の鉄は還元雰囲気下での炭化処理により一旦還元され、これから酸化を受けうる活性な状態になるが、安定化処理により酸化に対し活性な鉄化合物の量が減少し、その結果、貯蔵中の空気酸化による発熱・発火が抑制されることが推察された。

 図4に実験室系で炭化温度を変化させて製造したラボ炭化物のFe-K吸収端XANESスペクトルを示す。μt = 0.75におけるスペクトルのエネルギー位置が低エネルギー側から高エネルギー側にシフトする順に上から並べた。製造現場で作成したバイオマス試料と比較して、これらの試料はすべて低価数側のケミカルシフトを示した。また、この実験条件ではあまり大きな酸化状態の変化はみられなかったが、炭化温度が高いほど還元されるという傾向はみてとれた。

 今後は再現性の確認を行うことと、ラボ炭化物の製造条件を検討しながら、最終的には実験室系で得られた知見をバイオマス燃料の製造プロセスにフィードバックするよう研究を進めてゆきたい。



図3. バイオマス原料、バイオマス炭化物、安定化バイオマス炭化物のFe-K吸収端XANESスペクトル



図4. 炭化温度の異なるラボ炭化物のFe-K吸収端XANESスペクトル


今後の課題:

 バイオマス燃料の安定化処理による発熱・発火抑制がバイオマスに含まれる鉄の酸化により可能となっていることが明らかとなったことから、今後は安全かつ短時間化・低コスト化を推進した処理工程の立案のため、鉄の化学状態をマーカーとしバイオマス炭化物が安定化するための最適条件を検討することを計画している。その中で特に、炭化温度と鉄の酸化状態の相関、同一炭化物製造施設における製造時期(ロット)による違い、また炭化物製造施設による違い等、実際のバイオマス燃料製造に重要な要素を明らかにしてゆく。

 また、今回はXANESスペクトルによる結果の考察を行ったが、今後はEXAFS解析も進め、局所構造からバイオマス燃料に含まれる鉄の化学形態の特定を行う予定である。


参考文献:

[1] 安部郁夫ら, 廃棄物の炭化処理と有効利用, (2001).



ⒸJASRI


(Received: May 8, 2015; Early edition: September 26, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)