SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

非界面活性剤系洗浄剤のセシウム除去メカニズム
Cs Removal Mechanism by Using Aqueous Sodium Metasilicate

DOI:10.18957/rr.5.1.119
2015B1563 / BL14B2

徳田 陽明a,b, 上田 義勝c, 後藤 裕d

Yomei Tokudaa,b, Yoshikatsu Uedac, Hiroshi Gotod


a京都大学化学研究所, b滋賀大学教育学部, c京都大学生存圏研究所, d(株)クレハトレーディング

aInstitute for Chemical Research, Kyoto University, bFaculty of Education, Shiga University, cResearch Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University, dKureha Trading, Co., Ltd.


Abstract

 我々は非界面活性剤系洗浄剤により、不織布や土壌などからセシウムを効率的に除去できることを見いだしている。セシウムの吸着状態を明らかにし、どのようなセシウムが除去されやすいかを明らかにすれば、より高効率な洗浄剤を考案することが可能となる。そのため、土壌に吸着したセシウムのEXAFS解析を目指した。

 解析に先立って、CsのK吸収端とLIII吸収端のいずれが好ましいか検討したところ、多重電子励起の影響は両者に現れるため、LIII吸収端を用いたとしても改善しないことがわかった。また、セシウムを吸着させた後にイオン交換した土壌についての検討を行ったところ、洗浄度に応じて動径構造関数が変化することを見いだした。これはイオン交換されやすいセシウムには何らかの特徴的な構造があることを示唆した結果となった。


キーワード: セシウム,除染,構造解析


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背景と研究目的:

 福島原発事故由来の放射性セシウムは半減期が比較的長く、土壌から農作物へと移行してしまうと、食物連鎖により上位の生物の内部被曝につながる。現状の除染方法は表面(表土や草木)の剥ぎ取りであるが、全ての被除染物に対して最適というわけではない。そのため除染方法の多様化が必要である。我々はこれまでにケイ酸塩系洗浄剤が除染に有効であることを見いだしてきた[1]。この洗浄剤を用いることにより、不織布や砂礫からの放射性セシウムの除染が可能である。また、この洗浄剤の廃液を酸またはアルコールで中和することによって固液分離が可能であること、放射性セシウムは固体に含まれることを既に見いだしており、しばしば問題となる廃棄物の減容化という課題もクリアできる。

 しかしながら、このケイ酸塩系洗浄剤の洗浄メカニズムについては不明な点が多い。そのため、洗浄メカニズムを明らかにすることにより、高効率な洗浄剤の考案が可能となると考えた。具体的には、セシウムが土壌にどのように吸着しているのかを明らかにし、どのようなセシウムが除去されやすいかを明らかにすることで、洗浄メカニズムの解明へとつなげようと考えた。

 既に我々は粘土鉱物についての固体NMRを用いた解析を行っている[2]。洗浄メカニズムを解明するためには、セシウムの洗浄前後の吸着状態についての解析が必須である。しかしながら、吸着しているセシウムの濃度が数ppm程度と低いため、特定の核に着目した情報を得ることができるXAFS測定により明らかにできると考えた。また、CsのX線吸収には多重電子励起由来のアーティファクトが現れるため、Cs K吸収端とLIII吸収端のいずれを用いる方が望ましいかについての評価も行った。


実験

 セシウムの吸着状態を明らかにすることを目的とし、標品となる硝酸セシウムおよびセシウムケイ酸塩,粘土(イライト,カオリナイト),土壌(飯館村で採取)についての検討を行った。粘土、および採取した土壌に最大容水量の60%の1 mol/Lあるいは0.1 mol/L塩化セシウム水溶液を加えて室温で放置し、1週間毎に減少した分の水を加えることを1か月間行った[3]。その後、土壌に吸着したセシウムの逐次抽出を行った。具体的には、セシウムを吸着させた土壌に水を加えて24時間攪拌してセシウム抽出を行った(1回目)。1 mol/Lの酢酸アンモニウム水溶液を加え、24時間振盪してセシウム抽出を行った(2回目)。次に、酢酸とヒドロキシルアミン塩酸塩を混合した水溶液を加えて24時間振盪して抽出を行った(3回目)。最後に過酸化水素水を加えて2時間攪拌してセシウム抽出を行った。2回目と3回目の操作は土壌中のセシウムをイオン交換するものであり、4回目の操作は有機物を分解してイオンを抽出する操作である。

 当初計画では、これらに加えてアスファルト,洗浄液から分離した固体と液体,粘土試料から逐次抽出を行ったものについても行うことになっていたが、セシウム濃度が低く、積算に時間を要したため今回の測定を見送った。

 Cs K吸収端とLIII吸収端のいずれがよいかを明らかにするため、BL14B2において両吸収端でのXAFSを蛍光法(19SSD,モノクロメータ結晶方位Si(311))により評価した。実験は大気環境下で行い、試料はフィルムシート内に保持して飛散の無いよう留意した。


結果および考察:

 種々の試料のXANESの比較を行ったが、試料間の有意な差異は見られなかった。セシウムは1価で存在しているため、大きな違いとして現れないと考えた。

 次に標準試料である硝酸セシウムのK吸収端,LIII吸収端のk3χ(k)を図1,2に示す。K吸収端の場合にはk =5 Å-1付近に多重電子励起由来のピークが現れることがわかった。また、K吸収端と同様にLIII吸収端においてもk =7 Å-1付近に多重電子励起由来のピークが現れることがわかった。LIII吸収端を用いたとしても高k領域のEXAFSを利用できないことがわかった。



図1 硝酸セシウムのK吸収端のk3χ(k)。k = 5 Å-1付近に周期的ではないピークが観察される。



図2 硝酸セシウムのLIII吸収端のk3χ(k)。k = 7 Å-1付近に周期的ではないピークが観察される。


 また、標準試料であるCs2Si2O5結晶のLIII吸収端のk3χ(k)と2 ≤ k ≤ 6の範囲でフーリエ変換した動径構造関数(RSF)を図3,4に示す。多重電子励起による影響を避けるためk = 6までのデータを採用した。この結晶中のセシウムサイトは1種類であるため[4]、R = 2.2 Å(位相シフトを考慮せず)のピークが、このセシウムサイトに対応するものと考えた。



図3 Cs2Si2O5結晶のLIII吸収端のk3χ(k)。



図4 Cs2Si2O5結晶のLIII吸収端の動径構造関数。2 ≤ k ≤ 6の範囲でフーリエ変換した。


 次にセシウムの吸着した粘土試料(イライト,カオリナイト)のK吸収端のk3χ(k)および2 ≤ k ≤ 6の範囲でフーリエ変換した動径構造関数(RSF)を図5,6にそれぞれ示す。



図5 イライト(黒),カオリナイト(赤)のK吸収端のk3χ(k)。



図6 イライト(黒),カオリナイト(赤)のK吸収端の動径構造関数。2 ≤ k ≤ 6の範囲でフーリエ変換した。


図6より第一ピーク(2 Å付近)のピークはイライトとカオリナイトの両方に現れるのに対して、3.5 Å付近に別のピークはイライトのみに現れた。k空間でのフィッティングが必要であるため最終的な結論を得るのは容易ではないが、少なくともイライトには2種類以上の吸着サイトがあることを示唆している。

 また、飯館村で採取した土壌について、セシウムを吸着させた試料や各種の水溶液によってイオン交換した試料のEXAFSを測定したところ、イオン交換の度合いによって動径構造関数が変化することが明らかとなった(図8)。この形状は単純なピークの足し合わせと見なすことは難しい。詳細な解析はk空間でのフィッティングが必要であるため、何に由来するものかを特定するには至っていない。ただ、洗浄とともに動径構造関数のピークトップが長距離側にシフトしていることは、当初存在していたセシウムと、洗浄後に残ったセシウムの状態が異なることを示唆している。つまり、セシウムの局所構造の違いと、イオン交換のされやすさには何らかの相関があることを示唆した結果となった。さらに、有機物を分解する操作(4回目)を施した試料ではXANESにおけるジャンプがほとんど無くなり、セシウムが検出限界程度まで洗浄されたことを示唆した。



図7 飯館村で採取した土壌のLIII吸収端のk3χ(k)。



図8 飯館村で採取した土壌の動径構造関数(RSF)。セシウム吸着直後、イオン交換1回目,2回目,3回目の順にピークトップのシフトが現れた。セシウムの配位環境の変化を示唆するデータとなった。


 また、EXAFS解析に加えて強磁場NMRを用いた解析も進めている。粘土鉱物種や土壌種ごとの違いも見いだしており、これらの両者を併用した解析を行いつつある。


結論:

 本研究では、非界面活性剤系洗浄剤の洗浄メカニズムを明らかにし、洗浄効率を高めることをを目指し、土壌中のセシウムの吸着状態やイオン交換前後のセシウムの状態を明らかにすることを行った。

 セシウムに原理的に存在する多重電子励起の問題(高k領域を利用できない)がLIII吸収端を利用したとしても解決できないことが明らかとなった。また、逐次的なイオン交換に伴って観察されるセシウムの動径構造関数が変化することを明らかにした。これは、吸着サイトの異なるセシウムが存在することを示唆した結果となった。今後、洗浄前後の土壌中のセシウムの構造解析を行うことにより、洗浄メカニズムについて明らかにできると期待する。


今後の課題:

 今回セシウムのXAFSでは、K吸収端,LIII吸収端ともに多重電子励起由来のピークが現れ、高k領域を利用できないことが明らかとなった。そのため解析の精度が落ちることになるが、それでも土壌中のセシウムの状態変化を見ることができた。

 種々の標準結晶についての測定実績を増やし、k空間でのフィッティングが可能であることを示す必要がある。その上で実試料の解析を進めていくことが今後の課題といえる。


謝辞:

 測定にあたっては、高輝度光科学研究センターの大渕博宣博士にご指導頂いた。本研究は、京都大学化学研究所・共同利用共同研究拠点、京都大学生存圏研究所、JSPS科研費(16K07640)の助成を受けたものである。


参考文献:

[1] Ueda Y, Tokuda Y, Goto H, Kobayashi T, Ono Y, J. Soc. Remed. Radioact. Contam. Environ., 1, 191, (2013).

[2] Tokuda Y, Norikawa Y, Masai H, Ueda Y, Nihei N, Fujimura S, and Ono Y, “Nuclear magnetic resonance study of Cs adsorption onto clay minerals”, Radiological Issues for Fukushima's Revitalized Future, Springer, in press.

[3] 土壌物理実験法,宮﨑毅, 西村拓,東京大学出版会

[4] B.H.W.S de Jong, P.G.G Slaats, H.T.J Supèr, N. Veldman, A.L Spek, J. Non-Cryst. Solids, 176, 164 (1994) .



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(Received: May 25, 2016; Early edition: December 2, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)