Volume5 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
石油増進回収技術への応用を目的とした塩添加による油-鉱物の二相界面における吸着構造変化の解明
Elucidation of Absorption Structure Change on Oil-mineral Interface by Adding Salt for Enhanced Oil Recovery
a京都大学, b(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構, c石油資源開発(株), d(公財)深田地質研究所, e(公財)高輝度光科学研究センター
aKyoto University, bJOGMEC, cJAPEX, dFGI, eJASRI
- Abstract
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石油増進回収技術の一つである低濃度塩水攻法の油回収機構の解明を目的として、白雲母とオレイン酸の油-鉱物二相界面に対して、塩水(1.0 wt%のNaCl水溶液)の注入前後において20 keVの入射X線エネルギーでX線CTR散乱法の測定を行い、同界面における塩水の注入に伴う吸着構造の変化を調べた。その結果、塩水注入前には低角領域でCTR信号の振動が観測され、オレイン酸の吸着層の存在が示唆された。一方、塩水注入後にはその振動が不明瞭になり、塩水の注入によってオレイン酸の吸着が緩和されたことが示唆された。今後、このデータを元に界面近傍の電子密度分布の解析を行い、液相分子の界面近傍への集積と吸着について詳細な検討を行う。
キーワード: 油-鉱物界面,石油増進回収,X線CTR散乱法,白雲母,オレイン酸
背景と研究目的:
発展途上国の急速な経済成長に伴う石油・天然ガスの需要増加に対応して持続的にエネルギー資源を供給するには、メタンハイドレートやシェールガスなど新規資源の開発に加えて、効率的な石油増進回収(EOR)技術の開発が必要不可欠である。そのためには、石油・天然ガスが賦存しているµmスケール以下の微小な岩石孔隙内における水-鉱物および油-鉱物の二相界面現象、さらには、油-水-鉱物の三相界面現象の解明が必要である。本研究では、経済的なEOR技術として近年適用が盛んになっている低濃度塩水攻法に着目し、油-鉱物二相界面に対して低濃度塩水の注入前後でX線CTR散乱法による測定を行い、低濃度塩水の注入に伴う界面の吸着構造の変化を調べることを目的とする。
実験:
鉱物には劈開により新鮮で平滑な結晶面を作製することができる白雲母を、油には炭素数18のアルキル基の中央にcis型二重結合をもつオレイン酸をそれぞれ選定した。油にオレイン酸を用いたのは、実験を行う室温で液体であり、先端のカルボキシル基によって極性を持ち、白雲母表面に吸着しやすいと考えられるためである。白雲母基板は、アライアンスバイオシステムズ製のV-1 Gradeであり、オレイン酸は(株)和光純薬工業製の和光一級試薬である。白雲母基板表面の水蒸気吸着を防ぐため、基板(15 mm × 15 mm × 0.15 mm)をオレイン酸中で劈開し、劈開による割れや傷が少ないことを確認した上で、新しくできた(001)面を上にして測定セルに固定,密封した。測定セルは、X線CTR散乱法による鉱物-水界面の測定で用いられているthin film cell[1]を改良したもので、測定セル内部に埋め込んだネオジム磁石とニッケル箔(5 mm × 5 mm × 0.01 mm)とで白雲母基板の4隅を押えるとともに、基板表面とそれを覆うカプトンフィルムとの間に厚さ0.01 mmの一様なオレイン酸膜ができるようにしている[2]。さらに、カプトンフィルムの上から4隅にネオジム磁石を置くことで基板を上下から挟み込み、接着剤を使わずに基板を強固に固定している。なお、カプトンフィルムは、厚さ12.5 µmのものを用いた。
上記の方法で白雲母基板をセットした測定セルを4個準備し、オレイン酸を白雲母基板に十分吸着させるため5日間静置した後、4個の測定セルのうち3個に対して測定前に純水,1.0 wt%のNaCl水溶液,1.0 wt%のCaCl2水溶液をそれぞれ注入してEORプロセスの一つである水攻法を行った。今回、これら4個の測定セルに対してL = 0.2から7.9までの低角側のX線CTR測定を行い、塩濃度と塩の種類が水攻法による白雲母基板表面の吸着構造の変化にどのように影響を及ぼすのか調べる予定であった。しかし、実験直前に測定の分解能を確保するため、測定するLの上限を11.9まで拡大したことと、計測マクロプログラムのパラメータ設定にミスがあり測定の中断が重なったことにより、今回は水攻法未実施のものと1.0 wt%のNaCl水溶液で水攻法を実施したものの2種類に対する測定に止まった。
X線CTR測定はBL19B2で行い、入射X線のエネルギーは20 keVとした。コリメーションは、入射側スリットを幅0.2 mm × 高さ1.0 mm,受光側スリットを幅2.0 mm × 高さ2.0 mmとして行った。 測定は、まずL = 1.9からL = 0.2まで、その後L = 2.1からL = 11.9まで、それぞれブラッグピークが立つ整数のLを除いて0.1ごとに測定した。測定は、CTR信号のピーク幅に応じてθ = θ0 ± 0.1〜0.8°(θ0はピークの角度)の範囲でrocking scanして行った。さらに、offsetを付けてそのピークをrocking scan範囲の中心で捉えるようにした。ここで、L = dQ/2π、Qは散乱ベクトルの波数、dは白雲母の(001)面の結晶面間隔である。また、L = 3.9からL = 0.2までの測定ではL = 1.9を、L = 4.1からL = 7.9までの測定ではL = 4.1を、L = 8.1からL = 11.9までの測定ではL = 8.1をそれぞれ照射損傷の影響を評価するための参照点として定期的に測定を行った。
結果および考察:
まず、低角領域で測定されたCTR信号のうち塩水注入後のL = 1.9とL = 0.9の結果を図1に示す。この図に示すように、低角領域では照射面積が大きくなるため、CTR信号には複数のピークが確認された。そこで、解析にあたって対象となるピークをGaussian形状と仮定することでピークの分離、抽出を試みた。
図1. L=1.9とL=0.9におけるrocking scanデータ。低角領域に移るほど、ピークが増えていることが確認できる。
次に、測定されたrocking scanデータから散乱強度を得るため、ピーク形状をGaussianでフィッティングし、フィッティングされたピークの面積を積算時間で除した。このとき、①照射範囲に関する受光面積補正、②逆格子空間におけるデータ補正、③液相(オレイン酸)に関する吸収補正、を行った。全てのCTR信号に対して上記の処理を行って求めた反射率をQの関数としてプロットしたものを図2(a)に示す。また、図2(b)にP. Fenterら[3]によって得られたメタノールに5 mMのステアリン酸を溶解させ、カルサイトの(104)面上に注入した際の固液界面におけるCTRデータを示す。この実験では明瞭な振動が観測されているが、これはメタノールより強い極性をもつステアリン酸の方が優先的にカルサイトの(104)面に吸着していることを反映している。今回得られた結果(図2(a))においても、図中の矢印で示すQ = 0.3 Å-1以下の低角領域において振動が確認できる。図2(a)より、この振動の幅をΔQ = 0.3 Å-1と見積もると2π/ΔQ = 20.94 Åとなり、オレイン酸分子の長さ(~20 Å)にほぼ一致することから、白雲母の(001)面上にオレイン酸が吸着されていることが推察される。また、塩水注入後はこの振動が不明瞭になっていることから塩水の注入によってオレイン酸の吸着が緩和されたことが示唆される。
図2. (a) 今回得られたCTRデータ、(b) P. Fenterらによって得られた鉱物表面にステアリン酸吸着層が確認できたCTRデータ[3]。
解析により得られた塩水注入前の界面近傍の電子密度分布と、その電子密度分布となるCTRデータのベストフィットモデルを図3に示す。図3(a)より、電子密度分布は界面近傍(z = 0〜10 Å)で複数のピークを示し、その上部(z = 10〜30 Å)で変動の少ない領域を示すことが分かる。つまり、界面近傍に分子が吸着していて、その上部にオレイン酸が吸着している様子を表わしていると考えられる。
図3. (a) 解析により得られた塩水注入前の界面近傍の電子密度分布、(b) その電子密度分布となるCTRデータのベストフィットモデル。
今後の課題:
今回、直前の計画変更と計測マクロプログラムのパラメータ設定ミスにより、当初予定の測定ができなかった。したがって、今後、未実施のものについて測定を実施するとともに、塩水の注入前後の電子密度分布の詳細な解析を行うことで、塩水注入前後における吸着現象の変化を考察し、分子動力学シミュレーションも実施して界面における吸着現象の詳細な検討を実施することとする。
参考文献:
[1] Fenter, P. A., Reviews in Mineralogy and Geochemistry, 49, 149 (2002).
[2] 松岡俊文他 SPring-8/SACLA利用研究成果集, 4, 145 (2016).
[3] Fenter, P. and Sturchio N., Geochimica et Cosmochimica Acta, 63, 3145 (1999).
ⒸJASRI
(Received: May 25, 2016; Early edition: August 25, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)