SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

燃料電池材料に含有される極微量鉄の核共鳴散乱による状態解析
Study on Local Structure of Small Amounts of Iron Additives in Fuel Cell Electrolytes by Using Nuclear Resonant Scattering

DOI:10.18957/rr.5.1.53
2012A1294 / BL09XU

嶺重 温a, 吉岡 秀樹b, 森 良平c, 梅咲 則正a, 岡田 京子d

Atsushi Mineshigea, Hideki Yoshiokab, Ryohei Moric, Norimasa Umesakia, Kyoko Okadad


a兵庫県立大学, b兵庫県立工業技術センター, c冨士色素(株), d(公財)高輝度光科学研究センター

aUniversity of Hyogo, bHyogo Prefectural Institute of Technology, cFuji-Pigment. Co. Ltd., dJASRI


Abstract

 La過剰型LSO(組成La9.333+xSi6O26+1.5x, LSO)は燃料電池用電解質として非常に有望な次世代材料であるが、La組成を過剰とした場合、化学安定性が低下し、試料が自己崩壊することが問題である。本課題では、我々が研究を進めている極微量の鉄を添加して安定化を達成したLSOについて、鉄による安定化機構を解明することを目指して核共鳴散乱(核共鳴前方散乱)による検討を行った。


キーワード: 固体酸化物形燃料電池、微量元素、状態解析


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背景と研究目的:

 イオン導電率の高いLa過剰型LSO(組成La9.333+xSi6O26+1.5x)は燃料電池用電解質として非常に有望な次世代材料であるが、La組成を過剰とした場合、化学安定性が低下し、焼成後数日間で緻密体が微粉化するという自己崩壊現象を示すことが問題である。この理由はLa過剰組成の場合、La2O3相が恐らく粒界に形成され、これが環境の水と最終的にLa(OH)3相を形成する反応を起こし、体積膨張による粒界破壊を起こすことが原因と考えられ、このことが本材料の実用化を阻む大きな問題となっていた。これに対し我々は、本材料に極微量の鉄を添加することによってこの自己崩壊現象を完全に抑制することに成功した[1,2]。すなわち、①LSOのイオン導電率は、xの値が大きく(〜0.667)、かつ焼成温度が1700˚Cと非常に高温の際に最も高い値を取る、②そのような高x組成を有する高温焼成LSO試料は化学的には極めて不安定であり、自己崩壊によって緻密焼結体が数日のうちに微紛化する、③その組成にごくわずかの鉄を添加することによって材料の安定性は飛躍的に向上し、自己崩壊を完全に抑制できる、ということを見出した。このような鉄添加手法は工業的に見ても、あるいは学術的にも極めて興味深い。しかし当該手法の完成のためには、鉄の状態解析の実施による自己崩壊抑制機構の理解が不可欠である。先に実施した重点産業利用課題および重点産業化促進課題(2011B1967、2012A1603)において、LSOに添加された極微量の鉄はLSOのSiサイトに置換し、FeドープLSO(La-Si-Fe-Oアパタイト相)を形成するということが明らかとなった。しかし、自己崩壊を抑制した鉄の役割の詳細については依然不明であり、引き続き検討が必要である。

 鉄を中心とする遷移金属元素は原料由来の不純物として、セラミックス製品の多くに極微量取り込まれており、これが材料の物性や製品の特性、あるいは耐久性に影響を与えているケースが実は少なくないと想像される。本課題では、我々が研究を進めている極微量の鉄を添加して安定化を達成したLSOについて、燃料電池用電解質として応用することを念頭に、鉄による安定化機構を解明することを目指して核共鳴散乱(核共鳴前方散乱)による鉄の状態解析の検討を行った。


実験:

 核共鳴同位体鉄(57Fe)を含むLSOの2組成を固相法により合成した。一つは、(1):高イオン導電性を示す測定用試料、0.98{La10(Si5.8Al0.2)O26.9}-0.02(57FeOγ)であり、酸化物中にFeが570 ppm含有される試料である。もう一つは、(2):試料(1)とは異なり、焼成温度を1500˚C、鉄の導入量を多くしてSiO4四面体を形成するSiサイトにFeが置換固溶した参照試料、La10(Si5.7557Fe0.25)O26.875であり酸化物中にFeが0.72%存在する試料である。核共鳴前方散乱の測定では、57Feの共鳴エネルギーである14.4 keVのX線に対する試料の吸収・散乱と核共鳴前方散乱に寄与する57Feの有効厚みとの兼ね合いで最適な試料厚みが決まる。今回作製した試料では数百μm程度が望ましいと予想された。そこで、(1)は0.23 mm程度の厚さまで研磨処理を施した試料、(2)は窒化ホウ素と混合し、厚さ約0.5 mmのペレット状に成型した試料(試料酸化物の厚み0.1 mmに相当)とした。

 我々は、核共鳴前方散乱スペクトルから鉄の原子位置での原子核と電子の相互作用の大きさを求めることを試みた。本手法(核共鳴前方散乱法)では鉄原子の価数・磁気的性質や結晶状態の情報を得ることができる。この核共鳴前方散乱スペクトルには、(i)原子核の励起状態の寿命に対応する指数関数的な自然崩壊、(ii)原子核の周りの電子との相互作用によって分裂した原子核準位間の干渉効果に起因する振動成分、(iii)核共鳴同位体の厚みの効果、が重畳される。よって、データから解析的に(i)、(ii)、(iii)を切り分けて原子核と電子との相互作用を求めることで、結果として、目的とする原子の電子状態(原子の価数・磁気的性質)や結晶状態の情報が得られる。本来、核共鳴前方散乱法では核共鳴同位体57Feのみを選択的に観測するため、複数元素からなる複雑な物質中にある鉄でも、鉄原子(〜50 ppm以上)のみを元素選択的に精度良く確実に観測することができる方法である。よって本手法を用いれば、安定化機構を生み出す微量の鉄の構造を明らかにすることができると考えられる。

 今回は、核共鳴前方散乱スペクトルが取得できる試料の鉄(57Fe)濃度とその濃度に対する最適な試料厚みの実験的導出を目指して実験を行った。入射X線として57Feの共鳴エネルギーに相当する14.4 keVを用いた。ビームサイズは縦1 mm、横2 mmであった。実験は図1に示す核共鳴前方散乱(透過配置)で行い、上流側から光学ハッチのモノクロメーター、57Fe用高分解能モノクロメーター(0.8 meVあるいは2.5 meVの分解能)を用いてX線を単色化した。検出器にはフォトダイオード(核共鳴前方散乱スペクトル測定前の透過強度見積もり用)または8チャンネルの高速X線検出器(APD、核共鳴前方散乱スペクトルの強度測定用)を用いた。今回は、feasibility testということで取得できるX線強度を優先し、バンチモードはCモード: 11 bunch train × 29を選択した。このCモードを用いて、57Fe核の第一励起状態の半減期寿命(〜98 ns)よりやや長い時間間隔(145.5 ns)で規則的に到来するパルス化した単色X線を試料に照射し、目的の57Fe核を励起した。



図1. 実験装置図. 2.5 meV高分解能モノクロメーターとAPDの例.


結果および考察:

 まず0.8 meVの高分解能モノクロメーターを用い、鉄濃度の高い参照試料(2)からの14.4 keVのX線における透過強度測定を行った。測定試料の無い状態(ダイレクトX線)でフォトダイオード電流は約800 nAであった。試料透過後では約70 nAの信号が得られた。次に試料(1)で同様の測定を行ったところ、4.5 nAが観測された。そこでAPD検出器に切り替え、核共鳴前方散乱スペクトル測定のための強度見積もりを行った。測定試料(1)の共鳴エネルギーでの核共鳴前方散乱の遅延X線強度は0.1 c/secであった。核共鳴前方散乱スペクトル取得の際に必要なDモード(Fモード)ではこの強度の3分の1程度になると予想される。このため、現状のカウントレートでは、Dモード(Fモード)での核共鳴前方散乱スペクトル取得の際にシグナルがバックグラウンドと同等程度となる可能性があったので、このカウントレートを増加させることを考えた。この測定では0.8 meVの高分解能モノクロメーターを用いた為、2.5 meVの分解能のモノクロメーターへの変更を行うと共に、ヘリウムパスの導入を行って空気散乱・吸収を抑えるといった実験セットアップの変更を行った。この結果、測定試料(1)の核共鳴前方散乱スペクトルの最大強度が0.16 c/secとなった。この〜0.1 c/secから〜0.2 c/secへの強度増加は、実験条件や物理からは予想通りであった。Dモード(Fモード)では、現状のカウントレートではぎりぎりではあるが、何とか核共鳴前方散乱スペクトルを取得できる可能性があると予想される。核共鳴同位体鉄(57Fe)を用いたにもかかわらず、目標の強度に届かなかった原因として、試料内における鉄分布の不均一性がまず考えられた。



図2. ビーム照射位置確認のための蛍光フィルムを重ねた測定に用いた試料の画像.


 そこで測定試料(1)(図2)の大きさ約5 mm × 約10 mmに対し、約2 mm間隔で2次元的に走査し、試料全体を網羅する7位置での測定を行った。高分解能モノクロメーターは時間と共にドリフトをするため、高分解能モノクロメーターの結晶面Si(975)をスキャンして57Feの共鳴エネルギーを探しながら、試料からの透過遅延X線の強度分布測定を行った。一位置での測定には50分程度を要した。なお、強度の強い同一場所での繰り返し測定により、システマティック誤差は〜0.05 c/secであった。得られたスペクトルを図3に、ピーク強度を図4に示す。図3で得られたピーク強度が、57Feの共鳴エネルギーにおける、目的のシグナルである。場所による核共鳴前方散乱スペクトルの最大強度の変化は全て誤差範囲内であり、測定領域内には鉄の濃集を示すような場所は観測されなかった。





図3. 各試料位置でのデータプロット. (a), (b), ••• (g)は位置番号1, 2, ••• 7でのスペクトル.



図4. 各試料位置でのピーク強度比較.


 同じ測定条件での他素材試料の測定では、最適厚みを選ぶことで、57Fe濃度が〜100 ppmでもDモード(Fモード)での核共鳴前方散乱スペクトル測定に対して十分な測定強度が得られている。よって、本試料で570 ppmと考えていた57Feの濃度が実際にはかなり低かった、あるいは試料厚みが最適でないためにカウントレートが低くなった、といった可能性も否定できず、今後の実験には更なる検証と基本スタディが必要である。また、SEM-EDS(走査型電子顕微鏡―エネルギー分散型X線分光器)観測では本試料にはLa, Si, O以外の他元素が明確に存在すること、試料形状が相当に複雑・多岐であるといったことも判明している。よって、核共鳴前方散乱スペクトルによるLSO内の鉄の状態解析に向けては、試料作製プロセスの見直しが必要と考えられた。


今後の課題:

 本課題で実施した核共鳴前方散乱スペクトルを用いたセラミックス中の微量元素の状態解析へのfeasibility testは初めての試みであった。今後は、種々の厚み、鉄濃度を有する均質な試料合成に向けた試料合成法の検討を行う等の新たな戦略が必要である。


謝辞:

 本課題の遂行にあたり、測定法の検討や実験手順の計画に際し、(公財)高輝度光科学研究センター利用研究促進部門・櫻井 吉晴 博士、ならびに同産業利用推進室・杉浦 正洽 博士にご指導、ご助言をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


参考文献:

[1] A. Mineshige et al., Solid State Ionics, 262, 555 (2014).

[2] 嶺重 他, 特許第5702194号 (日本国特許庁特許公報27, February, 2015).



ⒸJASRI


(Received: August 1, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)