Volume5 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
Pyrrolidinedithiocarbamateにより活性化された酸化チタンの表面構造解析
Surface Structure Analysis of Activated TiO2 by Pyrrolidinedithiocarbamate
a静岡大学大学院総合科学技術研究科, b奈良先端科学技術大学院大学
aGraduate School of Integrated Science and Technology, Shizuoka Univ.,
bGraduate School of Materials Science, Nara Institute of Science and Technology (NAIST)
- Abstract
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色素増感太陽電池の陰極に使用される酸化チタン表面にPDTC (pyrrolidinedithiocarbamate)分子を吸着させ、空気中でアニールすると光電変換効率が上昇する。本研究では、ルチル型TiO2単結晶基板をPDTC湿式処理し、硫黄原子がどのように表面に取り込まれているかを評価することで、この原因究明を試みた。硫黄原子の環境については、終状態固定X線光電子分光(CFS-XPS)及びX線光電子回折(XPD)によって評価した。CFS-XPSによる深さ方向の硫黄原子の分布を調べたところ、酸化された硫黄原子は酸化チタン表面に偏析していることが判明した。この結果により、酸化チタン表面に吸着したPDTC分子中の硫黄原子がTi欠陥に入り、電荷移動を引き起こすことで増感色素の吸着量が増加すると考えられる。また、S 2p XPDの結果には、明瞭な異方性が見られなかった。
キーワード: 酸化チタン、XPS、XPD
背景と研究目的:
色素増感太陽電池(Dye-sensitized Solar Cell: DSC)[1]は既存のSiベースの太陽電池に比べ、低コスト・低環境負荷という利点を持ち、変換効率改善のための研究が盛んに行われている[2,3]。我々はTiO2光電極に注目し、その表面構造を制御することで変換効率の改善を目指している。一般に、TiO2光電極は多孔質体で表面積が大きく、表面の構造や電子状態が、DSC性能に大きな影響を与える。我々のこれまでの研究結果により、PDTC分子による溶液処理によって、変換効率の改善が見られた[4,5]。
本研究では、DSCで用いられるアナターゼ型多結晶の代わりに、ルチル型TiO2単結晶を試料に用いて、同様のPDTC湿式処理を行い、CFS-XPS及びXPDによって、硫黄原子がどのように表面に取り込まれているのかを評価した。
実験:
試料にはTiO2-rutile(110)単結晶を用いた。PDTCアンモニウム塩(0.01 M)を溶解させたアセトニトリルに試料を30分浸漬させ、湿式処理を行った後に、試料基板を大気中において450°Cで1時間加熱した。SPring-8のBL25SUに設置されている2次元表示型球面鏡電子分析器(DIANA)を用いてCFS-XPS及びXPDの計測を行った。CFS-XPS及びXPD測定では、励起光は試料表面に対して垂直入射(θ = 0°)で固定した。アナライザーは励起光に対して45°傾斜しており、試料に対して極角θ= -15〜90°の範囲で光電子の取り込みが可能である。光電子強度の比較にはTi 2pとS 2pを用いた。始状態の原子軌道によって光電子の遷移行列要素極角依存性が変化するが、ここでは、同じ2p軌道同士を比較しているため、この影響を無視できる。
図1 PDTC湿式処理後の試料の角度分解CFS-XPS。運動エネルギーは600 eVに固定。
表1 PDTC分子吸着表面の角度分解CFS-XPSのTi 2pとS 2pのピーク面積の比較
図2 S 2p光電子の放出角度分布 (hv = 776.5 eV, Ek = 600 eV)
結果および考察:
PDTC湿式処理を行い、450°Cで加熱した試料表面のXPSを計測した結果、硫黄原子は周辺の酸素原子と結合することで硫酸イオンと同様な6+の電子状態を取ることが分かった。このように硫黄原子はチタン原子と結合するよりも酸素原子と結合する傾向があることが判明した[6, 7]。
湿式処理後の加熱過程において、PDTC分子の酸化による分解や硫黄原子のバルクへの浸入が起こる可能性がある。そこで電子の平均自由行程を利用した角度分解CFS-XPSによって硫黄原子の深さ分布を調べた[8]。電子の終状態はEk = 600 eVに固定した。この場合の光電子の脱出深さλは17.3 Åである。図1に角度分解Ti 2pとS 2pスペクトルを示す。表面垂直方向の光電子検出の場合を出射角θ = 0°とし、θを0°, 60°, 80°と変化させた場合のTi 2pとS 2pのピーク面積を比較し、表1に示す。出射角に対する光電子の脱出深さはλθ = λcos θで記述され、θ = 60°ではλ60°= 8.6 Åとなる。以上の結果は、硫黄原子はバルクにはわずかにしか存在せず、表面近傍に偏在していると仮定すると整合性が良い。また、θ = 0°のスペクトルに比べ、θ = 60°と80°のスペクトルでは、S 2pピークの低エネルギー側の裾がわずかに減少している。低エネルギー側の裾は、検出角による表面感度の違いから、バルクに浸入した硫黄原子に対応すると考えられる。このバルクに侵入した硫黄原子は結合エネルギーが小さい値をとることから、酸化されていないことが予想される。また、前述の通り、表面の硫黄原子は周辺の酸素原子によって強く酸化されている。表面Ti空孔に硫黄原子が入った場合、硫黄原子は硫酸イオンのような化学的構造を持つため、周囲の表面原子、特に露出したチタン原子から電荷移動が起こることが予想される。このため、PDTC湿式処理によって増感色素の吸着量に影響を与え、光電変換効率が上昇したと考えられる。
吸着した硫黄原子がどのような結合構造を取り、表面付近に存在しているかを調べるためにXPDを測定した。図2にS 2p光電子の放出角度分布を示す。カラースケールの強度については、最大強度を1とし、S 2p内殻スペクトルのピークとバックグラウンドの強度比が0.04 : 0.96であるため、このバックグラウンド分の強度を差し引いた値を示している。この結果、図2のように異方性がほとんどないパターンとなった。硫黄原子が単結晶基板に対してランダム配向している可能性があるが、このこと以外にも、硫黄原子の濃度が低すぎる可能性や試料の表面粗さなどの影響が考えられる。特に先述したように表面の酸化された硫黄原子は周辺の酸素原子と結合している。しかし、S 2p XPDパターンにおいては、バルクを形成するTi 3p, Ti 3s光電子由来の二次電子がバックグラウンド強度として加算される。このため、表面の酸化された硫黄原子の信号が隠れてしまっている可能性が高く、TiO2表面における硫黄原子の吸着サイトの特定には至らなかった。
今後の課題:
今後の課題としては、結果および考察でも示したようにTiO2表面に吸着し酸化された硫黄原子のサイトのXPDによる特定である。今回使用したサンプルはPDTC分子を溶液処理によって吸着させた後に大気中での加熱を行った試料であった。そのため、表面の汚れや表面粗さをコントロールすることができていなかったことが考えられる。より確実にXPDによって硫黄原子の信号を得るためには、溶液処理ではなく真空中にて清浄面を作製した後にガスとしてPDTC分子を吸着させた後に試料を加熱することで硫黄原子の酸化を行う必要があると考えている。
また、実際のデバイスに使用されている結晶形であるアナターゼ型多結晶での分子吸着表面での実験も同時に行ったが、十分な成果が得られなかったため、ルチル型TiO2単結晶表面での実験を成功させることが急務である。
参考文献:
[1] B. O’ Regan, M. Grätzel, Nature 353, 737 (1991).
[2] Y. Saito, S. Yanagida and et al., Sol. Energy Mater. Sol. Cells, 72, 139 (2002).
[3] 色素増感太陽電池のモジュール化・材料開発・評価技術、P169,170、瀬川浩司 内田聡 編、技術教育出版社、2010.
[4] H. Daimon, Rev. Sci. Instrum., 59, 545 (1988).
[5] M. Kotsugi, et al., Nucl. Instrum. Methods A, 467-468, 1493 (2001).
[6] D.M.B.P. Ariyasinghe, H.M.N. Bandara, R.M.G. Rajapakse, K. Murakami, M. Shimomura, J. Nanomater. 2013 (2013) 258581.
[7] H. Ota, et al., to be published.
[8] C. S. Fadley, Prog. Surf. Sci. 16, 275 (1984).
ⒸJASRI
(Received: September 29, 2016; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)