SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume5 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

軽水炉環境下でオーステナイト系ステンレス鋼表面に成長した酸化被膜による界面近傍残留応力への影響
Skin Residual Stress Measurements by Synchrotron X-ray Diffraction in Non-sensitized 316 Stainless Steel and High Temperature Water Combination

DOI:10.18957/rr.5.1.48
2012A1019 / BL19B2

渡邉 真史, 米澤 利夫, 庄子 哲雄

Masashi Watanabe, Toshio Yonezawa, Tetsuo Shoji


東北大学 未来科学技術共同研究センター

New Industry Creation Hatchery Center, Tohoku University


Abstract

 軽水炉の構造材料である非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材について「鋭敏化によらない応力腐食割れ」の発生メカニズムを探る研究の一環として、酸化皮膜直下および酸化皮膜内の残留応力測定をBL19B2において課題番号2012A1019として実施した。結果を前回の課題番号2011B1024の結果と併せて総合的に比較検討することにより、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材の粒界応力腐食割れ発生のプロセスについて新たなモデルを提案した。


キーワード: 応力腐食割れ、X線回折、表面近傍残留応力、侵入深さ一定法



背景と研究目的:

 オーステナイト系ステンレス鋼において、結晶粒界に沿ってクロム炭化物が析出するため粒界近傍にクロム欠乏層が形成される、いわゆる「鋭敏化」が起きている事が原因で軽水炉冷却水環境中の応力腐食割れが起きるものと以前は考えられていた[1]。しかし、その後、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材においても粒界応力腐食割れが起こり得ることが発見されたため[2]、鋭敏化に起因しない粒界応力腐食割れのメカニズムについても強い関心が寄せられるようになった。

 これまで、我々の研究グループでは「鋭敏化」によらない応力腐食割れの発生メカニズムの検討に資するため、放射光X線回折技術を利用して一連の計測を行ってきた。BL19B2においては、侵入深さ一定法による酸化皮膜とステンレス鋼の界面近傍での残留応力測定を行い、応力腐食割れの要因の一つである応力面について酸化皮膜形成による力学的影響を検討している。前回の課題番号2011B1024で、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材を研磨して表面近傍にあらかじめ圧縮応力を導入しておいても、軽水炉冷却水環境を模擬した高温純水中(290°C)に1370時間程度浸漬して酸化皮膜を形成すると、圧縮応力が失われるという結果が得られた。この原因としては、金属が酸化物に変わるときに体積が膨張しようとするが生成した酸化皮膜と母材金属は界面で接しており母材と力学的な相互作用があること、さらに高温から室温に戻るときの母材と酸化物の熱膨張率に違いがあること、また、そもそも表面近くの金属そのものが酸化物に変化したために失われていること等が考えられた。

 これらの点をより詳しく探るために本課題では、浸漬時間を300時間と短くして腐食で失われる金属の深さをより浅くした試験片でも同様の結果が得られるかどうかを測定し、粒界応力腐食割れ発生メカニズムを検討することとした。


実験:

 測定対象の試験片として、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工(加工度28%、1方向マルチパス冷間圧延)材から、10 × 20 × 5 mm3の板状試験片を作成した上で、その表面を粗さ400番の研磨から開始し、1000番の研磨をした後、ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨により鏡面研磨仕上げを施すことで、表面近傍に圧縮残留応力を導入した。

 同じ手順でほぼ同時に作成した3枚の試験片のうち、1枚を未浸漬試験片として保存し、他の2枚はそれぞれ軽水炉冷却水環境を模擬した高温純水中(290°C)に300時間、および1370時間浸漬し、結果を比較することとした。未浸漬試験片と1370時間浸漬したものの結果については、課題番号2011B1024のSPring-8利用研究成果集原稿において既に報告済みであるが、本稿では本課題の300時間浸漬試験片の残留応力と酸化皮膜側の残留応力の測定結果と併せて比較検討する。


 測定は、入射X線の波長は17 keV、入射スリットは3.0 × 0.2 mm2とし、回折計はBL19B2の多軸回折計を用いて行った。なお、受光側にはBL19B2のソーラースリット(長さ300 mm、ブレード間隔0.5 mm、ブレード厚み0.05 mm)の前段と後段のそれぞれに幅12 × 7 mm2の受光スリットをセットした。Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の残留応力測定は、酸化物の反射との重畳することが少ない002反射を測定対象とし、X線侵入長を制御しながら行う「侵入深さ一定法」を用いたsin2ψ[3]で行い、残留応力のX線侵入深さ(X線回折の信号強度が1/eになる深さ)を0.2 mから2.0 mの範囲で変化させて測定した。

 sin2ψ法においてはsin2ψ値が0.1〜0.6の範囲の5,6点で回折角2θの値を測定して残留応力を求めている。Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の002反射の裾野に酸化物由来の弱いピークが重畳している場合にはピークフィッティングにより分離した後で回折角2θを決定した。また、酸化皮膜内の残留応力は、予想される酸化皮膜は0.5 μm以下であるのに対して侵入深さを1.8〜1.9 μm程度と十分深く設定して測定している。スピネル型酸化物の場合には022反射、ヘマタイト(Fe2O3)などのコランダム型酸化物が検出された場合には014反射を測定対象とした。


結果および考察:

 本課題で測定した300時間浸漬試験片の表面にはスピネル型酸化物とヘマタイトが検出された。BL22XUおよびBL13XUでの酸化物のキャラクタリゼーションの結果によれば、スピネル型酸化物(FeCr2O4, NiFe2O4, Fe3O4などの固溶体)は常に主要な酸化物として存在するが、ヘマタイト(Fe2O3)については鉄イオン濃度や溶存酸素濃度に依存して生成量が変動し、条件によっては検出されないことが明らかになっている[4]。また、化学熱力学的な計算から考えるとCr2O3も生成する可能性がないわけでないが、これまでの課題によるType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼上の酸化物のキャラクタリゼーションでも検出されておらず、存在するとしてもごく少量であると考えられる。

 X線侵入深さ(酸化物との界面と比較してX線強度が1/eになる深さ)を0.2 μmとごく浅くして測定した場合のType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼002反射のピークプロファイル(sin2ψ=0.1および0.6の場合)とsin2ψ-2θプロットを図1に示す。300時間浸漬試験片について、sin2ψ-2θプロット(図1(c))の傾きから算出される残留応力は-80±110 MPa程度であり、前回の課題で測定した未浸漬試験片(図1(b)参照)で求めた残留応力が-300±70 MPa(圧縮残留応力)であったことと比較すると、たとえ薄い酸化皮膜の形成であっても圧縮残留応力が一定量は軽減される可能性が示唆されていると考えられる。




図1. X線侵入深さ0.2 μmとしたときのType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼002反射のピークプロファイル(sin2ψ = 0.1および0.6の場合)とsin2ψ-2θプロット。ピークプロファイルはピークの形状を比較し易いようにピーク強度で規格化してある。(a) 未浸漬試験片の002反射のピークプロファイル、(b) 未浸漬試験片のsin2ψ-2θプロット、(c) 300時間浸漬試験片の002反射のピークプロファイル、(d) 300時間浸漬試験片のsin2ψ-2θプロット。sin2ψ-2θプロット中、水色線はconfidence level = 0.7の境界線。なお、(c)において左裾に見られる小さなピークはヘマタイトFe2O3の024反射である。


 次に、スピネル型酸化物についての022反射のピークプロファイル(sin2ψ=0.1および0.5の場合)とsin2ψ-2θプロットを図2(a), (b)にそれぞれ示す。ピーク半値幅に比べてピークセンターのシフト量は小さく精度的にはいささか厳しいものの、sin2ψ-2θプロットには一応の傾向が認められる。そこでsin2ψ-2θプロットの傾きから残留応力を計算したところ、-300±100 MPaとなった。前回の課題で測定した1370時間浸漬試験片ではスピネル型酸化物の残留応力値が-350±80 MPa程度と見積もられたのとも近い結果となっている。これらの圧縮残留応力の値がおおよそ正しいとすれば、母材側と酸化皮膜側との間に作用反作用の関係が成立しているものと考えられる。

 なお、ヘマタイトについても同様の処理を行ったところ、-380±130 MPaという残留応力値が一応は得られたものの、ヘマタイトのピーク形状はスピネル型酸化物のそれに比べてやや鋭さにかけ、ピーク強度も半分以下で、またsin2ψ-2θプロットでも個々のデータのバラツキの影響が大きいと考えられるため、慎重を期して詳しい議論からは除外する。



図2. 300時間浸漬試験片の上に生成したスピネル型酸化物の(a) 022反射のピークプロファイル(sin2ψ=0.1および0.5の場合。ピークプロファイルはピークの形状を比較し易いようにピーク強度で規格化してある。)、(b) sin2ψ-2θプロット。sin2ψ-2θプロット中、水色線はconfidence level = 0.7の境界線。


 母材である非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼についてX線侵入深さを変えながら残留応力測定の結果を未浸漬試験片と1370時間浸漬試験片の結果(前回の課題番号2011B1024で測定)と共に示したのが図3(a)である。なお、図3(b)は腐食によって母材が失われた量を断面SEM観察などから推定して補正したものである。(補正量は300時間浸漬試験片で0.05 μm、1370時間浸漬試験片で0.4 μm)



図3. 非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材の残留応力の深さ依存性 (a) データから直接求められる値、(b) 腐食による界面の後退を考慮して補正した値。青線:未浸漬試験片、緑線:300時間浸漬の試験片、赤線:1370時間浸漬の試験片。


 図3(b)からは、母材側Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の圧縮残留応力は酸化皮膜界面付近で大きく軽減されており、深くなっていくにつれて未浸漬試験片との差がなくなっていく傾向がわかる。一般に、応力腐食割れは環境因子,材料劣化因子,力学因子の3因子が相乗的に働くことにより生じる、と言われているが、上記の結果は酸化皮膜の形成によって表面近傍の力学因子も大きく変動し、応力腐食割れを起こしやすい方向に変化していることを示している。

 このような酸化皮膜の形成による力学的因子の変動の主な原因としては次の2つが考えられる。まず、一般に金属・合金が腐食して酸化物になる際には体積膨張が起きることが知られている。密度から考えると1.5倍程度の体積膨張が起きてもおかしくない。このような酸素の侵入と酸化物の生成による体積膨張の結果、酸化皮膜側には圧縮応力が、母材側Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼には引張応力が生じる可能性がある。次に考えられる要因は、酸化物とType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の熱膨張率の違いである。酸化物の熱膨張率は8.5 × 10-6程度、Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の熱膨張率は16 × 10-6程度であり、酸化皮膜が生成する軽水炉の運転温度から室温まで冷却する間の収縮で0.2%程度の差が生じる計算になる。前者の効果は軽水炉運転中に作用し、後者の効果は運転を停止するために温度を下げる度に作用すると考えられる。これら両者の効果が相まって、初期に圧縮残留応力がかかった状態のType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼であっても運転を繰り返す中でやがては応力腐食割れが発生する状態に至ることが想像される。(図4)



図4. 応力腐食割れが発生するまでのプロセスの模式図。酸化物の生成とともに、酸化物側には圧縮応力がかかり、金属側には引張応力が生じ、やがて応力腐食割れに至る。


今後の課題:

 本研究の一部を国際会議等で発表したところ国内外の研究者から強い関心が寄せられ、さらなるデータの充実が求められることとなった。国内外の軽水炉には様々なタイプの軽水炉が異なる運転条件で運用されている。本研究で示唆された酸化皮膜生成による力学因子の変動現象が広く一般に起きうることなのかどうかについては、今後、より幅広い条件での実験的検証を要する。しかしながら、冷却水の電位が低い場合には生成される酸化皮膜が薄く、酸化物ピークの正確な測定が難しくなるとともに、母材側でもより浅い領域の残留応力を計測する必要になる。実験条件の最適化も含め、今後の課題としてさらなる検証を進めていきたいと考えている。


謝辞:

 本研究は、科研費(研究課題番号:22360396)の助成を受けて行われた。また、研究の一部については産学共同研究のPEACE-Eプロジェクトとして、東京電力株式会社、関西電力株式会社、東北電力株式会社、日本原子力発電株式会社、中部電力株式会社、株式会社日立製作所、三菱重工業株式会社、株式会社東芝、株式会社IHI、仏国Électricité de France、中国Suzhou Nuclear Power Research Institute、米国Electric Power Research Instituteの財政的支援を受けている。


参考文献:

[1] 小若正倫, 長野博夫, 吉川州彦, 三浦 実, 太田 邦雄, 永田三郎: 火力原子力発電, 32, 1303 (1981).

[2] 鈴木俊一, 熊谷克彦, 設楽 親, 水谷 淳, 坂下彰浩, 徳間英昭, 山下裕宣: 保全学, 3, No.2, 65 (2004).

[3] 秋庭義明, 田中啓介, 鈴木賢治, 柳瀬悦也, 西尾光司, 楠見之博, 尾角英毅, 新井和夫: 材料, 52, No.7, 764 (2004).

[4] Masashi Watanabe, Toshio Yonezawa, Takahisa Shobu, and Tetsuo Shoji: Journal of Nuclear Materials 434, 189–197 (2013).



ⒸJASRI


(Received: April 9, 2015; Accepted: December 12, 2016; Published: January 31, 2017)