SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

二次元単色X線回折を用いたカンラン石の粒成長カイネティクス
Grain-growth Kinetics of Olivine Using in-situ 2D X-ray Diffraction

DOI:10.18957/rr.4.2.161
2011B1318, 2012A1473 / BL04B1

辻野 典秀a,b, 則竹 史哉a,c, 櫻井 萌a, 肥後 祐司d, 舟越 賢一d,e, 高橋 栄一a

Noriyoshi Tsujinoa,b, Fumiya Noritakea,c, Moe Sakuraia, Yuji Higod, Ken-ichi Funakoshid,e, Eiichi Takahashia


a東京工業大学, b岡山大学, c東京大学, d(公財)高輝度光科学研究センター, e(一財)総合科学研究機構

aTokyo Tech., bOkayama Univ., cTokyo Univ., dJASRI, eCROSS


Abstract

 本研究では、その場二次元単色X線回折測定によるカンラン石の粒径の時間変化の観察から、その粒成長速度の決定を行った。11 GPa, 1573 Kまでの条件下で、カンラン石の粒成長指数n、活性化エネルギーE*、活性化体積V*はそれぞれ、2.5 ± 0.2、184 ± 10 kJ/mol、0.4 ± 0.2 cm3/molであった。粒成長と粒界移動の活性化エネルギーが同程度であることと、粒成長指数が2に近いことから本研究でのカンラン石の粒成長は粒界移動によって引き起こされたと考えられる。


キーワード: カンラン石、粒成長則、その場二次元単色X線回折


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背景と研究目的:

 我々が住む地球の熱的進化過程は物質移動に律速されていると考えられている。プレートの沈み込みやプルームの上昇等による地球内部の物質循環機構を知るためには、マントルのレオロジーの理解が不可欠である。地球マントル内では、転位クリープと拡散クリープの二つの変形機構が支配的となると考えられている。拡散クリープが支配的な領域では、結晶粒径が粘性に大きく影響することが知られ、流動特性を知るうえで、マントル鉱物の粒径は一つの重要なパラメータである。結晶粒径は様々な要因(e.g.静的粒成長・変形に伴う動的再結晶・相転移に伴う再結晶)によって変化するが、その中で粒径が大きくなる主な機構は静的粒成長である。

 カンラン石は上部マントルで約6割を占める鉱物であり、上部マントルのレオロジーを支配する。そのため、これまでカンラン石の流動特性を決めるために流動則の特定など多くの実験的研究が行われてきた。カンラン石単相系の粒成長則に限ると、これまでに1 GPa以下・1473~1673 Kの条件下の結果が報告されているだけである[1], [2], [3]

 粒成長則は一般的に以下の式で表わされることが知られている。


ここで、G:平均粒径、G0:初期粒径、n:粒成長指数、k:粒成長速度定数、k0:比例定数、t:時間、E*:活性化エネルギー、V*:活性化体積、P:圧力、R:気体定数、T:絶対温度である。

 過去の研究において、時間依存性を示す粒成長指数nについて一致した結果は求められていない。さらに、カンラン石の安定領域は~14 GPaまでと広域にわたるにもかかわらず、温度依存性および圧力依存性を示す活性化エネルギーE*、活性化体積V*は未だ報告されていない。そのため、上部マントル深部条件下での粒成長則は未だ分かっていない。そこで、本研究では高温高圧その場二次元単色X線回折測定を行い、2〜11 GPa・1373〜1573 Kまでカンラン石の粒成長則を調べ、粒成長則の温度圧力依存性を決定した。


実験:

 実験にはSPring-8、BL04B1に設置されている川井型マルチアンビルプレスSPEED-1500を使用した。圧媒体にはMgO+5 wt.%Cr2O3でできた一辺10 mmの八面体を使用し、立方体の角の切欠き長さ5 mmのWC製または、cBN製二段目アンビルで加圧した。本研究に用いたセル構成を図1に示す。出発物質には地球上部マントルで一般的とされる組成を持つサンカルロス産のカンラン石((Mg0.91Fe0.09)2SiO4)の粉末を用いた。グラファイトヒーターにカンラン石試料を直接詰めた。また、試料の上下にMo箔を設置することによって、X線ラジオグラフィーによる高圧下での試料の位置の特定を容易にした。断熱材として、LaCrO3を使用した。ガスケットと圧媒体、断熱材にかえてX線パス上に非晶質ボロン+エポキシ樹脂に置き変えることで、高温高圧下で試料とグラファイトからのX線回折線のみを取得した(図2参照)。測温にはタングステン-タングステン・レニウム熱電対(W5Re-WRe26%)を使用し、熱電対と試料をヒーター中央部(均熱帯付近)に設置することで、熱電対と試料の温度差の最小化を図った。

 粒径の見積もりにはデバイ-シェラーリングの斑点数と粒径の関係を示す次の式[4]を使用した。


ここで、N:回折斑点数、n:粒子数、p:多重度因子、Δθ:回折線幅、θB:ブラッグ角である。

また粒子数nn = St/vと表される。S:入射ビーム面積、t:試料の厚さ、v:粒子体積(〜d3/2、d:粒径)である。式(2)を用いて粒径を決定するためには、粒径の分かっている試料を用いて回折線幅Δθの較正を行う必要がある。本研究では、各実験の高温高圧下での最後の測定とその時の粒径と考えられる回収試料の粒径を用いて回折線幅Δθの較正を行った。図3は粒径と回折斑点数の関係を求めるために必要な回折線幅Δθの本研究と過去の研究[5]での較正結果を示している。過去の研究[5]において回折線幅Δθの較正は六方晶系と直方(斜方)晶系の結晶を用いて行われた。本研究と過去の研究[5]による較正結果は整合性を持っている。しかしながら、分光結晶であるSiの再研磨によって、回折線幅Δθが変化したことが分かった。これは、分光結晶の表面状態に回折線幅Δθが依存することを意味している。


  

図1. セル構成図.    図2. 高温高圧条件下での一次元X線回折パターン. Olはカンラン石を示す。



図3. 粒子数npと回折斑点数Nの関係.


結果および考察:

 図2は、本実験によって得られた代表的なX線回折の一次元パターンを示したものである。カンラン石の(130)回折線は強度が高く、他の回折線とも離れているため、回折斑点数の測定に適している。このことから、カンラン石の(130)の回折斑点数から粒径を求めた。

 実験から求めた粒径の時間変化のデータを式(1)に最小二乗法でフィッティングすることで、n = 2.5 ± 0.2、k0 = 10-9.2 ± 2.6 m2.5/s、E* = 184 ± 10 kJ/mol、V* = 0.4 ± 0.2 cm3/molという結果を得た。図4は温度圧力依存性のフィッティング結果を示している。粒成長指数nが2に近いことから、粒成長が粒界移動[6]によって引き起こされていることを示唆される。さらに、活性化エネルギーE*はカンラン石の粒界の移動の活性化エネルギーE* = 210 ± 10 kJ/mol[7]と近い値であり、カンラン石単相での粒界移動による粒成長モデルと調和的である。一方、活性化体積V*は0.4 ±0.2 cm3/molと小さく、粒成長速度定数kの圧力依存性は大きくないことが分かった。これは、上部マントル全域において、カンラン石単相系での粒成長速度が同程度であることを示唆している。

 図5はカンラン石の粒成長速度についての、本研究結果と過去の報告[1], [2]との比較を示している。Karato (1989)[1]はドライ条件下での粒成長指数は2になると報告している。この結果は本研究結果と調和的である。一方で、本研究の粒成長速度定数kはKarato (1989)[1]によって報告されている値に比べ大きい値を持っている。これは、本研究とKarato (1989)[1]では実験の水雰囲気が異なることが原因である可能性がある。Ohuchi and Nakamura (2006)[2]は粒成長指数nが4.8と大きな値を報告しており、本研究結果と大きく異なる。Ohuchi and Nakamura (2006)[2]の実験では回収試料に多くの空隙が観察されており、この空隙によって粒成長が阻害され、粒成長指数が大きくなっている可能性が示唆されている。



図4. カンラン石の粒成長速度の温度圧力依存性.



図5. カンラン石の粒成長速度の時間依存性の過去の研究との比較.

Karato: Karato (1989), O&N: Ohuchi and Nakamura (2006)


今後の課題:

 図6は高温高圧条件下からの急冷後と減圧後のカンラン石(130)回折線の斑点数を示している。図6から分かるように、本研究では高温高圧条件下からの急冷後と減圧後にカンラン石(130)回折線の斑点数の増加が観察された。回収試料は、一般的には十分に焼結されているが、本研究でのカンラン石の回収試料は焼結度が低く砂のように結晶粒が分かれていた。これは、熱膨張と弾性率の方位依存性のために急冷および減圧によって粒界で差応力が発生し、カンラン石の粒界がはがれ、結晶が割れているためである可能性がある。粒径をより精密に求めるためには、高温高圧条件だけでなく、急冷・減圧過程における回折斑点数の増加を理解する必要がある。

 また、粒成長速度にはごく微量の水が大きな影響を与えることが知られている。現に、本研究で得られた結果はKarato (1989)に比べ粒成長速度が速い。これは、水雰囲気の違いが原因であると考えられる。レオロジーに関する実験的研究では含水量は考慮すべき重要なデータであり、回収試料の含水量の測定は必須である。しかしながら、本研究は回収試料の粒径を測定のためエポキシ樹脂で微小なカンラン石粒子を固定した。そのため、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)を用いた回収試料の含水量の測定が困難となり、本研究での水の影響を明らかにできなかった。今後の実験では高圧セルの構成を変更して、X線回折用の多結晶体試料のほかに含水量測定用の単結晶試料を埋め込む。これにより、エポキシ樹脂の影響を受けないで含水量の測定を行うことが可能となり、水の影響を正確に見積もることができると期待される。



図6. 方位角に対するカンラン石(130)回折線の強度(斑点数)の急冷および減圧による変化.


参考文献:

[1] S. Karato, Tectonophys., 168, 255-273, (1989)

[2] T. Ohuchi, M. Nakamura, Phys. Earth Plant. Int., 160, 1-21 (2006)

[3] T. Hiraga, C. Tachibana, N. Ohashi, S. Sano, Earth Plant. Sci. Lett., 291, 10-20, (2010)

[4] P. B. Hirsch, in “X-ray diffraction by polycrystalline materials”. (London: Institute of Physics) (1955)

[5] T. Kubo, T. Kondo, A. Shimojuku, T. Kuwabara, T. Kato, T. Kikegawa, N. Hirao, Y. Ohishi., J. Phys.:Conf. Ser., 215, 012022, (2010)

[6] H. V. Atkinson, Acta Metall., 36, 469–491, (1988)

[7] M. Toriumi, Phys. Earth Plant. Int., 30, 26-35, (1982)



ⒸJASRI


(Received: November 28, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)