SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

2元共晶合金Pb-Sn系の液体における密度ゆらぎ
Density Fluctuations in Liquids for Eutectic Pb-Sn System

DOI:10.18957/rr.4.2.166
2011B1489, 2012A1352, 2012B1465 / BL04B2

梶原 行夫a, 乾 雅祝a, 尾原 幸治b

Yukio KAJIHARAa, Masanori INUIa, Koji OHARAb

 

a広島大学大学院総合科学研究科, b(公財)高輝度光科学研究センター

aGraduate School of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima-univ., bJASRI

 

Abstract

 2元共晶合金であるPb-Sn系について、液体中の密度ゆらぎの状態を直接観測するため、組成および温度を変化させながら系統的に小角X線散乱(SAXS)測定を行った。これまでの研究では、共晶点近傍で密度ゆらぎが大きくなることが一部で主張されてきたが、直接的な証拠は無かった。今回2011B、2012A、2012B期の3期にわたる一連の測定により、少なくとも共晶点がそういった密度ゆらぎの特異点ではないことが確認できた。一方で、共晶点から離れた組成において、融点近傍における小角散乱強度の有意な上昇が見られた。これは、過去の研究では議論されていない密度ゆらぎの存在である。この結果は、小角X線散乱測定が今後液体合金の研究に新たな進展をもたらす可能性を示している。


キーワード: 液体、密度ゆらぎ、2元合金、共晶


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背景と研究目的:

 2元合金の相図については、主に冶金学の立場からの議論が確立しているようである。しかしながら、これは融点下側の固体の話であって、ひとたび融点上側の液体に目を向けると、議論はそれほど完結しているわけではない。特に共晶系の合金において、何故共晶点近傍で融点が降下するのか?といった素朴な疑問にクリアに応えた研究はなく、液体合金に関する研究者の中には、共晶点近傍の液体のゆらぎが重要であるとの立場に立っている者も多い[1,2]

 液体中のメゾスコピックな密度の濃淡を直接測る手法としては、X線や中性子による小角散乱測定が古くから知られているが、超臨界流体や相分離液体のような顕著な密度ゆらぎが存在する場合を除いては、その密度ゆらぎの絶対値は非常に小さく、直接観測は非常に難しかった。特に液体金属ではX線の透過率が低く、精度の高い実験は一段と難しく、系統的な調査は行われていない。結局液体合金中の密度ゆらぎの存在については、間接データに基づいた議論にとどまっていた[1]

 一方我々は近年、液体金属に対する小角X線散乱実験の技術を大幅に進展させ、液体セレン-テルル混合系[3]やゲルマニウム-テルル混合系における液体-液体相転移に伴う微少な密度ゆらぎを直接観測することに成功した。これらの系は、超音波速度などの間接実験データによる密度ゆらぎの存在は1980年代から提唱されていたにもかかわらず[4]、直接的な証拠が得られていなかった系である。この技術[5,6]を用いれば、共晶液体における密度ゆらぎの議論にも結論が得られると考え、代表的な2元共晶合金であるPb-Sn系に対して小角X線散乱測定を行った。

 

実験:

 実験はBL04B2の超臨界流体用X線散乱装置を用いて行った。液体試料の厚みは250-500 µmで、サファイア製試料容器に導入している。X線のエネルギーとして、2011B、2012A期ではSi220結晶面の基本波62 keVを、2012B期ではSi111結晶面の3倍高調波113 keVを利用した。

 なお、このビームラインでは、水平1枚振りの湾曲Si結晶をモノクロメーターとして利用しているため、高調波の混入を避けることができず、入射光を完全に単色化することはできない。またディテクターにはイメージングプレート(IP)を採用しているため、測定光についてもエネルギー選択をすることはできない。結果として各々以下のような点が問題点として残る。62 keV測定では、2倍高調波124 keVが混入してしまい、その影響を完全に除去することは不可能である。図1左図は、”62 keV”測定において高調波成分の見積もりを行った結果である。本測定系では真空パスにカプトン膜を使用しており、散乱光にはこの膜の回折線が現れる。本来の回折線は3.7 nm-1に存在するが、その半分あたりの波数にもピークが現れており、これが高調波によるものである。この割合は、ピークの面積比から見積もると、5-10%程度となる(設定によって変わる)。”113 keV”測定では、Sn0.5 mm+Cu0.5 mmの薄板をアブゾーバーとして挿入し、基本波をカットした。図1右図に示すように、基本波をほぼ無視できるレベル(X線透過率は計算値で0.02%)にまでカットし、113 keVの光を生成できている。ただ113 keVの光はもともと基本波に比べてX線の強度が非常に小さい(1/10以下。図1右図は、基本波の割合が少なくなるようにあらかじめ測定系を調整済み)上に、アブゾーバーで軽減してしまう(1/2程度)ため、入射強度が極端に小さくなるのが難点である。また、測定結果(図1右図)からは4倍高調波と見られる成分も混入していることもわかっている。

図1. カプトン膜の回折線に見る入射X線の高調波成分

 

結果および考察:

図2. 試料の測定組成と温度条件

 

 測定に用いた試料の組成、温度条件は図2の通りである。測定は、2011B, 2012A期に於いては62 keVの入射光を用いて組成領域を広くカバーした。また2012B期に於いては、入射光を113 keVに変更していくつかの組成で同じ測定を行っている。また温度領域については、初期条件による密度/濃度ゆらぎを解消するため(試料は最初固体状態であり、融解させて測定部に導入するが、この際に不均質性が存在する可能性を否定できない)に、融点より十分高温(900℃程度)まで一度上昇させ、主に温度下降時にSAXS測定を行った。

 図3、4はそれぞれ2011B期と2012A期に於いて、62 keVで行ったSAXS測定の結果である。図の縦軸の値は、試料に対する測定のカウント数(I)から、別途行った空の試料セルに対する測定のカウント数(Ibg。常温測定。温度依存性がほとんどないことは別途確認してある)を試料のX線透過率(T、イオンチャンバーで測定した実測値)を考慮して差し引いた値を示しており、試料の正味の測定カウント数を示す。なお本実験では、X線の散乱角は非常に小さく(2θ<1°)、X線透過率の角度依存性(0.1%未満)は無視できる。

図3. SAXSスペクトル(2011B期、62 keV)

図4. SAXSスペクトル(2012A期、62 keV)

 

 Pb45Sn55(図3右図)やPb60Sn40(図4左図)については、温度低下により、低波数の散乱強度の上昇がはっきりと見られる一方、Pb10Sn90(図3左図)やPb80Sn20(図4右図)では低波数の散乱強度はほとんど変化しない、あるいは減少している。共晶組成Pb26Sn74(図3中央)については、低波数部の散乱強度の増加が若干みられるものの、変化はそれほど大きくない。なお測定は、350-400℃で試料の入れ込みを行い、一旦900℃以上まで温度上昇させてから温度を下降させながらデータを取っているが、温度上昇/下降時におけるデータの整合性は非常に良く、データの信頼性は高いと考えられる。両期のデータからは、50%付近の組成比近傍で低波数の散乱強度の増加、つまりは密度ゆらぎが大きくなっていると結論づけることができる。物質によって状況が異なる可能性もあるため一概には言えないが、共晶点がゆらぎの観点において特異点であるかのような説[1,2]は少なくとも本系には当てはまらない。

 ここまでの結果は十分信頼に足るとも言えるが、測定X線が単色でないことがデータに悪影響を与えていないことを確認するため、さらに2012B期に於いて入射X線のエネルギーを113 keVに変更させて測定を行った。その結果が図5である。

図5. SAXSスペクトル(2012B期、113 keV)

 

この実験では、これまでの実験で密度ゆらぎの増大が確認された3種の組成(Pb26Sn74、Pb45Sn55、Pb60Sn40)に対して測定を行ったが、温度下降に伴う密度ゆらぎの増大は誤差範囲内でいずれも確認できなかった。これは62 keV測定に比べてカウント数が少ないため、密度ゆらぎの変化を検知できなかったと現時点では考えているが、必ずしも十分な実験的証拠が揃っているわけではない。更なる検証を今後計画したい。

 

今後の課題:

 今回の一連の実験において共晶点付近以外で見られた密度ゆらぎについて検証するためには、高調波を含まない単色X線による測定が不可欠である。だが既に「実験」欄に記載したようにBL04B2に於いて入射光を単色化することは不可能である。また本系のような重金属のSAXS測定には高エネルギーが必要なため、他の小角散乱ビームラインの利用も難しいと考えられる。従って、BL04B2において測定光のエネルギーを選別することが一番容易な手法であると考えている。BL04B2では、今回のSAXS測定用の測定系以外に、X線回折(広角散乱)用の測定系も使用することができる。この測定系では、ディテクターにエネルギー分解能を有するCdTe検出器を使用しており、単色光の測定が可能になる。カメラ長が短くなる(296 cm→50 cm)ため、小角側の到達可能な波数(Qmin)が制限されるが、予備的な実験ではそれほど大きな影響はなさそうである。今後この手法を用いて検証実験を成功させて、英語の原著論文としてまとめたい。

 なお今回の測定系に限らず、BL04B2に於ける小角散乱については、単色X線での測定ができないことが、精度の高い構造因子の取得、およびそれに基づく詳細な議論を阻む要因になっている。理想的には、2枚のモノクロメーターを備えた高エネルギービームライン、欲を言えばアンジュレータビームラインでの測定が望ましいが、これは現実的には短期に実現するのは難しい。短期的・長期的の両面で、継続して金属流体(流体=液体、超臨界流体、気体を全て含む)の小角散乱手法の進化を目指していきたい。

 

参考文献:

[1] T. Itami et al, J. Non-Cryst. Sol. 353, 3011 (2007); M. Ikeda et al, ibid, 312-314, 217 (2002)

[2] U. Dahlborg et al, Eur. Phys. J. B, 14, 639 (2000)

[3] Y. Kajihara et al, Phys. Rev. B 86, 214202 (2012)

[4] Y. Tsuchiya and E. F. W. Seymour, J. Phys. C: Sol. Stat. Phys. 15, L687 (1982)

[5] K. Tamura and M. Inui, J. Phys.: Condens. Matter 13, R337 (2001)

[6] Y. Kajihara et al, in preparation

 

ⒸJASRI

 

(Received: March 14, 2016; Early edition: June 15, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)