SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

硬X線光電子分光法を用いた有機薄膜太陽電池の電子構造測定
Study of Electronic Structure of Organic Photovoltaics by Using Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.4.2.176
2012A1751 / BL46XU

田中 仙君*, 福澤 謙, 大谷 知宏

Senku Tanaka, Ken Fukuzawa, Tomohiro Otani


島根大学大学院 総合理工学研究科

Interdisciplinary Faculty of Science and Engineering, Shimane University

*現所属:近畿大学 理工学部 電気電子工学科

(Current affiliation:Faculty of Science and Engineering, Kinki University)


Abstract

 BL46XUの硬X線光電子分光(HAXPES)装置を用いて低分子系有機薄膜太陽電池の典型的な光電変換層である亜鉛フタロシアニン(ZnPc)とC60フラーレン(C60)の電子構造を観測した。プローブ光として約8 keVの放射光を用いた場合、ZnPc薄膜上に製膜した膜厚30 nmのC60層を通して、ZnPcからの光電子信号が観測可能であった。また、C60をZnPc薄膜上に積層した試料と、C60とZnPcを混合したバルクヘテロ試料では内殻準位の束縛エネルギーに差が見られ、バルクヘテロ試料内では、ZnPcからC60への電荷移動が広く生じていることが示唆された。


キーワード: 亜鉛フタロシアニン、C60、有機薄膜太陽電池



背景と研究目的:

 有機半導体を光電変換層とした有機薄膜太陽電池は、軽量、フレキシブル、物質選択性の豊富さ、安価な製造コスト、意匠性の高さなどの特徴をもっており、次世代の太陽電池の一つとして期待されている[1-3]。有機薄膜太陽電池では、(1)有機層による光吸収に伴う励起子の生成(2)励起子の拡散(3)ヘテロ接合界面での励起子の解離(4)キャリアの移動(5)電極へのキャリアの取り出し、の各段階を経て光エネルギーを電気エネルギーに変換する。最終的なエネルギー変換効率は、各段階の効率の掛け算となるため全ての段階で高い効率が求められる。キャリアの生成や解離に関わる(3)〜(5)のプロセスでは、各有機層の電子構造、特に、最高被占軌道(HOMO)や最低空軌道(LUMO)といったキャリアの通り道となるエネルギー準位の相対的な関係が太陽電池特性に大きな影響を及ぼす[4,5]。そこで、有機層の電子構造の測定法として、光電子分光法による研究が盛んに行われている。光電子分光法の表面敏感性を活かすことで、有機薄膜表面や金属表面に薄く形成した有機層の電子構造、界面でのエネルギー準位接続やバンドの曲りなどについての理解が進められてきた[6-8]

 しかし、一方で光電子分光法の表面敏感性のために、有機/有機界面や有機/金属電極界面といった埋もれた界面における電子構造を観測することが困難であった。そこで本研究では、脱出深度が大きい硬X線光電子分光法(HAXPES)を用いることで、有機薄膜太陽電池の埋もれた界面の電子構造を測定する条件を明らかすることを目的とし、異種の有機分子を層状に積層した試料について、上部層の膜厚が下地層の信号に与える影響を調べた。さらに、異種分子を混合したバルクヘテロ型試料の内殻電子構造との比較から、平面接合型の界面とバルクヘテロ界面の電子状態の違いについて検討した。また、一般的な光電子分光法では、有機薄膜太陽電池の動作中の電子構造については知ることができない。そこで、動作環境に近づけるため疑似太陽光を照射し、光電荷が生成されている状況での電子構造測定も試みた。


実験:

 測定試料としては、低分子系有機薄膜太陽電池の光電変換層として用いられる有機分子のうち、典型的な分子である亜鉛フタロシアニン(ZnPc)とC60フラーレン(C60)を用いた(図1)。ZnPcは正孔輸送性のドナー材料、C60は電子輸送性を持つアクセプター材料として知られている。ZnPcは関東化学社から購入したものを昇華精製して使用した。C60はフロンティアカーボン社から購入した昇華精製品をそのまま使用した。薄膜試料は真空蒸着法を用いてスズ添加酸化インジウム(ITO)基板(GEOMATEC社製、FLAT ITO)上に作製した。ITOは太陽電池の透明電極として広く用いられている。作製した試料は簡易真空デシケーター内で保管し、測定時に真空槽に導入した。HAXPES測定は、BL46XUで約8 keVのX線エネルギーを用いて行った。エネルギー分析器のパスエネルギーは200 eVに固定した。標準試料の金板のフェルミ端から見積もった分解能は約0.4 eVであった。有機薄膜試料の損傷を避けるため、中和銃は使用せずに測定を行った。光照射下での光電子分光測定を行うため、ビューポートから疑似太陽光スペクトル(エアマス1.5)を照射した条件下での測定も行った。疑似太陽光光源としては、朝日分光社製HAL-320を用いた。照射光強度については、試料位置での強度測定が困難であったため正確な値は不明であるが、光ファイバー先端から試料までの距離を同条件とした場合、150 mW/cm2程度の光強度であった。



図1. (a) 亜鉛フタロシアニン (b) C60フラーレン


結果および考察:

 まず、使用する光のエネルギーにおける光電子の脱出深度を見積もるため、ZnPc上にC60を異なる膜厚で製膜した試料について、光電子スペクトルを測定した。C60の膜厚を5, 10, 30 nmとしてZnPc上に製膜した試料のZnPcのN 1sスペクトルを図2に示す。試料表面平行方向からの角度を放出角度と定義し、放出角度が80°の光電子を測定した。(放出角度の定義については、以下でも同様に取り扱う。)C60の膜厚が30 nmの試料においても、強度が弱いながら、ZnPcのN 1sピークからの信号が検出できることが分かった。ただし、スペクトルの詳細な解析を行う上では強度は弱すぎるため、10 ~ 20 nm程度の深さ方向の測定が好ましいと考えられる。蒸着したC60膜厚の均一性についての検討が必要ではあるが、一般的な光電子分光法よりもより深い領域まで観測できるというHAXPESの利点が有機薄膜の積層構造においても有効であることが確認できた。一方で、金属電極としてよく用いられるAlを有機層の上部に蒸着した試料の場合には、Alの膜厚が20 nm程度で有機層からの光電子が検出されなくなった。金属電極下の埋もれた有機/電極界面の電子状態を測定する場合には、金属層の膜厚を10 nm前後にする必要があると思われる。実際の太陽電池素子における金属電極の膜厚は100 nm程度であることが多いが、10 nm程度の膜厚の金属でも有機層をほぼ完全に覆うことができるため、一般的な光電子分光法では困難であった金属/有機界面における電子準位接続についてもHAXPES測定を用いることで直接的な観測が行えると考えられる。



図2. ZnPc薄膜から放出されるN 1s光電子スペクトルの上部C60膜厚に対する強度変化。


 また、有機薄膜の光電子分光測定においては、プローブ光であるX線照射による有機薄膜へのダメージが問題になる場合が多い。今回の実験でも、長時間(1時間程度)の放射光の照射を行うと、N 1sピークの高束縛エネルギー側に肩構造が現れる場合があった。これはZnPcが放射光照射によって徐々に分解したことを示唆しており、有機層の変質について考慮する必要があることが分かった。この対策として、光電子信号のため込みが必要な場合は、試料上の1か所での測定を20分間程度に限定し、それ以上の測定を行う場合は放射光の照射位置をずらして測定を行うこととした。これにより、試料の損傷の影響はほぼ無視できる程度に抑えられた。

 有機薄膜太陽電池の光電変換層の構造として、ドナー性とアクセプター性の有機分子を層状に積層した平面ヘテロ接合型と、それぞれの有機分子を混合して製膜するバルクヘテロ接合型とがある。ZnPcとC60の場合、ZnPcはドナー性の有機分子、C60はアクセプター性の分子の役割を果たす。ZnPc上に10 nmのC60を積層した試料(平面ヘテロ接合試料)と、ZnPcとC60を同時に蒸着して作製した試料(バルクヘテロ接合試料)の光電子スペクトルを測定することで、C60/ZnPc界面における電子構造を観測した。平面ヘテロ接合試料については、光電子の放出角度によって接合界面からの距離が変わると考えられるので、電子構造の膜厚方向の変化が反映されると考えられる。一方で、バルクヘテロ接合試料では、基本的に接合界面における電子構造を反映した情報となると考えられる。そこで、放出角度20°から80°にわたり複数の角度で光電子スペクトルを測定した。

 測定結果の一例として、バルクヘテロ接合試料と平面ヘテロ接合試料から観測された放出角度80°および20°のC 1s光電子スペクトルを図3(a) ~ (d)に示す。図のように、平面ヘテロ接合試料とバルクヘテロ接合試料のC 1sスペクトルには、ZnPc由来の成分とC60由来の成分が重畳して現れる。このため、C60単層膜(図3(e))およびZnPc単層膜(図3(f))のスペクトルを用いて成分を分離して各分子のピーク位置を見積もった。スペクトルのフィッティングにはVoigt関数を用い、単層膜のスペクトルから見積もられたGaussian成分とLorentzian成分を固定パラメータとしてフィッティングした。ただし、ZnPc単層膜のC 1sスペクトルには、フタロシアニンのベンゼン環由来のピーク(ZnPc benzene)とピーロル環由来のピーク(ZnPc pyrrole)および各ピークの高束縛エネルギー側に現れるπ-π∗ shake-upピークが観測される(図3(f))が、バルクヘテロ接合試料や平面ヘテロ接合試料のスペクトルのπ-π∗ shake-upピークの強度は非常に小さかったため、フィッティングの際には解析から除外した。C60のC 1sピークのπ-π∗ shake-upピークも同様に解析からは除外している。図3のように、各角度のスペクトルを解析して、ZnPcおよびC60のエネルギー準位の深さ方向に対する変化について検討した。図4にC60とZnPc benzeneのC 1sピークおよびZnPcのN 1sピークの束縛エネルギーの放出角度依存性を示す。(ZnPc pyrroleのエネルギーの変化はZnPc benzeneの変化と同じであるため省略した。)縦軸は各ピークの束縛エネルギーであり、横軸は放出角度である。基本的に放出角度が小さいと表面近傍の情報が反映され、放出角度が大きくなるにつれてより深い領域の情報が含まれてくることになる。したがって、平面ヘテロ接合試料において、放出角度が大きい場合には、ZnPcとC60の接合界面近くの情報を多く含むことになるため、バルクヘテロ接合試料の電子構造に近づいてくると考えられた。



図3. 各試料のC 1s光電子スペクトル。バルクヘテロ接合試料(ZnPc:C60 (25 nm:27 nm) / ITO)(a) 放出角度80°(b) 放出角度20°、平面ヘテロ接合試料(C60 (10 nm) / ZnPc (20 nm) / ITO)(c) 放出角度80°(d) 放出角度20°、(e) C60単層膜(放出角度80°)、(f) ZnPc単層膜(放出角度80°)。測定値はで示している。実線はスペクトル分解した各成分のスペクトル。


 平面ヘテロ接合型試料のN 1sスペクトルに関しては、そもそも表面から10 nm下のZnPcの信号を観測しているので、放出角度の変化に対して、ピーク位置の変化は小さいと予想された。実際に、図4(a)や(b)に見られるように、各ピークの束縛エネルギーはほぼ一定の値を取った。一方で、平面ヘテロ接合試料のC60のC 1sピークは、放出角度の変化に対応して表面と界面の違いが観測されると期待された。しかし、図4(a)に示すように、放出角度が大きくなるにつれて束縛エネルギーが若干小さくなる傾向が見て取れるものの、ZnPc benzeneの放出角度依存性のばらつきと比べてもその変化は非常に小さいため、深さ方向についてのはっきりとした変化は見られなかった。ShibutaらはC60薄膜上に銅フタロシアニン(CuPc)を積層させた試料についてHAXPES測定を行っており、CuPc/C60界面での化学的な相互作用はほとんど起こらないため、スペクトルに変化がないことを報告している[9]。積層順とフタロシアニンの中心金属が異なるが、本実験の積層試料でもC60/ZnPc界面での反応が起こっておらず、ピーク値が一定の値を取っている可能性もある。しかし、ここで興味深いことは、各ピークの束縛エネルギーが平面ヘテロ接合試料とバルクヘテロ接合試料とで異なり、C60のC 1sピークはバルクヘテロ接合試料の方が高束縛エネルギー側に観測されるのに対して、ZnPc benzeneのC 1sピークやN 1sピークはバルクヘテロ接合試料の方が低束縛エネルギー側に測定される点である。最も単純な解釈としては、ZnPcとC60界面においてZnPcからC60へと電子が供与されており、熱平衡状態に比べてZnPc 側が正に、C60側が負になっている可能性が挙げられる。これまでの報告で、CuPcとC60との間に生じる電荷移動にともなう分極が光電子分光や逆光電子分光において観測されている[10,11]ことから、ZnPcとC60間でも同様の状態が実現されている可能性がある。ただし、バルクヘテロ接合試料のピーク位置と平面ヘテロ接合試料のピーク位置は、放出角度が大きい領域(すなわち、平面ヘテロ接合試料でC60/ZnPc界面付近の情報を反映していると考えられるスペクトル)でも異なっている。バルクヘテロ接合におけるランダムに構成された界面と、平面ヘテロ接合における界面の本質的な違いを表している可能性もある。あるいは、平面ヘテロ接合試料のスペクトルは深さ方向の全ての領域の電子状態が重複して観測されるため、単純にピーク位置だけで議論するには限界があることを示唆しているのかもしれない。これらを明らかにするためには、上部有機層の膜厚による光電子スペクトルの変化のより詳細な測定、さらには真空蒸着による界面作製時のin-situ測定などが必要となる。



図4. バルクヘテロ接合試料(ZnPc:C60 (25 nm:27 nm) / ITO)と

平面ヘテロ接合試料(C60 (10 nm) / ZnPc (20 nm) / ITO)の

内殻準位のピークエネルギーの放出角度依存性。

(a) C60およびZnPc benzeneのC 1s (b) ZnPc N 1s。


 以上の実験に加えて、動作環境下における電子構造について調べるために、疑似太陽光を照射した状態で平面ヘテロ接合試料、およびバルクヘテロ接合試料の光電子スペクトルを測定した。筆者らは低エネルギー放射光(40 eV)を用いた光電子分光法において、C60/ZnPcヘテロ接合試料表面で光起電力による光電子スペクトルのシフトを観測しており[12]、本実験ではHAXPESの深さ方向の検出能力を活かして、光起電力の深さ方向分布などの情報が得られることが期待された。しかし、本実験では光照射による明確な影響は観測されなかった。この原因としては、光起電力が極表面のみに生じており、HAXPESの深さ方向の測定能のため表面の情報が埋もれてしまった可能性や、試料の大気曝露の影響(光起電力を観測した実験では、試料作製槽から測定槽まで真空中を輸送することが可能であったため、大気曝露の影響がなかった)などが考えられるが、現時点でははっきりとした理由は不明である。


今後の課題:

 今回の実験で有機薄膜デバイスの埋もれた界面の測定のめどがついた。HAXPESの深さ方向の測定能をうまく利用すれば、有機/有機界面や有機/金属界面といったデバイス機能に直接かかわる界面での電子状態を観測できることが期待できる。ただし、観測可能な深さ方向の情報は、表面数十ナノメートル程度であるため、試料作製後の雰囲気による影響がある可能性がある。試料作製後、大気曝露せずに測定することができれば、水や酸素といった雰囲気の影響を抑えることができると考えられる。光照射による影響については、はっきりとした結果が得られなかった。光強度や照射角度、照射光のスペクトルなど、照射光の条件を最適化することが必要である。また、C60/金属界面および高分子系の薄膜太陽電池として広く研究されているpoly(3-hexylthiophene): [6,6]-phenyl-C61 butyric acid methyl esterバルクヘテロ層についても実験を行う計画であったが、これらについては時間の都合で実施できなかった。HAXPES測定中の有機層の損傷具合についての検証や疑似太陽光照射による影響の確認などに予想以上に手間取るなど、事前の測定時間の見積りが不十分であったためである。損傷については本結果から深刻な問題にはならないことが分かったが、低速モーターなどを用いた自動ステージにより試料上を走査しながら測定するといった装置があればより効率的な測定が期待できる。


参考文献:

[1] H. Spanggaard, F. C. Krebs, Sol. Energy Mater. Sol. Cells, 83, 125 (2004).

[2] C. J. Brabec, Sol. Energy Mater. Sol. Cells, 83, 273 (2004).

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[4] C. J. Brabec, A. Cravino, D. Meissner, N. S. Sariciftci, T. Fromherz, M. T. Rispens, L. Sanchez and J. C. Hummelen, Adv. Funct. Mater., 11, 374 (2001).

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[11] K. Akaike, A. Opitz, J. Wagner, W. Brütting, K. Kanai, Y. Ouchi, K. Seki, Org. Electron., 11, 1853 (2010).

[12] 田中 仙君, 廣光 一郎, 応用物理学会有機分子・バイオエレクトロニクス分科会会誌, 23, 87 (2012).



ⒸJASRI


(Received: September 11, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)