SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

ナイロン612の正負球晶の温度変化について
Temperature Alternation of Positive and Negative Spherulites in Nylon 612

DOI:10.18957/rr.4.2.190
2012B1310 / BL40B2

森 健太, 小西 隆士, 宮本 嘉久

Kenta Mori, Takashi Konishi, Yoshihisa Miyamoto


京都大学大学院人間・環境学研究科

Graduate School of Human and Environmental Studies, Kyoto University,


Abstract

 十分に高温で融解したナイロン612のメルト結晶化過程を光学顕微鏡により観測すると正球晶が成長した。しかし、一旦、結晶が形成した後、融点直上で融解させ、再び結晶化させると負球晶が成長した。これら正負球晶における複屈折の強さは異なる温度依存性を持つ。そこで、正負球晶の構造の違いについて広角X線回折法を用いて詳細に検討した。その結果、正球晶の結晶はBrill転移を起こすのに対し、負球晶では起こさないことがわかった。


キーワード: 高分子結晶化、ナイロン612、広角X線回折、球晶、偏光顕微鏡


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背景と研究目的:

 高分子物質のメルト結晶化の実験を行う際には、平衡融点よりも高い温度でアニールさせることで熱履歴を取り除くが、このアニールが不十分であると、結晶化速度が速くなることなどが知られている。このようなメルト中での熱履歴の緩和現象は重要であるにも関わらず、あまり理解されていない。ナイロン66ではアニールが十分なときにはメルトからの結晶化において複屈折は正の球晶が現れるが、アニールが不十分なときには負の球晶が現れることが報告されている[1]。このような現象はナイロン610やナイロン612などの他のナイロンでも報告されている[2-3]が、特にナイロン612については研究例が少なく、負球晶の発生する詳しい条件や、正負球晶の結晶構造変化などは明らかではない。このような正負の球晶およびその形成機構について理解することは高次構造の制御という観点からも意義深いものである。そこで、ナイロン612での負球晶の発生条件と正負球晶の複屈折の強さおよび結晶構造の温度変化について明らかにするために、偏光顕微鏡および時分割X線回折(WAXD)を用いて調査した。


実験:

 サンプルはSigma-Aldrich社製ナイロン612を用いた。このナイロン612における熱履歴のある場合とない場合の2種類のメルト状態からの結晶化について調べた。

 メルト状態から徐冷し結晶化させたナイロン612について、示差操作型熱量測定法で10 K/minで昇温した際の融点は218 °Cであった。平衡融点(265 °C[4])より十分に高い300 °Cで5分間アニールすることで熱履歴を十分に取り除いたメルト状態を履歴無メルトとよぶ。この履歴無メルトから結晶化温度Tpまで冷却し等温結晶化を行った。その結晶化過程について偏光顕微鏡観察およびWAXDを行った。さらに、十分結晶化させた後、一旦室温まで冷却し、室温から280 °Cまでの昇温過程についてWAXD測定を行った。

 溶融温度300 °Cから195 °Cで2時間等温結晶化させた後、一旦ある温度Tx = 222 ~ 223 °Cで10分間融解させることで熱履歴をもたせたメルト状態を得た。この状態を履歴有メルトとよび、この履歴有メルトから結晶化温度Tnまで冷却させ、その結晶化過程について偏光顕微鏡観察および時分割X線回折(WAXD)を行った。また、結晶化後その温度からの昇温過程についてWAXD測定を行った。

 本実験での温度操作はすべて10 K/minで行った。観測に用いた偏光顕微鏡はニコン社製 ECLIPSE ME600で、鋭敏色板を用いた。時分割X線回折はSPring-8ビームラインBL40B2にて行い、カメラ長約100 mmの位置にフラットパネルX線検出器(C9728DK-10, 浜松ホトニクス社製)を設置して測定した。露光時間は2秒であった。使用した波長λは1 Åで散乱ベクトルの大きさはq = 4πsinθ / λとする。


結果および考察:

 履歴無メルトからTp = 223 °Cで等温結晶化させると、透明な球晶がゆっくりと生成した。生成した球晶を冷却するに従い、その複屈折によるコントラストははっきりとした。図1aにTp = 223 °Cで室温まで冷却した際の偏光顕微鏡像を示す。図1a中の丸で囲ってある場所が1つの球晶を示している。この球晶は正の複屈折をもつ球晶であることがわかる。この球晶はさらに室温から温度を上げると、複屈折が弱くなり、180 °C付近で結晶が融解する前に再び透明になる。この現象は、観測可能なすべての結晶化温度で形成した正球晶に関して観測された。図2にTp = 180, 195 °Cで2時間等温結晶化させた球晶を30 °Cまで冷却し、その球晶の複屈折の強さ(クロスニコル下での最大強度)の温度依存性を示す。いずれの場合も、180 °C以上では複屈折の強度はほとんど観測されなかった。



図1. ナイロン612の(a)正球晶と(b)負球晶。



図2. ナイロン612の正(Tp = 180, 195 °C)と負の球晶の複屈折の強さの温度依存性。


 履歴有メルト(Tx = 223 °C)からTn = 218 °Cで30分間等温結晶化させた際の顕微鏡像を図1bに示す。この図から、履歴有メルトから生成した球晶は負の複屈折をもった球晶であることがわかる。このように、ナイロン612において、熱履歴の有無で生成した球晶の正負が変換する現象が確認できた。このような正負球晶の生成は、ナイロン66で確認されている[1]。図2にこの負球晶の複屈折の強さの温度依存性を示す。これを見ると、負球晶は正球晶に比べて、複屈折強度の温度依存性が見られない。そこで、このような差は結晶構造に由来するものと考え、正球晶と負球晶の結晶構造の違いについて調べるために、WAXD測定を行った。



図3. ナイロン612のWAXD結果。(a) 履歴無メルトからTp = 195 °Cで2時間等温結晶化させた際のWAXD図。(b) Tp = 195 °Cで等温結晶化後、96 °Cまで冷却したナイロン612の昇温過程でのWAXD結果。(c) 履歴有メルトからTn = 213 °Cで2時間等温結晶化したナイロン612のWAXD図。(d) Tn = 213 °Cで等温結晶化後、その温度からの昇温過程でのWAXD結果。なお、(b)-(d)に関しては結晶ピークのみを示している。


 履歴無メルトからTp = 195 °Cで2時間等温結晶化させた際のWAXD図を図3aに示す。q = 0.62, 0.96, 1.49, 1.54, 2.61 Å-1に結晶ピークが観測される。また、その中から非晶質の成分を引くことで、結晶ピークのみより成る曲線も示している。このなかで、特にq = 1.49および1.54 Å-1付近のピークは100および010面に対応することがわかっており、以降これらのピークに着目して議論を進める。図3bはTp = 195 °Cで等温結晶化させたナイロン612を96 °Cまで冷却し、その後、300 °Cまで昇温させた際のWAXD結果である。この図では非晶成分を引いてある。図4に100および010面に対応するピーク位置の温度依存性を示す。これらの結果より、温度が高くなるに従って100および010面に対応するピークが近づく傾向が観測された。この傾向はナイロンの結晶構造変化ではよく知られているBrill転移に対応するものであると考えられる[5,6]

 次に、履歴有メルトからTn = 213 °Cで2時間等温結晶化させたナイロン612のWAXD図を図3cに示す。なお、これらのWAXDは非晶成分を引いてある。q = 0.62, 0.96, 1.45, 1.50, 2.61 Å-1に結晶ピークが観測される。図3aと比較すると、これらのピークは、正球晶で温度変化する100および010面のピーク以外は一致する。よって、負球晶でも正球晶と同じ結晶形であると考え、q = 1.45および1.50 Å-1のピークを100および010面のピークと考え、その温度依存性について調べる。この結晶を213 °Cから300 °Cまで昇温させた際のWAXD結果を図3dに示す。また、正負球晶の100および010面に対応するピーク位置の温度依存性を図4に示す。

 ここで、複屈折の強さの温度依存性(図2)と100および010面のピーク位置(図4)の関係について考える。正球晶では温度が高くなるにしたがって、複屈折強度が減少した(図2)。それに対応するように、100および010面のピーク位置の差は低温では広がっているが、複屈折が減少する180〜200 °Cの範囲で急激に減少し、200 °C以上では非常に狭くなっている。ところが、複屈折強度の温度変化があまりなかった負球晶ではこれらのピーク位置の幅は正球晶の同じ温度のときに比べて広かった。このことより、2つのピーク位置の差が広いときには複屈折の強度が大きくなることを示している。負球晶はこれらのピーク位置が変化しない結晶構造をもっていると推測される。



図4. 正負球晶のピーク位置の温度依存性の比較。


今後の課題:

 本研究によりナイロン612において通常は正球晶が生成するが、熱履歴を持ったメルト状態からの結晶化において負球晶が生成することを見出すことができた。また、複屈折の強度とWAXDにおけるピーク位置の変化との関係を明らかにした。Brill転移により高温で100および010面のピーク位置が近づく変化は三斜晶から擬六方晶に近づくことを示している[5,6]。このように、高温では結晶のa軸b軸方向の大きさが等しくなり、かつ、その成す角度が60 °に近づくので、a軸方向とb軸方向の屈折率が近い値になり、複屈折の強さが小さくなるのではないかと考えている。この原因の詳細を調べることは今後の課題である。

 今回は、負球晶のq = 1.45および1.50 Å-1のピークを100および010面のピークとしたが、負球晶に関する結晶構造解析は十分ではないので、今後の課題とする。また、正球晶と負球晶の起こる原因は結晶成長面が異なることに起因していることがわかっている[2]。この成長面の違いが温度変化させたときの結晶構造の変化や複屈折の変化に対応すると推測される。成長面と結晶構造の変化の詳細な関係、および、そもそもなぜ負球晶が生成されるのかについて、今後、明らかにしていく。


参考文献:

[1] C. Ramesh, A. Keller, S. J. E. A. Eltink, Polymer 35, 5299 (1994).

[2] A. J. Lovinger, J. Appl. Phys 49, 5003 (1978).

[3] A. J. Lovinger, J. Appl. Phys 49, 5014 (1978).

[4] unpublished data.

[5] C. Ramesh, Macromolecules 32, 3721 (1999).

[6] H. J. Biangardi, J. Macromol. Sci., Part B: Phys. 29, 139 (1990).



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(Received: February 1, 2016; Early edition: April 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)