SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

高温高圧下におけるNeHe2の相安定性
Phase Stability of NeHe2 under High-Pressure and High-Temperature Conditions

DOI:10.18957/rr.4.2.204
2012B1563 / BL10XU

福井 宏之a, 前川 武雄a, 杉本 隼之a, 赤浜 裕一a, 平尾 直久b, 大石 泰生b

Hiroshi Fukuia, Takeo Maekawaa, Toshiyuki Sugimotoa, Yuichi Akahamaa, Naohisa Hiraob, Yasuo Ohishib


a兵庫県立大学大学院物質理学研究科, b(公財)高輝度光科学研究センター

aGraduate School of Material Science, University of Hyogo, bJASRI


Abstract

 MgZn2型のラーベス構造を持つ希ガス固体NeHe2について、160 GPaまでの圧力下でX線回折測定を実施した。120 GPa以上でファイバーレーザーにより1500 K程度まで加熱を行ったが、構造相転移は観察されなかった。この結果から、MgZn2型を示すNeHe2は少なくとも120 GPaおよび1500 Kの高温高圧条件下でも安定に存在することが示された。また、理論的に170 GPaで起こると予言されているMgZn2型からMgCu2型への構造相転移は160 GPaまで確認されなかった。


キーワード: X線回折、高圧力、NeHe2


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背景と研究目的:

 希ガスは地球惑星内部に存在することが知られており、高圧下での安定な構造や物性には興味がもたれる。また希ガス固体はファンデルワールス固体のプロトタイプとして、物理化学分野においても重要な物質である。周期表において第一周期に属するヘリウムは室温で約12 GPaで固化し、六方最密充填構造を取る。一方で第二周期に属するネオンは約5 GPaで立方最密充填構造の固体となる。原子モル比がHe:Ne = 2:1となる組成では、約13 GPaにおいて定比化合物NeHe2が形成され、MgZn2型ラーベス構造を示すことが報告された[1]。また、理論計算による研究では、MgZn2型構造が0 Kにおいては120 GPa以上でMgCu2型構造へと相転移するとの報告がなされている[2]

 また、NeHe2の物性は高圧力技術の観点からも興味深い。ヘリウムやネオンは、その化学的な安定性と高い圧縮特性から、ダイヤモンドアンビルセル(diamond anvil cell: DAC)を用いた高圧実験における圧力媒体として好ましい物質である。NeHe2の安定性と圧縮特性については高圧X線回折実験により室温において90 GPaまで調べられているが[3]、高温高圧条件下ではあまり研究されていない。もし、高温下でもNeHe2が安定に存在するのであれば、ヘリウムよりも扱いやすく、ネオンよりもやわらかい圧力媒体として、温度圧力条件下での研究に広く使用できると期待される。

 上述したように、本研究においては、高圧下でのNeHe2の安定性を研究する目的で、高圧X線回折測定を実施した。


実験:

 測定試料は、HeとNeの原子モル比2:1の混合ガスを出発物質として用いた。これをSPring-8にある高圧ガスシステムを用いて196 MPaまで圧縮し、DAC中へと充填した。使用したダイヤモンドの先端には一段ベベル加工を施してあり、先端径150 μm、ベベル部分外径300 μmであった。ガスケットにはレニウム金属を用いた。中央部を厚さ30 μm弱に調整し、そこに放電加工にて穴をあけ試料室とした。ヘリウムガスをDACにて加圧する場合、ダイヤモンドの破壊が起こりやすい。その原因は未だ良く分かっていないが、一説にはダイヤモンド中へのヘリウム原子の侵入や、試料とガスケットとの境界部分での大きな応力差が原因であると言われている。NeHe2を用いる本実験でも同じ様な破壊の恐れがあったため、今回はダイヤモンドの破壊を防ぐために2種類の工夫を行った。第一として、ダイヤモンド先端部分にスパッタリングによりチタン薄膜層を成層させ、ヘリウム原子がダイヤモンド中へ拡散するのを妨げる処理を施したアンビルを用いて実験を行った(Run1)。第二として、試料室端部での急激な応力変化を緩和させることを狙い、レニウム(Re)よりも圧縮されやすい金の層をレニウムと試料の間に設けた複合材ガスケットを用いて実験を行った(Run2)。試料室には、試料充填を確認するためのルビー小片(圧力マーカー)とファイバーレーザー吸収のための白金粉末を試料と共に封入した。白金粉末からの回折線が試料のX線回折パターンに重ならないよう、試料室内で円状に配置させた(図1a)。比較のため、アンビルおよびガスケットに工夫を施さない実験も行った(Run3)。X線回折測定はBL10XUにて行った。波長0.41315 Åの入射X線は直径15 μmのコリメータを通して試料へと照射した。X線回折パターンの取得中は、試料を±5°揺動させながら実験を行った。検出器にはイメージングプレート(RIGAKU社製R-AXIS IV++)を用いた。100 GPa以上に加圧した試料に対しては、いくつかの圧力点においてファイバーレーザーによる片面加熱を実施することで熱力学的安定相への転移を促した後、室温での試料のX線回折パターンを測定した。レーザー径は20 μm程度であった。測定時の発生圧力はダイヤモンドラマンゲージ[4]を用いて決定した。



図1. Re-Au複合ガスケットを用いた試料室(Run2)。(a) 加圧前の写真。試料室内に白金粉末とルビー小片が確認できる。(b) 90 GPaでの試料室。ダイヤモンドの塑性変形のために、キュレットの縁は暗く見えている。試料室は円形から大きく変形している。


結果および考察:

 Run1:チタン成膜を施したダイヤモンドを使用した実験では、斑点状のX線回折パターンが得られた。これは、室温下での圧縮過程において、固化曲線を横切る際の加圧レートが十分ゆっくりであったため固化時に粒成長が引き起こされたことに起因していると思われる。40 GPaでの測定では試料からの回折線が検出できなかった。これは試料室が大きく変形したことに起因していると思われる。最終的には試料がダイヤモンドの先端部分の外に出てしまったため、加圧を断念した。試料室の変形とチタン薄膜層との関連性は不明である。



図2. 104 GPaにおいて片側のアンビル越しに32 Wのファイバーレーザーを照射した際に観察された試料室からの熱輻射光。


 Run2:Re-Au複合ガスケットを使用した実験では、Run1と同様に加圧中試料室が円形から大きく歪んだが、試料部はダイヤモンド先端部の中央付近から移動することはなかった(図1b)。しかしながら、104 GPa以上では金からの回折線の強度が非常に強くなったため測定を断念した。

 Run3:結果として、通常のダイヤモンドとReガスケットを用いて160 GPaまでの測定が行えた。得られたX線回折パターンは、Run1で得られたような斑点状というよりも、部分的なリング状であった。これは、Run3の加圧により結晶の粒径は小さくなったものの、今度は結晶配向が存在していたことを示している。熱力学的平衡相への転移を促すために、104 GPa、119 GPa、126GPaでの測定では片面からファイバーレーザーを照射し、加熱した。約20 Wの出力から徐々に可視光領域の熱輻射光が観測された(図2)。このことから、NeHe2は熱絶縁体として働き、白金粉末は、その発光色から約1500-2000 K以上に加熱されていたと思われる。

 Run2およびRun3で得られたX線回折パターンを図3に示す。すべての圧力で得られたX線回折パターンは、ガスケットとして用いた金およびレニウムの回折ピークを除くことによりほぼすべてのピークを試料からの回折ピークとして指数付けすることができた。参考までにRun3で得られた160 GPaのパターン(図3c)に対してMgZn2型相の体積と同じとしたMgCu2型構造で現れるピーク位置を青線で示した。160 GPaのパターンをMgCu2型構造で説明することができない。このことから160 GPaにおいてもMgZn2型構造が安定であり、NeとHeの単体相への分解やMgCu2型構造への相転移は起きていないことが明らかとなった。先行の理論研究[2]によると、相転移圧力は300 Kで約170 GPa弱とされているため、本結果はこれと矛盾しない。更なる加圧を試みたが、ダイヤモンドアンビルが破壊してしまったためこれ以上の測定は行えなかった。



図3. 得られたX線回折パターン。入射X線波長は0.41315 Åであった。(a) Run2および(b) Run3の結果。(c) 160 GPaで得られたX線回折パターン。数字はMgZn2型構造の回折線のミラー指数を示す。Reはガスケットであるレニウムからの回折線を示す。X線回折パターンの下部にMgZn2型構造とMgCu2型構造のピーク位置(密度は3.86 g/cm3)をそれぞれ赤線と青線で示した。


 図4に単位格子体積の圧力変化を示す。本研究結果からVinetの状態方程式[5]を用いて弾性率を計算した。先行研究で求められた0 GPaでの単位格子体積V0(160 Å3)を用いたところ、体積弾性率K0は3.0(3) GPa、その圧力微分K’は7.5(2)となった。金粉末を圧力マーカーとした先行研究結果[3]での圧縮曲線(K0 = 5.7 GPa, K’ = 5.8)も比較のため図中に示す。両者は60 GPaあたりまで良い一致を示すが、この圧力以上では今回の結果の方が大きな体積を示した。この相違の原因として、非静水圧性の効果が考えられる。先行研究ではNeHe2圧力媒体中の金は60 GPa以上で各指数から計算される格子定数の偏差が大きくなり一軸応力を感じ始めていることが分かっているため[3]、この圧力以上ではNeHe2自体も静水圧からのずれを感じていると考えられる。それが測定体積に影響を及ぼしたのかもしれない。また、圧力マーカーに対する非静水圧性の効果の違いが原因かもしれない。非静水圧力下では金の示す圧力はダイヤモンドラマンゲージの示す圧力よりも低くなることが考えられる。圧力マーカーに対する非静水圧性の効果についての定量的な研究も必要であろう。



図4. NeHe2の単位格子体積(Z = 4)の圧力変化。太線は今回得られた圧縮曲線で細線は先行研究[3]で求められたものを示す。破線は先行研究で得られた圧縮曲線を高圧へと外挿したものである。


今後の課題:

 本実験ではダイヤモンドアンビルが割れてしまい160 GPa以上での実験ができなかった。先行する理論研究を検証するためには高い圧力での実験が必要である。また各圧力マーカーに対する非静水圧性の効果の違いなども研究されるべきであろう。一方でNeHe2が高温下での圧力媒体として使用できる可能性が示された。今後は実際の試料を用いた研究の展開が期待される。


謝辞:

 スパッタリングによるダイヤモンド表面へのチタン成膜には太田健二氏(当時:大阪大学、現:東京工業大学)にご協力いただきました。


参考文献:

[1] P. Loubeyre, M. Jean-Louis, R. LeToullec and L. Charon-Gérard, Phys. Rev. Lett. 70, 178 (1993).

[2] C. Cazorla, D. Errandonea and E. Sola, Phys. Rev. B 80, 064105 (2009).

[3] H. Fukui, N. Hirao, Y. Ohishi and A. Q. R. Baron, J. Phys.: Cond. Matter 22, 095401 (2010).

[4] Y. Akahama and H. Kawamura, J. Appl. Phys. 100, 043516 (2006).

[5] P. Vinet, J. Ferrante, J. R. Smith and J. H. Rose, J. Phys. C 19, L467 (1986).



ⒸJASRI


(Received: January 26, 2016; Early edition: March 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)