SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

オーステナイト系ステンレス鋼表面での酸化被膜成長に伴う界面近傍残留応力の変化
Skin Residual Stress Measurements and Oxide Characterization by Synchrotron X-ray Diffraction in Non-sensitized 316 Stainless Steel and High Temperature Water Combination

DOI:10.18957/rr.4.2.220
2011B1024 / BL19B2

渡邉 真史, 米澤 利夫, 庄子 哲雄

Masashi Watanabe, Toshio Yonezawa, Tetsuo Shoji


東北大学 未来科学技術共同研究センター

New Industry Creation Hatchery Center, Tohoku University


Abstract

 軽水炉の構造材料における「鋭敏化によらない粒界応力腐食割れ」のメカニズムを探る研究の一環として、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材について酸化皮膜直下の残留応力測定をBL19B2において課題番号2011B1024として実施した。結果的にはさらに課題番号2012A1019を実施し、これらを併せて総合的に比較検討することとなったが、本稿ではこのうち課題番号2011B1024に該当する部分の実験とその結果について報告する。


キーワード: 応力腐食割れ、X線回折、表面近傍残留応力、侵入深さ一定法


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背景と研究目的:

 軽水炉冷却水環境中でのオーステナイト系ステンレス鋼における応力腐食割れは全て、結晶粒界に沿ってクロム炭化物が析出することで粒界近傍にクロム欠乏層が形成される、いわゆる「鋭敏化」によるものであると以前は考えられていた[1]。しかし、近年、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材においても粒界応力腐食割れが起こり得ることが発見され[2]、鋭敏化に起因しない粒界応力腐食割れのメカニズムについても早急に解明することが強く求められるようになった。

 そのため、これまでにTEM(透過型電子顕微鏡)による断面観察等の実験的な努力がなされてきたが[3]、その多くが事後的な破壊検査であり、断面作成プロセスや観察時の電子ビーム照射による悪影響も懸念され、いわば死体解剖である感が否めない。メカニズムを詳しく検討するにはそれだけでは不十分であり、状態を大きく損なうことのない非破壊測定、あるいは、高温高圧水中でのin-situ観察が必要となる。そこで当研究グループでは、放射光X線回折技術を利用してBL19B2において侵入深さ一定法による酸化皮膜とステンレス鋼の界面近傍での残留応力測定を行うと共に、他のビームライン(BL13XU, BL22XU)でも酸化皮膜のキャラクタリゼーションを行い、応力腐食割れに先立つ表面での腐食の影響について継続的に検討することとした。

 本課題はその一環としてなされたものであり、応力腐食割れの要因の一つである応力面について酸化皮膜形成による影響を調べようとするものである。


実験:

 本課題の残留応力測定のために、非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工(加工度:28%、1方向マルチパス冷間圧延)材から、厚み10 × 20 × 5 mm3の板状試験片を作成した。測定対象とする面は粗さ400番の研磨から開始し、1000番の研磨をした後、ダイヤモンドペーストを用いたバフ研磨により鏡面研磨仕上げを施すことで、表面近傍に圧縮残留応力を導入すると共に、侵入深さ一定法が可能となる正確なX線入射角が達成できるような鏡面に加工した。

 同じ手順でほぼ同時に作成した3枚の試験片のうち、1枚を未浸漬試験片として保存し、他の2枚はそれぞれ軽水炉冷却水環境を模擬した高温純水中(290°C)に300時間、および1370時間浸漬し、結果を比較することとした。なお、300時間浸漬試験片の残留応力と酸化皮膜側の残留応力については一部のピークプロファイルの試験的な測定にとどまり、大部分を次回の課題番号2012A1019に持ち越すこととなった。総合的な結果についての考察は課題番号2012A1019の成果報告書において記述する。

 測定はBL19B2の多軸回折計を用いて行い、入射X線の波長は17 keV、入射スリットは3.0 × 0.2mm2とした。受光側にはBL19B2の標準のソーラースリット(長さ300 mm, ブレード間隔0.25 mm)の前段と後段のそれぞれに幅12 × 7 mm2の受光スリットをセットした。Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の残留応力測定は、酸化物の反射との重畳することが少ない0 0 2反射を測定対象とし、X線侵入長を制御しながら行う「侵入深さ一定法」を用いたsin2ψ[4]で行い、残留応力の深さ依存性を0.2 μmから2.0 μmの範囲で測定した。「侵入深さ一定法」によれば多軸回折計において侵入深さTは以下の式で表される。



 ここで、ψは一般的な残留応力測定法であるsin2ψ法におけるψ角、2θ, ω, χは多軸回折計の角度、μは測定対象の吸収係数である。このうち、T, μ, 2θ, ψは測定対象をどのようなものにするかで決定される境界条件となる。この連立方程式を解くことでX線の侵入深さを制御しつつ残留応力を測定することができる。なお、多くの場合解が2つ得られるが、本実験ではそれらを比較して試験片上でのX線照射面積がより大きい方を採用した。

 sin2ψ法においてはsin2ψ値が0.1〜0.6の範囲の5, 6点で回折角2θの値を測定して残留応力を求めている。また、酸化皮膜内の残留応力は、X線侵入深さを一定かつ予想される酸化皮膜の最大厚みより十分深く設定して測定した。スピネル型酸化物の場合には0 2 2反射、ヘマタイトなどのコランダム型酸化物が検出された場合には0 1 -4反射を測定対象として試みた。しかしながら、ヘマタイト0 1 -4反射についてはスピネル型酸化物と似た傾向は得られているものの、ピーク強度に比べてバックグラウンドのがたつきが幾分大きいため、詳しい検討から除外した。なお、実験上の系統誤差の可能性を排除するため、実験の前にLaB6粉末に関する同様の測定を行い、sin2ψ-2θプロットに有意な傾きが出ず、残留応力がほぼ0となることを確認した上で実験を開始している(図1)。(なお、これらの実験条件は、課題番号2011A1023で予備的な測定を行った経験を踏まえて決定した。)



図1. LaB6粉末に関するsin2ψ-2θプロット。傾きがほぼ0であり、装置に起因する見かけ上の残留応力などはないことが確かめられる。


結果および考察:

 本実験では、1370時間浸漬試験片でスピネル型酸化物と少量のヘマタイトが検出された。また、化学熱力学的な計算から考えるとCr2O3も生成する可能性がないわけでないが、これまでの課題によるType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼上の酸化物のキャラクタリゼーションでは発見されておらず、存在するとしてもごく少量であると考えられる。

 未浸漬試験片の残留応力について、X線侵入深さ(酸化物との界面と比較してX線強度が1/eになる深さ)を0.2 μmとごく浅くして測定した場合のType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼0 0 2反射のピークプロファイル(sin2ψ = 0.1および0.6の場合)とsin2ψ-2θプロットをそれぞれ、図2(a)、(b)に示す。



図2. X線侵入深さ0.2 μmとしたときのType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼0 0 2反射のピークプロファイル(sin2ψ = 0.1および0.6の場合)とsin2ψ-2θプロット。ピークプロファイルはピークの形状を比較し易いようにピーク強度で規格化してある。(a) 未浸漬試験片の0 0 2反射のピークプロファイル、(b) 未浸漬試験片のsin2ψ-2θプロット、(c) 1370時間浸漬試験片の0 0 2反射のピークプロファイル、(d) 1370時間浸漬試験片のsin2ψ-2θプロット。sin2ψ-2θプロット中、水色線はconfidence level = 0.7の境界線。


 未浸漬試験片のsin2ψ-2θプロットの傾きから算出される残留応力は-300±100 MPa程度(応力値が正値の場合が引張、負値の場合が圧縮)であり、表面近傍には研磨により圧縮残留応力が導入されていることが確かめられた。ここに酸化する時の体積膨張や冷却時の熱膨張率の違いなどの効果によって引張応力がプラスされると、研磨により導入されていた圧縮残留応力が弱められるか解消されてしまうことになる。そこで、次に1370時間浸漬試験片について同様の測定を行ったところ、ピークプロファイル(sin2ψ = 0.1および0.6の場合)とsin2ψ-2θプロットは図2(c),(d)のようになり35±70 MPa程度の小さい残留応力になっているという結果が得られた。

 同様の測定を、X線侵入深さを変えながら行った結果が図3である。酸化皮膜が形成された後は圧縮残留応力がほぼなくなっていることが分かる。ただし、母材の鋼の表面(酸化物とType 316Lオーステナイト系ステンレス鋼の界面)は腐食が進むにつれて失われて内部へと後退する。このため、この後退量を断面SEM観察などから得られる酸化皮膜の厚み等の既存データから推定して補正する必要がある。(補正量は0.4 μm)この補正を行って未浸漬状態の表面を基準にした推定深さに対してプロットし直したのが図3(b)である。(補正前のデータは図3(a)参照)



図3. 非鋭敏化低炭素Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼冷間加工材の残留応力の深さ依存性 (a) データから直接求められる値、(b) 腐食による界面の後退を考慮して補正した値。青線:未浸漬試験片、赤線:1370時間浸漬の試験片。


 一方、スピネル型酸化物の酸化皮膜内の残留応力測定時のピークプロファイル(sin2ψ = 0.1および0.5の場合)とsin2ψ-2θプロットを図4に示す。ピーク半値幅に比べてピークセンターのシフト量は小さく精度的にはギリギリの感は否めないが、sin2ψ-2θプロットには一定の傾向が認められ、その傾きを応力に換算すると-350±80 MPa程度の圧縮残留応力という結果になる。



図4. 1370時間浸漬試験片の上に生成したスピネル型酸化物の(a) 0 2 2反射のピークプロファイル(sin2ψ = 0.1および0.5の場合。ピークプロファイルはピークの形状を比較し易いようにピーク強度で規格化してある。)、(b) sin2ψ-2θプロット。sin2ψ-2θプロット中、水色線はconfidence level = 0.7の境界線。


 図3(b)からは、酸化皮膜形成後の母材側Type 316Lオーステナイト系ステンレス鋼では酸化皮膜直下で圧縮残留応力が300 MPa程度軽減されており、深くなっていくにつれて未浸漬試験片との差がなくなっていく傾向が見て取れる。酸化皮膜直下での母材側の残留応力変化量は酸化皮膜側の残留応力とほぼ一致している。母材側が酸化物との界面から強い影響を受けている可能性が示唆される。もし、上記の結果に加えて、界面の腐食による後退量は0.1 μm以下であると推定される300時間浸漬試験片についても同様の結果が得られれば、再現性が確認されるのに加え、残留応力変化の主たる要因は腐食によって表面付近の母材が失われるためではなく、生成した酸化皮膜と母材側の力学的な相互作用によるものであろうという推定もできる。また、浸漬初期の段階から母材側の圧縮残留応力が解消してしまう可能性も同時に確認されることになる。そこで次回の課題番号2012A1019では300時間浸漬試験片についてより詳しく測定することとした。


今後の課題:

 次回の課題番号2012A1019では、深さ補正量がより少ない300時間浸漬試験片について、母材金属と酸化皮膜側の双方の残留応力についてより慎重に測定し、酸化皮膜形成による応力因子の変化についてより明確な議論ができるように努力することとした。応力腐食割れへの力学的な影響についての総合的な考察については次回の課題番号2012A1019の成果報告で詳しく記述する。


謝辞:

 本研究は、科研費(研究課題番号:22360396)の助成を受けて行われた。また、研究の一部については産学共同研究のPEACE-Eプロジェクトとして、東京電力株式会社、関西電力株式会社、東北電力株式会社、日本原子力発電株式会社、中部電力株式会社、株式会社日立製作所、三菱重工業株式会社、株式会社東芝、株式会社IHI、仏国Électricité de France、中国Suzhou Nuclear Power Research Institute、米国Electric Power Research Instituteの財政的支援を受けている。


参考文献:

[1] 小若正倫, 長野博夫, 吉川州彦, 三浦 実, 太田 邦雄, 永田三郎: 火力原子力発電, 32, 1303 (1981).

[2] 鈴木俊一, 熊谷克彦, 設楽 親, 水谷 淳, 坂下彰浩, 徳間英昭, 山下裕宣: 保全学, 3, No.2, 65 (2004).

[3] L.E Thomas and S.M. Bruemmer : Corrosion 56, 572 (2000).

[4] 秋庭義明, 田中啓介, 鈴木賢治, 柳瀬悦也, 西尾光司, 楠見之博, 尾角英毅, 新井和夫: 材料, 52, No.7, 764 (2004).



ⒸJASRI


(Received: February 9, 2015; Early edition: May 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)