SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

燃料電池用アニオン交換膜の解析
Analysis of Anion Exchange Membranes for Fuel Cells

DOI:10.18957/rr.4.2.241
2012A1761 / BL19B2

朝澤 浩一郎a, 猪谷 秀幸a, 田中 裕久a, 宮崎 司b, 武田 雄希b, 西井 弘行b, 鈴木 孝b, 松田 康壮b

Koichiro Asazawaa, Hideyuki Shishitania, Hirohisa Tanakaa, Tsukasa Miyazakib, Yuuki Takedab, Hiroyuki Nishiib, Takashi Suzukib, Kousou Matsudab


aダイハツ工業㈱, b日東電工㈱

aDAIHATSU MOTOR CO., LTD., bNitto Denko Corporation


Abstract

 アニオン交換形燃料電池に用いられる電解質膜の分子構造と膜特性の相関を解明し、更なる高性能化に取り組むため、放射光X線を用いたX線小角散乱法(SAXS)に取り組んでいる[1,2]。高イオン伝導度と低燃料透過性を両立させるべく開発中の電子線グラフト重合膜は、従来の炭化水素系アニオン交換膜とは膜特性において異なる傾向を示しているため、この膜の分子構造解析を行った。その結果、電解質膜化によって、基材フィルム中の結晶間距離が大きくなっており、膜化によって分子構造が変化していることが捉えられた。さらに実使用を想定した含水状態においてこの膜には分子構造上、大きな変化は起こらないことが分かった。


キーワード: 燃料電池、アニオン交換形電解質膜、電子線グラフト重合法、液体燃料、SAXS


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背景と研究目的:

 日本において自動車から排出されるCO2は全体の14.8%も占めており、日本政府が掲げる目標[2030年までに2013年比で温室効果ガスを26%削減]を達成するためには、早急な技術開発が必要である。そこで次世代クリーン技術として期待されているのが、走行時に温室効果ガスを全く排出しない燃料電池車である。ダイハツ工業では現在、「液体燃料を用いたアニオン交換形燃料電池」の早期実現に向けて、国内外の大学・研究機関・企業と連携して研究開発を行っている。その中で重要部材であるアニオン交換形電解質膜においては、高イオン伝導度と低燃料透過性を両立すべく開発を進めているが、その分子構造と膜特性の相関、及びイオン伝導メカニズムが解明されていないため、自動車用途としての耐久性を満足できていない。

 そこで耐久性向上を目的に、簡易的かつ迅速にポリマー分子構造を改良できる電子線グラフト重合法を用いた膜の開発を進めている。今回、電子線グラフト重合法にて合成した炭化水素系アニオン交換膜の分子構造を詳細に調査するため、高輝度放射光によるSAXS実験を行った。


実験:

 炭化水素系アニオン交換形電解質膜を合成してSAXS実験(下記1〜3)を行った。当初計画では15試料の予定であったが、含水状態での測定の安定化に時間を取ったことと、サンプルのセッティングに一部ずれが生じたことから、実際には標準試料を含めた8試料の結果を解析した。標準試料はコラーゲンを使用し、実験条件はX線エネルギー18 keV、カメラ長2633 mm、qレンジ0.05–3 nm−1、ビーム径0.1 mmにて実験を行った。検出器は二次元検出器PILATUSを用いた。

<実験1>

 グラフト化前後で分子構造上の変化を確認するため、基材フィルムと電解質膜との比較を行った。

<実験2>

 グラフト化率を変えた(41、58、77%)炭化水素系アニオン交換形電解質膜を3種類合成し、グラフト化率による分子構造の変化を調査した。

<実験3>

 実使用を想定した含水状態での分子構造を確認するため、SAXS実験前に超純水に8時間以上浸漬し十分含水した状態の電解質膜を作製して実験を行った。


結果および考察:

 得られた二次元パターンの代表例を図1に示す。二次元パターンのデータは円環平均法によって一次元化した(図2)。基材フィルム(高結晶性:TEMにてラメラ構造を確認)のSAXS実験の結果により、2つの結晶由来ピーク(d = 8.6 nm、20.7 nm)が確認できた。これら2つのピークは電解質膜化することで長周期側へシフトすることが分かった。電解質膜化によって、基材フィルム中の結晶間距離が大きくなったと考えられる。

 一方、実使用を想定した含水状態での電解質膜のSAXS実験の結果から、含水前後でd値の明確な差がなく、分子構造上の大きな変化は確認できていない。また、グラフト化率の増加に伴いピーク強度の低下は確認できたが、ピークのシフトは確認できなかった。



図1.測定した二次元パターンの代表例(グラフト膜77%のdry状態)



図2.グラフト化率の違いによる一次元プロファイルの変化


今後の課題:

 膜分子構造と膜特性の相関について解析を行ったが、今回の膜では含水前後のピークシフトが見られず、イオン伝導に寄与すると思われる分子構造を特定することが難しい。今後、更に詳細にイオン伝導パスを調べるため、よりグラフト化率の小さい膜や基材の異なる膜を用いてSAXS実験を進める予定である。


参考文献:

[1] T. Miyazaki et al., Polymer, 51, (2010) 5539–5549.

[2] T. Miyazaki et al., Macromolecules, 39, (2006) 2921–2929.



ⒸJASRI


(Received: September 25, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)