SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

イットリウム系超電導線材用中間層の結晶子サイズと不均一格子歪みの評価
Evaluation of Crystallite Size and Inhomogeneous Strain in Buffer Layers for Yttrium-based Superconducting Coated Conductors

DOI:10.18957/rr.4.2.243
2012B1323 / BL46XU

種子田 賢宏a,b, 吉積 正晃a, 栗木 礼二a, 青木 大志a, 高橋 貴彦a, 和泉 輝郎a, 塩原 融a, 木須 隆暢b

Takahiro Tanedaa,b, Masateru Yoshizumia, Reiji Kurikia, Daishi Aokia, Takahiko Takahashia, Teruo Izumia, Yuh Shioharaa, Takanobu Kissb


a(公財) 国際超電導産業技術研究センター, b九州大学

aInternational Superconductivity Technology Center (ISTEC), bKyushu University


Abstract

 イットリウム系超電導線材の中間層を構成する多結晶のCeO2/LaMnO3/MgO/a-Y2O3/a-Gd2Zr2O7/ HastelloyTM積層膜(a: アモルファス)においてCeO2層では膜厚増加とともに高度に結晶子の面内配向が進行し、この上に成膜された超電導膜の臨界電流特性向上に寄与するが、その配向機構は未解明である。そこで機構解明の一助となるデータ取得を目的として、CeO2層の下のLaMnO3層について放射光微小角入射X線回折(GIXD)測定を行い、結晶子のサイズとその方位の結晶主配向軸からのずれ角度との相関関係を見出した。


キーワード: イットリウム系超電導線材、GIXD、自己配向


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背景と研究目的:

 イットリウム(Y)系超電導線材はフレキシブルな金属テープの上に中間層と呼ばれる複数のセラミックス材料の多結晶薄膜を積層し、その上にY系超電導材料の多結晶薄膜(超電導層)を形成することにより作製される[1]。最重要特性は超電導線材に電気抵抗ゼロで流せる最大電流(臨界電流)であるが、この臨界電流は超電導層の結晶子の結晶主配向軸からのずれ角度のバラツキ(典型的には面内は(103)、面外は(006)のrocking scanの半値全幅で、それぞれΔφ、Δωと表される)が小さいほど大きくなる[2, 3]。このため、下地の中間層の結晶を何らかの方法で2軸配向させ、その上に超電導層の結晶をエピタキシャル成長させる製法が取られている[1]

 本研究は中間層を構成する結晶子の面内配向に関するものであり、特に膜厚の増加とともにΔφが小さくなる「自己配向」と呼ばれる未解明の現象の機構解明に寄与するものである[4–6]。自己配向機構の解明により中間層のΔφを効率的に制御して低減することで臨界電流特性の向上が可能となる。また、より短時間の内に所望のΔφを有する中間層を作製することで超電導線材の低コスト化とこれによる超電導電力機器の実用化・普及につながることが期待される。

 (公財)国際超電導産業技術研究センターでは中間層として金属基板上に以下の順に5種類の材料を積層するプロセスを採用している。超電導特性を低下させるNi等の金属基板からの拡散を抑制するアモルファスGd2Zr2O7層、および後述する多結晶のMgOからなるIon Beam Assisted Deposition (IBAD)層中の結晶子を効率的に配向させる下地としてのアモルファスY2O3層、格子整合、酸化反応抑制等の役割を各層に付加するMgO、LaMnO3、CeO2層である。MgO層は基板面の法線に対し45°の角度からAr+イオンビームを照射しながら成膜するIBAD法と呼ばれる製法により強制的に結晶を2軸配向させており、膜厚は5 nm程度である[6]。その上にCeO2とMgOの格子不整合を緩和することを目的としたLaMnO3を10 nm程度エピタキシャル成長させ、さらにCeO2を300–600 nm程度積層する。この時、CeO2層は膜厚が増加するとともにΔφが小さくなる自己配向現象を示す[6]

 透過型電子顕微鏡(TEM)によるCeO2層の断面観察から自己配向機構には隣接するCeO2結晶粒間の競合成長が関与していることが示唆されている[4, 5]。そこで、CeO2層の成膜初期段階におけるCeO2結晶粒の方位に影響を及ぼす下地のLaMnO3層に着目した。なお、LaMnO3層では多結晶体とはいえ、ほとんどの結晶粒界が極低傾角で構成されているとともに、膜厚が薄いことから単一の結晶粒は単一の結晶子からなることが多く[6]、本研究では用語として結晶粒と結晶子とは区別しないこととする。CeO2の自己配向現象が発現するためには、LaMnO3層において各結晶子の面内の主配向軸(面内rocking scanのピーク位置)からの結晶ずれ角度φ0に依存する何らかの因子が存在すると考えられる。その対象として複数の候補を考えており、その中で本研究ではLaMnO3層の結晶子サイズD、不均一格子歪みeφ0との相関の有無に注目した。これらの相関はLaMnO3層の下地のMgO層成膜時のIBADプロセスに起因して生じる可能性があると考えられる[6]。LaMnO3層のDφ0との相関関係については、筆者らと(一財)ファインセラミックスセンターの加藤らとのグループが行ったLaMnO3層の平面高分解能透過型電子顕微鏡像による微細組織観察により数十nmオーダの微視的領域において確認されているが[6]、mmオーダの巨視的領域においても同様の関係が成り立っているかどうかは明らかではなく、不均一格子歪みeとの関連はまだ調べられていない。また、MgO層に関する結晶子サイズD、不均一格子歪みeφ0との相関に関する報告例もない。そこで本研究では最表面がMgO層およびLaMnO3層の試料について、mmオーダの領域にX線を照射し、放射光微小角入射X線回折(Grazing Incidence X-ray Diffraction, GIXD)によりラボX線では観測できない高次の回折ピークまで測定することでDeを分離して評価し、φ0との相関を調査することを目的とした。


実験:

 試料は長さ100 mm、幅10 mm、厚み0.1 mmの高強度Ni基合金基板であるHastelloyTM C-276(Ni基合金で、Cr16%, Mo16%, Fe5%, W4%等が主たる合金元素として含有されている)基板上にLaMnO3 (膜厚8 nm)/ MgO (膜厚5 nm)/ a-Y2O3 (膜厚14 nm)/ a-Gd2Zr2O7 (膜厚55 nm)/ HastelloyTMのように積層したもので、最表面がLaMnO3またはMgOの試料を用いた。a-Gd2Zr2O7およびa-Y2O3はアモルファスであり、MgOおよびLaMnO3は立方晶で結晶の<100>方向が概ね基板の幅方向、長手方向、および法線方向に平行となるように配向している。MgO、LaMnO3の試料面内における<200>のバラツキはφスキャン(面内rocking scan)の半値全幅Δφで共に7.4, 7.6°であった。装置はBL46XUの多軸X線回折装置を使用し、室温でGIXD測定を行った。測定レイアウトを図1に示す。X線エネルギーの選定に当たっては(1)なるべく多くの本数の高次の回折ピークをゴニオメーターの回転範囲に収めること、および(2)厚み0.1 mmの試料端部に当たるX線によるHastelloyTMからの蛍光X線発生を防ぐことを狙い17.45 keV(波長0.7105 Å)とした。入射X線形状については、ビームサイズは横0.2 mm、縦1 mm、受光スリットは10 mm × 10 mm、ソーラースリットは発散角0.1°を使用し、入射角度0.1–0.2°の範囲で、シンチレーションカウンターを面内方向にθ/2θスキャンを行った。条件出しの段階において大気中で測定したところX線照射による試料ダメージがあったため、大気との反応を防ぐ目的で直径約165 mm、厚み約50 μmのカプトンドームを用いたHeガス置換型サンプルチャンバーを使用した。



図1. GIXD測定レイアウト


 最表面がMgO、またはLaMnO3の試料について、それぞれ回折ピーク強度の最も高いMgO (200)、LaMnO3 (200)の回折ピーク強度が最大となるφ軸の位置を基準とし、測定前にそこからのずれ角(オフセット角度)をφ0 = 0, 3, 6, 9°のようにずらした上で測定することで、回折プロファイルのφ0依存性を測定した。

 DeはHalder-Wagner法を用いて以下のように評価した[7, 8]。得られた回折ピークの内、MgOについては(200), (400), (600)、LaMnO3については(100), (200), (300), (400)のプロファイルの拡がりβ(積分幅、単位:rad)を測定し、Bragg角をθ0として、プロファイルの拡がりに対するDeの寄与を分離するために縦軸をβ 2/tan2 θ0、横軸をβ/(tan θ0·sin θ0)にとりプロットした。Scherrer定数をK (= 0.94)、X線の波長をλとすると回帰直線の傾きが/D、縦軸の切片が16 e2に対応することからDeを得た。


結果および考察:

 図2に代表的なLaMnO3の回折プロファイル(φ0 = 0°)を示す。LaMnO3の回折ピークの内(100), (200)に加えて、ラボX線では測定困難な(300)および(400)の回折ピークまで測定することができた。挿入図にこれら4つの回折ピークの拡がりβからHalder-Wagner法により線形回帰を行った解析例を示す。この試料についてはD = 14.1 nm, e = 0.993%を得た。

 図3に得られたDおよびeφ0依存性を示す。図3(a)より、φ0が小さいほどDは大きいという結果が得られた。一方、図3(b)よりeφ0が少なくとも6°程度までほとんど依存しないことが分かった。これらの結果からLaMnO3層のDeと比較してφ0と強い相関があることが明らかになった。LaMnO3層の上に積層するCeO2層の自己配向現象の因子を考察する上でφ0が小さい領域ではeの影響を除外して良いと考えられ、因子をスクリーニングすることができた。



図2. LaMnO3の回折プロファイル(オフセット角度φ0 = 0°)


 

図3. LaMnO3の(a)結晶子サイズD、および(b)不均一格子歪みe

      主配向軸からの結晶ずれ角度φ0依存性


 最表面がMgOの試料についてもLaMnO3と同様に測定を試みた。入射X線形状については、基板端部からの散乱X線を抑制し、S/N比を向上させるため、ビームサイズを横0.1 mm、縦1 mm、受光スリットを2 mm × 2 mmに、入射角度は0.1°とした。条件検討の段階でHeガスフロー雰囲気の中でもサンプルチャンバー内の残留大気と最表面のMgOが反応して試料が劣化する場合があったため、Heガスの流量を増やし、測定前のガス置換時間を十分に取ることで試料の劣化を防止した上で測定した。

 図4にφ0 = 0°のMgOの回折プロファイルを示す。MgO (200), (400)の回折ピークについてはφ0によらず測定できたが、(600)については回折ピーク強度が(200)に対し約0.1%程度と弱いことから、φ0を3, 6°と大きくしていくと回折プロファイル全体の強度が下がり、(600)の回折ピークは明瞭には観測できなかった。Halder-Wagner法により線形回帰を行うためには(h00)面による回折プロファイルが最低3つ必要となることから、φ0が大きいときにはDおよびeの評価はできなかった。

 図4のデータからHalder-Wagner法により線形回帰を行い、この試料についてはD = 12.5 nm, e = 0.87%を得た。試料点数は1点であるが、φ0 = 0°のLaMnO3Dおよびeに近い値となっており、LaMnO3がMgOのDおよびeを引き継いでいる可能性が示唆される。


  

図4. オフセット角度φ0 = 0°のMgOの回折プロファイル


 本研究により得られた結果をまとめる。LaMnO3層のDeと比較してφ0と強い相関があり、この相関関係はX線が試料に照射されるmmオーダの領域で成立していることが明らかになった。一方、MgO層についてはφ0が大きいときには回折ピーク強度が不足し、Dおよびeの評価はできなかった。


今後の課題:

 課題申請時には、上工程から順に以下のような試料の測定を計画していた。(1) 最表面がMgOの試料(作製条件によりDおよびeを変えることを狙った試料、2水準)、(2) 最表面がLaMnO3の試料(上記(1)のMgO試料に同一条件でLaMnO3を積層した試料、下地条件2水準)、(3) CeO2: 5, 50, 500 nm, 6試料(上記(2)のLaMnO3試料にCeO2を積層した試料、下地条件2水準 ⋅ CeO2膜厚3水準)の計10試料である。実験時に上記(1)のMgOの測定条件検討から着手したが、大気中、および小流量のHeガスフロー中でのX線照射により持参試料が一部劣化してしまった。さらに、上記(1), (2)ともにφ0が大きいときには回折ピーク強度が弱く、計数時間を延ばすことによるS/N比改善を検討したため、事前予想より時間を要した。そのため、上記(3)の検討は割愛し、上記(2)のLaMnO3の試料の内、1試料について十分な計数時間を取り、Dおよびeφ0依存性を得ることに注力した。今後、上記(1)のMgOのプロセス条件、および上記(3)のCeO2膜厚の違いによるDおよびeφ0依存性の変化を調べる必要がある。

 本研究によりLaMnO3層におけるDφ0との相関関係がmmオーダの領域で成立していることが明らかになり、断面TEM観察において面内方向の結晶粒サイズを通じてφ0と面外方向の他の因子との関連の議論が容易になった。このことが、本研究後にMgO、LaMnO3、CeO2の各層におけるφ0と面外の主配向軸からの結晶ずれ角度との相関関係の発見につながり、CeO2の自己配向機構の検討とそれに基づいたプロセス改善によるY系超電導線材の高特性化が行われた[9]。しかしながら、CeO2の自己配向機構は未だ完全には解明されていないことから、機構解明に向けて新たな実験手法の開発や結晶成長等のシミュレーションによる検討が必要である。


謝辞:

 放射光実験は、(公財)高輝度光科学研究センターが実施する利用研究課題としてSPring-8のBL46XUで実施したものである(課題番号2012B1323)。実験にあたりご支援をいただきました産業利用推進室研究員の小金澤智之博士に深く感謝申し上げます。本研究は、イットリウム系超電導電力機器技術開発の研究として、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託により実施したものである。


参考文献:

[1] 和泉輝郎、吉積正晃、低温工学 47, 590 (2012).

[2] D. Dimos et al., Phys. Rev. B, 41, 4038 (1990).

[3] R. Held et al., Phys. Rev. B, 79, 014515 (2009).

[4] T. Muroga et al., IEEE Trans. Appl. Supercond., 13, 2532 (2003).

[5] 室賀岳海、博士論文、北海道大学 (2005).

[6] T. Taneda et al., IEEE Trans. Appl. Supercond., 23, 6601005 (2013).

[7] N. C. Halder and C. N. J. Wagner, Acta Cryst., 20, 312 (1966).

[8] リガク、PDXL 応用解析ユーザーマニュアル、MJ13451B.pdf、p.55.

[9] 種子田賢宏、博士論文、九州大学 (2015).



ⒸJASRI


(Received: March 31, 2016; Early edition: June 15, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)